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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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28.希望が殻を破るとき

 
前書き
※この作品は「ダンまち」とのクロスです。
 影も形もなくたってクロスです。
 クロス……のはず。たぶん。 

 
 
 並み居るエタルニア公国の兵士たち。
 アスタリスク所持者、近衛師団、親衛隊……6人会議のメンバー。
 今、この親子の邂逅をエタルニア公国軍の全てが見守っている。

 六人会議の議席の前――そこが、二人の顔を見合わせた場所。
 ここで幾度となく国の命運が決められてきた。
 歴史の重みをそのまま残すかのように荘厳で古びたその部屋の中心に、父はいた。


「来たか……イデア・リー。我が娘よ」


 重圧と呼ぶのも生ぬるい、周辺を押し潰すような圧倒的存在感。
 一度決めた覚悟が大きく揺らぐほどの、目に見えない実力差。
 たかが十数Mしかない筈の父との距離が、町一つ分ほど離れて感じる。
 今まで偉大なる父としか考えていなかったイデアが初めて感じる、『聖騎士』の気迫。

 神々しい鎧に全身を包んだ、国を憂う戦士としてのブレイブ。
 イデアは生唾を呑み込んだ。腰に携えた『伊勢守』を握る手が、無意識のうちに固くなる。

「この場に、我が友の剣を携えてやってきた……この事の意味が、お前に解るか?」
「いいえ……あたしに解っているのは、あたしが覚悟を決めたということだけです」
「足らんな」

 眉一つ動かさず、『大元帥の剣』を携えたブレイブは厳かに告げる。

「お前は我が娘として産まれた。そして、他の道があったにも拘らず敢えて私の率いる公国軍へと入る道を選んだ……つまり、お前はその時、私の『希望』を図らずとも背負った」
「お父様の希望……?」

 大義ではなく、希望。その希望が指し示す意味が、今のイデアにはわからない。
 だが、父が確かに娘に何かを託そうとしている事だけは、理解できた。

「お前は、元帥の娘として激しい鍛錬を続け、カミイズミと戦いながら腕を磨いた……その際、この砦に住む多くの兵士たちがお前を見守り、時には手を貸してもくれたろう。そう、お前はその度にエタルニア公国の兵士たちに『希望』を託されてきた。いずれ必ず公国の幹部になるであろうお前へ、な」
「……………」

 確かにそうだ。皆、イデアこそが将来的に父の跡を継ぐのだと漏らしていた。
 イデア様、と声をかけてくれた兵士たち。時には喧嘩もした同門の戦士たち。
 そう、イデアが公国軍に入るというのはつまり、父の後を次ぐのだと周囲は思ったに違いない。
 だからこそ、皆も未来に国を支えるイデアに力を貸した。

「そして……お前はカミイズミから剣までもを受け取った。剣士が他人に剣を託す……この事の意味は、お前にも分かるはずだ」

 そう問われ、イデアは自然とその答えを漏らした。

「剣士にとって剣は命であって、魂であって、信念そのものを映す鏡………つまりこれを受け取った時、あたしは師匠の『希望』を受け取った……!」
「そうだ。今やお前は我が軍の………いいや、敢えて言おう!お前は国の希望を背負っているのだ!!その事実を理解して尚、お前は剣を抜く覚悟があるのか!?」

 あまりにも真摯で力強い言葉。
 他の誰でもない、この世界でたった一人――イデアにだけ向けられた言葉が、胸を揺るがす。

 今になって、分かることがある。

(あたし、お父様の理想を叶えたかったんじゃない……確かに尊敬してたし目指すべき指標だったけど、そうじゃないんだ……)

 今、この瞬間。イデアの胸中に浮かび上がった光景が、彼女の想いの底を掘り出していく。
 厳格な父。母の事を想う父。娘を叱る父。でも、優しい父。
 そんな父は、イデアが成長するにつれて厳格な部分ばかりが大きくなっていった。

 大義の名の下に、ブレイブの眼はどこか遠くを見つめるようになっていた。

(あたし、寂しかったんだ………お父様は家庭でなく大義のために時間を取られてたから、あたしも大義の名の下に集えば一緒にいられると思って)

