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元虐められっ子の学園生活

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九十九 無双

人間最大欲求と言うものがある。
大まかに分けてその三つは人にとって限りなく重要なものになるだろう。
その三つとは、睡眠、食欲、性欲の事なのだが、性欲については本当に必要なのかはわからない。
何せ経験がないからねっ!
とは言え、残り二つにおいては、人間が生きていくなかでも重要とされるもので、どちらかが欠けてもダメなことくらいはわかるだろう。
説明を付けるのなら、食欲は空腹を満たし、栄養を摂取すると言う点で生きることに大きく貢献している。その間、古来より言われてきた『血となり肉となる』と言う言葉は間違っていないと結論付けられる。
次に睡眠だが、個人的にはこの欲求が一番大きいと思っている。
睡眠とは、ストレスの解消に伴って疲労を回復させる事であるが、この睡眠には環境が求められるのだ。
他にも姿勢や体調によって疲労回復の幅が変わっていくこともある。
つまり、人としてもっとも大切なのは睡眠であると提示する。


『次は男子による棒倒しでーす』

アナウンスから低脳(三浦)の声が響き渡る。
テントから離れる際に雪ノ下がドヤ顔を見せつけ、俺のモチベーションは低下を示した。
これで勝てなかったらと思うとあとが怖い。

しかしながら、これは団体の競技であるため、一個人の戦果としてはある程度言い訳に使えるのかもしれないと考えられる。
比較的『頑張りました』と言う姿勢を見せつけ、何とかして命令の幅を狭めてもらえるよう努力しよう…。

「聞けえぃ、者共!総大将の御成りであーる!」

あれやこれやと考えている最中、材木座が赤組男子の前に立って声を張り上げているのが見えた。
そんな言葉に続くように、今度は戸塚が前に出て言葉を繋げる。

「あの…えっと…赤組大将の戸塚彩夏です。皆さん、頑張りましょう!」

戸塚は声を張り上げているようだが、赤組全員に届いたかと言えばそうではない。
恐らく前列にいる数人の男子にしか聞こえていなかっただろう。

「我らが敵は!葉山隼人ただ一人!」

戸塚をフォローするかのように再び材木座が声を張り上げた。
確かにその意見は賛成できる。俺の場合は人生の敵だと断言するがな。

「あの生け簀かない糞イケメンに優勝までかっさらわれて良いのかぁ!?我は嫌だ!すっごく嫌だぁ!もうこれ以上惨めな思いはしたくなぁい!!」

……何だろう。
後半から私情が漏れまくっている気がしてならない。
とは言え、材木座の少し離れた場所に比企谷がいるのが見える。となると比企谷の作戦か何かだと考えるのが妥当なところだろう。

「話しかけられたとき、頬をひきつらせて笑いたくない!近くを通りかかったとき、急に立ち止まってそっと道を譲りたくなぁい!皆はどうだぁっ!」

『お、おぉー…』

まぁこれは葉山グループ以外の全盛とが体験していることだろう。
材木座の鬼気迫る表情には少し同情の視線が送られている気がしなくもないし…。

「ならば勝つしかあるまい!目覚めるときは今なのだ!立てよ県民っ!!」

『おおおぉぉぉぉお!!!』

なんと言うカリスマ…!
赤組男子が今、確実に団結した瞬間だ!これは絶対に総武高校の歴史に残る……はずだ!

一仕事終えたように材木座が比企谷の所へ歩いていくのが見えた。
俺もそれに続いて行く。

「ふむ、こんなものでどうだ?」

「良いんじゃねぇか?気持ち悪くて良く目立ってた」

「キ、キモ!?」

やっぱり比企谷の差し金だったか。

「さて比企谷。俺はこの競技でどう動けばいい?」

「鳴滝か。それはだな――――」



静寂。
グラウンドには双方に別れてお互いに向き合うように対立している。
辺りから「葉山…!」とか「リア充め…!」とか「モテない男の敵め…」とか「ぶっ潰してやる!」とか色々と思念と怨念が込められた言葉が聞こえてくるのは気のせいにしておく。
平塚先生が空砲を上空に掲げ、俺たちはそれぞれに開戦の合図を待ちわびる。
そして――

”パァンっ”

両軍一斉に飛び出した。

『さぁ始まりましたぁ!男子の男子による男子の男子の棒倒し!攻めと受けぇ!両軍が入り乱れるぅっ!先ずは白組からの先制攻撃ぃ!』

海老名がヤバイ。この一言につきる。

「おおりゃあ!」
「はい退場ー」

アナウンスの音を広いながら、向かってきた白組の数人を転倒させ、赤組の数人が取り押さえる。

「鳴滝さん!こいつらはどうすれば!?」

…鳴滝さん?

