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黒魔術師松本沙耶香  薔薇篇

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33部分:第三十三章


第三十三章

「それこそが御婆様の夢だったのだから」
「滑稽なことね」
 だが沙耶香はその言葉を一笑に伏した。
「滑稽!?この世に魔界を作り出すことが」
「そうよ、この世は既に魔界でもあるのだから」
 沙耶香は述べた。
「特にこの国の都は。美味な魔都よ」
「戯言ね」
「いえ、戯言ではないわ」
 沙耶香の声が紅のワインの中にルビーを滴らせた様な妖しい音色を帯びてきた。
「その証拠に私がここにいるのだから」
「貴女が」
「ええ。そして今ここにいる」
 その手に妖しい紅い光を浮かび上がらせてきた。すると周りに五色の薔薇の花々が浮かび上がる。
「この魔術に依って」
「御婆様の仇を言うつもりはないけれど」
 依子は言う。言いながら二人に正対する。
「貴女達をここで逃すわけにはいかないようね」
「それはこちらもです」
 速水はその両手にタロットカードを出してきていた。
「貴女により五人の罪もない方々が命を失っております」
「私にとっては人の道はどうでもいいことだけれど」
 沙耶香も述べた。薔薇の花々は蝶になろうとしていた。五色の蝶が夜の闇の中に浮かぶ。
「それでも。出し抜かれたことがね」
「このまま誤魔化せると思ったけれど」
「お生憎様」
 沙耶香はうっすらと笑ってそれを否定した。
「残念だけれどそうはいかないわ」
「じゃあわかったわ」
 依子の周りに無数の炎が浮かび上がる。青白いその炎は鬼火であった。
「ここで貴女達を倒してあげるわ」
「あの人と同じ火ね」
「そうですね」
 二人は依子の火を見て言葉を交あわせた。
「血縁だからやっぱり似るのね」
「ええ」
「御婆様が倒られたのは知っていたけれど」 
 依子はその炎を周りに漂わせながら言う。
「それが誰かはわからなかったわ。それに知ろうとも思わなかった」
「そうだったの」
「知ってもさっき言った通り仇とかは考えないから。それは安心していいわ」
「じゃあ只の敵として」
「ええ、私の夢を阻む敵として」
 三人の間に妖気がいよいよ増してきていた。
「消えてもらうわ」
「こちらも。これが仕事だし」
「五人の方々の為にも」
 それぞれ言いながら身構える。
「行きますよ」 
 まずは速水がタロットカードを投げてきた。数枚のカードが依子に襲い掛かる。
 だがそれを見ても依子は冷静なままである。うっすらと笑みすら浮かべていた。
「まさかこの程度で」
 依子は言った。
「高田真夜子の最高の弟子を倒せると思っているのかしら」
 周りの炎を動かすこともなかった。指を鳴らしただけでカードが全て炎に包まれてしまった。
「ふむ」
 速水はその様子を右目で見てふと声を漏らした。
「やはりこの程度では無理ですか」
「小手調べというわけね」
「ええ、それでは次は」
「待って」
 だがここで沙耶香の念が辺りを覆った。
「今度は私が」
「左様ですか」
「ええ、あの時はかなり苦労したけれど」
「御婆様にね」
「そうよ。けれど今はあの時とは違うわ」
 その周りに無数の蝶を漂わせていた。夜の闇の中で幽玄に舞っている。
「それを見せてあげるわ」
 蝶がゆっくりと舞いながら依子に襲い掛かる。依子はそれを見据えながら余裕のある笑みを浮かべていた。
「確かに御婆様は凄かったわ」
 依子は言う。
「私に魔術を教えてくれたし。けれどね」
 その整った琥珀の目が不気味に光った。闇の中で紫色に輝いた。
「ムッ!?」
「私は。その御婆様より上なのよ」
「まさか」
 目が輝いただけであった。それだけで沙耶香の周りの蝶達が崩れ落ちていったのだ。まるで霧の様に消え去った。
「如何かしら」
 その目を輝かせたまま言う。
「私の魔術。御婆様とどちらが上かしらね」
「くっ」
「どうやら尋常ならざる相手みたいですね」
 眉を微かに歪めさせる沙耶香に速水が述べた。
「そうね」
 答えはしたがそこにある自信は微塵も揺らいでいない。
「そうでなくてはね。面白くはないわ」
「けれど負けたらどうします?あの方のお孫さんですよ」
「あら、変なことを言うわね」
 沙耶香の言葉は落ち着いたままである。いささかも変わりはしない。
「それが速水丈太郎の言葉かしら」
「私は心配性なので」
「じゃあ私は松本沙耶香としてやらせてもらうわ」
 また新たな蝶を周りに浮かび上がらせる。

 
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