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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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SAO編
  第111話 死神の微笑みは別れの味

 
~第1層 はじまりの街 黒鉄宮~


 その場所は、町並みの向こうに黒光りする巨大な建造物内。
 はじまりの街の最大の施設で、正門を入ってすぐの広間にはプレイヤー全員の名簿である《生命の碑》が設置されている。そこまでは、誰でも入ってくる事が出来るが、奥に続く敷地の大部分が軍によって選挙されてしまっている為、入れない仕様になっているのだ。……が、今回は正門までは行かなず、裏手に回った。 その裏手には、人通はまるでなく無人そのもので、その高い城壁が続いているだけだった。

 裏手に回って更に数分後、石壁に暗い通路がぽっかりと口を開いている場所に到着する。

「ここから、宮殿の下水道に入り、ダンジョンの入口を目指します。ちょっと、暗くて狭いんですが……」

 ユリエールはそこで一呼吸をおき、気がかりそうな視線をユイに向けた。
 ユイはと言うと、連れてきてもらったことがとても嬉しかったのだろうか、キリトに肩車をしてもらいながら、ニコニコと笑っている。でも、ユリエールの顔を見て、心外そうに顔をしかめた。

「ユイ、こわくないよ!」

 そう主張したのだ。
 その様子を見て、思わず皆は微笑を漏らしてしまう。

「大丈夫ですよ。このコは見た目よりもずっとしっかりしてますから」
「それに、戦闘になったら、男手は沢山ありますし、私とお姉ちゃんとでしっかり守りますから」

 アスナとレイナはしっかりとそう答えた。
 キリトは、ユイに『将来は立派な剣士になる』と頷きながら言い、リュウキは『アスナとキリトの娘だからな』と何処か納得した様子で頷いている様だ。

 どこか緊張感のないやり取りだったが、ユリエールはとりあえず 大きく頷くと。

「では、行きましょう!」

 先導し、ダンジョン入口まで案内するのだった。







 そのダンジョンまで行く道中の事。

「まさか、はじまりの街の地下にこんなダンジョンがあったなんて……」
「だよね。私、何度もここに来たことあるのに、まるで気付かなかったよ」

 アスナの言葉にレイナは頷きながら答えた。
 この場所、黒鉄宮にはレイナが言うとおり、何度も足を運んだことがある。悲しみと、そして安心の2つを何度もここで味わったものだった。……生命の碑で、生存を確認するのは何度であっても慣れる事は出来ないだろう。

「む、βテストの時は無かったぞ。不覚だった……。いや、見逃していた、のか?」
「間違いなく無かったよ。キリト、少なくとも、16層が開通した時も無かったはずだ。だから、もっと上層に到達するのが条件だったんだろう。……テストの時は作らず本番で挿入したかのかもしれないな」

 2人の元βテスターは、それぞれ意見交換をしていた。ユリエールも、リュウキの言葉に頷く。このダンジョンが口を開いたのはここ最近の出来事だからだ。

「リュウキさんの考えで間違いないと思われます。このダンジョンが現れたのはつい最近の出来事ですから。発見されたのは、キバオウが実権を握ってからのことで、彼はそこを自分の派閥で独占しようと、計画をしていました。……長いあいだシンカーにも、もちろん私にも秘密にして」
「成る程な。未踏破ダンジョンは危険もあるが、魅力も多数あるからな」

 ハイリスク・ハイリターンと言うものだが、十分に作戦を練り、安全に攻略をしていけば問題ないだろう。 現にこれまでの未踏破ダンジョンはそうやって、慎重に攻略を進めてきたのだから。

「だな、一度しか湧出しないレアアイテムもあるし、宝箱だってあるだろうし。そりゃ、さぞキバオウさんは儲けただろう」

 皮肉をたっぷりと込めながらそう言うキリト。
 彼の印象は、SAO開始当初からも良くなかったが、よもやここまでとは思ってなかったのだから。

「それが、そうでもなかったんです」

 ユリエールの口調が、この時だけ、僅かに痛快といった色合いを帯びた。

「基部フロアにあるにしては、そのダンジョンの難易度は恐ろしく高くて……、基本配置のモンスターだけでも60層クラスのレベルがありました。当時は実質50層よりも上の戦闘を経験したことが無いプレイヤーだけですし、命からがら脱出して、クリスタルを大量に使いまくって、大赤字だったとか」
「ははは! なるほどな!」

