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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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SAO編
  第114話 仮想世界の本物

 
前書き

 

 

~第22層・コラル 湖の畔~


 アスナから連絡が入ったのは、最初にメッセージを貰った3日後の朝。
 ……大会と聞いていたが、個人が釣りをするだけ、と聞いてそこまで人は集まらないだろう、と思っていたのだが、そのニシダと言う人は、太公望仲間に声をかけて回ったらしく……、考えていた以上の人数がここに来ていたのだ。

「……キリト」
「言うな。オレも戸惑ってる」

 リュウキの言葉を遮る様に、キリトは返した。
 今回ばかりはキリトも想定外だった様だ。お互い、情報屋やらアスナ、レイナの追っかけやらから身を隠す事もあった。レイナもアスナもこの場所が気に入ってくれた事は僥倖だったが、本来はあの74層のBOSS攻略後にあった出来事もあって、『誰も知らないすっごい田舎に引っ越してやる』と言う決意があったからだ。

 だけど……、今この場所は多いに賑わっている。

 目算で大体3,40人だろうか……、ニシダが釣り上げる獲物を楽しみにしているメンバーが揃っていた。いや、お祭り騒ぎをしたいからだけの様な気もする。

「あはは、本当に沢山いるね?」
「うん。お姉ちゃん、その格好似合ってるよ!」
「えー、レイも似合ってるよ。私達、お互いに農家の主婦だもんね~」
「うんっ!」

 普段の自分たちからは大分かけ離れていると思う。
 地味なオーバーコート。アスナは、ロングの髪をアップに纏めており、レイナは元々ショートの為、髪はそのまま。そして、たまたま購入したワークキャップをかぶっている。キャップの鍔の部分をきゅっと握り、ニコリと笑うレイナ。

 アスナも同じように笑っていた。
 確かに、人数が多くて所在地がバレてしまったりするかもしれない。また色々と面倒事が起きてしまうかもしれない。……だけど、リュウキもキリトも思った。

――……2人が笑顔ならそれでも別に良い、と。2人が笑顔でいてくれるなら、と。


「まぁ、オレは逆にフードをかぶってない方がバレないんじゃないか? って言われたしな」
「あ、それはそうだろ。リュウキはずっと 不自然極まりないくらい顔隠してたし。知り合い以外じゃ攻略組くらいじゃないか? 顔バレしてるのって。滅多に見られないものだからこそ、バレたりしないだろ」
「……オレの事を、未知との遭遇みたいに言うんじゃない。まぁ、アルゴのおかげでフードをかぶるようになったから、それを考えたらアイツに感謝かな」
「付け上がりそうな気がするから本人には言わない方が良いぞ」
「……勿論だ。言うわけない」

 アルゴにそんな事言った日には どうなるか判ったもんじゃない。甘い言葉を言えば巧みに色々と誘導されそうだから。今後もずっと……。


『へっくしっ!』

 そして、某場所では とあるプレイヤー、頬に珍妙なラインが書かれたプレイヤーが、盛大にくしゃみをしていた。



 そんな時だった。

「わ、は、は、晴れてよかったですなぁ!皆さん」

 肉付きのいい身体を揺らして笑いながら近づいてきたのは、まさに今日の主役といっていい人物の1人。因みにもう1人はキリト。なにせ、スイッチをするのだから。
 今回の釣りは、珍しい共同プレイ。協力プレイなのだから。

「あ、こんにちは ニシダさん。えっと、こっちは妹の」
「はじめまして、私、レイナです。今日は期待しちゃいますからね~♪」

 ニシダに向かって笑顔とウインクをみせるレイナ。その笑顔と素顔を見たニシダは少し目を丸くさせた。

「いやぁ、こちらこそ! 話は訊いてましたよ、本当によく似てらっしゃる! それにどちらも美人で見とれてしまいましたよ」

 頭を掻きながら再び笑った。どうやら、アスナと初対面時にも同じような感じだったからか、レイナにはさほど驚いてはいない様だ。どちらかと言うと、とてもよく似た姉妹だったから、驚いたのだろう。
 双子だと言われても全然おかしくない程なのだから。

