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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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A's編
  第三十三話 後(1)




 アリサちゃんとすずかちゃんをあの星空の下から元の場所へと連れて帰り、再びアースラに連絡を取って戻ってきたのはもう少しすれば日付が変わろうか、という時間帯だった。明日にはクリスマスパーティをするんだ、とアリサちゃんに呼ばれているし―――本当は今日はお泊り会を企画していたというから驚きだが―――なによりも、今日はいろいろあって疲れており、あくびをかみ殺していた。

 アースラにはクロノさんに連絡して戻ってきたのが、混乱はどうやら収まっていないらしい。クロノさんの背後ではオペレーターの人たちが忙しそうに動き回っていた。切羽詰ったような、しかし、どこかで最大の事案が終わっており、安堵したような微妙な空気が入り混じったような、大舞台が終わった後の後片付けのような空気が漂っていた。

 あの様子を見るに彼らは今日は徹夜だろう。何か手伝えれば、と思うが、僕のような子ども何かできるわけではない。そもそも、組織というのは急にやってきたヘルパーができることなど少ないのだ。

 僕にできることといえば、彼らの手を煩わせないように、さっさと与えられた部屋で眠ってしまうことだろう。今日のところは、アースラで一泊することになった。闇の書に飲み込まれた影響が残っていないことを確認するためだ。

 もっとも、僕のほかにアリシアちゃん、はやてちゃんも眠っているのだ。この状況で家に帰ったりしたら、僕が怒られてしまう。だから、家に連絡を入れたついでに僕もアースラに泊まれるように頼んだ。もっとも、頼む前にすでに寝泊りの準備はされていたが。

 クロノさんたちから事情を聴くのも明日以降になることだろう。今から説明すると言われても僕の頭の中には入ってきそうにない。それはクロノさんたちも承知しているのか、何も言わずに「おやすみ」と告げて通信を切ってくれた。

 用意された寝室に向かう前にちょっと水でも飲んでから寝ようと思い、アースラ内部にある食堂へと足を運ぶ。そこは電気がついており照らされているが、厨房に火はついておらず、ただの休憩場所として利用されているようだ。そして、この非常時においては人気は全くなかった。

 ―――たった一人を除いて。

 入り口から見えたのはその背後だけだ。だが、それだけで食堂にいるのが誰かわかった。特徴的な銀髪と時空管理局ではない黒い服を着ている女性と言えばたった一人しかいない。

「何をしているんですか? リィンフォースさん」

「ああ、少年か」

 ようやく僕に気付いたように食堂に備え付けの丸椅子の上で少しだけ身体を後ろに向けながら、体をひねって僕のことを確認していた。こんな夜更けに重要参考人といっても過言ではないリィンフォースさんが何をやっているのか興味をそそられて僕は彼女に近づいていく。

 彼女に近づいていくと、少しだけ鼻を突く強い匂いがした。僕が知っているようで知らない匂い。親父がよく夜に晩酌として飲んでいる飲み物―――アルコールのにおいだった。

 よくよく見てみれば彼女が座っていた場所の上に置かれたのは麦の色をしたビンに入った液体―――おそらくウィスキーだろうか―――だ。近くには氷も置いてある。まさに晩酌といった様子だ。

 銀髪の美女が夜中にウィスキーをロックで嗜んでいる。

 文言にしてみれば、ここが食堂でなければ非常に絵になる光景だ。この場所にいられることを幸運にさえ思えただろう。だが、よくよく考えてみればおかしい話である。なぜなら、彼女は人間ではない―――ユニゾンデバイスという遙か古来の道具なのだから。

 どうして彼女がお酒を飲んでいるのだろうか? 眠かったはずの頭を働かせてみたが答えは出なかった。彼女が酔うとは到底思えない。だから、本来の酒の用途には使えないだろう。

―――ならば、何のために? 

