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黒魔術師松本沙耶香  紫蝶篇

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11部分:第十一章


第十一章

「さて」
 速水が沙耶香に声をかけてきた。
「一応は話が終わりましたね」
「そうね、今夜のところは」
 沙耶香もそれに応える。
「終わりね」
「はい。ではこれからはどうされますか?」
「今日は宿があるわ」
 彼女は言う。
「だから。心配は無用よ」
「今夜も駄目ですか」
「そうよ。残念だったわね」
 くすりと妖しく笑って速水に返す。
「今夜も」
「そうです。悲しいことに」
「私の他の華はいらないのかしら」
「趣味には五月蝿くて」
 右目だけを細めて答える。口元も同じであるが左目は見えない。
「最高の華しか駄目なのですよ」
「諦めが悪いわね」
「一途と言って下さい」
 そう沙耶香に述べる。
「宜しいでしょうか」
「悪いけれど一途なんて言葉は知らないのよ」
 沙耶香はあくまで沙耶香であった。そうした言葉は彼女には縁遠いものであった。一途という言葉も純情という言葉も彼女には縁のないものであるのだ。
「じゃあ今夜はこれで」
「では私も」
 二人はこのまま別れることにした。しかし速水は別れ間際に言ってきた。
「明日の朝ですね」
「わかったわ」
 沙耶香も別れようとするところで足を止めた。それで速水に応える。
「今日と同じね」
「はい。それではそのように」
「今夜は。一人で楽しむわ」
「おや、珍しい」
「一人でも夜は楽しむことができるわ」
 黒い目を細めている。その目に妖しいものを宿らせて沙耶香は言う。
「そうでしょう?」
「ワインですか」
「そう。紅の友が私を呼んでいるわ」
 スペインは美酒でも知られている。沙耶香にとって酒は女と共になくてはならないものである。今宵はそれに溺れるつもりであったのだ。
「だからよ」
「そうですか。では私もそうしましょう」
 速水もここは酒を楽しむことにした。
「貴女のことを想いながら」
「それで満足なの?」
「充分過ぎる程ですよ」
 またその右目を細めて答える。
「貴女はいつも私の心にいますから」
「そう。それじゃあ」
「はい」
 これで二人は本当に別れた。沙耶香はそのまま自分のホテルに入る。その一室でワインを友に長い夜を過ごすのであった。
 朝になりシャワーと朝食の後で部屋を出る。するとそこにはもう速水がいた。昨夜の言葉通りであった。
「おはよう」
 その速水に対して挨拶をする。
「おはようございます」
「早いわね、今朝も」
「迷惑ですか?」
「いえ。丁度いいわ」
 すっと笑って述べる。
「朝は強いから」
「夜だけではなく、ですか」
「そうよ。こう見えても朝も好きなのよ」
「おやおや」
 速水はその言葉を聞いて目を面白そうに細める。
「夜をあれ程愛しておられる貴女がですか」
「朝はいつも起きているわ」
 沙耶香は述べる。実際に彼女は朝はいつも決まった時間に起きている。違うのは横にいるのが男か女か、そして何処の誰かということだけである。
 だからこう言えるのだ。彼女はあまり眠らない女なのである。
「わかるでしょ」
「長いお付き合いですからね」
 速水はまた右目を細めて述べてきた。
「わかってはきました」
「それは光栄ね。それでね」
「はい」
 二人は言葉を続ける、並んで話をしている。マドリードは朝からかなり強い日差しで世界を照らしている。二人にはいささか場違いな程であったがそれでも彼女達は気にするところはない。
「今日はどうするのかしら」
「あの蝶ですね」
 速水は述べてきた。
「あれについて調べてみますか」
「蝶を」
「そうです」
 彼は沙耶香に答えてきた。
「今度のあの人が使う魔術がそれならば調べておく必要があるでしょう」
「確かに」
 その言葉に沙耶香も同意して頷いてきた。歩きながら話に入っていた。

 
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