 レイナは、ニシダにそう言われて、照れながらお礼を言っていた。

「……愉快な人、か。アスナの言っていた通りだ。朗らかだとも言えるな」

 リュウキは、ニシダの方を見てそう言っていた。そして目が合ったところで。

「あ、えっと……彼が夫のリュウキ君ですっ」
「ほほぉ……、いやぁ、羨ましい限りですな? リュウキさん!」
「あ、はい……オレの大切な人、ですよ」

 レイナが自分の事を紹介してくれた為、リュウキは軽く頭を下げながらそう答え笑顔を作った。レイナもはっきりと言ってくれて、嬉しく、そして恥ずかしくてくすぐったい様子だ。

「お似合いですね。見てよく判ります」

 ニシダは、目を細め、笑いながら2人を見て笑った。アスナも隣で頷く。

「本当に、ですね。仲睦まじくって」
「わ、は、は! それはアスナさん達も同じですよ?」

 微笑ましく笑っていたニシダだったが、アスナの方を向いて大きく笑った。似た者同士が、この世界で巡りあった。出会うべくして巡りあった。
 ニシダは、そう思えていたのだった。



 そしてその後。

「え~、それではいよいよ本日のメイン・エベントを結構します!」

 ニシダは高らかに、そして大声で宣言した。右手に持っているのは長大な竿。リュウキの極長剣といい勝負しそうだ。

 ニシダの宣言で場の盛り上がりは更に増す。

「……へぇ、やっぱりスキル値が高いな。竿を使いこなすのは、900、いや……950は入りそうだ」

 リュウキは、彼の佇まい、そしてその竿を見てそうつぶやいていた。視てではなく見てである。この層にいて、釣りに関しては何度か試した事はあるからだ。だからわかったのだ。純粋なサブ・ゲームである釣り。……無粋な真似はしたくないのである。
 
 今回だけは、遊びであって、ゲームなのだから。

「やー、本当に気合入ってるね~……、あの 餌はちょっと、あれだけど……」

 レイナは苦笑いをしながら ニシダの竿の先、先端でぶら下がっているもの。大人の二の腕くらいのサイズはあろうか……?それほどまでにデカいトカゲがいるのだ。
 ぬめぬめ感が離れていても伝わっていて、光っているんだ。アスナも顔をこわばらせてニ、三歩後ずさっていた。

「餌も最上級のもの、という訳だろう。……あのサイズから察するに、相当な大物だな? これは」
「あ、私も思ったよ! だから、愉しみなんだ~!」

 レイナは、ワクワクさせながら、キリトとニシダを見守った。確かにあの餌に関しては思う所があるが。

 ニシダの竿の先端は僅かに揺れいてる。アタリだ、と思って皆が息を飲むが ニシダはまだ動かない。キリトがしきりに見ているが、ニシダはまだまだ動かない。相当集中しているのが分かる。間違いなく釣りプレイヤーとして、この世界でトップに君臨するだけのものを持っているだろう。
 ……集中力がここまで伝わってきているのだから。

 そして、更に集中力が増したと感じた刹那!一際大きく、竿の穂先が引き込まれた!

「いまだッ!! そりゃあああ!!」

 ニシダは短躯を大きく反らせ、更にその全身を使って竿をあおる。傍目からも判る程に、その竿の糸は、びぃぃんっ!と張り詰めており、効果音も最大級のものが周りに響き渡った。

「掛かりました! 後は頼みますよ、キリトさん!!」

 呆気に取られているキリト。恐る恐る竿を受け取った。……明らかに体が入っておらず、集中力もニシダに比べたら天地だろう。

「キリト、舐めてると身体事持っていかれるぞ?」

 リュウキが声援、と言うよりは発破を掛けた様だ。その言葉を聴きとっていたキリト。だが、『そんな訳無いだろう』とどこかで思っていたらしく、そのまま竿を引いた瞬間。

「のわぁぁぁ!!」

 一気に桟橋の端まで引っ張られてしまったのだ。だが、そこはこの男も攻略組であり、トッププレイヤー。筋力パラメータにものを言わせ、両足を思いっきり踏ん張り、何とか持ちこたえる事が出来た様だ。