「あー、取り合えず棒から遠ざけといてくれるか?」

「了解です!」

…何なんだろうな…この団結力は?
普段との差が激しいと言うか…崇められている気がすると言うか…。

「隙ありぃ!」

「ねえよ」

飛びかかってきた白組の男子を避けると同時に胸ぐらを掴み地面に寝かすように誘導する。
男子は何が起きたのかわからない顔をしながら、やはりと言うか取り押さえられた。
つーか何で取り押さえるのだろうか?これって警察と泥棒の遊びじゃないはずなんだけど。

「けぽぉぉう!」

「んあ?」

グラウンド中央から材木座の悲鳴が聞こえ、振り替えればやはり材木座が喉に手を当てて苦しんでいた。まぁ演技だとわかってはいるが。

「確かに、少しばかり鬱陶しいと感じざるを得ないな…」

棒に向かって襲い来る白組を倒しながら、そんなことを考えているその時だった。

「鳴滝九十九!」

急に名前を呼ばれ、そちらへと視線を向けると体格のいい男子が堂々と立っていた。

「お前に一騎討ちを申し込む!」

「…その前にお前誰だよ」

「ふっ…俺は2年A組、帯野九朗(おびのくろう)!」

帯野…確か柔道部所属の生徒だったか。

「で、一騎討ちってなんだよ。喧嘩でもするきか?」

「バカを言うな。そんなことをすれば停学が待っているだろう!
良いか!俺はお前のポテンシャルを誰よりも逸速く見抜き、前々から目を付けてきたのだ!故に俺はお前の隠された実力に目をつけた!」

「長ぇよ。簡潔に用件を言いやがれ」

「柔道における一本勝負を一騎討ちと称し、俺と戦え鳴滝!
俺が勝った場合、貴様には柔道部に入ってもらう!」

なーんて面倒な事を言い出しやがりますかねこの熱血男は…。
見ろよ、雪ノ下のあの冷徹な目を。
あんなの負けたら殺すって言ってるようなもんだぞ?
明らかに『不安』と『祈願』、『思惑』、『殺意』が入り交じってるし。

「行くぞぉお!」

「まだ受けるって言ってねぇよ」

声を張り上げて突進してくる帯野の手を払い流して後ろに回るように足を運ぶ。
帯野は一瞬だけ呆けたが、再び俺を見つけて突貫をする。

「お前プロレスじゃねぇんだからよ…普通にしてこいよ」

「おおおおお!」

聞いてねぇな。
まぁ少し考えることにしようか。

この男、帯野は俺を見つけて現れた。
まず帯野の目的は簡単に言えば俺の柔道部への勧誘だ。だがそれは体育祭の、それでこそ競技中に言うものではないはずだ。
勧誘ならば普通の日にでも俺を訪問すればそれですむ話だ。
ならばなぜ今なのか。
それは確実に白組の向こう側で嘲笑う目を向ける葉山が関係している。
大方俺を押さえてくれとでも指示されたのだろうと結論付ける事が可能だ。
まぁ帯野の勧誘は嘘じゃないみたいだし、いい機会に勧誘もしておこうと言う思惑なのだろう。

「てやぁあ!」

「ふっ!っと!」

次々と掴みかかる手を払い除けて体を捌く。
帯野は疲れてきたのか額に汗を流している。が、その目は諦めないと言う『決意』がうっすらと見え隠れている。

「本当に…」

――どうしたものか…。
そう思わずにはいられなかった。









比企谷side

「けぽぉぉう!」

材木座がグラウンド中央でウザイ演技を披露している。
俺はその横を素通りして白組の陣営へと足を進める。
俺は今、額に包帯を巻き、赤いハチマキを隠すようにしており、既に回りからはスルーされる状態となっている。
現に俺の横を通りすぎる白組男子は、俺の事を見ておらず、普通に走り去っていた。

これが俺の永きに渡るボッチ生活で会得したスキル…ステルスヒッキー!
周囲の空気に溶け込み、俺の姿を認識されないように振る舞うことで、誰からも相手にされず、話しかけられもしない…鳴滝を除いて。

とまぁ、そんなことを考えながらも、既に白組の棒はすぐ近くにある。

「これで俺達の勝ちだ…!」

なんて上手く行くほど世の中は甘くない。
知ってたさ。………ホントだよ?

