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幻影想夜

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第ニ十二夜「アクアマリンの憂鬱」



―今日もねぇ…。―


 とある引き出しの闇の中から、何度目かの溜め息が聞こえてくる。
 下手をすると、数ヵ月も暗がりの中に閉じ込められているものの溜め息だ。
 まぁ、そいつらは元来、暗闇にあった方が良いのではあるのだが…。

―この私を、一体いつまで待たせるつもり?時々開けてはもらえるものの、やれルビーやらサファイアやら…。ダイヤには…そりゃ、負けるかも知れないけどさ…。―

 そうボソボソ呟き、また溜め息を吐いた。
 毎日がこれの繰り返しなのだ。

―まぁ、宝石の宿命かもね。でも、いくらなんでもそれはないんじゃない?他よりほんの少し小さいだけじゃない。私だってチヤホヤされたいわ!―

 今度は怒り出した…。これもまた、いつものことである。

―また怒ってるのかい?僕達は待つしかないんだ。それは君だって解ってるだろ?―

―煩いわね!ほっといてよ!いつもいつも暗い箱の中。私、もう我慢の限界なのよ!大体、パールは“石”じゃないじゃない。そんなヤツに言われたくないわねっ!―

 確かにパールは“石”ではないが、立派な宝石であることには違いないのであるが…そんなことどうでもいいのもまた、いつものことなのである。

―・・・・・。―

 パールもいつものごとく、黙って深い溜め息を洩らした。
 そんな時、いつもとは違う出来事が起こった。闇に光が射し込んだのである。
 単に引き出しが開けられただけなのだが。
「今日は…このアクアマリンのイヤリングにしようかなぁ。」
 そう言ってアクアマリンのイヤリングを取り出したのは、まだ少女の面影を残す女性だった。
「最近着けてなかったわね。ま、出かけることがなかったし…。でも、このデザイン気に入ってるのよねぇ。」
 あれこれ言いながら耳にイヤリングを着け、「さて、出掛けるか!」と言ってバッグを片手に家を出たのであった。
 後に残された宝石達が皆、安堵の溜め息を洩らしたことは…言うまでもないだろう…。


   ☆  ☆  ☆


 今日は快晴だ。その清々しい空気の中を、彼女は意気揚々と目的地へと向かっていた。
 どうやらショッピングを楽しむらしく、どこへ行って何を買うかを呟いていた。
 が、耳を飾っているアクアマリンは対照的に、何やら悲鳴を上げていた。

―ちょっと!こんな陽射しの強いとこへ連れ出さないでよっ!美しくカットはされてるけど、実はUVカットされてないのに…!―

 いやはや、お笑い草である。引き出しの中であれだけ喚いていたくせに、外に出たら出たでこの有り様…。
 まぁ、これもいつものことではあるが、まったく我が儘である…。

 暫くすると大きな公園に出た。そこで誰かと待ち合わせしているらしく、彼女は誰かを探してキョロキョロと辺りを見回した。
「あ、いたいた。」
 どうやら見つかったようで、彼女はその人物のもとへと走ったのであった。
「お待たせ。結構待っちゃった?」
 彼女が声をかけたのは男性である。年の頃はニ十五、六といったところか。
「俺もさっき着いたとこ。しっかし…元気だねぇ。」
 声をかけられた男性は、笑いながら言った。
 彼女は彼の言葉に苦笑し、それに言葉を返した。
「正直、ちょっと仕事が煮詰まっちゃってるんだけどね。たまの息抜きだもの、楽しまなきゃ損でしょ?」
 彼女はそう言って、可愛げにペロッと舌を出した。
「いつものこととはいえ、漫画家も大変だよなぁ。」
 男性は同じく苦笑いして返した。
 どうやらこの女性、漫画家らしい。大して売れてもいないようだが…。
「じゃ、行こうか。いつもんとこだろ?」
 そう彼が言うと、彼女はニコニコしながら歩き出した。
 初秋の心地好い青空の下、二人は手を繋いで目的地へと向かったのであった。