「キリトくーん! しっかりーー!!」
「そーだよっ!! ふぁいとぉ~!!」

 ニシダの仲間達の声援とは一味違う、黄色い声援も飛ぶ中で、気合を入れない訳にはいかないだろう。
 キリトはニシダの方を見て。

「こ、これは、力いっぱい引っ張っても大丈夫ですか?」

 自身の筋力パラメータなら、耐久値がもたないのではないか? と一瞬心配したキリトだったが、ニシダは首を振った。

「これは最高級の代物です! 思いっきりやっちゃってください!!」

 顔を真っ赤にさせながら興奮しているニシダ。無理もないだろう、ずっと待ち焦がれていた主を釣り上げるか否かの瀬戸際なのだから。

「ほらほら、頑張れキリト。気を使う余裕、あるのか?」
「なぬ!? み、見てろよーー!!」

 STRパワー全開!!と、自分の中のどこかで掛け声を1つ入れると思いっきり引っ張る!
 SAOのステータス振り分けは、レベルアップ時敏捷力と筋力のどちらかを上昇させるかは各プレイヤーが任意に選択することが出来る。キリトは、バランス型である。……いや、細部まで細かく見れば、やや敏捷型(AGI)とも言えるがほぼバランスが良い。
 例え、この湖の主が相手でも、レベルの絶対値が高いため、この釣り……と言うより綱引きにはキリトに分がある様だ。

「わっ! わわっ! キリト君、引っ張れてる! 勝ってるよ!」
「ん。大きさと言う補正が掛かっていると思えるが、それでも キリトが上の様だな。アクシデントでも無い限り、時間の問題だろう」
「あっ! 見えたよ!!」

 時間の問題だ、とリュウキが言ったと同時だ。
 アスナが気づき身を乗り出して水中を指差した。キリトは岸から離れて 身体を反らせているので、確認は出来ない様だけど。アスナの指している方を凝視する見物人たち。
 一目見ようと我先にと水際に駆け寄っていくが……。

「ぬおおおお………ん?」

 突然だった、キリトが必死に皆に見せてやろうと頑張ってるのに、湖面を覗き込んでいた観客達の身体が不自然にピクリと震えて、一気に猛烈な勢いで逃げていったのだ。それは、アスナやレイナも例外ではなく、ニシダと共に駆け出していった。

「って、おい! どうしたん……おわぁっ!」

 キリトは不自然に思って、振りかえろうとした時。
 突然、相手側の引っ張る力が無くなった為、キリトは後方へと転がっていき、ずどん!と盛大に尻餅をついていた。

「ああぁぁぁ……」

 この両者の筋力に糸の耐久値が切れてしまったのか。そう思ったようで、竿をほおり投げて飛び起きざまに湖に向かって走った。その岸辺にいるのはリュウキだけだった。

「ん。確かに逃げ出したくなるのも判らなくはない。か?」
「何の話だ何の!そ、それより、折角頑張ったのに、まさかのMiss! とは……」

 よよよ~……と意気消沈するキリトにリュウキは首をかしげた。

「いや、成功だぞ? あれは、ある程度まで引けたら後は全自動になる様だ」
「……へ?」

 呆気にとられている様で、リュウキの方を向いたキリトだったが、直ぐに意味を理解する事になる。

「キリトくーんっ! リュウキくーーんっ!! あぶないよーー!!」
「そ、そーーだよーー! 大っきいのが来ちゃうよーーーー!!」

 もう、2人以外岸辺の土手を駆け上がっており、遥か遠くにいる。あれは、高台から見ようと言う事ではなく、明らかに避難をしている、と言うものだった。

 さて、それでは何から避難しているのだろうか……?

 恐る恐るキリトは、もう一度湖面の方を向くと……。

「ん。来たな」

 リュウキの一言に連動したかのように、それは現れた。主と呼ばれていた巨大な魚。
 いや、これは魚とは言えないだろう。爬虫類と魚類の親戚?水面からジャンプし、着地して陸を歩いているのだ。

 半魚人、と言った方が良いだろうか?これは、釣りイベントなのに、主旨が変わってきている。

 釣り上げるだけで終わりではないようだ。だって、この主は明らかにモンスターだから。ちゃんとHPゲージ、Mobを示すカーソルも現れている。
 今回は、ただの御楽イベントだ、と言う事で装備は持ってきてないのだが、無手でも十分に戦える。《体術》のスキルを持っているから。
 だが……。

「おわぁぁぁぁ!!!」
「こ、こらぁ! 何で、オレまで引っ張る!?」

 キリトは、パニックになった様だ。
 何故か、キリトは逃げる時に、リュウキの服を思いっきり掴んで引っ張ったのだ。……パニックになってしまうと、近くの何かを掴みたくなるのだろうか?