 遊ぼうと言っても、褒めてもらおうと思っても、なかなか振り向いてはくれない大きな背中。
 だが、それは違ったのだ。父は、娘に並んでほしかったのではない。
 娘を、自分より未来(まえ)へと送り出したかったのだ。
 自らには実現できなかった何かを、娘ならば出来ると信じて。

 全てを知った上で――イデアは、こう答えた。

「そんなの分かんないよ」
「……………」
「お父様の希望も、師匠の希望も、みんなの希望も……あたしは余りにも知らな過ぎる。それどころかエタルニアの外の事は人伝にしか聞いたことがない……そんなあたしに『国の希望』って言われても、そんなの答えが出る訳ない」

 ふるふると首を振るったイデアはしかし――次の瞬間、迷いなく鞘から『伊勢守』を抜き放った。

「だからね、お父様。あたし絶対に逃げない!!」

 分からないから、退く。自信がないから、退く。……そんなのは間違っている。
 分からないなら知らなければ。自信がないなら己を鍛えねば。
 そしして前へ進もうとすることで、人は真実を得る。
 だから、退けないのだ。

「託された希望が何なのか……お父様が見据えているものが何なのか……全部見極めて答えを出すその時まで、あたしは何度だって剣を抜く!!それがあたしの覚悟です、お父様!!」

 突きつけられた刃に――ブレイブはほんの一瞬だけ微笑み、自らも剣を抜き放った。

「ならば、お前の覚悟の程を剣にて語るが良い――エタルニア公国軍元帥、『聖騎士』ブレイブッ!!いざ参るッ!!」

 バトルアリーナが展開され、イデアとブレイブの周りに結界が張られる。
 それが、イデア最初の試練となる父の『試練』の戦鐘だった。



 = =



 聖騎士。
 それは誰よりも堅牢で、誰よりも力強く戦線を支える不沈の騎士。
 聖なる意志と力の体現者であり、味方の勝利を約束する者。

「ぜやああああああッ!!」
「やぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 ガキィィィィンッ!!と、剣同士が衝突してけたたましい音を響かせた。
 この一週間で完成させた両手持ちの技術とカミイズミの刀がもたらす破壊力の二つを掛け合わせたイデア渾身の一太刀が、ブレイブの剣と拮抗した。
 だが、腕にかかる凄まじい負荷にイデアは歯を食いしばった。

(押し切られる……!!パワーじゃ敵わない!!)

 すぐさま剣を斜めにブレイブの斬撃を受け流す。だがブレイブとて百戦錬磨の剣士だ。その程度の浅慮な動きに対応できない筈もない。すぐさま体勢を立て直して猛烈な連撃をイデアにぶつける。

「どうした!!威勢がいいのは言葉だけか!?」
「む、ぐ、ぐ、ぐううううう~~ッ!!」

 聖騎士ブレイブの猛攻に、イデアも全身全霊をかけて応対する。
 だが、この剣はカミイズミの鋭く斬り裂く瞬撃とは全く異なる。
 強大なパワーとそれによって振るわれる大剣の組み合わせが、巨大な斧に勝るとも劣らない強烈な威力を連続で生み出している。唯の一撃でも受け流し損ねれば、その瞬間にイデアは吹き飛ばされるだろう。

 一瞬たりとも気の抜けない攻防。こちらの読みを潰して圧倒するように繰り出されるブレイブの大剣は、甘い考えなど許さぬと言わんばかりの迫力でイデアを追い立てていく。
 これが父、これが聖騎士。今までに一度たりとも本気で相対したことが無かった父から噴出する凄まじい威圧感も相まって、まるで巨人の連撃のようだった。

「デタラメな力……だけどッ!!」

 聖騎士というジョブには、ひとつだけ弱点がある。
 それは、大剣と鎧に身を包んでいるが故にどうしても速度に劣るということだ。
 剣戟の速度では誰にも劣るまいが、脚を使った機動力だけはイデアにも分がある。