 少しだけ、頭をひねらせて思い悩んだが答えは出ずに、結局のところ直接聞いてみることにした。

「えっと………リィンフォースさんは、ここで何をしているんですか?」

「ん? ああ、これか」

 彼女は僕の視線が片手に持っているグラスに向かっていることに気付いたようだ。自分でも無意識に飲んでいたのか、今更、という感じで丸い氷と半分ほどに満たされた液体を見ていた。そこに酔った人間特有の酩酊感はない。意識ははっきりしているようだった。

「………弔いの酒かな」

「弔いですか?」

 誰かを悼むために飲むお酒だという。だが、今回の戦いで亡くなった人はいないと聞いている。彼女は一体誰を悼んでいるのだろうか?

 僕のそんな心の声が聞こえたのか、あるいは僕の表情がわかりやすいのか、リィンフォースさんは自分の陰に隠れて見えなくなっていたものを身体を避けて、僕からも見えるようにしてくれた。そこにあったのは白いフォトフレームに入れられた一枚の写真だった。

 真ん中に黒い本を手に持って、はやてちゃんが車いすに座っており、はやてちゃんの後ろには車椅子のハンドルを握った笑顔の蜂蜜色の髪の女性、その隣にはどんな顔をしていいのかわからずに憮然とした表情をしながら腕を組んでいるピンクの色の髪の女性、はやてちゃんに抱き着くように小柄な赤い髪を三つ編みにした女の子、そして、はやてちゃんの足元には大きな蒼い毛を持つ犬が寝そべっていた。

「彼女たちは―――」

 どこか見覚えのある女性たち。だが、最近の―――今日の怒涛の出来事のせいかあまりはっきりとは出てこない。

「シグナム、ヴィータ、シャマル、そしてザフィーラ―――ヴォルケンリッタ―、この夜天の書の守護騎士たちだ」

「ああ……」

 彼女のたちの姿をどこかで見たことがあると思っていたら、闇の書の中で見た夢の中、そして、闇の書の事件の最中で助けてもらった人たちだった。もっとも、助けてもらった人たちに関しては、はやてちゃんがそう呼んだだけで、彼女たちは否定していたが。

「あれ、でも、弔いの酒ということは―――」

 彼女たちは亡くなった? でも、今回の事件に彼女たちは、一切姿を見せていない。ならば、いつ亡くなったというのだろうか。

「………ああ、そうだ。彼らはもういない」

「それは―――お悔やみ申し上げます」

 その事実を口に出すのがつらい、というような表情をするリィンフォースさん。間抜けなことに気の利いた言葉が出てこない僕はありきたりなことしか口にすることができなかった。僕が彼女たちのこと知らないということもあるだろう。とても、感情をこめられたものではなく、挨拶のような礼儀的なものになってしまった。

 僕の儀礼的な言葉を聞いたリィンフォースは驚いたように目を見開いていた。

「………? どうかしましたか?」

「あ、いや、少年は主と同じぐらいの年齢だろう? そんな言葉を使うのか、と思ってな」

 確かにはやてちゃんぐらいの年齢―――というか、僕たちの年齢でお悔やみの言葉を簡単に口にできる人はいないかもしれない。もっとも、僕は体躯と年齢が一致していない特殊すぎる例だから、例外と思ってほしいものだ。

「ところで、あの………彼らはいつ?」

「………少年が主たちと出会う前だな」

「そう、ですか」

 彼らのそっくりさんと出会ったとき、はやてちゃんがひどく動揺していたことを思いだした。それは、故人に対する態度ではなく、会いたかった人に出会った時のような動揺だった様に思える。それなら、はやてちゃんは彼らが亡くなったことを知らなかったはずだ。つまり、彼らは主であるはやてちゃんの知らなくところで亡くなったということだろう。

「あの―――それをはやてちゃんは」

「ご存じだ。私とユニゾンした時に知ってしまったはずだ」

 どこか苦渋に満ちた声色でリィンフォースさんは告げる。視線を向けたリィンフォースさんの写真には笑顔で写っている写真。その写真を見るだけで彼らの仲の良さがうかがえる。それだけの親しかった人たちを亡くしてしまったはやてちゃんの心情を思うと胸が痛む。

「―――むかし」

「え?」

 僕が暗い顔で黙っていることに気を利かせてくれたのだろうか、リィンフォースさんが唐突に話し始めた。まだ残っているお酒を傾け、写真を見ながら、うっすらと笑みを浮かべながら、彼女は話を続ける。