 敏捷度(AGI)全開で走るキリト。

 引っ張られているリュウキ。敏捷度(AGI)に関したらキリトの方が優っている為、普段よりも早く走れている様な気がした。だが、筋力(STR)に関しては、負けているとは思えないのだが……、ここでもデジタル世界での、火事場の馬鹿力が発生してしまっており、抗えなかった。

「あははは……やっぱし、仲良しさんだよねっ」
「私は、あの時のレイとリュウキ君がこんな感じだったんじゃないかな? って思った」
「ぁぅ……///」

 引っ張られているリュウキ、そして決死の形相で引っ張ってるキリト。
 男同士の構図は、ちょっとあれだが……、キリトもリュウキも中性的な顔立ちだからとりあえず問題なし!と2人は思ったようだ。それに、掴んでいる場所が手だったら、もっと……。

 レイナは、当時の時のことを思い出したようだ。

 お姫様抱っこをリュウキにしてもらって、アスナやキリトに見られて散々からかわれたことを。
照れていたその時だ。飛ぶ様に走り込んできたキリトが肩で息をしながらら。

「ずずずず、ずるいぞ!! 自分たちだけで逃げるなよ!」
「お前はオレをひっぱるな! いい加減離せ」
「うおっ!?」

 リュウキに言われるまで判ってなかったキリト。……とりあえず、それは置いておく。今はそれよりも文字通り大きなことがあるからだ。

 そう、歩いてくるアイツ(・・・)の事。

「おお、陸を走ってるぞ? 肺魚なのかなぁ?」
「仮に肺魚だとしても、……普通、陸を走るか?」
「ふ、2人とものんきなこと言ってる場合じゃないよ?」
「う、うん!あのヘンなの、走るの結構早いっ!?」

 慌てている様だが、どこかに緊張感が欠如しているようなやり取りを続けている4人を見てニシダが駆けつけた。

 この層では、フィールド上には、モンスターは現れない。

 だから、ここで暮らしている人たちにとって、モンスターとの遭遇はまさに死活問題なのだから。

「みみ、皆さん! 早く逃げないと! 危ないですよ!!」

 まだ、現実感?がなく硬直している数十人のギャラリー。
 中には腰を抜かせているものもおり、今アイツを止めなければヘタをしたら惨事となってしまうだろう。

「キリト君は武器、持ってる?」
「……スマン、持ってない」
「リュウキ君は? 持ってる?」
「ん……、持ってないな。だが、このくらいなら体術で十分だと思うぞ?」
「ダメっ! それはダメだよっ!」

 男2人は武器を持っていないようだ。
 リュウキは、体術でいけるだろうと言っていたのだけど……、女性陣に止められた。モンスターがいないとされている層での敵の出現。そんな相手に無手で挑むのは危ないと言う事だった。
 如何にリュウキだって例外ではない。

「もう! 私が行く。素手なんてダメだからね!」
「待って待って、レイ。私も持ってるから」

 最終的に、この場の数十人のギャラリーを無事逃がすのは難しいと判断した。いよいよ間近に迫ってきた巨大脚付魚に2人は向き直った。

「き、キリトさん! リュウキさん! お、奥さんたちが危ないですよ」
「大丈夫ですよ、任せておけば」
「ん、2人は頼りになります」
「ななな、何を言うとるんですか!! あ、あんなの相手にっ! こ、こうなったら私が……!」

 仲間から釣竿を引ったくりそれを悲壮な表情で構えた。
 主相手に、竿で挑む。……釣りだったら、間違いない光景だけど。モンスター相手では明らかに間違えているだろう。

 だから、キリトは慌ててニシダを制した。

 無理に攻めて狙いを代えられでもしたら、拙いからだ。

「ほ、本当に大丈夫ですから、落ち着いてっ!!」
「そ、そうは言いましても! 夫が嫁を守らないでどうしますか! リュウキさんも! 早くっ!!」
「いや、キリトの言うとおりですよ。……横槍したら、逆に怒られてしまうかも、なので」

