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トワノクウ

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トワノクウ
  最終夜 永遠の空(五)

 
前書き
 少女 が 要らなかった 意味 

 
「高二になる前の春休み、俺と篠ノ女はあまつきに来た。最初は訳分かんなかったけど、朽葉と沙門さんに助けられて、俺達なりに順応してたと思う。でも平穏には暮らせなかった。佐々木さんに会って、菖蒲さんに会って、梵天に会って、嵐に巻き込まれていった。飛び込んでった、のほうが正しいのかな」

 鴇時は懐かしさを浮かべた。思い出しているのだろう、ありし日の闘争を。共に手を携えた仲間を。

「俺と篠ノ女が〈白紙の者〉だってのは朽葉から聞いたよね」
「はい。この世の生きとし生ける者には運命があって、運命の糸を断ち切って新しく紡げるのが〈白紙の者〉――でいいんですよね」
「ピンポン。でも実は〈白紙の者〉にはそれ以外の意味もあるんだ」

 鴇時は人差し指をいたずらっぽく立てた。

「俺と篠ノ女も君達と同じ彼岸人。で、あまつきをコントロールできるのは彼岸人だけ。つまり、俺達は最初から帝天になる資格を持ってたんだ」

 ぽかん。くうは間抜け面で口を開けた。

「梵天なんか、萌黄さんからそれ聞いてて、俺を帝天にしてやろうって企んだんだけど。萌黄さんとバックの千歳コーポレーションが、か。あの頃はまだ夜行のリソースは漆原が使ってたんだし」

 参った参った、と事もなげに言う神様に、言葉も出てこない。

「その時にさ、人と妖のこと、この雨夜之月の仕組み、たくさん考えた。人と妖、両方にとって、俺の大事なものにとって一番いいやり方は何か、手探りに、不器用だけど、探し続けた」

 鴇時は自身の両手を見下ろした。探し続けたと言う、その頃を、思い出しているのかもしれない。瞑目は、痛ましかった。

「天網があり続ければ、人が妖に滅ぼされて、世界が消える。そんな救いのない未来が来るって分かって、放っておくなんてできなかった。なんとかしたいと思った。だから俺は萌黄さんに替わって帝天になった。千歳の支配からあまつきを取り返して天網を破棄したんだ。その時もただ犠牲につもりはなかったんだ。ほんとだよ? すぐに篠ノ女……くうちゃんのお父さんが助けてくれるって信じてたから」

 紺は必死に鴇時を救う方法を模索していたのだろう。娘だから分かるのだ。

「でも、篠ノ女と萌黄さんが目覚めさせることができたのは、彼岸の俺の身体だけだった。恨んでないよ。どうやってもあの時代の技術力じゃ無理だった。そっちの俺を通して、くうちゃんの成長もたまに覗かせてもらってたよ」

 半分を欠いた鴇時と会うたびに紺は焦燥に駆られ、萌黄もそれを痛いほどに理解した。
 だから二人は、自分たちの事業を継ぐ者としてのくうを産んだのだ。
 それほどまでに両親は、この青年を救いたかったのだ。

 そして、雨降る夜に光る月にひとり残された彼は、親しい者たちが戦禍に巻かれていく夢を止められなかった。

「これでいいんだって信じてた。でもね、今のあまつきを見てると分からなくなるんだ。人と妖が憎み合って殺し合うあまつき。きっと上手くいくって信じてた俺が馬鹿だったのかな?」

 すぐに否定してあげることができなかった。

 くうは人と妖のしがらみのために友人たちに二度殺された身だ。友情があれば乗り越えられる、といった中二病的なことは信じていなかったが、潤と薫の仕打ちはかなり効いた。

「俺の話はこれでおしまい。質問はあるかな」

 くうは痛ましく首を横に振った。語る声から滲み出る鴇時の苦悩を読み取れた。これ以上問い詰めたくなかった。

「これから、どうするんですか?」
「俺はがしゃどくろと一緒に消える。あまつきの支配者は名実共にいなくなる。それで晴れてあまつきは自由だ」
「消えたら、彼岸に帰れるんですか?」

 鴇は苦笑して首を横に振った。

「大丈夫。くうちゃんは俺がどんな手を使ってでも、お父さんとお母さんのとこに帰してあげるから」
「くうのことなんていいです! お父さんとお母さん、ずっと、今でもきっと鴇先生を待ってます!」
「俺の本体はあくまで彼岸の六合鴇時。『俺』は本体が残していった、世界を維持するために眠るだけの、ただの装置。彼岸の『俺』に帰ろうとしたら、記憶も経験もかけ離れすぎた俺達同士で脳がごっちゃになって、廃人になりかねない」
「――消えてでも、あまつきの皆さんを守りたいんですね」

 くうは涙を気合で押し戻し、鴇時をまっすぐ見上げた。

「あなたはあまつきが本当に好きなんですね」

 泥沼からでも咲く、蓮のように。
 嘘からでも、(まこと)の花は、開く。

「うん。大好きだ」

 くうは泣き笑いになった顔を俯けた。今の顔を鴇時に見せるわけにはいかなかった。

(ほんっと、私ってば、何のために産まれてきたんだろう。助けるべき人を助けるどころか、当の本人がそんなもの必要としてなかった。産まれ損じゃない)


「――私、自分が何か特別なことするために、あまつきに来たんだって思ってました。でも」

 梵天は妖を人の世から忘れさせ、人との対立にひとつの決着をつけようとしている。露草も空五倍子も天座の一員としてその事業を助けていく。

 朽葉は人間側のよき仲介役として尽力し、奔走している。沙門もまた然り。

「でも、もう何もかも皆さんがとっくにやっちゃってて、人と妖の関係において、くうにできることは何もありませんでした。最初はさびしかったけど、今はへっちゃらなんです」

 ――それは彼らがどうにかすべき問題で、くうが出しゃばる問題ではなかったから。

「くうだって自分でがんばりたいと思ったことを、お父さんやお母さんに口出しされたり、勝手に手伝われたりしたらヤです」

 鳥は巣を出て空へ羽ばたく。
 種は土のゆりかごを捨てて芽吹く。
 子供はいつか小さな靴を履かなくなる。

「今、あまつきは自立しようとしています」

 自立を妨げる最大の敵は、親の干渉。親心は子を必ずしも善い方向に導かない。
 あまつきの世界は彼らのもので、彼らの課題も彼らのもの。

「今度こそほんとに神様にサヨナラして、自分達だけで歩いて行こうとしています。帝天はもう雨夜之月にはいらなくなったんです」
「だったら、やっぱり俺が消えるのが筋じゃないか」
「いいえ。いらなくなったのは『神様』という、あまつきが描く、あまつきの支配者の偶像です。鴇先生を否定するんじゃない。解放するんです」

 鴇時の握り拳を両手で包み込んだ。
 ただの男子高生の手。この手が今日まで多くのものを掬い上げ、零してきた。

 この両手から零れたものを、今日、篠ノ女空が返そう。

「明おばさんが言ってました。このがしゃどくろ、雨夜之月の人と妖の『帝天はいらない』って気持ちの結晶なんですよね。こんなにでっかいみんなの想い、利用しない手はありません」

 鴇時は疑問符を浮かべる。

 くうはにこり、笑った。 
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