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黒魔術師松本沙耶香 毒婦篇

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5部分:第五章


第五章

「そしてその闇の最も深いところに」
「その女がおる」
「わかっていることは少なそうね」
「そもそも。何時この街に現われたのかさえわからぬ。出自は一切不明じゃ」
 真顔で沙耶香に語る。そこには今までの飄々としたところは何一つなかった。
「何もかもがな。しかし」
「しかし!?」
「今上海の暗黒を全て司っているのは紛れもない事実なのじゃ」
「力はあるということね」
「絶大までにな。逆らえる者もおらぬ」
 こうまで言う。
「誰もな」
「それは少し、いえかなりおかしいわね」
 沙耶香はその言葉を聞いてその美麗な眉を微かに歪めさせた。
「上海よね」
「そうじゃ」
 言うまでもないことだがそれがまた述べられる。
「ここは如何にも上海じゃ」
「ええ。あらゆるものが集まる街」
 中国で最も繁栄しているというのは伊達ではない。この街に集まらないものはない。それは当然ながら裏社会に関するものも同じである。
「しかしそれだけに」
「裏社会も様々な勢力がか」
「そうではなくて?」
 沙耶香が問うのはそこであった。
「それがどうして。一つになれるのか」
「だから次々と毒でじゃ」
「相手を消していったの?」
「左様。そうして今に至る」
 こう沙耶香に語る。
「今にな」
「暗黒街は。全て彼女の手に」
「それでじゃ」
 ここまで話してようやく話の本題に入るのであった。
「主に頼む仕事は」
「もう聞いているわ」
 うっすらと笑って老婆に答える。
「その妖婦人を消して欲しいのね」
「左様。依頼主は言えぬがな」
「まあそれはね」
 あえて聞かない沙耶香であった。
「複雑な事情なのね」
「そういうことじゃ」
「それもわかったわ。それじゃあ」
 それを受けてまた言う。
「仕事はそれでいいのね。また確認するけれど」
「やってくれるか?」
「報酬は。いつもの額ね」
「既に全額口座に振り込んである」
 老婆は気前よく述べた。
「もうな」
「また随分と早いわね」
「主ならばできることだからじゃ」
 それが理由であった。
「だからこそじゃ。それでよいな」
「信頼してくれているのね」
「正当に力を見たうえでじゃ」
 しかし言葉は相変わらず冷静なままであった。
「若しくはもう一人じゃな」
「彼ね」
 老婆が誰のことを言いたいのか沙耶香にはわかる。それでこう述べたのであった。
「そうなのね」
「そうじゃ、あのタロットの男じゃ」
 速水のことであった。沙耶香の予想通りであった。
「あの男位しかおらぬわ。この仕事を一人でできるのは」
「私以外にはね。それに彼は」 
 ここで沙耶香はまた言うのだった。
「女に関しては清潔だしね」
「あれがわからぬ」
 老婆は沙耶香の言葉に応えて述べた。
「どうして。主にあそこまで惚れておるのか」
「女を見る目があるのよ」
 沙耶香のまた随分と自分に都合のいい言葉であった。だがよく似合ってもいる言葉であった。松本沙耶香というこの女にとってはである。
「だからなのよ」
「ふむ。しかし主は応えぬのじゃな」
「気が向けばね」
 ミステリアスと言うべきであろうか。そうした笑いであった。その笑いで老婆に言葉を述べるのであった。
「応えるつもりよ」
「では無理じゃな」
 老婆の返事もまた素っ気無く聞こえるものであった。
「そんなようじゃと。主は女の方が好きだしな」
「彼の魅力もわかるわ」
 沙耶香とて男がわからないわけではない。彼女から見ても速水という男は花も実もある男である。しかしそれでも応えないというのだ。
「それでもね」
「駄目なのか」
「こういうのは全て気が向くかどうかなのよ」
 老婆に告げる言葉はこうであった。
「結局はね」
「味気ないのう、何処までも」
「そうかしら。それはまあ」
 何でもないといった様子の沙耶香であった。
「本当に今はね。気が向かないから」
「気が向くのは女子ばかりか。それは変わらぬのう」
「変わらないなりに楽しんでいるわ」
 また妖しい笑みになっての言葉であった。
「今もね」
「それでじゃ。今度もこれまで通りのやり方じゃな」
「そうね。相手のことは何かわかっているかしら」
「一応写真はある」
 そう言って沙耶香にその写真を投げてきた。宙で弧を描いたその写真を右手の人差し指と中指で挟んで受け取る。それから写真を見るのであった。
 
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