 リュウキはレイナの方を見てそういった。
 彼女もこの世界でずっと生き抜いてきたプライドだってあるし、腕も文句なしの超一流だから。レイナに限って怒ることは無いと思えるが、リュウキはそう言っていた。


 キリトとリュウキ、ニシダが一悶着あった所で、戦いも佳境に入っていた。その巨体は突進の勢いを落とさぬままに、アスナとレイナを餌と定めてデカい口を大きく上げたのだ。……その体躯の差から、どんな屈強なプレイヤーでも太刀打ち出来ないと思われるだろうが、アスナとレイナはまるで問題ない。

 2人の美しく光る細剣。

 繊細なその武器が獰猛な巨体と交差した瞬間、まるで爆発じみた衝撃音が響き渡った。普通であれば、あの美しくも線が細い彼女たちが吹き飛ばされてしまう。……ギャラリーの皆がそう思い、顔を思わず背けていた。

 そう、普通であればだ。

 爆音の後、巨大な影が宙を舞った。それはあの巨大魚。2人は全く動いていない。

『……おおおおお!!!』

 まさかの衝撃光景を目の当たりにしたギャラリー達は、唖然としていたが、暫くして歓声へと変わっていた。女の子であるが、まさに女ヒーローであり、巨体を一気に吹き飛ばしたのだから、興奮しても不思議ではないだろう。彼女たちの一撃は、巨大魚の身体に赤い斑点をつけ、そのHPを大きく削っていた。

「お姉ちゃん!」
「うんっ!」

 アスナとレイナは、左右に分かれると、巨大魚が落下するその刹那、その落下点目掛けて突進した。その速度はまさに閃光そのもの。

 2つの光が交差した瞬間、巨大魚のHPを全て散らせた。

 ……2人の攻撃の軌跡が未だ残っている。


「リニアー……」
「2人の技見たら、あれが初級技だって思えないな」

 《リニアー》とは、細剣スキルで一番最初に習得できる技であり、初速こそは早いが単発技。だから、スキルが上昇していき新たな技を覚えていけば 使用頻度も落ちてくると思われるが……。

「……見事、としか言えないな」
「や、まったく」

 ニシダはまだ唖然としている間にキリトとリュウキは技について語り合っていた。

 敵の巨体が膨大な光の欠片となって四散した後。アスナ、レイナは2人同時に同じ様に チンっ、と音を立てて細剣を鞘に収めてこちらに戻ってきた。

「よ、お疲れ」
「もー、キリト君はだらしないなぁ、リュウキ君は素手でも戦うつもりだったのに」
「……まぁ、レイナに止められてしまったけどな」
「あったりまえじゃんっ! 無茶はしないって約束したもん!」
「……あんなのに素手で行こうって気概を持てるリュウキが異常過ぎるんだよ。人間、地味で慎重なのが一番だ」
「……そう言うが、キリトも人のこと言えないと思うぞ?」

 戻ってきた嫁2人と旦那達2人。緊張感の無いやりとりをしていた所で、ニシダが漸く口を開いた。

「……あ、いや、これは驚いた。あの主よりも、醤油よりも……、お、奥さん方は、ずいぶんとお強いんですな。失礼ですが、レベルは如何ほど……?」

 ニシダの言葉で、陽気に話していた4人だったが、顔を見合わせていた。レベルについての話題はあまり引っ張ると危険だと思えるからだ。この層で暮すには似つかわなさ過ぎるモノだから。

「あー、えっと! そんな事より、ほら! あのお魚さんからアイテムでましたよ?」
「う、うん! 私の方にも出たよっ! お魚さん……か、どうかは置いといて」

 アスナとレイナは、ウインドウを操作すると、アスナのその手の中にはキラリと輝く一本の釣竿、そして、レイナの方にはまるでダイアをまぶしているかの様に、所々でキラキラと光っている釣り糸。イベントモンスターからのドロップアイテムだから、間違いなく非売品で、レアアイテムだろう。

「お、おお! これは!?」
「私達じゃ、満足に使いこなせませんから、ニシダさんがお使いください」
「あ、はい! 私のもっ。これで美味しいお魚さんを釣ってみてくださいね?」
 