 一方、あのアクアマリンと言えば…。

―まったく嫌んなっちゃう!手なんか繋いでベタベタと、はしたないったらないわね!それもこんな紫外線の強い日に引っ張り出すなんて…。まさか、こんなイチャイチャを見せつけるつもりだったんじゃないでしょうねぇ…。―

 そんなわけはないが、イライラ度百五十%に達してしまいそうなアクアマリンは、まるで小姑の如くブツブツと呟いている。
 それでも飽き足らず、買い物に行った先々であれはイヤだのこれはオカシイだの…。このアクアマリン、一体どこの出身なのかは知らないが、やたらと煩わしい。

―全く、この娘は何様のつもりなの?この私を何だと思ってるのかしら!たまに外へと出てみれば、私を磨いてくれるでもなく…。ただ歩き回ってるだけじゃないのよ!!―

 連れてきてもらっている分際で、このアクアマリンが何様なのだろうか。これでは持ち主の女性が可哀想と言うものである。
 人混みに入れば臭いだの、表に出れば紫外線云々だの、仕舞いには買い物したものが似合わぬとケチをつける始末…。

 本当に何様なんだか…。

   ☆  ☆  ☆


 一日はあっと言う間に過ぎ去り、辺りを夕焼けの紅い陽射しが照らし出していた。
 買い物を終えた二人は、そのまま家へと戻った。
 男性は彼女を家まで送るのか、両手に大量の荷物を抱えながら一緒に歩いていた。
 無論、自分で買ったものは一つもない。
「荷物…重くない?」
「大丈夫だって、このくらい平気だよ。でも、目当てのもんがあって良かったな。」
 なんの苦もなく荷物を持ちながら、男性が笑って言う。
「ほんと、これなかなか売ってないのよね。今日はついてたわ!」
 彼女はとても嬉しそうに言いながら、男性に笑い返した。
 だが、ここでもアクアマリンは叫び続けていた。

―なにベタついてんのよ!私はどうなるわけ?まさか、これでお仕舞いなの!?―

 何か勘違いしているアクアマリンはさておき、二人は喋りながら家の前まで到着した。
「本当に寄らないの?」
「ああ。仕事が大変だろうし、またにするよ。なんかあったら直ぐ来るから。」
 男性はそう言いながら、開かれた玄関先へと荷物を置くと、直ぐに外へと出たのだった。
 そして彼女へと振り返り様に、男性は言った。
「なぁ、今度ゆっくり旅行にでも行かないか?ま、仕事が片付いたらだけどな。」
「本当!?じゃ、頑張らないとね!」
 かなり嬉しい様子であるが、アクアマリンはその時でさえ、何やら声を荒げていた。

―なにさなにさ!私をこんな目にあわせといて、お二人は旅行ですって?なんて酷い人達なのよっ!―

 連れていってほしい…とは言わない。本当は行きたくて行きたくてしかたないのではあるが、絶対に言わない。
 なんとも…気位の高いアクアマリンである。

 暫くして男性は「それじゃな。」と言って立ち去り、彼女はそれを見送ってから中へと入った。
「あぁ、疲れたぁ。」
 そう言って荷物を部屋へと持って行き、端の方へと置いた。
 それから耳に着けていたイヤリングを外し、あの引き出しの中へと入れたのであった。

―もう嫌…。こんなになるまで引っ張り回されるなんて…。やっぱり…この中が一番なのかもねぇ。もう疲れちゃった…。―

 アクアマリンはそう言うと、スヤスヤと寝息をたて始めた。
 周囲の宝石達がそれに安堵したのは、言うまでもないだろう。

 また明日から、いつもの毎日が帰ってくるのだ。
 それを思うと宝石達は、仕方ないと言った風に重苦しく深い溜め息を吐いたのであった。


 このことをアクアマリンには、どうか…内密に願いたい…。



       end...



 
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