「むかし、まだ私が壊れる前の話だ。私は―――私たちは主と一緒に世界を巡っていた。私は魔法を収集する魔導書として、彼らは主と私を守る守護騎士として。その時代のベルカは戦乱の真っただ中で、戦闘があれば、誰かが死ぬのも珍しくない時代だった」

 闇の書―――夜天の書、少し説明を聞いた限りでは、延々と自動転生機能で世界を巡り、魔法を集める魔導書だと聞いた。ならば、彼女が語っているのは遙か昔に体験したことなのだろう。もっとも、僕はベルカという土地柄を知らないが、おそらく次元世界―――ミットチルダのような場所なんだろうということはなんとなく予想ができる。

「いつ誰が死んでもおかしくない世界で、誰かを弔うことは酒を飲みながら死んだ人間のことを楽しく語り合うことだ、とその時に教えてもらったよ。死んだ人間も暗くなることを望んでいないし、哀しみは酒が忘れさせてくれるとな」

 だから、今回は無理を言って酒を飲ませてもらっているんだ、と入っていたお酒を一気に飲み干しながら言う。

「そうだ、これは彼らの―――私の守護騎士だったヴォルケンリッタ―への弔いの酒だ。そして、これは―――」

 そう言いながら、リィンフォースさんは、まだ半分ほど入っている瓶を傾けてグラスにお酒を注ぐ。

「これは、自分自身の弔いの酒だな」

「………え?」

 リィンフォースさんが言っている言葉の意味を理解するのに少しの間が必要だった。

 ―――彼女は今、なんといった? 自らの弔いの酒だと口にしなかっただろうか。

 突然の言葉に僕が呆けている表情が面白かったのだろうか、彼女は不意に吹き出すようにくっ、と笑った。その仕草を見て、ああ、何だ、からかわれただけか、とふぅと息を吐いて安堵したのだが、そんな僕の安堵を否定するように彼女は真面目な顔になり告げた。

「少年よ、残念だが、冗談でもなんでもない。明日、私は消える」

 ―――消える。その言葉が非常に重く感じられた。今まで亡くなった人たちのことを話していたからだろうか。何よりも信じたくなかったのかもしれない。みんなの協力があって、この闇の書事件と言われた事件は幕を閉じたはずだ。なのに、これ以上の犠牲者が出ることを信じられない、いや、信じたくなかったのかもしれない。

「どう、してですか?」

 ようやく絞り出したかのような声は若干震えていた。それを聞いてどうするのだ? という思いと、納得してしまったらどうするんだ? という思いがあったからだ。認めるのが怖い、納得してしまうのが怖い。だが、それ以上に、何も知らないところで事態が進んでしまうことが怖かった。だから、震える唇で僕は彼女に尋ねるしかないのだ。

「もう、闇の書は―――夜天の書を闇の書に変えていた部分はなのはちゃんが消してしまったんでしょう?」

 少なくとも事の顛末を僕はそう聞いていた。だから、リィンフォースさんが消えると口にした時に信じられなかったのだ。

 僕は、先ほどの言葉を否定してほしくて、冗談だ、と笑って否定してほしくてリィンフォースさんを正面から見た。だが、彼女はそんな僕をどこか微笑ましいものを見たようにふっ、と笑うと、グラスに唇を口づける。

「闇の書の闇―――クロノ提督がそう称した私を暴走させていた防衛プログラムは確かにあの時、小さき勇者によって跡形もなく消し去られた。だが―――」

 リィンフォースさんは、そう言いながら標準と言えるよりも膨らんだ自分の胸に手を当てて、どこか諦めたような笑みを浮かべながら、実にあっさりと信じられない事実を口にした。

「今も防衛プログラムの原型はここに残っており、いずれ自動修復機能で再び復活するだろう」

「それは―――」

 そう、それはつまり、夜天の書―――リィンフォースさんが再び闇の書へと戻ってしまうということである。

 リィンフォースさんの言葉が事実だとすれば、それは実に残酷なことだ。ようやく解放された喜びを噛みしめているところに冷や水を浴びせれら様なものだから。今日のみんなの頑張りが無に帰すようなものだから。