 アスナとレイナは、それをニシダに譲渡した。目を輝かせながら、お礼を言うニシダ。間違いなく話題逸らしに成功した2人。
 グッジョブだ、と言おうとしたその時だ。

「あ、あなた方は……」
「まま、まちがいないっ! 血盟騎士団の美人姉妹!?」
「え、ええ! あ、マジ、マジだっ!! お、オレ写真持ってる! メチャ高かったけど、アスナさんのもレイナさんのも!!」

 ……顔を隠すようにつけていたモノは外してしまっていて、素顔をはっきりと見られた。その上戦闘と言う非現実的な光景、凛とした2人。ここまで見せてその上名前まで呼ばれたら、場が騒然として2人を囲うのは間違いないだろう。

「う……」
「あぅ……」

 アスナとレイナはぎこちない笑いを浮かべながら、数歩後ずさる。先程に倍するどよめきが周囲から沸き起こっていた

「やっぱり、2人は人気があるみたい、だな」
「そりゃそうだろうさ。……でも」
「ん。……キリトが考えてる事、オレにも判る。漸く判ったんだがな。1年前の自分なら絶対に判ってない」
「あ、違いないな。オレもだ。ありえないと自嘲してるよ」

 そう、2人が思ったのはそれほどまでに、人気があって美しい女性と夫婦となった事だった。不思議な感慨、随分と遠くへと来たと思わせたのだ。

 そんな時、アスナとレイナが結婚をしていた事に気づき、落胆したプレイヤーも多数いたようだった。

 ……今日は、いや、今日も楽しい一日だった。毎日が暖かく、光に満ちていると思える。心から、そう思える。だが、夢のような時間と言うのは瞬く間に去っていくと言う事をどこかで聞いたことはあった。
 楽しい時間はいつも直ぐに終わりを告げる。

 その日の夜。一斉送信でヒースクリフから連絡が入ったのだ。



――75層BOSS攻略線への参加要請――



 短い内容だったが、それだけで事の重大性を理解できた。……忘れていたのだ。今が75と言う数字の層だと言う事を。



~リュウキとレイナ宅~


 リュウキは、ヒースクリフから届いたメッセージを凝視していた。そして考え込む。

「はぁ……、本当に短かったね?たった二週間でなんて……」
「……そうだな」

 リュウキは、決して上の空だと言う事ではない。何処か、その声に強張りがあったとレイナは感じたのだ。

「どうしたの……?」
「……いや」

 リュウキは軽く手を振って笑みを見せた。

「BOSS攻略が随分昔の事だと思えてな?……それだけ、充実してたから。この二週間は、本当に……」

 そう言うと、リュウキはレイナの頭をそっと撫でる。その充実していた最大の理由がレイナと一緒にいたから。そう伝える様に……。

「……えへへ。私も同じだよ。あっという間だった。だけど、本当に毎日が楽しかった。……頑張ってBOSSをやっつけたらまた、戻ってこようね?リュウキ君」
「……ああ、勿論。今度はオレが釣らないとな?釣って、あの魚も倒さないと」
「あははっ!リュウキ君ちょっと悔しそうだったよね?参加出来なかったって」
「……レイナには隠し事、できないな」
「そーだよー!だから、浮気なんて許さないんだからね~!」
「ははは……しないよ。」

 2人の会話は弾み、そして暫く続いた後、就寝となった。




~第22層・コラル 転移門広場~


 もうすっかり季節は冬。
 そう思わせる気候の朝の空気。その中に立つ5人の影があった。

 4人は、攻略組であり、これから最前線に戻るキリト、アスナ、リュウキ、レイナ。

 そして最後の1人は、ニシダだった。彼には出発の時刻を伝えていたのだ。少し、話しをいいでしょうか?という言葉を聞いて 広場のベンチに腰掛けた。


「私は正直……今までは上の階層でクリアを目指して戦っておられるプレイヤーのみなさんもいるということがどこか別世界の話のように思えておりました。……内心では、もうここからの脱出を諦めていたのかもしれませんなぁ」


