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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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ALO編
  第129話 橋の上の戦争


~ルグルー回廊~


 奥へと進むにつれ、外から差し込む光も薄れ、周囲には暗闇が覆い始める。全く見えない、と言う訳ではないが、敵の接近は恐らく直前まで視認する事が出来ないだろう。従来のRPGゲームで言う『背後を取られた』『奇襲にあった』等に状態になりやすい状況だ。
 だから、慎重に行くべきなのだが、……気になる事もある。

「……それで、いつまで怒ってる?」

 ドラゴは、先ほどから、不機嫌にしているパートナー(リタ)にそう訊いていたのだ。気になる事、と言うのは 勿論この事、リタが怒っている理由についてである。理由がよく判らなかったから。

「う、う、うっさいわね!! あんな事言う奴が悪い!」
「……ん。さっきのはリタに言った訳じゃないんだが、ん……説明が難しいな」

 ドラゴは、入り口からずっと、顔が引きつっているリタを見ながら呟く。怒ってる理由は、明白だった。ドラゴが、リタに向かって(厳密には違うが。)『怖いか』と言う単語を発したからだ。


 それは、記憶の底。それは、深淵の源泉。

 だが、その源泉にはまだ淀みがあり、深部まで読み取る事は叶わなかったが、確かに垣間見る事は出来た。


――……自分の傍には、ある人がいた。


 推測だが、間違いなく自分は、あの世界(・・・・)に言っていたんだろう。
 だからこそ、あの機械(・・・・)が家に存在し、綺堂は隼人に対し、 『このゲームをしたい』と言った時、あれほどまでに動揺したのだろう。

 アミュスフィアの安全性に関しては周知済みの事。だが、……これまでに、無かった程に綺堂は動揺していた。
 その推測が間違っていない事が判るのだが、判らないのはたった1つだけだ。それは何故、自分の記憶が欠損しているのか。



――……その世界の中で、自分に大切な人がいた。



 記憶が欠落していても、その事を理解してきたのだ。

大切な人、それは隼人自身にとっては、綺堂……、爺や以外に考えられない事だった。
 
 何故なら、それは、これまでも、そして、これからもずっと、そう思って来た事だったからだ。あの1件があってから、ずっと、隼人は想い続けていたんだから。


「ちょっと、聞いてんのっ!!」
「………あ、ああ。悪い」
「悪いと思ってるなら、二度と言わないで。……次言ったら燃やすからね!」
「ああ、判った。善処する」

 ドラゴがそう言うと、リタは詠唱を始めた。
 いくつもの詠唱文が組み合わさり……、そしてドラゴとリタを包み込む。

「……成る程、見えてきたな」
「これは、灯りの魔法。スプリガンなんかが得意とする魔法。こう言うエリアには必須よね……」

 リタは、軽くため息を吐きながらそう言う。
 このルグルー回廊には、先ほどドラゴが言ったようなモンスター……アストラル系のモンスターは出ない。……が、それでも雰囲気から、連想させられるのは仕方ない事だった。オークの奇襲を受けもすれば、連想させられ、一気に動揺してしまう。

 それは、……これまでにも、何度も合った事だった。リタにとっての黒歴史である。

 それが、1人の時だったから良かったが、今回はもう1人いるから。

(ぅ……か、考えない様に無心でって思ってたのに……。へ、変に意識しちゃったじゃないっ……!)

 リタは、ドラゴの方を軽く睨んでいた。やや、半泣き状態になって。

「む……、1体、いや、3体だな」

 ドラゴが、視線を奥の更に奥へと集中させた。そこに揺らめく影を捉えたのだ。

「ひぃっ!?」

 リタは、思わず声を漏らしてしまったが、どうやら、ドラゴには聞こえていなかったようで、先にいるオーク達の方に集中している様だ。

「まぁ、問題ない相手だが、囲まれても面倒だ。さっさと倒すぞ?」
「うぇ? あ、う……え、ええ。」
「それじゃ、今回は接近戦と行くか。……流石に場所が狭いから、魔法よりはこっちの方が良い」

 ドラゴは、刀を取り出して攻めた。これは、NPCショップで購入した剣。元々、ドラゴは刀身が長い剣。色々なゲームで登場する、日本刀の形状、《政宗》《村雨》等の武器が好みだったから。

