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黒魔術師松本沙耶香  人形篇

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25部分:第二十五章


第二十五章

 沙耶香はその話を理事長と絵里に話した。三人は理事長室にいた。
「そうだったのですか」
 理事長はそれを聞いて深刻な顔で大きく溜息をついた。
「シスターデリラが」
「正確に言うと彼女に憑いていた妄執です」
 沙耶香はそう説明した。
「彼女自身は。全く気付いていません」
「そして知りもしないのですね」
「はい」
 沙耶香は答えた。
「何一つ。完全に取り込まれていましたから」
「では彼女に罪はないということになりますね」
「そうですね」
 沙耶香は理事長のその言葉に頷いた。
「彼女自身がやったのではないですから」
「わかりました。では彼女には罪は問いません」
「はい」
「事件は。こちらで公には失踪事件として処理します」
「その際は男のものではなく女の犯人の仕業とした方がいいでしょうね」
「彼女達の貞節の為ですか」
「はい。事件の発表は警察と連絡を取られればいいでしょう」
 次にこうアドバイスした。
「こうした事件は。常にそう表向きには言い繕われているのですから」
「そうなのですか」
「世の中はね、表に出るものだけではないのですよ」
 沙耶香は思わせぶりに言った。
「実際にはその裏があります。そして」
「その裏にこそ真実があると」
「そうした場合もあります。そうでない場合もありますが」
「はあ」
「表と裏は決してどちらが正しく、どちらが間違っているということもありません。全ては同じなのです」
「貴女もそうですね」
「はい」
 絵里の言葉に頷いてみせた。
「私は裏の方におりますが」
「ええ」
「しかし正しくないとは限らないでしょう」
「確かに」
 絵里はここで頬を赤らめさせた。
「それは。よくわかりました」
「そしてですね」
 今度は理事長が声をかけてきた。
「何でしょうか」
「失踪した生徒達は無事に帰って来たと家族から連絡がありました」
「それは何よりです」
「シスターデリラは入院しております」
「はい」
「外傷も精神的な問題もなく、すぐに退院出来るとのことです」
「そうでしょうね。彼女もまた今回は人形だったのですから」
「人形!?」
「そうです。妄執に捉われた」
 沙耶香はそう語った。
「人形になっていたのですよ。そしてそれに操られていた」
「今回の犯人はその妄執だったのですね」
「そうです」
 沙耶香は答えた。
「彼女もまた。犠牲者だったのですよ」
「彼女もまた傀儡だったと」
「そうです。全ては人形が行ってきたこと」
「そして貴女はその人形を倒された」
「はい」
 こくりと頷いた。
「私もまた人形を使ってね」
「どうされたのですか?」
「どの様な人形を使われて」
「何、誰でも持っているものですよ」
 二人の問いに穏やかな顔で答えた。
「誰でも持っている人形です」
「誰でも?」
「はい、必ず一つね。誰でも持っているものです」
 にこやかに笑ってこう述べた。
「何でしょうか、それは」
「もう一人の自分です」
「はあ」
 そう言われても二人には今一つわからなかった。首を捻るばかりであった。
「今もそれは姿を見せていますが」
「何のことかよくわかりませんが」
「それもおいおいおわかりになられると思いますよ」
「そうなのですか」
「全ては表と裏があるのです」
 沙耶香はまたそれについて言及した。
「そして表も裏も別の世界ではなく同じ世界にある。それを繋ぎ合わせているのが」
「魔性なのでしょうか」
「そういうことになります。では仕事が終わりましたのでこれで」
「あの」
 だがここで二人は沙耶香を呼び止めた。
「何か?」
 彼女はそれに応えて扉の前で振り向いた。奇しくも真由子との情事の後と同じ態勢であった。
「また。御呼びして宜しいですか」
 理事長が尋ねてきた。
「何か事件があれば」
「ええ、どうぞ」
 沙耶香は笑ってそれに対して頷いた。
「お話を持って頂ければ。宜しければ個人的なお話でも」
 そう言って絵里を目だけで見る。彼女もそれに気付いた。
「えっ」
「何時でもお待ちしておりますので。それで宜しいですね」
「は、はい」
 絵里は顔を赤らめて頷いた。まるで恋をする少女の様な様子であった。理事長はそんな彼女を見ていささか奇妙な感触を覚えた。
「森岡先生、どうかされたのですか?」
「えっ、いえ」
 理事長の言葉を耳にして慌てて体面を取り繕った。
「何でもないです」
「そうなのですか」
「そう、何でもないですよ」
 沙耶香は笑って言った。同時に心の中で言った。
(表に出ているものを見る限りは)
 そしてあらためて言った。
「また。お待ちしています」
「あのバーでですね」
「はい」
 そして絵里の言葉に応じた。
「何時でもおいで下さい」
「わかりました」
「お待ちしておりますよ。薔薇色のワインと共に」
 それが最後の言葉であった。最後に一礼して学園を後にする。後には影一つ残ってはいなかった。


黒魔術師松本沙耶香  人形篇    完


                     2006・4・16

 
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