 ニシダの話を無言で聞いていた4人。
 責任を背負わせて、その上忘れてしまっていた事をどこか懺悔しているようにも聞こえてきたからだ。

「……御承知でしょうが、電気屋の世界も日進月歩でしてね、私も若い頃から相当いじってきたクチですから、今までなんとか技術の進歩に食らいついてきましたが、2年も現場から離れちゃもう無理ですわ。どうせ帰っても会社に戻れるかわからない、厄介払いされて惨めな思いをするくらいなら、ここでのんびり竿を振ってたほうがマシだ、と……。この世界では もう、それしか出来ないと思っておりました……いや、それ以外無い、と。少し自暴自棄になっていた所もあったかもしれませんなぁ……」

 ニシダは言葉を切る。……深い年輪の刻まれた顔に小さい笑みを浮かべる。
 言葉では現せる事が出来ない。SAOに囚われ、囚人になってしまったことで、この男が失った物は安易に想像出来るものじゃないと。

「……1人じゃない、とオレは思いますね」
「え……?」

 黙っていたリュウキだったが、ふと言葉が浮かんだ

「……仕事の難しさや、技術進歩の乗り遅れについては、オレも知っているつもりです。……だから、ニシダさんが言う意味も。でも、現実でもきっと、待ってくれている人はいる筈。……この世に生を受けて、1人ぼっちなんて事は無いんだから。オレはそれを、SAOで改めて学んだ、学ぶことが出来たんです。……皆のおかげで」

 リュウキはそう言うと、キリトを、アスナを、そして、レイナを見てそう言った。本当に自然と言葉が出てきたんだ……自然、偽りない自身の気持ちを。

「リュウキ君……」
「……」
「………」

 リュウキは続けた。

「オレも、この世界で 自棄になっていた事、あります。……それを救ってくれた人がいた。心に闇がまとわりついて、蹲っていた自分に、光をくれた人がいました。……現実でも、仮想世界でも得たもの、得られるものはきっと、沢山あるんだと強く思いました。だからきっと、この2年間は。オレの人生の中で、一番充実してる、そう思えます」

 その言葉を聞いて、3人も驚いた様な顔をしていたけれど、直ぐに綻んだ。……学んだのは、こちらも同じだと,そう答えていた。


 リュウキに続いて、アスナがゆっくりと前に出た。そして口を開いた。

「わたしは……、わたしは、半年くらい前まで、ニシダさんと同じ事を考えて、毎晩泣いてました。……妹のレイにはみせない様にしてたけどね」
「……バレてるよ、お姉ちゃん。私だって、同じ気持ちだったから」

 レイナを見てアスナは微笑みを浮かべる。そして、アスナはつづけた。

「少しでも強くなってゲームクリアをするしかない、私の、私達の現実が壊れてしまう前に。……でも、その気持ちが強く出すぎて……、最愛の妹を傷つけてしまったんです。この世界でただ1人の家族だった妹を、守るって決めてた家族を。……この世界に負ける事よりも。嫌だった。……1人になる事がとても辛かった。そんな私に、迷走をしていた私を立ち直らせてくれたのが、もう一度、レイと向き合える事が出来たのは。レイの最愛の人のおかげでした」

 アスナはリュウキの方を見た。リュウキもアスナのことを大切な人だと言っていたが、アスナにとってもリュウキは大切な人だったんだ。

「……心が挫けそうになった時に、私に優しさをくれた人、です。現実じゃない、ってずっと心で思ってた筈なのに。優しさに触れて……私もお姉ちゃんと向き合う勇気をくれたんです」

 レイナは、リュウキの方を見て涙を見せた。

「そして、私の最愛の人。……最愛の人になる切っ掛けは半年前のことでした。最前線で迷宮区に出発しようと思ったら広場の芝生で昼寝をしてる人がいるんですよ?それも、彼も一緒にでした。2人ともレベルも高そうだし、リュウキ君には感謝してましたけど、この時 私は頭にきちゃって、言ったんです「攻略組の皆が必死に迷宮区に挑んでるのに、何でこんな所で昼寝なんかしてるのよ」って」

 アスナは、片手を口に当てて笑っていた。レイナも、思い出しているかの様に目をつむって空を見上げた。

「そしてら、その人は『今日はアインクラッドで最高の季節、そしてさらに最高の気象設定だ。敏腕プレイヤーのお墨付き、こんな日に迷宮に潜っちゃもったいない』って言って、横の芝生を指して『お前も寝ていけ』なんて、失礼しちゃいますよね?」