 キリトは、良い気味だと思わずにはいられないだろう。だが、笑ってばかりもいられない。……そのせいで、シンカーを救出する事が出来ないと言う事でもあるんだから。

「60層クラスだったら問題無いだろう。……そんな所で苦戦して、脱出をするぐらいなのに、何故75層までやってきたのか……」

 理解に苦しむ、と言わんばかりにリュウキはため息を吐いた。
 60層でも無理だったのに、何を計算すれば 当時の最前線だった75層に来られると思ったのだろうか。……回復結晶を大量に使い、盛大に浪費させながらあの場にまで来られたと言う事はわかるが。

「……とても、心強いです」

 ユリエールは、リュウキの方を見て頭を下げ、そして アスナとレイナ、キリトの方を向いた。

「そうだな。60層くらいなら」
「なんとかなると思います」
「うん。安心してください、ユリエールさん」

 3人もリュウキと同じ回答だった。
 恐ろしく強いと聞いていたが、具体的な数値は知らない。階層を言って、その反応を見れば大体の推察は出来るが、この4人は全くと言っていいほど、動じなかった。これほど、心強いものは無いだろう。
 ……ユイが居ると言う心配事はあるが。


 アスナは、60層と言う情報を聞いて、考える。60層だと言う事は、安全マージンが+10のLv70の計算。ならば、ここに集っているメンバーはまるで問題が無い。アスナとレイナは共にLv87に達しており、キリトは、Lv92。最初に問題ないと口に出したリュウキに至ってはLv99と言う後1つで3桁に到達する程のステータスを持っているのだ。
 だから、たとえユイを連れていたとしても、問題なく突破出来るだろう。

「後……もう一つだけ、気がかりなことがあるんです。先遣隊に参加していたプレイヤーから聞き出したのですが、ダンジョンの奥で、巨大なモンスター、恐らくはBOSSクラスのモンスターを見たと」

 その言葉を聞いて、4人は顔を見合わせながら考えた。記憶を揺り起こしながら。

「BOSSも60層クラスって事ね」
「んーっと……60層ってどんなのだっけ?」
「65なら、直ぐに思い出せるぞ? 醜悪な巨大なゾンb「言わないでよっ!!」はは……悪い」

 リュウキの言葉で、嘗てのホラーステージが頭の中で鮮明に再生された様だ。この手のものは、思い出してしまえば中々記憶の底から消去出来ない。

「うぅー、リュウキ君のどSぅ……」
「はは、ごめんごめん」

 リュウキは、涙目になっているレイナの頭を摩った。その2人を見て、アスナはキリトを見て。

「……私もあんな風にされたかったけどなぁ? キリト君にからかわれた時さ?」
「ごめんって……、でもオレも あの後結構ひどい目にあったんだぞ? アスナに思いっきりひっぱたかれて」
「それ、キリト君が悪いんだもん!」
「あはは、ぱぱが わるーい!」

 さながらその光景は、ピクニックにでも行くのだろうか?と訝しむユリエールだったが、何処か頼りがいも感じているのも事実。その表情を見たアスナは、慌てて軌道修正をする。

「大丈夫ですよ。あまり苦労をしなかったと、記憶してますので」
「そうですか、それは良かった」

 ユリエールは、口元を緩めた。
 確かに雰囲気は、今から危険地帯へと赴く一行ではなかったが、よくよく考えれば、この人たちは、最前線で戦っていた猛者であり、数多のBOSSを屠ってきた強者なのだ。

「そうですよね……、皆さんはこれまでずっとBOSS戦を経験してきたんですから。すみません、貴重な時間を割いていただいて……」
「いえ、今は休暇中ですから」
「そうですそうです」

 慌ててアスナとレイナは手を振った。
 そして、そうこうしている内に、ダンジョン内に突入した。眼前に広がるのは、大量の巨大なカエル型モンスターと巨大な鋏を持ったザリガニ型モンスターの群れ。そんな団体さんが迎えてくれたのだ。
 だからこそ、盛大に応えてあげようとしたのが、黒の剣士。

「ぬおおおおお!!」

 突進し、右手の剣で、カエルを斬り裂き。

「おりゃあああっ!!」

 左手の剣で、どかんっ!!と吹き飛ばす。
 それは、宛ら暴風の様であり、瞬く間にモンスター達は吹き飛ばされ、身体を四散させていったのだ。 まるで、休暇中に溜まったエネルギーを放出するが如く勢い。