 ドラゴは、剣を構えて攻撃をしようとした時。

「……アンタ達ぃぃぃ」

 リタが何やら震えてる様だ。
 何か怒ってるのか?と疑問に思ったドラゴは、リタの方を向いた。リタの周囲には、無数の文字が踊っており、それらが1つ1つが更に色濃く光輝く。魔法の詠唱に入っているのは判ったが……。

(……何処となく殺気を感じるな。凄まじい)

 ……リタの背景に詠唱文だけでなく、炎も見えているかの様だった。魔法よりも接近戦主体が有利、と思っていたのだが、あっさりと覆される。

 その後は、まさに怒濤の魔法連発。まるで、戦争か?と思える様な強大な炎。そして、ルグルー回廊、洞窟を利用した土の魔法。炎と土の魔法で、相手(複数)の動きを止めつつ、本家である風の魔法、風の刃をも放つリタ。


 正直、あれはあれで、結構なものだと思えるのはドラゴだった。
 全ては自力であの域にまで達しているから、自分の魔法、《根源元素》に比べたらチートだとは思わない。思わないからこそ、素直に凄いと感じていた。最後の風の刃でモンスター達のHPが全て消し飛び、その身体が炎に包まれているのに、更に追撃の炎を当てるリタ。

 まさに、《鬼》である。



「ふぅーっ、ふぅーーっ!!」
「……落ち着け。」
「落ち着いてるわよ!」
「……はぁ、そうは見えないんだがな」

 色々と判らない事があるドラゴだったが、リタの魔法もあり、それに自身の無茶な高能力もあり、このルグルー回廊を攻略するのに、さほど苦労は無かった。

 洞窟内では、まだオーク達との戦闘回数が云うにふた桁を軽く越えが問題なし。ここのマップもリタの頭の中に全て入ってると言う事で、問題なく奥へと進む事が出来た。


 そして、約1時間が経過。

「……リタ」
「うん」

 ドラゴは、視線を細くさせていた。そして、リタも頷いた。

 つい先ほどまでは、特に異常は感じられなかったのだが、突如場の空気が一変したのだ。何かがぶつかり合う音、まるで爆発しているかの様な破裂音。洞窟内だからか、響き渡ってきたのだ。

「……ある程度、何人かは他にもいるとは思っていたが、こんな所で戦争でもしてるのか?」

 それは、規模がこれまでとは違った。普通の対モンスター戦ならここまでにはならない。自分の勝手な基準だが、これまで相手にしてきたオークの力量を考えたらそうだろうと思える。

 だから、先で行われているのは対プレイヤー戦なのだと推察をしていた。


「……ま、あそこを通らないとアルンにまで行けないし。進まないわけにはいかないわ」
「ああ。そうだな」

 明らかに異常がある、と判っていても立ち止まってるわけにはいかないだろう。あの先に、世界樹に知らなきゃいけないものが存在するから。




 そして、1ブロック先にある地底湖の橋へとたどり着いた2人。




 その中央では、戦塵が立ち上っていた。

 だが、それだけではない。見えるのは、数人のプレイヤー、そして 恐らくプレイヤーであったであろう炎の残骸が多数。そして……、橋の先にあるルグルー鉱山都市の入り口を守っているかの様にいる巨大な何かがいたのだ。

「……あれは何だ?」

 ドラゴがリタに聞いた。町の前に、その入り口にBOSSが配備されていても別段不思議ではない。それが、世界樹へと向かう為に経由する町であれば尚更だ。RPGでは定番でもあるだろう。

 だが、リタは首を振った。

「わ、判らないわ。こんなトコに邪神級モンスターがでるなんて聞いた事もない……」

 リタも知らない、となると相当なイレギュラーだろうと推察出来た。邪神と言うモンスターの事も気になったドラゴだったが、とりあえず今は先にいるモンスターに集中した。

「……ある時期か、もしくはプレイヤーの数か、キーアイテム・イベントか。……何かがトリガーになって アイツが現れた、と言うわけか」

 そう言うとドラゴは、ゆっくりと剣を引き抜いた。

「ちょっ……、ちょっとまって。あの今吹き飛ばされてる連中、結構高位な魔法使い達よ。魔法部隊の能力があれだけ高いなら、あの戦士達の力量も相当なものよ。それを、あんなあっさり散らしちゃう相手に正面から行こうって言うの?」