 そして、なにより、この人はずっと苦しんできたはずなのだ。長年、自らの主となった人物の魔力を使い、自殺ともいえる方法で転生を行い、本来の目的から外れた使い方をされ、魔法を収集する、ただそれだけの魔導書が闇の書―――呪われた魔導書などと呼ばれてきたのだから。

 これから、これからだったはずなのだ。彼女が―――リィンフォースさんが本当の意味で魔導書に戻り、元来の目的通りに使われる。それは、意味のある存在意義を与えられた彼女にとって本懐であるはずだろう。

「少年よ、そんなに悲しい顔をしないでくれ」

 傷ついている僕を慰めるように、優しい声でリィンフォースさんが言葉を口にする。その声色からは、仕方ないというような悲嘆ではなく、安堵したような、納得したような、どこか達観しような空気が感じられた。

 どうして、そんな声が出せるのだろうか? 三度、僕の中で疑問の声が渦巻いた。

「もともと、たとえ防衛プログラムは永久的に復活しないにしても、私は自らの消滅を望んでいただろうから」

「………なんでですか?」

 本当に僕には彼女の心情がわからない。今まで呪われた魔導書として生きてきた彼女が、ようやくその呪いから逃げられ、日のあたる場所へ出てくることができたのだ。それなのに、彼女は頑なに自らの消滅を望んでいる。どのような未来に分岐したとしても、彼女は自らの消滅を望んでいるようにしか見えなかった。

 だが、リィンフォースさんは僕の質問にすぐには答えずに、どこか憂いを帯びた顔で、グラスに残っていた酒を飲み干すと、ゆっくりと噛みしめるように言葉を口にした。

「それは、私が私であるために………かな」

 リィンフォースさんがリィンフォースさんであるために? 意味が分からない僕は、もう一度彼女に問い返そうとしていたが、その前に再びリィンフォースさんが口を開いた。

「私は、魔導の器だ。呪われた魔導書と呼ばれたこともあったが、これから夜天の書であろうとも、また再び闇の書に戻ろうとも本質は常に変わらない。私は―――魔導の器だ。主を助けるために、主を幸せにすることを存在理由としている魔導の器だ」

「なら、ならっ! あなたは消えちゃいけないでしょう!? 最後まで抗うべきなんじゃないんですか?」

 リィンフォースさんが消えれば、きっとはやてちゃんだって傷つくはずだ、不幸になるはずだ。ならば、それはリィンフォースさんの魔導の器―――おそらくデバイス―――としての存在意義に反することになるのではないだろうか。

 だが、そんな僕の言葉を受けてリィンフォースさんは悲しそうに笑った。どうしようもないことを嘆くように、仕方ないと諦めるように。

「確かに、主はやては悲しむだろうな。――――だが、それ以上に、私は主を不幸にする」

「どういう意味ですか?」

 僕の問いにリィンフォースさんは少し言いづらそうにしながら、それでも少し逡巡して答えてくれた。

「私は闇の書として生きてきた。今、こうしてリィンフォースという新しい名をもらったとしても過去は変えられないのさ。ならば、主はやては、傍から見れば、一体誰の主になるだろうな?」

 ………その言葉で僕はリィンフォースさんが何を心配しているか理解した。理解してしまった。

「聡い少年のことだ。理解できたようだな。そうだ、今、このまま私と交わることがなければ、主はやてはただの被害者として社会から認識されるだろう。だが、仮にこのまま主であることを受け入れてしまえば、主はやては闇の書の主として認識されてしまう」

 そう、リィンフォースさんが例え新しい名前をもらって、防衛プログラムの影響がなくなったとしても、過去の被害者たちには関係ない。闇の書の過去を知っている人からしてみれば関係ないのだ。あるいは、もしかしたら、それ以外の人からも関係ないかもしれない。