「さて……、後ろの方にも、随分と沸いたな」

 シンカーの持つ鞭と同じくらいあろう、長い刀身を携えた男が背後から迫り来るモンスターを一手に引き受けていた。キリトの様に、叫ぶような事はせずに、ただ「ふんっ!」と一瞬の裂帛の気合と共に、光り輝く光線の様な剣技を披露したのだ。 直線上のモンスターは、まるで紙切れの様に吹き飛んでいく。

「……はぁ、まるで子供ね、キリト君、ちょっとはリュウキ君を見習ってよー」
「あは、リュウキ君は抑えてるだけだよ? 恥ずかしいからってさ? どっちも同じだよっ?」

 アスナの言葉にレイナはそう返していた。
 長く共に居るからこそわかる。ユリエールの存在も関わっている事だろう。リュウキも、恐らくは湧出が良い前で戦いたい筈だけど……、我慢しているのだと。 だけど、暫く戦っていれば直ぐに顔を出すだろう。そのリュウキの子供っぽさの部分が。

「ぱぱーっ! おにぃちゃぁんっ! がんばれー!」

 そんな中、苦言などせず、唯一2人を応援していたユイの声援が響く。
 ……本当に緊迫感が全くない状況であり、ここがダンジョンだと言う事を忘れてしまいそうになるユリエール。 まるで、遊園地にあるアトラクションか何かをプレイしているのか、と思ってしまう。
 しまいにはユイが「わたしもやるー」と言いかねない。

――だが、雰囲気のそれはどうかと思うが、目の前で繰り広げられている光景には圧巻の一言なのだ。

 ユリエールが聞いていた情報よりも遥かに広く、強大な数のモンスター。自身の識別スキルでは真っ赤に染まっている敵モンスターの名。それだけでも、相手が強敵だと言う事がわかるのだ。なのに、あっという間に蹴散らしてしまうのだ。キリトから、逃れた所でリュウキの剣が確実に敵を穿つ。

 宛らモンスターにとっては、《前門の虎、後門の狼》と言った所だろうか。

「な……なんだか、すみません。全部任せっぱなしで……」
「いえいえ、あれは、病気みたいなものですから。やらせとけば良いんですよ」
「そうだね。ほんっと、楽しそうに戦っちゃって。キリト君もリュウキ君も」

 いつの間にか、2人が前に出て戦っている姿を見て思わずそう言ってしまうのは無理ないだろう。背後に襲いかかってくるモンスターが圧倒的に少なくなった為、前にリュウキも出たのだ。連撃の数と速度に置いては、キリトに部があるが、一撃の破壊力と広範囲技となれば、リュウキだ。だから、最後には、どっちがより多く倒すか勝負!と言う事になってしまっているのだ。

「あはは、なんだか懐かしいね?私達も勝負してた!あのケーキをかけてさ?」
「え~っと、そーだったかしら?」

 アスナはしらばっくれていたが、間違いなく覚えている。アスナとレイナ、そしてキリトとリュウキのペアでどちらが多くのモンスターを倒すかと言う勝負。 当時のリュウキは、基本的にあまり口数も多くなく、関わりまいとしている節もあった為、半ば無理やりにレイナが誘ったのだ。
 因みに結果は……。

「あはは、おっしかったよね?」
「むー……キリト君だけだったら勝てたよ。リューキ君はずるいっ」

 アスナの当時の悔しさは、嘗てキリトも感じていた事だ、とキリト本人が言っていた。いつの間にか差をつけられてしまうんだ。

「ほら、覚えているじゃん!」
「もーレイっ!」
「もー」

 アスナの真似をして笑うユイ。本当に和やかになってしまった。
 このまま、シンカーも助ける事ができれば、と期待をしたユリエールは、シンカーの位置情報を再び確認をした。

「あ、すみません。もうすぐでしょうか?」
「いえ。お世話になってるのはわたしですから」
「あはは……、それで、シンカーさんの位置はどうでしょう?もう大分奥へ来たと思いますが」

 操作をしていたユリエールを見て、謝罪をしつつ確認をしたアスナとレイナ。ユイも、必死に背伸びをしながらそのポイントを確認しようとしていた。 ……アスナやレイナの真似をしているのだろう。