 リタは、戦闘状況を見ながらそう言う。
 その容姿からプレイヤーは、サラマンダーだった。サラマンダーが使う魔法も上位魔法。それをノーミスで連発している所を見て大体の力量をリタは把握したのだ。後衛の力量が判れば、前衛の力も大体判る。

 それだけのパーティを壊滅させたのがあの巨体……邪神クラスのモンスターであるのなら、正面からの攻撃は得策ではないと思ったのだ。

「ん? 相手が強ければ強い程良いんだが。リタは、そう思わないか?」

 危険だ、危ないと説明したリタだったが、そんなあっさりとした返答を受けて、思いっきり気が抜けてしまう。

「……思いっきりの戦闘狂(バトルジャンキー)って事。ま、そんなトコだとは最初っから思ってたけど。」

 リタは しれっ、とそう言っているドラゴを見てため息を吐く。……だが、あそこを、あの橋を通る為には、あれとの戦闘は回避出来ないだろう。

「この湖を使うと言うのはどうだ? 見た所……、結構強そうなモンスターが泳いでいる様だが」

 ドラゴは、視線を湖面へと向けてそう聞いた。
 大きな影が揺らめているのが判る。その姿形をはっきりと捉えたわけでは無いし、《視た》訳でもないから、一概には言えなかったが。

「無理ね。ここは、フィールド・ダンジョンのモンスターとは文字通りケタが違うわ。超高レベルの水竜型のモンスターがいる。あの影は 間違いなくそれね。 あたしは、ウンディーネの支援魔法も使えない事はないけど、下手したらメインが変わる。あの巨体じゃなく、水竜が相手になるわ」
「ん。判った。なら、正面突破しかないな」
「はぁ……この戦闘バカ」
「魔法バカと似たり寄ったりだ」
「……うっさい」

 兎も角、まとまった?様だ。加えて、ドラゴはある事を提案する。……通常では有り得ない提案。

「あれは、この世界に来て一番の強敵、だな。……悪い、1人でやらせてくれないか? リタ」
「はぁ?」

 あの巨体との一対一の申し出だった。……それも、サラマンダーのプレイヤー、それも高位であろう使い手を圧倒する相手にだ。

「ちょっと試したい」
「……アンタがバカよ。絶対。バカっぽいんじゃなくて、ほんとのバカ。」

 リタがそう思ってしまうのも無理はないだろう。

 ただ、この男の本気を見られるかもしれない、という意味では或いは魅力的なのかもしれないとも思っていた。










 そして、今のサラマンダーとあの巨体のモンスターの戦いは、もうあと数分、数秒で終わる事だろう。

 人数では、まだ5人程生き残ってる様だが、力量差が圧倒的なのだ。加えて、明らかに陣形が乱れている。……怯えている様にも見受けられる。その表情にはやや違和感を覚えたが、一先ず気にしない事にした。ドラゴは、集中力を欠いて倒せる相手ではないと悟ったからだ。

「……今、だな!」

 サラマンダーの最後の1人を巨大な手で鷲掴みにした瞬間を狙い……一気に距離を縮めた。

 近づいたら、大体の風貌を完全に把握する事が出来る。相手は、ただの巨人ではない。

 その頭には、二本の角。山羊の様に長い角が伸びており、高東部からも湾曲した太い角が伸びている。丸い目は真紅の輝きを放っており、牙の覗く口からは炎の息が漏れている。そして、漆黒の肌に包まれたよう阪神にはゴツゴツと筋肉が盛り上がっており、長い腕は、リーチが遥かに長い事を意味している、その懐も、見た目よりも深そうだ。

《悪魔》と呼ぶに相応しい相手。云わば《漆黒の悪魔》と言った所、だろうか。

 丸腰だが、攻撃手段は全身にあると考えられる。
 牙、両手両足、ブレス……。推察出来るのは無数にある。これは見ただけの推測であり、推察。手持ちには情報が圧倒的に足りない。