「やぁ。来ると思ってたよ」

「…葉山…」

もう少し。そんな俺の前に立ちふさがるように躍り出たのは赤組男子に敵認定された葉山だった。

「その包帯、頭に怪我でもしたかい?」

「っ……へっ」

俺は額に巻いてあった包帯をゆっくりほどく。
取れた包帯をそこら辺に捨てて葉山を睨み付けた。

「ちょっと頭の痛い子なんでな」

「材木座君…だっけ?彼を囮にするまでは良い作戦だった。本当はアイツを単独で突っ込ませて来るだろうと思っていたんだけどね」

「残念だったな、予想が外れて」

鳴滝の言った通り、葉山は鳴滝が突貫すると踏んでいたようだ。
俺の後ろにはいつの間にか二人の男子が立っている。

「でも、結局君の作戦は失敗した。普段からアイツといる君達を、俺がマークしないわけがないだろう?」

「あんまり買い被るなよ、元虐めっ子」

「ふふっ…悪いね。「スタンドプレーにはチームプレーで対抗させてもらう」……っ!?」

鳴滝の予想が当たりまくっていて怖い。

「葉山。お前の考えは全て鳴滝に読まれているぞ?」

「何っ…!」

「作戦を立てるとき、鳴滝が言ったのさ。『葉山ならこう言うだろうな』ってな」

「か、考えが読めていても実際に君はもう終わりだ。
大人しく捕まるんだね」

明らかに同様を見せる葉山。
何か今までの分を合わせて気分が高潮してきたぞ。

「ふぅ…」

「っ?…降参かい?」

俺は両手をあげ、降参を示す。
葉山は一瞬だけ身構えたが、それを見て姿勢を戻した。
後ろの二人も油断している。やるならばここしかない…!

「いいや?材木座ぁぁ!」

俺は先ほどまでウザイ演技を披露していた材木座に呼び掛ける。
だが――

「は、八幡~…」

材木座は打つ伏せに倒され、拘束されていた。

「……………マジかよ」

「残念だけど、読んでたよ。
これで君の思惑は完全に崩れただろう?
アイツも、今頃は帯野君に組伏せられて…?」

葉山が赤組の陣営に目を向けて固まる。
まるで信じられないものを見るかのように目を見開いている。
俺も釣られてそちらへと視線を移せば――

「まだまだぁ!」

「いい加減にしろよ…」

掴みかかろうとする白組の男の猛攻を、溜め息付きながらいなしている鳴滝がそこにいた。

「何なのアイツ?修行僧?」

まさにカンフー映画の立ち会いを見ているように華麗に動く鳴滝。
だが、これならまだ勝機がある!

「鳴滝ぃぃぃい!!出番だぁ!」

俺は鳴滝に届くよう、精一杯叫ぶのだった。

side out


「鳴滝ぃぃぃい!!出番だぁ!!」

「比企谷…っとぉ!了解だ」

比企谷から声がかかり、作戦が失敗したと告げられる。
未だに掴みかかってくる帯野をいなし続けて数分、息も絶え絶えで、腕も最初より下に落ちている帯野。
そのめには明らかな『疲労』と『絶望』が見られた。

「悪いが遊びはここで終わりだ」

俺は初めて構えを取る。
本を読んで学ぶこと11年。格闘技の至るところまで手を出してきたその集大成を使うときだ。

「まだだ!まだ終わってない!」

帯野は疲労した体に鞭を打って突進してくる。
俺はその掴みかかる腕に手を添えながら、愛読した書物の通りに足を運んだ。

――コウホ―――ハイホ!