「シンカーは、この位置から動いていません。なので、ここが安全地帯なのだと思われます。そこまで行けば、転移結晶が使えます」

 ユリエールがそういった時。

「まぁ、こんなもんか?……まだまだだな?キリト」
「ぐむむ……たった2匹差だろ!」
「負けは負けだ。ご馳走を頼んだ。食事代はキリト持ちでな」
「ぐぅ……」

 ぐぅの音も出ないとはこのことである。どうやら、討伐数では僅差でリュウキに軍配が上がったようだ。

「それは、良い事聞いたね~」
「うん!エギルさんの所で、レア食材が出回ってないか、確認しなきゃ?」
「……!! き、聞いてらっしゃった?」
「「もちろん?」」
「ユイもおいしーのたべたいー!」

 全員の視線がキリトに集まる。最早嫌とは言えないだろう。負けている上にこれ以上は恥の上乗せというものだから。

「そ、それにさ? 良いアイテムが手に入ったんだぜ? こいつを見てくれ!」

 嫌とは言っていないが、話題そらしはしたいらしい。でも、キリトの言葉にはもちろん興味がそそられる。 未踏破のダンジョンのモンスターなのだから、尚更だ。その顔を見たキリトはここだ!と思ったらしく、手に入れたアイテムのオブジェクト化させ、実体化させた。
 ……それを見た瞬間、女性陣。ユイを除いた3人は、一気に顔を引きつらせた。

「な、ナニソレ?」
「スカベンジ・トートの肉だ!」
「さ、さっきのカエル!!?」
「ほら、ゲテモノな程美味いって言うのが相場だろ? エギルんトコのよりこっちを調理してくれよ」

 オブジェクト化したその醜悪極まりないカエルの足をアスナに近づけた瞬間。

「絶、対、嫌!!」

 叫びを上げながら、キリトの手からそのゲテモノを奪い去ると、投擲。見事な放物線を描きながら……地面に激突し、四散させた。 食材アイテムは、耐久度が低いから。

「あぁぁぁ……!! な、何するんだよ……」
「ふんっ!! 当然ですっっ!」
「くっそぉ……な、ならこれならどーだっ!!」

 キリトは、再びアイテム欄を開くと、同じ肉、スカベンジ・トートの肉 ×24を全てオブジェクト化させる。そして、アスナに差し出す様にずいっとそれを突きつけるが……。

「いやぁぁぁぁ!!!」
「ちょ!! あ、アスナ! まて、まてまてまて!! き、貴重な肉、食料だぞ!! あ、あぁぁぁ……っ」

 キリトの抗議は一切聞かず、アスナは自身の本能のままに投げ続けた。まるで、ガラス細工を投げ続けていた様に、割れる音が響き渡る。

「やれやれ……」

 そんな2人を苦笑いをしていたリュウキはと言うと……。レイナがリュウキの横にピタリとつけて聞く。不自然な笑みを浮かべながら。

「……リューキクンモ、アレ、トッタ?」
「ん? ああ。ドロップはオレの方が多かったな。確か」
「全っ部! 消去だよっ!! ゲテモノだめっ!!」

 レイナは、そう叫ぶと共通化されているアイテム欄を開き、《ストレンジ・トートの肉 ×33》を指先でドラッグさせ、容赦なくゴミ箱マークへと捨てた。

「んなっ!! なんてことするんだ? 一応貴重なアイテムかもしれないのに」
「だって最近、リューキ君、Sになってるもんっ! だから、予防策だよっ! いぢめられない様にだよっ!! どーせ、忘れた頃にでも、こそっと出すつもりだったんでしょっ!?」
「……そ、そんな事無い、ぞ?」
「こっち見て言ってよっ! もうっ!!」

 こっちでは、世にも情けない顔で悲鳴を上げているキリト。方やこっちでは、唖然としたと思えば、思いっきり顔を逸らしているリュウキ。そんな2人を見て、もうこらえきれなくなったユリエールは、お腹をかかえながらくっくっと笑いを漏らした。
 その時だった。