 だが、ドラゴはそれを是とした。情報不足上等だと。少ない手持ちで、強大な敵に挑むのも悪くない、とドラゴはニヤリと笑みを見せていた。

「グルルッ!?」

 ドラゴが、後ほんの数mまで距離を詰めた所で、その漆黒の悪魔はドラゴに気づいたのか。

「ひゃあっ!?」

 その手に握っていたプレイヤーを投げ飛ばすと、こちらに向かってきた。

「っ!!(この巨体から考えられない敏捷性ッ!?)」

 振るうのは、その巨大な腕。ドラゴ目掛けて振り下ろしてきた。
 だが、ドラゴは、走る速度を落とさず、そのまま素早く回避した。

「グルッ!?」

 回避された事に驚いたのか、一瞬動きが止まる悪魔。ドラゴは、そのまま相手の股下をくぐり抜けると。

「気が散漫だ!」

 叫びながら、その背中に一撃を与えた。それは、剣撃で言う逆風による切り上げ。相手は巨大故、一撃でまっぷたつとは行かなかったが、ダメージは与えられた様だ。

「っ!?」

 だが、ダメージを与え、更にノックバックも発生させたと言うのに、攻撃を喰らいながらも体術のスキルを彷彿させる裏拳を放ってきた。

 ぎゅおっ!! と言う音を立てる。まるで空気を裂く様な速度の拳速。回避は無理と悟ったドラゴは、剣で受け止める事にした。勿論、ダメージを受ける事を覚悟で。

“がきぃぃぃんっ!!!”

 ドラゴの剣と悪魔の拳。それらが衝突し合って、まるで落雷が轟き落ちた様なエフェクトと共に、金属音が木霊した。拳と剣の衝突音じゃない。そう一瞬頭に過ぎったが、今は考えてはいられない様だ。

「……初動が殆ど無いな。次の手が読みづらいったらありゃしない」

 ドラゴは、そうぼやきながらも、喜々として剣を握る。そして、跳躍し。

「ぐるおおおっ!!!」

 悪魔の眼前まで飛んだ所で剣を振り下ろした。……だが、相手の反応速度も、その巨体からは有り得ない程早い。顔面に通る筈の一撃が、その巨大な掌に阻まれた。

「ふん……!!」

 ドラゴは、上手く着地すると、今度は詠唱を始めた。

「ぐるるっ!!!」

 その詠唱を阻止しようと、巨大な掌を握り、拳にすると、一気に振り下ろしてきた。雷撃の鉄槌、の様な勢いと迫力だ。

 だが。

「……ふんっ!」
「!!!」

 詠唱中なのに、ドラゴは動き回避した。攻撃が当たる筈だったと、まるで動揺しているかの様な悪魔。

(……やはり、何かがおかしいな。単なるNPCが、Mobが、こんな反応をするのか? イベント系の敵……か? いや、これはまるで……)

 ドラゴは、攻撃を避けつつ考えていた。そう、この悪魔の表情は驚いている様な感じがする。見た事もない攻撃、そして 驚いている、と言う中には歓喜さえも見える。わくわくする、と言った様子だ。



――……まるで、そうまるで……自分と同じ。



 相手はモンスターではなく、プレイヤーの可能性がある、と考え始めていたのだ。

 だが、一瞬の間に思っただけであり、だからと言って手を緩めるわけにはいかないだろう。


「……コイツには、一発の魔法だけじゃ、躱されるな」

 ドラゴは、そうつぶやくと、詠唱文の数を増やした。ドラゴの魔法は、基本的に戦闘中では気が遠くなる程長い詠唱文だ。それが、これほどの強敵なら尚更だろう。

 それは、10秒が永久に思える程、1文唱えるのが永久に思える程に。

 普通であれば、有り得ない選択肢だろう。ハイリスク・ハイリターンとはこの事だ。

「……だが、上等」

 ドラゴは、ニヤリと笑った。相手の悪魔も、その詠唱を易々とさせる訳じゃない。でかい腕を振り回し、時には尾も振り回し、連続攻撃をしかけてくる。

“ぎゅんっ!!”

