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黒魔術師松本沙耶香  薔薇篇

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11部分:第十一章


第十一章

「これでまずは」
「よしね。さて、何かわかるかしら」
「わかればよし。わからなければ」
「また。新たな術を使うことにするわ」
「私も。そうさせてもらいますか」
 二人はこうして捜査を開始した。影とカードが洋館と庭を回り、そして捜す。だが暫く経っても手懸かりは手に入らなかった。昼食を終えた二人の下に影とカードが戻って来た時も何も手懸かりは得られてはいなかったのであった。
「何も。なしね」
「どのカードも何も見ていません」
 二人は影とカードからそれを察して述べた。二人は今一階のロビーにいた。そこでチェスを嗜んでいたのであった。沙耶香が黒、速水が白であった。勝負は速水が押していた。
「どれ一つとして」
「じゃあ影を増やしても同じね」
「おそらくは。意味はないかと」
「そうね、結局は同じね」
「おそらく犯人はこの屋敷にいますが」
「昨日見たファイルの中にいるのね」
「そうだとは思いますが。しかしそれですと」
「私達にその気配すら探らせない。中々のやり手ね」
「そしてあの方にも」
「ええ。あの方にも感じさせないのはね。中々どころじゃないわ」
 この洋館の主人である。彼は二人ですら一目置く程の人物である。その彼ですら気配を察しないというのはやはり尋常なものではないとしか言えなかった。
「練り直すかしら、根本から」
 沙耶香はビショップを動かしてから呟いた。それを動かしても劣勢は変わらなかったが。
「それで何か変わりますかね」
「少なくともこのチェスよりかはどうにかなるでしょうね」
「もうすぐチェックメイトですね」
「残念なことね」
「何、チェスは元々得意でして」
「貴方にはこれで勝ったことはなかったわね」
「ボードを使ったもので負けた記憶はありませんね」
 その右目を細めて述べた。
「誰に対しても。無論貴女に対しても」
 そのボードの上に置かれている黒と白のボードと駒を見て言う。既に沙耶香の劣勢は明らかでありもう少しで敗れそうである。だが沙耶香はそれを遊びだと割り切っていた。真剣にはなっていない。
「それじゃあその頭の回転を今回は見せてあげるわ」
「いえ、私は頭よりずっといいものを持っています」
「カードかしら」
「はい、カードは人の気付かないものまで映し出します。そう、何もかも」
「魔術と同じ様にね」
「そうです、ですから今回もまた」
「貴女の占術が勝つか私の魔術が勝つか」
 沙耶香は唇の両端を微かに上げて笑った。笑いながらまた駒を動かす。
「どちらかしらね」
「それもまた決まっています」
 速水は同じ様に笑い返した。そのうえで彼もまた駒を動かす。
「チェックメイト」
 そしてそのうえで言った。
「このチェスと同じ結果です」
「あら、チェスはチェスでしかないわ」
 それでも沙耶香は負けてはいなかった。チェスで負けはしても。
「魔術は違うわよ」
「では私の占術も」
「お互い。見せてもらうことになりそうね」
「ええ」
「それを。楽しみにしてるわ」
 二人は席を立つとロビーを後にした。それから新たな術で捜査にあたる。結局この日はこれといった情報は手に入らなかった。手に入ったのはシスターの胸を貫いていた薔薇のことだけであった。
「あの薔薇はこの屋敷の薔薇でしたね」
「赤薔薇ね」
「はい、紛れもなくあれでした」
 二人は今度は速水の部屋で向かい合ってテーブルに座っていた。そこで紅いティーを飲んでいる。中は沙耶香の部屋と変わりがない。同じ配色に同じアクセサリーの部屋であった。
「庭の赤薔薇。それから察するに犯人は」
「どう考えても。この屋敷の人間ね」
「ええ。そういえばあの方は今日はおられませんでしたね」
「何でも何か用事があったそうよ」
「そうだったのですか」
「野島さんもね、一緒に」
「ではあの二人は犯人ではない」
「疑ってるの?二人を」
「申し上げた筈です、犯人はこの館の者しか有り得ないと」
 速水の右目が強く光った。
「それからしますと当然だと思いますが」
「厳しいわね」
 沙耶香はそれを聞いてまた口の端を微かに歪めた。
「まるで探偵みたいね」
「私は探偵には向いていないと自分では思っていますが」
「そうかしら」
「ただ、少なくとも御二人である可能性は消えました」
「それにあの神父さんも覗いてね」
「はい」
「それだと妖しいのは」
「まずこの家の従医さんに看護婦さんが二人」
「そしてメイドの女の子が七人」
「あの方の御付の女性に」
「それだけだったかしら」
「シェフが三人おられましたね」
「それと庭師ね」
「ええ、それだけです」
「神父さんを入れて十六人」
「これだけです」
「こうして考えると女の人が多いわね」
 沙耶香はあらためて言った。
「十六人のうち十人なんて」
「いえ、十一人ですよ」
 だが速水はそれを訂正してきた。
「そうだったの?」
「シェフの方です。御一人は女性ですよ」
「あら」
 それは言われてようやく気付いた。ファイルの写真からはとてもそんなことは感じられなかったのだ。
「そうだったの」
「ええ。シェフといいましてもソムリエですが」
「ソムリエ」
 ワイン担当である。どの料理にどのワインが合うか、それをチェックし、客に伝えるのが仕事である。西洋の料理には欠かせない存在である。
「女性のソムリエなのですよ」
「そうだったの」
「資料をもう一度御覧になられますか?」
「ええ。誰だったかしら」
「こちらです」 
 速水はすぐに資料を出してきた。隠れている左半分の顔を左手に向けるとそこにファイルが姿を現わしたのである。
「どうぞ」
 そのうえでそのファイルを沙耶香に手渡した。彼女はそのファイルを受け取った後で速水に対して言った。
「どうやらまた力が強まったようね」
「そうですね。隠してはいますが」
「隠していてもそれだけ出せるというのは凄いは」
「そうでしょうか。最近ではこの力に恐れさえ抱いておりますが」
 速水は少し自嘲気味に笑ってこう述べた。
「何処まで強くなるのか。そしてそれをコントロールしきれるのかね」
「それは安心していいわ」
「何故に」
「貴方ならね。どんな力でもコントロールしきれるわ」
「買い被りだと思いますが」
「そうかしら、私はそうは思わないわ」
 沙耶香は速水を見て笑っていた。うっすらとした笑みであったが確かに笑っていた。その笑みには普段の誘う様なものも艶やかなものもなかった。彼女にとってはあまりにも意外な、ごく普通の穏やかな笑みであった。

 
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