「わらった! おねえちゃんっ、はじめてわらった!」

 ユイが一番にそれを感じて、満面の笑みで嬉しそうに叫んだ。
 ユリエールも、最近はずっと笑顔を見せていなかった事を思い出す。シンカーの事で頭がいっぱいだったから。……だけど、その屈託のないユイの笑顔を見せられたら、もう微笑み返すしかないだろう。笑顔を返すユリエールの顔を見て、更にユイは笑顔になっていた。

 そんなユイを見て、アスナは想った。

――ユイは周囲の人達の笑顔に敏感に反応するのではないか、と言う事。

 あの原因不明の発作があった時も、子供たちが笑顔を取り戻した時だった。それが、ユイの生来のものなのか、あるいはこれまでにずっと辛い事を経験していたからかは判らない。 ……判らないからこそ、アスナはずっとこのコの前では笑っていようと心に誓ったのだった。

 それは、レイナだって同じだ。……レイナにとっては、ユイは大切な《妹》なのだから。笑顔がとても似合い、周囲の皆を温かい気持ちにさせてくれる少女なのだから。このコから笑顔を奪うような事はさせないし、させたくないと、誓ったのだった。



 その後もどんどんダンジョンを踏破していく4人。軍の精鋭10人以上程のメンバーが数日掛りで到達した場所を僅か30分足らずで到達した時は、ユリエールは改めて驚愕していた。
 
 だが、それは別におかしい事ではない。

 ダンジョンにおいて、最大の足止めの役割を担っているのが、敵モンスターの存在だ。その相手をするからこそ、時間もかかるし、撤退しなければならない危険性も出てくる。……だが、その最大の足止め役も、まるで意味を成さない。2人の剣士が瞬く間に屠ってしまうからだ。途中からのモンスターは、水棲型のモンスターだったが、徐々にシフトチェンジして、最終的には、ダンジョンの雰囲気にピッタリのモンスター、アストラル系へと変わった。

 ゾンビだったり、ゴーストだったり。

 その醜悪さは、リュウキが先ほどレイナに言ったその場所にも負けずと劣らずであり、レイナは勿論、アスナも身が凍る。だが、意に返さずに突破していくのが、3本の剣。
 2本のロングソード、1本のスーパーロングソードだった。もう少し余裕があれば、ユリエールのレベル上げも出来たかもしれないが、今回の真の目的は救出。
 だから、攻略速度のみに没頭したのだ。

――……結果、1時間も経過しないうちに、マップに表示されている現在位置とシンカーがいるとおぼしき安全エリアは着実な速度で近づき続けたのだ。

「……正直、話を聞いてて、オレはあの男を斬り捨てたい、と言う衝動に苛まれたが……」

 リュウキは、極長剣を肩に担ぎながらユリエールにそう言う。もう、戦闘をしているのはキリトのみであり、粗方の敵を葬り終わったのだ。

「それは、2人に任せた方が良さそうだな。軍に、ALFとって余所者であるオレよりは」

 そう言って笑っていた。
 その笑顔の真の意味が、ユリエールには判らなかった。だから、ユリエールはただ、『必ず報いを受けさせる』と言う事を約束しただけにとどまったのだ。

 その直ぐ後だった。

「あ、あそこが安全地帯だよっ!」

 キリトがモンスターをすっ飛ばした先に見える僅かに光りが漏れているエリアを指さした。
 キリトも索敵スキルでその場所を確認している。……この時、ユリエールは悟った。リュウキがなんでこのタイミングで言ったのかを。

「あ……!」
「期待してるよ。以前の軍に、理想を実現する軍に戻ることをな」
「っ! はいっ!!」

 マップ情報を正確に頭に入れていたリュウキ。もう、直に目的地へと到達する事を悟っていた様なのだ。

「奥にプレイヤーが居る。グリーンプレイヤーだ!」

 そして、キリトのその言葉で、もう限界を迎えた。ユリエールは、目に涙を煽らせながら叫ぶ。

「シンカー!!」

 ……ここまできて、我慢出来るはずもない。一気に走る。あの光の先に間違いなく居る人に向かって。

「おっと……、まだ油断は出来ないな。」
「うんっ! 私達も行くよ」

 レイナとリュウキも走り出す。ユイを連れていたアスナも慌ててその後を追った。

 湾曲している通路の先には、先ほど見えた光が照らしている。数秒走ると、部屋は暗闇になれためには眩すぎる程に光に満ち、その入口に1人の男が立っていた。その逆光のせいで顔を確認することは出来ないが、こちらに向かって激しく両腕を振り回している。