 一撃一撃避ける事に、空気を切り裂く様な音が響く。その巨体からは信じられない速度だった。その悪魔の筋力値(STR)は勿論、敏捷性(AGI)もかなり高く設定されているのだろう。この魔法を発動させる事が出来た所で、簡単に当たってくれないだろうと思える。

 だが、それでも現在で最強の攻撃力を誇る魔法だから、ドラゴにとって最善の手段だった。

 当たれば、かなりのダメージであり、全てを躱されたとしても隙は必ず出来るから。












 ルグルー回廊側の橋の入り口。

「な、なんなの?あれ……」

 リタは、あの戦いを見て唖然としていた。相手は巨大な悪魔。見た事ないモンスター、恐らくはBOSSだろうけど、あの巨体だ。攻撃力は高いだろうが、速度は落ちる、筋力値が高く敏捷値は低く設定されていると思ったのだが。

 戦場からここまでは、遠距離(ロングレンジ)だと言うのに、目で追うことが難しいのだ。

 リタは、こんな経験初めてだった。

「………と、とにかくっ!」

 リタは、回復くらいの準備はしてあげたほうが良いと判断し、ドラゴのHPバーに集中した。今は、コレといった直撃はしてないから、減少はしてないが……、これからどうなるか判らない。確か、ドラゴは1人でやらせてくれ、と言っていたが、死ぬよりはマシだろう、と考えた。

「……でも、あんな啖呵切ったんだから、負けるんじゃないわよ」

 リタは、戦い続けるドラゴを見ながら、そうつぶやいていた。








 それは鉱山都市入り口側での事。


「あ、あれは一体何ッ? 判る……っ?」
「ダメです、遠目過ぎます。それに相手の動きが早すぎて そのデータを見る事ができません。……こんなの初めてですっ」

 2人?の戦闘を見ているのはリタだけじゃなかった。橋の鉱山都市側に戦いを固唾を飲んで見つめている2人がいた。

 当初は、圧倒的な物量、そして戦略で殺られかけた。だが、あの魔法を使って、そこを切り抜けたのだ。これで安心だ、と思った矢先……、招かれざる客が、戦士が、突然現れたのだ。

 その戦士は、相当な使い手だ。殆ど五角の戦いをしているから。


――……14人を圧倒し、蹴散らした悪魔と五角。


 あの巨体の有利性が活きるのは、後数秒だろう。魔法が切れたら、リーチが通常にまで戻ってしまう。戦闘力が半減……とまではいかないが、均衡が崩れてしまうのは判る。

 今、自分の魔力ゲージ、マナは先ほどの戦いで全て使い果たしている。そして、手持ちのマナ・ポーションももう切らしているのだ。

『オレが生きている間は、パーティメンバーを殺させやしない。それだけは絶対嫌だ』

 あの言葉が脳裏に過る。通常……今まで見てきたプレイヤーとは違う。どんな苦難があっても、最後の最後まで抗い続けると言う意志が篭った瞳だった。

(……それは、あたしも言っていいんだよね。……あたしも、絶対に死なせたくないよ!君の目を見ちゃったんだからっ!!)

 あの言葉を訊いたからこそ、決意の炎を漲らせた。

「あたし、行ってくる!」
「えっ!?」
「……パーティメンバーを死なせたくないって想い、あたしにも判るから!! 今、相手は1人……、2対1に持ち込めば、勝機有る筈だよ!」

 そう、力強く言いながら。そして。

「正直、あたしは、あの戦ってる2人には及ばないかもしれない。……でも、1+1は絶対に1より少ない数字になんかならないからっ!」

 彼女がそこまで言い切った所で。

「私も行きます」

 その小さき妖精も決意を固めた様だ。

「え?」
「私も、近くまで行けば、絶対に相手を解析してみせます! 私が、《眼》になります!」

 強い決意が宿ってる瞳。それを見ただけで判る。2人は互いにそれを確認すると、頷きあった。そして、強く石で出来ている橋を蹴り……戦っている2人の元へと駆け出していった。









 そして、場面は戦場。橋の真ん中。

「……完成だ」
「ぐるるっ!??」

 詠唱が完成したと同時に、洞窟内だと言うのに、空が紅く光った。まるで、空が燃えているかの様な紅い……紅い光。そして、その光は、何度も瞬きを繰り返していた。

 とてつもない気配を感じた悪魔は戦闘中だと言うのに、空を見上げていた。それは、反射だと思える。咄嗟に身体が反応してしまう。それほどのもの。

「……流星群と言った所か? その巨体だ。避けきれないだろ!」

 ドラゴは、素早く後方へと跳躍し、降り注ぐ隕石の流星群の攻撃範囲外へと飛び出た。後は、魔法をある程度操作する事が出来るが、ホーミング機能もついている為、最小限で良いだろう。

 直撃しなくても、その衝撃波にも攻撃判定がある事は確認済みだ。

 だから、無闇に操作しなくても、一撃の爆風が、身体の自由を奪い、残りの隕石でトドメをさす。

(さぁ……どうでる?)