 笑いながらそう言うアスナ。キリトは黙って聞いていたがこの時は、『リュウキも言ったんじゃないか?』と一瞬頭によぎったが、口を閉じていた。

「あはは……、そして、隣の木の上で寝ていたのが彼でした。『百聞は一見、百見は一感』って言ってました。その言葉の意味を本当によく知れました」
「うん。……私達は、きっとその時に強く思ったんだと思います。この人たちはこの世界でちゃんといきてるんだ、って。現実の一日をなくすんじゃなくて、この世界で一日を積み重ねているんだって。……そんな人もいるんだって、思ったら私も一緒に横になってました。……その時、きっと多分この世界に来て初めて本当にぐっすり眠った、眠れたんです」
「……すまん、オレ、そんな深い意味でいったんじゃなくて、ただ昼寝したかっただけだと思うんだが……」
「ん、否定しないな、オレも」
「もう、判ってるわよ、言わなくていいの、そんなこと!」
「そうだよーっ! それでも、私達は救われたのっ」

 アスナとレイナは口を尖らせる仕草をしたが、直ぐにニコニコとしながらニシダに向き直った。

「……少し、長くなりました。私が一番言いたい事は、皆に出会えたこと、……そして、キリト君が私にとってここで過ごした事、二年間の意味と言っても過言じゃないんです。私は、私達はここで、大切な人と出会う為に、あの日ナーヴギアを被ってここに来たんです。生意気な事かもしれませんが、ニシダさんがこの世界で手に入れたものだってきっとあるはずです。確かにここは仮想世界で目に見えるものはみんなデータ、偽物かもしれません。でも、学んだと思えた事、そして変われた事、救われた事。……私達の心は本物です。ここで得たものは皆、本物なんです」

 ニシダずっと、話を聞いていた。そして、アスナを、レイナを、そしてリュウキとキリトを見て、何度も頷いていた。その眼鏡の奥で光るものがあった。


――……キリトも目頭が熱くなるのを必死に堪えていた。

 生きる意味を、現実世界でもここ仮想世界でも見つけられなかった自分を救ってくれたのは、救われたのは自分なんだと、ずっと、ずっと思っていた。


――……リュウキも同じ想いだった。

 ……自分を心配してくれた。……こんな自分を助けてくれた。……闇を払ってくれた。

 救われたと言う以外にどんな言葉があるだろうか。


 2人の気持ちが伝わっていたのか。

 アスナは、キリトの。
 レイナは、リュウキの手をしっかりと握っていた。

 ニシダは、深く頷き。

「……そうですなぁ、本当に、そうだ……。私は今の皆さんのお話を聞けたことだって、とても貴重な経験です。……私の方が人生、長く過ごしたと言うのに、沢山学ばさせてもらいました。……人生、捨てたもんじゃない。本当に捨てたもんじゃないです」

 そして、最後にもう一度大きく頷くと、ニシダは立ち上がった。

「や、すっかり時間を取らせてしまいましたな。……私は確信しましたよ。あなたたちのような人が上で戦っている限り、そう遠くないうちに元の世界に戻れるだろうと。……私に出来ることは何もありませんが、……がんばってください。がんばってください」

 ニシダは、何度も頭を下げた。

「また、またここに戻ってきますよ。その時は釣り、付き合ってください。出来ればご教授も願いたい」
「……そうだな、オレもまともに釣りをした事、無かったから」
「リュウキはダメだ」
「……なんでだよ」
「オレの方が、スキル上がってたとしても、……あっという間に抜かれる気がする」
「………はぁ?」

 最後のやり取りを見て 少し、ぽかん、としていたニシダだったが、2人の関係を少し察して様だ。
 
「わ、は、は! その時はよろしくお願いしますぞ? お2人とも! ……キリトさんには、釣りのコツを、こそっと伝授致しましょう!」
「おお、それはありがたい」
「……同盟とはズルいな」

 そんなやりとりが続いて、アスナとレイナにも笑顔を誘う。最後は笑って別れた。


 ……必ずまた会おうと約束をして。





 
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