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藤崎京之介怪異譚

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case.5 「夕陽に還る記憶」
  Ⅳ 同日 PM4:17


「小野朝実さん…ですか?いや、この教会の墓地には、小野さんが三十人ほど眠っておられますので…。いつ頃亡くなられた方でしょうか?」
 俺と田邊は聖ぺテロ教会を訪れ、教会の高坂神父と話をしていた。
「昭和初期の方なんですが…。」
「何故あなた方が?…しかし、困りましたねぇ…。」
「…?」
 高坂神父は始め不審な顔をしたが、直ぐに困惑の表情に変わった。昭和初期の墓は無いってことなのか?俺と田邊は神父の言葉を待っていたが、暫くして教会のことを話し出した。
「この教会ですが、四十年近く前にここへ移されたのです。その際、墓地の大半は移動しなかったのです。」
「え?どうして…。」
「そもそも、教会を移した理由は、墓地が足りなくなってしまったからなんです。私がこの教会へ着任したのは十年ばかり前で、それより古いお話しは、私ではお役に立てないかと…。」
 あぁ…一発目から難題だ…。話を聞く限り、ここへ目的の人物の墓がない可能性が高い。田邊の資料を見る限り、クリスチャンだった小野朝実の直接的親族は絶えているからだ。仮に遺体が移されているとしても、縁者のない者の共同墓地へと埋葬されているだろうからな…。見つけるのは一筋縄じゃ無理だろう…。以前の墓地は恐らく、不動産屋が買い叩いて更地にした可能性も高いしな。ま、一応は聞くだけでも聞いてみるか。
「それで…高坂神父。以前教会があった場所は、現在どうなっているのかご存知ですか?」
 俺がそう高坂神父に質問すると、彼は済まなさそうに言ったのだった。
「私では全く分からないのです。」
「…!?」
 この答えに、俺と田邊は目を丸くした。
 この教会の歴史は、少なくとも戦前からあったはずだ。戦中は迫害を受けていたことは想像に難くないし、建物も空襲で焼けただろうことも察しがつく。だが…移転したのはたかだか四十年程前でしかないんだぞ?以前あった場所が分からないなんて…信者に無責任じゃないのか?
 それに…そこには信者の眠る墓地があったんだから、どうなったか知っていて然るべきだと思うんだがなぁ…。
「高坂神父…この様なことを申し上げるのは心苦しいのですが、少々無責任と言えるのではないですか?」
「ええ…それはご尤もなご意見なのですが…。ですが、前任の眞下神父が突然亡くなられたもので、私が着任したときには、既にそういった関連の資料や記録が全て紛失していたのです。私は今、それを八方手を尽くして集め直しているんですが…。」
「え?今…ですか?でも…十年前には…。」
「そうなんですが…。私の着任当時、既に以前こられていた信者の方は訪れなくなっておりました。それで、移転したことなどを知ったのがごく最近と言うわけです。それを調べようと資料を探したら見付からなかったため、一大事と思いまして収集を開始したというわけです。」
 なんだかよく分からない…。この高坂神父が嘘を吐いているとは到底考えられないが、だとすれば、前任者の眞下神父が何かを隠していたのか?いや…組織としての教会が何かを隠蔽したとも考えられなくはない。それはとても嫌な考えだが、そうでないとすれば、高坂神父が何も告げられずに着任したとは考えにくい。
 俺があれこれ考えていると、高坂神父が小声で話し掛けてきた。
「やはりおかしな話だと思います。私も不可思議に思っているのですが、それが…資料収集を始めてから、どうも誰かに邪魔をされているような気がしてならないため、一層不審に感じているのです。」
「何故そうだと?」
 神父の言葉に、今まで聞いているだけだった田邊が口を挟んだ。まぁ、こんな曖昧な話、田邊には耐えられないだろうからな…。
 高坂神父は溜め息を洩らし、少ししてから話始めた。
「私が市役所や不動産関連の会社に問い合わせた時、どうも話を逸らせたりはぐらかしたりと…全く問答にすらならない始末なのです。時には分からないと言って電話を切られたり、伺って話をしようとしても追い出されたりと…。まるで何か圧力でもかかっているのではと考えたのです。」
 何かドラマか映画のようだな…。高坂神父も参ったと言った風な表情を浮かべ、再び溜め息を洩らしている。
「先生…当たりの様ですね…。」
 俺の耳元で田邊が囁くように言った。ま、こんな奇妙な話は他では有り得ないだろうし、恐らくこの教会…いや、元教会があった場所が、小野朝実に関係した土地だったに違いない。
 だがしかし、彼女の墓所は未だに不明だ。どうしたら、ここまで複雑怪奇になってしまうのやら…。だがそこに、田邊が新たな問題提起をしてきた。
「もし仮に、元教会があった場所をどこかの企業が買い上げ、墓を有無を言わさず移動させていたら…?高度経済成長期の中にあって、絶対無いとは言い切れないかと…。」
「いくらなんでも…それは親族が猛反発すると思うが?移動するにしても、宗派どころか、宗教自体違うところへはさすがに無理だろうしな。」
 俺は腕組みをして考えてみたが、墓をそう簡単に移動させることなど想像も出来なかった。だが、そんな俺の言葉に、高坂神父が異を唱えた。
「いえ…有り得る話かも知れません。旧い墓所は親族の絶えているものもありましたでしょうし、当時の企業はかなりの財もありましたから…。その財にものをいわせ、個人を黙らせた可能性は大いに有り得る話ではないかと…。そうか…そう考えれば…。」
 高坂神父はそう言って淋しげに口を閉ざした。だが、その考えは宗教云々ではなく、人間の感情そのものを否定ことになりかねない。信仰心を金銭で動かせるということは、それは人間の感情が金銭でどうにでもなるということ…。現代にあっても、それはとても恐ろしいことだ…。
「そうでないことを、私は切に願いますね…。」
 俺がそう呟くように言うと、高坂神父は微笑しながら「そうですね…。」と、弱々しく返したのだった。
 その後、俺と田邊は教会を出て、そのまま帰宅の途についたのだった。



 
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