 猛攻の中、イデアはその一瞬を勝ち取るための一瞬の隙を待った。

「待ってばかりではチャンスは訪れん!それとも臆したか!?」
「お父様は、知らないだろうけど……ッ!あたし、こう見えても我慢強いのよ……!!」

 カミイズミとの戦いを思い出す。カミイズミには一切の隙がなかった。だが、隙はなくとも剣には「呼吸」というものがある。攻め手の厳しくなる呼吸、逆に守りの厳しくなる呼吸……剣には必ず起伏が存在する。例えどのような達人だとしても、その呼吸の継ぎ目が全く存在しない剣士などいない。
 ブレイブの攻めと防御の呼吸が切り替わる瞬間を――常にカミイズミ相手に目を鍛えてきたイデアは決して見逃さない。

 その瞬間、イデアは振り下ろされたブレイブの剣――呼吸の継ぎ目になったその太刀筋を受け止めようとした剣を翻した。ブレイブの剣が下に、イデアの剣が上に――この一瞬の攻防の継ぎ目こそ、カミイズミから教わった極意の一つ。
 そして、剣速でカタナに勝る剣などありはしない。イデアは渾身の力を込めてブレイブの剣へ自分の刀を振り下ろした。

「そこだッ!『牙折り』ぃぃぃッ!!」
「ぬうッ!?我が剣を!?」

 『牙折り』――この1週間のうちにイデアが身に着けた技の一つが、ブレイブの剣を強制的に地面に叩き付けさせる。それによってブレイブはその瞬間だけ、剣をイデアへ振るえなくなった。現実世界では僅か1秒程度の些細な隙――だが、真剣勝負ならばその1秒は勝敗を別つ。

 僅かな隙を見逃さず、イデアは返す刃をブレイブに全力で叩きつけた。

「行っけぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 『伊勢守』が虚空を煌めき、ブレイブの身体へと叩き込まれる――

 ガリンッ、と刃が止まった。

「え………」

 思わず絶句する。イデアの剣は確かにブレイブに命中していた。だが――その刃も衝撃も、鎧に阻まれ全く通っていない。まさに鉄の塊をなまくら剣で切ろうとしたときのような手応えに、イデアは一瞬言葉を失った。

「戦いの中で我を忘れるとは迂闊なり!受けろ、『シャインブラスト』ッ!!」

 その一瞬の隙もまた、真剣勝負では致命的な隙でしかない。
 ブレイブの持つ剣に眩い光が集中し手いる事に気付いた時には、もう遅かった。

「しまっ――キャアアアアアアアアアッ!!」

 爆発的な光と衝撃波の奔流が地面に激突し、イデアはいとも軽々と吹き飛ばされた。
 背中から地面に衝突し、ごろごろと転がって停止しイデアは、手をついて激しく咳込んだ。

「がはッ、げほッ!!けほっ……はぁ、はぁ……」

 背中がずきずきと痛みを発し、乱れる呼吸を必死で整える。咳込むと同時に咄嗟に体勢を立て直して剣を構えたが、ブレイブはまだ先ほどの場所に仁王立ちしていた。
 今のは、聖騎士の奥義の一つ『シャインブラスト』。自らの力を光属性に変換し、弾丸のように撃ち出す魔法に近い技だ。ブレイブはそれを地面に叩きつけることで剣を上に向けずにイデアを迎撃したのだ。その表情には乱れの一つもなく、イデアを見つめている。

「その程度か、娘よ」
「まだ……まっだだぁぁぁぁぁッ!!」

 イデアは駆け出し、何度もブレイブと衝突する。

 バルバロッサから盗んだ『海賊』の奥義。聖騎士に近い性質を持った『騎士』ハインケルから教わった攻防の極意。そしてそれのベースとなったイデアの剣術を支えるカミイズミの剣。その全ての知識を注ぎ込んで何度も何度もブレイブにぶつかる。

 だが、弾かれる。
 だが、見切られる。
 思いつく限りの猛攻を何度ぶつけても、ブレイブの顔色は一つも変わらない。
 剣がまったくブレイブに届かない。届いても微かに鎧に傷をつけるだけ。

