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異界の王女と人狼の騎士

作者:のべら
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第二十一話

 呻くような声がした。
 それは、ごくごく近くから聞こえてくる。
 誰かが泣くのを必死で堪えているような、何か切ない呻きだった。

 俺はむくりと起き上がる。
 王女が寝ているベッドを見ると、ベッドの上で王女がこちらに背を向けて横になっている。その肩が小刻みに震えているのがわかった。

「おい、大丈夫か? 」
 心配になって声をかける。
 鼻をすする音と、微かにすすり泣くような声だけが聞こえる。

 俺は心配になってベッドに腰をかけて、王女を確認しようとする。
「だいじょう……ぶ」
 
 声の途中で王女が起き上がったかと思うと、ぶつかるように俺にしがみついてきたんだ。
「お、おい」

「お願い、お願いだからしばらくこのままでいて」
 消え入りそうなくらい小さな声で彼女は呟いた。
 首に回した両手のそのしがみつく力はとても強かった。彼女の震えが俺にも伝わってくる。必死に何かに耐えているようだ。
 そして無関係に彼女からは何か魅惑的な香りが漂ってくる。

「な、何かわかんないけど、大丈夫なのか」
 大丈夫としか言えないのか、俺は。でも言葉が見つからないんだ。
 軽く彼女を抱きしめ、背中をさすってやるだけだ。

 突然、息せき切ったように、王女が泣き出した。抑えていたものが一気に噴出したかのように声を上げて泣き出す。あまりの感情の吐露で激しく咳き込む。

 俺は何が何だかわからない。さっきまでの王女の姿からは想像も出来なかった反応にどうしていいのかそれすら思いつかない。
 王女を強く抱きしめ「大丈夫だ、大丈夫だ」と言うしかなかった。

 王女は呻き、泣き、咳き込みながら次々と意味不明な言葉の羅列を吐き出す。
「なぜ、兄様は、そんな、ことをする、のですか」
「みん、な、しん、でしまった」
「おいてい、かないで」
「にいさま、たす、けて、わた、しをたべ、ないで。どうし、て、こん、なめに、あわない、といけないの」
「おまえた、ちのしを、むだに、はしない」
「たとえ、いのちに、かえても、たおす」
「もう、わたし、には、だれもいない、のだ。もうなに、も、しんじられない、のか」

 彼女から伝わってくるのは後悔、痛み、悲しみ、孤独だった。ハッキリとした映像が見える訳じゃない。でも俺と王女の間に特殊な回路ができたと言ってたように、俺の側からも少し彼女の心が今は見えるようになっているようだった。
 あいまいなイメージしか受け取れないけど、すべてが彼女の未来に向けての暗闇しか感じられなかった。
 長くその負の波動を浴びていたら頭がおかしくなりそうな……。

 感情の高まりのためか、けいれんを起こしたかのように体が激しく震える。
 ぐっと抱きしめているのに、その拘束をはずそうとするその力の強さに驚かされる。
「しっかりするんだ」
 少女の悲しみに触れ、俺は猛烈に彼女に対する愛おしさとなんとか護ってやりたいという気持ちが一気に高まるのを感じた。
 どんなことが向こうの世界であったかはわからない。ただ、世界を追われ、誰も知らない世界に、たった一人で投げ出された少女の孤独を思うとどうにもならない感情が俺の心を支配した。
 ただただ、護ってあげたいと願った。

 衝動的に暴れる彼女をぐいと引き寄せ抱きしめると、少し強引に口づけた。
 口づけてしまったというべきか。

 びくんと一瞬反応をしたが、すぐに彼女はおとなしくなっていくのが感じられる。抵抗しようとする力は急速に衰えていった。
 しばらくの間、口づけたままでいた。

 王女の耳元に顔をよせ、ささやくように言った。
「君は一人じゃない。……俺がいるよ。俺が必ず守ってあげるから。安心して」
 そうやって背中をさすってやる。

 永遠にも続くかと思われるような彼女の悲しみが、やがて、次第に落ち着いて行くのがわかった。
 呻きやすすり泣く声が徐々に収まり、それが寝息と変わるまでそれほどの時間はかからなかった。

 あんなに凛としていた、意地悪で冷たくてワガママで無遠慮で傲慢な王女の振る舞いの奥底にある悲しみや孤独を知った俺は、強がったあの振る舞いは彼女が自分を護るための鎧だと気づき、なんか、すごい王女が愛おしく思ってしまっていることに気付いてショックを受けた。
 ……やはり(やはりなのかな?)、俺はロリコンなのか? などと認識させられ、衝撃を受けたりする。

 ほっとすると、ゆっくりと王女を寝かせつけ、布団をかける。
 寝顔はとても安らかに見えた。

 カーテン越しに漏れてくる光でもう完全に夜が明けたことに気付く。
 結局眠ることはできなかったか……。
 まあ、いいや。
 王女の違う一面を見られたということで成果はあったといえるもんね。ただ、衝動的にキスしたのは、ばれたらまずいなあ。

 いろんな事を考えてしまうが、今はやらなくちゃいけないことがある。
 伝言を残して、俺は部屋を出ることにした。
【俺なりにやってみる。何かあったら電話します。腹が減ったら食べるものは冷蔵庫にあります。でも、決して勝手に外に出たら駄目だからな】
 命令調になるのは仕方ないかな。
 あまりに彼女は目立ちすぎる。何も知らない少女が町を一人でウロウロしてたら確実に警察に保護されてしまうからね。
 とりあえずはおとなしくしてもらわないと。

 俺は部屋を後にした。

 
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