 普通なら、この段階でゲームセットだと思える。膨大な詠唱文と言うリスクは、ハイリスクだが、戻ってくるものも遥かにでかい。故にハイリスク・ハイリターン。その攻撃を喰らって、無事だとは思えないが……、あれはただのモンスターじゃない事は もう判っていたから。

 だからこそ、何かをしてくる。この程度じゃ殺れない。そんな確信染みたものを感じたのだ。

「ぐるおおおおっ!!!!」
「……なにっ!?」

 突然、雄叫びを上げたかと思えば、黒煙を身体中から吹き出していた。その黒煙は、一瞬でその巨体を包み込んで、見えなくさせる。

(目くらまし? いや、この状況で意味は無い。黒煙、煙幕はこちらまで届いていない)

 あの煙幕は、巨体を包み込むだけであり、この橋全体を包んだ訳ではない。この橋の全体を包んだのであれば、或いは奇襲も可能だったかもしれない。だが、それも現実的ではないだろう。

 ここは橋の上であり、決して広い戦闘エリアではない。前後くらいにしか満足に動けず、後ろに回り込むには左右の幅が狭い。そして、空には、あの隕石が迫ってきているのだ、空から回り込むのも無理だ。それに、あの煙幕の作用についてはっきりと判らないが、使用者自身も見えなくなってしまえば、隕石を回避する難易度がかなり上がってしまうだろう事も判る。

 そして、何より、あの巨体だと言う理由も勿論あった。


 
 ドラゴの中で、色々と考察をしていたその時だ。


「うおおおおおおおおあああああああああぁぁぁぁ!!!!!!」
「っっ!?!?」


 それは突然だ。突然怒号とも取れる裂帛の気合の咆哮が黒煙の中から迫ってきた。それは、先ほどの獣のものではなかった。

 黒煙から出てきたのは、その黒い煙に負けない程の黒さを持つ装備。黒く逆だった髪、そして、バスターソードを彷彿させる長くデカい剣。まだ、薄く黒煙を纏っている為、その素顔までは見えなかった。


“ぎぃぃぃぃんっっ!!!”


 突然の事だったが、ドラゴはその猛攻を自身の刀で受け止めた後、続けざまに、ドラゴが放った隕石流星群が この大橋に着弾する。

“どうっどうっどうっどうっ!!!ずごぉぉぉぉぉっ!!!!!”

 一定のリズムで奏でる隕石の爆音。そして、それを締めくくる大爆発。その爆炎を背後に2人の男の剣が交差していた。


「……あんな魔法もあるのかよ。無茶苦茶じゃないか。死ぬかと思ったよ」
「……まさか、モンスターだと思ってた敵がプレイヤーだった、とはな。NPCにしては感情豊富だとは思ったが……。あれは目晦ましじゃなく、魔法解除の合図だったのか。もしくはタイムアップか……。巨体から突然戻られたら確かに厄介だな」

 きききき……と、音を立てながら金属、剣が擦れ合う鍔迫り合いの最中、2人は笑っている様に見えた。

「それ狙って、一発逆転狙ったんだけどなぁ。……お前、厄介、って言っといて簡単に防いだじゃないか」
「……離れてたからな。煙幕から空気の流れを読み取るのは訳ない」
「なんて、眼をしてんだよ……。……って」
「……あっ」