 勝機が全く見えない。

 昨日カミイズミがほんの一瞬だけ見せた「本気」と同じ本能的確信が、イデアの頭を次第に白く染めていく。頭の中が白くなって、次にどう動くべきかが分からなくなっていく。覚悟が、音を立てて崩れ去っていく。

「強者と戦うとは、そういうことだ」

 肩で息をしながら剣を構えるイデアに、ブレイブはそう告げた。

「真の実力差の前には小手先の細工など通用せぬ。お前はカミイズミの本気を何度見たことがあるか?そしてそれに一度でも勝てたか?」
「そ、それは………」

 いつか超えると思っていても、結局自力でカミイズミが本気を出すまでに追い詰められたことはない。昨日のあれは、これからの戦いに備えて見せてくれたというだけのこと。自力でのことではない。本当の強者に勝ったことなど、一度もない――それが真実だった。

「勇気を出す……希望を背負う……覚悟を決める……どれも耳に心地よい言葉だ。だが、言葉は言葉でしかない。力にはならんのだ」

 口先だけの力に意味はないと、そう言っているのだ。
 そして、現にブレイブに傷一つ付けられていないイデアこそがそれだと。

「お前は『逃げぬ』とも『何度でも剣を抜く』とも言ったが、それはお前の都合でしかない!いくら崇高な目的を掲げようと、力の伴わぬ言葉に誰が心を動かされようか!?力も無しに己の理想を叶えることが出来ようか!?お前の剣に、どれほどの重みが籠っているというのだ!?」
「く……キャァアアアアッ!?」

 ブレイブの剣が横薙ぎに振るわれ、イデアは為す術なく刀のガードごと後方に吹き飛ばされ、再び地面を転がった。衝撃にぼやける視界が、自分の握った『伊勢守』を映し出す。

(あたしの剣……あたしの強さ……?)

 ブレイブの言葉の一つ一つが、イデアの心を激しく揺さぶる。
 自分の剣は、いつも誰かの貰い物。
 自分の想いは、誰かから受け取った物。
 自分の力は、父には到底届かないちっぽけな物。

 自分に、父に試されるほどの資格があったのだろうか。そんな疑問が頭の中を過った。
 元帥の娘だからとちやほやされて、剣聖に剣を教えられ、いつだって誰かに助けられてきた自分に――お城のお姫様でしかない自分にあるだろうか。

 全てを投げ出しかけたその時、カミイズミの言葉が思い浮かんだ。


『例え君がブレイブに実力を認めさせたところで、その先には逃げ出したくなるほどの苦難がごまんと待ち構えている』


『時間は待ってはくれぬ。敵も、味方も、それを待つほど流暢ではない。イデア、君はどうする』


 その時に自分が何と答えたか。それを思い出したイデアは、あたしはなんて間抜けだったんだ、と悔しさに歯噛みして立ち上がった。

「あたしは……そうだ。あたしがあたしを信じなくてどうする!!」

 自分の目を覚ますように、剣の峰に全力で頭を叩きつけた。ゴキッ!!と嫌な音が響き、額に割れるような痛みが走ったイデアは思わずもんどりうって悶え苦しんだ。余りの奇行にブレイブも目をまくるしている。

「痛ぁぁぁッ!?……き、気分任せにこんな事するんじゃなかった……!」

 いつつ……と額を抑えたイデアは、改めて剣を構え直す。
 その可愛らしいおでこには傷が入って一筋の血が垂れていたが、もうイデアにはそんなものはどうでもよかった。
 考えろ、とイデアは思考を巡らせる。
 今まで父と戦って勝った者などそもそも聞いたことがない。
 だが、引き分けに持ち込んだ相手ならイデアも一人だけ知っている。自らの師、剣聖カミイズミである。剣の極みに達し、『二聖』と謳われるカミイズミだけが父を止めた。
 つまり、今のブレイブに対抗するにはカミイズミ級の技が必要になる。

(やるしかない!!)

 無理だ、と言葉に出しかけた己を叩き伏せてイデアは即決した。
 今日、ここで、それをやってみせるのだ。
  
 

 
後書き
果たして、イデアの刃は届くのか。
次回に続く! 
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