 ――――もしかしたら、また暴走するのではないか。

 そんな疑念を抱かれてしまえば、それは恐怖として人々の心の中に毒の様に浸透してしまう。そうなれば、主であるはやてちゃんを見る目は厳しい目になってしまうだろう。

「主はやては家族を大切に想われる方だ。おそらく、私のことも庇うだろう。私が心配しても大丈夫と答えるだろう。もしかしたら、私が原因で孤立してしまうかもしれない。それが、私は怖い。護るべきは私なのに、私が護られる。その原因はすべて私にある。そんな状況に耐えられるか? いや、耐えられない。魔導書の矜持として、主を不幸へと導いているという自覚を持ちながら魔導書と名乗ることは私の矜持が許さない」

 その眼に宿っているのは彼女が言うように自らの存在理由、そして矜持―――プライドなのだろう。

 主を不幸にするデバイス―――それは今までのリィンフォースさんだ。闇の書と呼ばれた魔導書の存在だ。その存在から逃れたにも関わらず、また主を不幸にする。それにリィンフォースさんは耐えられないという。

 デバイスは、リィンフォースさんのような存在は、寿命がない。メンテナンスさえすれば、永久にその存在を保つことができるだろう。もしかしたら、親から子へ、子から孫へ託されるようなものなのかもしれない。だからこそ、彼女は自らの存在定義に、プライドにこだわるのだろう。

「それに―――」

 リィンフォースさんはどこか遠くを見るような目をして、何か懐かしむような、何か大切なものを思い出すような目をして、言葉を続ける。

「私はあのとき、確かに主の言葉で救われた。―――それだけで十分だろう?」

 本当に満足そうに、それだけで十分幸せだ、というようにリィンフォースさんは笑った。そこには後悔の色は見えない。本当に彼女ははやてちゃんの言葉で救われたことで満足していることが理解できるような澄んだ笑みだった。

「もともと、いつ終わるとも知れない地獄の中にいたのだ。自ら選んだ主に憑りつき、蒐集という名のもとに人々を襲い、最後には主さえも手にかけてきた。気が狂いそうな地獄の中、気が狂うことも許されずに長い………長い年月を過ごしてきた」

 ………先ほどのような澄んだ笑みとは何も変わらない。だが、その笑みは先ほどとは異なり、どこか疲れたような笑みにも見える。

「もう、私が―――夜天の書はここで幕を閉じるべきなんだ」

 ―――ああ、そうか。

 僕はリィンフォースさんの言葉でようやく納得できた。つまり、ここがリィンフォースさんの終着点なのだ。これ以上は蛇足に過ぎない。確かにはやてちゃんとの日々は幸せになるかもしれない。リィンフォースさんが想像したような他の被害者から責められるようなことはないかもしれない。

 だが、結局、それらは関係ないのだ。彼女にとって、ここが終着点。今まで呪われた身体によって主を奪ってきた罪悪感、ヴォルケンリッタ―という半身を失った喪失感、はやてちゃんによって救われた安堵感。それらすべてをひっくるめて、ここが終着点なのだろう。そう彼女が決めてしまったのだ。

 ならば、それは誰にも覆すことはできない。ここに残って写真を見ていたのも、弔いと言いながらも自分に残された時間に浸っていたのだろう。それは長い、長すぎる人生の余韻のようなものなのかもしれない。

「………もう一つだけいいですか?」

「ん? なんだ、少年よ」

「遺言を―――」

 僕はその先を口にしたくなかった。せっかく助かったのだ。その直後にこんなことは聞きたくなかった。だが、だが、それでも、彼女が決めたことで、どうしようもないというのであれば、せめて。

「もしも、心残りがあって、僕に託せる願いがあるなら……教えてくれませんか」

 それが彼女の遺言となるだろう。そして、僕はそれを守りたいと思う。この悲しい魔導書最後の願いを。

 最初、リィンフォースさんは僕が何を言ったのか理解できなかったのだろう。だが、すぐに僕の言葉の意味を理解すると、ふっ、と吹き出して笑った。

 あ、あれ? 何か変なことを言ったかな? と思い、不安になったのだが、すぐに真顔になるとリィンフォースさんはまっすぐ僕を見て、彼女の最後の願いを告げてくれた。

「愚問だな、少年。救われた私の最後の願いなど一つしかないだろう」

 そういって微笑むと、彼女は最後に残った心残りともいえる言葉を教えてくれた。それは、ある意味、彼女らしくて、とても納得できるものだった。





つづく 
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