「ぬわぁっ!?」

帯野の横を通りすぎながら足を絡めとり、背中から地面に打ち倒す。
倒れた帯野はいまだに何が起こったのかわからない顔で空を見て固まっていた。

「俺の勝ちだ…じゃあな!」

俺は倒れた帯野に向けてそう告げ、走り出した。

「アイツを止めろ!」

進行方向の先で、葉山が他の男子に呼び掛ける。
その横では比企谷が二人の男子に捕まっているのが見えた。

「ここは通さねぇぞぉ!」
「葉山の敵だ!」
「絶対に止める!」

そんなことを言いながら、葉山グループの3馬鹿男子が俺に向かって走ってきた。

「遅い、甘い、小さい!」

「うお!?」
「なっ!?」
「うわぁ!」

一人一人の腕を掻い潜り、素早く身を翻して回避する。
掴みかかった腕が空振りする事でバランスを崩し、3人は被さるようにして一斉に倒れ混んだ。

「鳴滝!」

目的の目の前まで来ていた俺は、比企谷が叫んだことで気を切り替える。
俺の横から葉山が飛び付き、捕まえようとしていた。

「させるかぁ!」

「お前は何時も甘いんだよ!」

倒れ込みながら俺を押し倒そうとする葉山の背中を踏み台に回避し、そのまま跳躍。

「沈め!」

その勢いのままに、棒に向かって飛び蹴りを放った。

『うわあぁ!?』

衝撃で倒れた棒は、支えていた白組男子諸とも倒れ込む。
俺は空中から着地し、ズザザザザッと地面を削って制止した。

『ワアアアアアアアアアアッ!』

歓声が沸き起こり、騒がしいくらいに辺りに響く。
踏み台になった葉山はとてつもなく悔しそうな顔をしつつ、俺を睨み付けているのが分かった。

「……はっ」

そんな葉山を見ながら鼻で笑ってやれば、逃げるように顔を反らす。
こうして今年の体育祭は幕を閉じ、明日からはまた通常授業が始まることになる。







「――と言う夢を見たんだ」

「現実を見なさい鳴滝君。
私たち赤組は誰かさんが企てた作戦によって反則負けになったのよ」

その日の部室にて、話題を反らすために言った俺の発言をバッサリと切り捨てる雪ノ下。

「まさか反則になるなんてね」

「誰かさんが包帯で下手な小細工しなければ勝っていたのに」

女子二人に攻め立てられる比企谷。

「悪かったよ、誰も見てないと思ったんだ。
だいたい、堂々と戦闘を繰り広げてた鳴滝にも責任はあるだろうが」

机に頬杖をついてそう言った比企谷は気まずそうにそっぽを向く。
そんなこと言っても挑んできたのアイツだし、別に殴り合いじゃないしなぁ。

「し、しかし何だ、結構頑張ったよな!赤組は!」

「うん!ヒッキーも結構頑張ってたよね!」

「そう言う由比ヶ浜はリレーで転んでたよな」

「なぁっ!?何見てんの!?ヒッキーマジでキモい!」

「お互い様だろうが」

「ヒッキーとは違うし!」

何やら痴話喧嘩を繰り広げる二人。
若干ながら疎外感が感じられてくるのだが。

「ところで鳴滝君?」

「………何でしょうか雪ノ下さん」

不意に雪ノ下に呼ばれて振り向くと、ニッコリ笑った雪ノ下が俺を見ていた。
今はその笑顔が逆に怖い。

「命令を一つ、聞いてもらうから」

「待て!それは何かが間違っている!
俺は結構頑張ったし、何より赤組が敗北したのは俺だけのせいではないはずだ!」

「それでも負けたことにはならないわ。
それとも、貴方はこんな簡単な約束も守れない狭い男なのかしら?…甲斐性なし?」

「約束は破るためにあるって誰かが言ってた!」

「駄目よ。これは破ることの出来ないものなの。諦めて従いなさい」

「ひ、比企谷…」

「すまん。俺には何も出来ない…」

…そうか。
やはり俺には神なんて者は憑いていないと言うことなんだな…。

「…良いだろう。
男 鳴滝九十九!誠心誠意この身を献上してやる!」

「あら、私はまだ何も言ってないのだけど?」

態度を良くすれば軽いものですむかな~なんて考えてないぞ?ホンとにホントだよ?

「さ、さぁ!何でも言ってみろ!」

「ふふっ…まだ言わないわ。
この件は残しておく事にするの。後で使う方が効果的だもの」

「なっ…ぐぬぬぬ」

この女…!確実に楽しんでやがる!

「何か二人とも楽しそうだね!」

「ええ。とても楽しいわ」

「鳴滝…」

「比企谷…俺はもうダメかもしれない」

こうしてその日は終わりを迎える。
それでも明日は来るし、次の日もその次の日も必ず来るのだ。

こんな日常が繰り返されるのも悪くはないと、俺は何処かで思うのかもしれない 
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