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藤崎京之介怪異譚

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case.4 「静謐の檻」
  Ⅳ 同日 PM2:35


 旧館に入ると、そこには山之内氏の他に四人の姿があった。そのうち一人は、俺のよく見知った顔だった。
「やぁ相模、久しぶり。」
「久しぶり…って、お前が呼んだんだろうが!」
「あ、そうだったね。取り敢えず座っといて。」
「…。」
 物凄く何かを言いたげな顔だったが、相模は仕方無さげに再び椅子へと腰を降ろした。
 昔から口喧嘩で俺に勝ったことのない相模は、出来る限り俺と話さないようにしているようで、最近は全く連絡を取り合ってはいなかった。こうして会うのは、あの山桜事件以来か…。
「皆様、お集まり頂いた理由は山之内さんより聞いているとは思います。出来るだけ手身近に済ませますので、ご協力お願い致します。」
 俺がそう言うと、最初に一人の女性が口を開いた。とは言っても、もうかなり年輩の方だ。
 要は、龍之介氏失踪時に、この旅館で働いていた人を集めてもらったため、皆かなりのご高齢なのだ。
「私はそこにお出での探偵さんに全てお話し申しました。今更話せと申されましても、もう話すことなど御座いませんが。」
「そうじゃ!わしゃ未だ庭の手入れもあるで、早く戻りたいんじゃがの!」
 今度は隣に座っていた爺さんが口を開くと、その隣の女性も早く戻りたいと言い出した。
 その時、山之内氏が皆に言った。
「皆さん!私が気に入らないことは承知してますが、あなた方も旧館での不可思議な出来事を知っているのでしょう?早く解決しなくては、この旅館の名に傷が付くかも知れません。私が旅館の女将を辞めたとしても、その先まで続くようにしたいのです。協力して下さい。」
 表から見れば老舗の居心地のよい旅館だが、裏ではかなり厳しい状況らしい…。
 こうしていても埒があかないため、何とか質問に取り掛かった。ま、俺が聞いても真実を答えてくれるとは思えないが、何らかの反応は示す筈だ。
 だが…聞けば聞くほど、各人の話が微妙に食い違っていき、俺は眉間に皺を寄せることになった。視点が違うこともあるが、龍之介氏失踪前後の話があべこべなのだ。記憶の風化も考えられるが…何かを隠しているんだろうか?いや、だったら互いに口裏を合わせて同じことを言うと思うが…。
「どうなってるんだ…?」
 あまりに各人の言っていることに差があり過ぎ、俺は首を傾げて呟いた。
 方や頑固な性格で怒りっぽいと言えば、他が我慢強く物静かと言う。またいつどこにいたかを別の人が言うと、いや違うどこにいた筈だと…。これの繰り返しなのだ。頭が痛くなってきた…。
「京、おかしいだろ?この三人の言ってることは、そのどれも裏が取れないんだ。ま、三十年以上も前だから仕方無いんだがな…。」
 今まで黙っていた相模が、俺の耳元で囁くように言った。
「一応調べたんだ。」
「当たり前だ!これでも探偵だっての!」
「あ…そうだったね。で、その後は何か調べたのか?」
 俺がそう問うと、相模は再び小声で答えた。
「調べたは調べたんだが…何一つ糸口が掴めなかった。それでだ…一番有力な情報だと、どうも先代の尚輝氏と、左にいる仲居頭の吉岡さん、中央に座る庭師の金井さんは、龍之介氏の失踪直前に、三人して龍之介氏に会っているようなんだ。だが、どんな話をしていたのかは誰も知らないってんだよ。変じゃないか?ま、ここを辞めた仲居達に聞き回ってこれだけだ。」
 俺と相模がこそこそ話ているのが気に入らなかったのか、三人は申し合わせたかのように立ち上がり、仲居頭の吉岡さんがこう言った。
「もう失礼します。この様な茶番には付き合い切れませんので。皆さん、仕事に戻りましょう。」
 それで三人は山之内氏が止めるのも聞かず、そのまま出て行ってしまったのだった。ただ、一番右の席に座っていた女性だけ、少しおどおどしながら軽く会釈をしたのが何となく引っ掛かりはしたが…。
「申し訳ありません…。」
「いえ、貴女のせいじゃありませんから。」
 俺はそう言って苦笑したが、山之内氏は溜め息を吐いて肩を落としていた。そんな中、俺は嫌なことに思い至って、それを相模に言ってみた。
「なぁ、相模。あの三人…いや、尚輝氏を入れて四人か。龍之介氏が失踪することによって、何か得をしたってことはないか?」
「それは俺も考えた。だが、尚輝氏はともかく、他の三人にはこれといってない。」
「それは現在でもか?」
「…?京、一体何が言いたいんだ?」
 俺は少し迷った。これを言って良いものかと…。だが、これは言っておかなければ、何か悪いことが起こるんじゃないか…そんな予感めいたものがあったのだ。
「確か人が失踪した時、七年間音信不通で生きている確証がない場合、法的に死亡が認められる筈だ。当時がどうとかでなく、その後に…」
「藤崎先生、まさかあの三人を疑っておられるのですか!?そんな…有り得ません!」
 俺の言葉に山之内氏は憤慨した。嫌われているとは言え、山之内氏にとっては先々代からこの旅館で働いてもらっている家族同然の人達だ。彼女がこう言った態度を取ったとしても、別に驚くようなことじゃない。
「分かっています。ですが、龍之介氏が亡くなったと言う確証があるでなく、ましてや生きていると言うことも…。あらゆる視点から調査する必要があるんです。」
「私は藤崎先生に、この異常な出来事を解決して頂ければ良いのです。義父については関係ないと…」
「いいえ。これは完全に龍之介氏の失踪と関係してます。これは嫌がらせのレベルじゃないですし、第一、これで終わりだとは思えません。」
「それは…どういう意味です…?」
 俺の言葉に、山之内氏は怪訝な表情を浮き彫りにさせた。横にいる相模も、眉間に皺を寄せながら俺を見ていた。
 その時、本館の方から悲鳴のような声が響いてきた。その声に、俺も相模も、そして山之内氏も驚いて、本館へ向かって飛び出したのだった。



 
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