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黒魔術師松本沙耶香  薔薇篇

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30部分:第三十章


第三十章

「どうかしら」
「そんな、私には」
 そう声をかけられて明らかな狼狽を見せる。
「御客様ですから」
「はっきりしないわね」
 声にも笑みを含ませてきた。
「私ははっきりした言葉じゃないとわからないわよ」
「えっ」
「どうなのかしら。お邪魔していいのかしら」
「・・・・・・はい」
 もう抗らうことは出来なかった。その白い雪の様な顔を紅葉の様に紅くさせ頷いた。全ては沙耶香の思い通りであった。
「わかったわ、それじゃあ」
 沙耶香はまた一人陥としたことを心の中で確かめながら言った。
「またね」
「はい」
 沙耶香は部屋を出た。すぐに速水の部屋に向かう。その顔は密かに笑っていた。
「これでよし」
 事件はこれで終わる、薔薇の犠牲者も止められる、そう思っていた。しかしそれはいささか甘い考えであった。彼女は時間を操る魔術を知らない。時は彼女には支配されない存在であるから。時間が話を動かしていたのだ。
 沙耶香が廊下を進んでいると速水が前からやって来た。そして深刻な顔で彼女に声をかけてきた。
「いいところに」
「探していた、ということね」
「そうです。してやられました」
「言いたいことはわかったわ」
 速水の言葉とその様子で何が起こったのかすぐに察した。
「やられたのね」
「はい」
 速水は沈痛な声で答えた。
「青です」
「わかったわ。場所は」
「木の上です」
「木の!?」
「はい。そこに犠牲者の遺体があります」
「その木は何処なの?」
「庭の端です。行かれますか?」
「勿論よ」
 沙耶香の言葉に躊躇はなかった。すぐにそう答えた。
「じゃあ行きましょう」
「はい」
 こうして二人は庭を出た。その顔はどちらも苦々しげなものであった。
 並んで屋敷の門を出る。そして庭に向かうがその途中で沙耶香は速水の心に語り掛けてきた。
『面白いことがわかったわ』
『それはまさか』
『ええ、そのまさかよ』
 二人は心の中で話をする。それは他の者には決して聞こえはしない。
『あの死神の逆と繋がったわ』
『発想の転換ですか』
『ええ、まさにそれよ』
 沙耶香は速水に心の中で語った。
『見事に的中してるわよ』
『それは冥利に尽きますが』
『お互いわかるのが遅かったわね』
『はい』
 速水の声は心の中でも沈んだものになっていた。
『無念です』
『これで五人目』
 沙耶香はまた心の中で言った。
『犯人の思惑通りになったわね』
『してやられました』
『こうなったら最後の手段ね』
『やるんですね』
『そうよ、相手はもうわかったから』 
 沙耶香は心の中で述べた。
『それしかもう方法はないし』
『わかりました。では今は』
『ええ、遺体ね』
『はい』
 速水は正面を向いていて一見沙耶香と話をしているようには見えない。だが彼も沙耶香も心の中でしっかりと話をしていたのであった。
 二人は心の中で話し合い今後の打ち合わせをしていた。そしてその木の下にやって来たのであった。
「ここね」
「そうです」
 今度は口で話をした。そして木の上を見上げる。
 その木にいたのはメイドの一人であった。あの金髪のメイドであった。
 その木の枝の上に仰向けに横たわっていた。そして首から血を流し、全身を蒼白にさせて事切れていた。
「首に・・・・・・あれは」
 そこにあったのは青い薔薇の花びら。それが異様なまでに鋭くなっていた。それで切られたようである。
「花びらに細工ね」
「ですね」
「それで動脈を。やってくれるわね」
 そこから夥しい血が流れていたかといえばそうではなかった。血は殆ど流れてはいなかった。だがその青い顔から彼女が既に事切れているのがわかったのである。
 
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