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黒魔術師松本沙耶香  紫蝶篇

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14部分:第十四章


第十四章

「シーフードですか」
 速水は沙耶香の向かい側の席に座わっていた。そこでワインを飲みながら彼女と話をしていた。テーブルにはまだ料理はない。今はワインを飲んでいるだけである。
「スペインだからね」
 沙耶香はそう答える。
「いいかしらと思って」
「そうですね」
 速水は沙耶香のその言葉に賛成したように応えてきた。
「悪くはありません。むしろいい位です」
「パエリアはどうかしら」
 沙耶香はそう言ってきた。
「それで」
「ええ、パエリアは好きです」
 すっと笑って沙耶香に述べる。
「そして他には」
「そうね」
 ここでちらりとメニューを見た。それからまた言う。
「鰯のトマト煮にムール貝のアリオリ風にアボガドとアンチョビね」
「あとチーズも」
「いいわね」
 沙耶香はチーズと聞いて目を細めさせてきた。
「ワインにはチーズね」
「そうですね。それがまずは」
 その言葉に答える。
「いいです。やはりワインにはチーズです」
 これは沙耶香も速水も同じ意見であった。二人はワインを飲みながら話を続ける。
「そうね。それにチーズは」
「何か」
「あの香りがいいのよ」
 ワインの杯を手にそう述べる。目が細くなる。
「女の子の地肌の香りと同じで」
「そうきましたか」
「そうよ。だからチーズが好きなのよ」
「ナポレオンと同じですね」
「残念だけれど違うわ」
 上機嫌で酒を飲みながら述べる。
「ナポレオンは遊びを知らなかったわ。けれど私は」
「違うと」
「ええ。酒もまた女の子も」
 彼女は言う。
「彼は知らなかったわ。浮気はしていたようだけれどそれは所詮」
「心から楽しんではいなかった」
「だから駄目だったのよ」
 静かに速水に言う。
「むしろ私としてはタレーラン、いえブルボン王朝の貴族達の方が面白いわね」
 彼等は遊びを極めていた。暇と金を持て余しておりそれを使う為にあれこれ考えているのである。その中で酒も女も楽しんでいた。
 フランス革命後でナポレオンの下で外相を務めていたタレーランはその中でも特筆すべき人物であった。抜け目のない謀略家であり多くの者を笑みを浮かべて陥れ、ナポレオンでさえも度々裏切った。人を騙すことと甘言にかけては天才的であり最後には欧州各国の要人達さえも騙してフランスを捨てた。美酒と女性を愛し多くの隠し子を持っていたとも言われている。コーヒーについても面白い言葉を残している。
 沙耶香は彼の方を好いていたのだ。悪というものを愛している彼女にとってはタレーランの方に魅力を感じているのであった。
「悪は華」
 沙耶香は言う。
「そうでしょ」
「貴女らしい言葉ですね」
「だったらわかるわね」
 沙耶香は美酒を味わいながら速水の言葉に応える。
「私の言いたいことが」
「はい。それでは」
 速水はそれに応えて述べる。
「今はナポレオンの没落にでも乾杯しますか」
「ええ」
 ここで速水が笑ってタレーランではなくナポレオンの没落と言ったのには理由がある。ナポレオンはスペインに侵攻してゲリラに悩まされた。後にスペインの潰瘍がフランス帝国を滅ぼしたとさえ言われた。
 二人は美酒と美食を味わった後で一旦別れた。沙耶香はまずは影達を放ってから一人になった。それから今度はシェスタの時間を利用して街を歩くのであった。

 
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