 この時……漸く煙が晴れてきた。
 鍔迫り合いの中で漸く互いの顔を確認する事が出来た。それは、互いによく見知った相手だと言う事。

 所々は、装備を変更したからか、変わっているが、顔までは変えていないから。


「キリトっ!?」
「ドラゴっ!?」


 そう……ドラゴがモンスターだと思って戦っていた相手は。キリトが、サラマンダーの討伐隊の残党だと思っていた相手は。


 仲間だったのだ。






「ひゃあああっ!?!?」
「りり、リーファさぁぁんっ! よ、避けてくださいっっ!?」

 後ろでは、まだ若干降り注いでいる隕石の欠片を必死に躱していた。その2人もよく見知った者達だった。

 ナビゲート・ピクシーのユイとシルフ族のリーファ。随分と早い再開である。

 恐らく、参戦をしに来たのであろう。そして接近してきた所で、あの隕石流星群の攻撃範囲内に突入してしまい、必死に回避し続けている様だ。



「……何、この状況。……って、リーファ?」

 そして、隕石による攻撃が止んだ所で、リタも、傍にまできていた様だ。あの煙幕が出て、巨体が消えてしまったことに気になっていたからだろう。

「はぁっはぁっ……、あ、あんな魔法見た事ないよー……、あ、ああ 良かった。ユイちゃんが後一秒声かけが遅れてたかと思うと……」
「ちょ、直撃してたかもです……」

 躱しきったリーファとユイ。2人して、盛大にため息を吐いていた。

「あんた達、一体何してんのって」
「な、何って、襲撃してきたのはそ……っち……って!! ええ! リタ?? なんで、ルグルー回廊に!?」
「あ、あれ?」

 リーファは、リタと。ユイはドラゴと目があった。つまり……、互いが敵同士だと思っていた様だったのだ。










 一先ず、混乱しきっていた様だが、落ち着いた一行は。(因みに、一番慌ててたのはリーファであり、その興奮を落ち着かせる事に大半の時間がかかったのである)

「成る程な。……サラマンダーの大部隊の襲撃、か。難儀な事だな」
「あの時は、お前だっていただろうに……」
「まぁ、確かにそうだけど」

 キリト達が何故、橋の上で戦っていたのかを理解し、そして、その戦っている最中にキリトが幻覚魔法を使って、姿形を変えていた事も理解した。

 それをモンスターだと勘違いをして、あの大戦争が始まった様だ。

「えー、リタ。キリト君の魔法を見破れなかったの?」
「……うっさいわね。スプリガンのあの幻覚魔法って、雑魚ばっかだったし、しょうがないじゃない」
「えー 大魔法使い様なのに~?」
「とうっ!!」
「痛ぁぃっ!?」

 リタの右ストレートがリーファの右胸辺りを直撃した。

「……んとにもー、レコンと言いリーファと言い。口は災いの元だっての。……それに相変わらず殴りやすい乳ね」
「や、やめてよっ!! もうっ!」
「ぽよんぽよんと、揺れて揺れて大変でしたよ?」
「も、もうっ! それはあなたが、ポッケじゃなくって、その……ここに入ってたからでしょっ!」

 女性陣は色々と話が盛り上がっている様だ。だが、肝心な事を忘れている。

「所で、あそこで倒れてる奴は、放っといて良いのか?」
「……え?」

 キリトは、ドラゴが指さす方を見て……気づいた。

 そこに倒れているのは、サラマンダーの前衛部隊の1人。

 リーファにいわれて、1人だけ残す、と言う事でHPを全損させ無かったのだ。色々と事情を聞く為に。

 そして、そのサラマンダーの男は、その……目を回していた。判りやすく気絶をしている。14人中の1人の生き残りであり、そして、ドラゴのあの目まぐるしい隕石の雨の中で生き残った様だ。

 物凄い強運の持ち主。

 だが、起きるのにはまだ暫くかかりそうな気がする。頭の上で、《☆》が回っている様な……気がする程の清々しいまでの気絶っぷりだからだ。

「とりあえず、コイツが起きるまで待つか。一応、オレも当事者だしな。聞いてみたい」
「そうだな。んで、その間に聞きたい事があるんだが……」

 キリトは、ずいっと一歩よると、真剣な顔つきになる。

「あ、あんな魔法どこで覚えた? ってか、結構うろ覚えだけど、ドラゴ、詠唱中に普通に動いてなかったか? どうやったんだ? それにこれもうろ覚えだが……、なんであんな、超超……∞ 長い詠唱文を間違えずに、はっきり言えるんだ??」
「………」


――……一度に聞く質問内容が多い。


 興奮するキリトを見て、そう思わずには要られないドラゴだった。



 
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