「ユリエーーーーールッ!!!」

 誰が走ってきているのか、それを確認した途端、男が大声で名を呼んだ。ユリエールも左手を振り、速度を速めた。

「シンカーーーっっっ!!!」

 涙混じりのその声。だが、この時リュウキはこの部屋に違和感を感じた。

「……なんだ?」

 肌にピリッと電流のようなものが走り抜けたのだ。そして、なんとも形容しづらい悪寒が体中を走り抜けたその時だ。

「来ちゃダメだ―――っっ!! その通路は、そこはっっ!!」

 それを聞いて、先頭を入っていたレイナは、ぎょっとして走る速度を緩めた。だが、ユリエールはもう聞こえていない様だ。部屋に向かって一直線に駆け寄っていく。

――……その彼女の直ぐ傍で巨大な影が生まれた。

 まるで、部屋にあった暗闇を、……漆黒が突然具現化されたかの様に。その瞬間、黄色いカーソルが一つ出現した。それが何を意味するのか、判らないものはいない。

「だ、だめーーっ!! 戻ってユリエールさんっっ!!」
「危ないっっ!!」

 アスナもその影を目で捉えて叫ぶ。だが、ユリエールは止まれなかった。周りが一切見えていなく、もうシンカーの事しか見えていない。だからこそ、今が一番危険だ。出会い頭に、あの巨大な敵とユリエールが衝突するだろうと言う事が判ったから。

「クリティカル・ブレード!」

 その刹那の時。リュウキは、極長剣を大きく振るい、光を生み出した。その光の筋は、瞬く間に軌跡を残しながら敵の闇に衝突する。


――光と闇。


 相反するその2つの属性。
 古来より、様々なゲームでも登場するその属性は互いが共に弱点の属性でもあるのだ。

 なのに、リュウキの放った《クリティカル・ブレード》の光の波動はその深淵の闇に、瞬く間にかき消された。
 
 敵の闇は……遥か大きい。

 だが、一瞬の隙を作ったのは事実だった。キリトが即座に跳躍するかのような速度で、ダッシュをし、敵をぶっちぎりユリエールに到達。彼女の身体を抱き抱えると、そのまま跳躍した。そのキリトがいた場所に大きな衝撃破が生まれる。
 どうやら、あの場所に攻撃された様だ。

 攻撃を加えられた事と、そして、目の前にキリトが来たと言う認識で 敵は標的を変えた様だ。ユリエールから、キリトへと。その間に、キリトはユリエールの体を離し、距離をとった。圧倒的に適正レベルよりも低い彼女を守る為だ。突然の事に、呆然と倒れていたユリエールをレイナが起こし、そしてアスナはユイを預けた。

「このコと一緒に安全地帯に退避してください!」
「急いでっ!! 時間はあまり無いから!」

 レイナの活と、目の前で心配そうな表情をしているユイの顔を見てユリエールはなんとか心身を立て直すと、素早く頷いた。ユイとユリエールが間違いなく、安全エリアに入れた事を確認すると。

「お姉ちゃん!」
「ええ!」

 2人は、細剣を抜き、あの闇へと駆け出した。そこでは、2人の男が牽制している。

「……見えるか? リュウキっ」
「っ……」

 キリトの言葉にリュウキは歯軋りをした。……それは最悪の出来事。自分たちの慢心が招いた結果だとでも言うのであろうか。

「……拙い、な」

 リュウキの額からも、汗が滲み落ちていた。その闇の正体はもう明らかになっていた。

 表示されている名前は《The Fatal-scythe》、《運命の鎌》という意味であろう固有名を飾る定冠詞。即ち、BOSSモンスターである証を携えている。
 
 大きさは、自分たちよりも倍はあろう程で、あのグリームアイズよりは一回りは小さい。ぼろぼろの黒いローブをまとった人型のシルエットで、フードの奥と袖口から覗く腕には、あの漆黒の闇がまとわりついて蠢いている。 ……まるで、さっきの闇を全て自身に集わしたかと思える。暗く沈む顔の奥には、不自然なほどに浮いた眼球が第一印象に備えてあり、髑髏をイメージさせる風貌。

 右手に握る巨大な大鎌から連想するに、それは死神のそれだった。

 圧倒的な存在感を放つ死神。……死神を見たものは不幸になる。死が迫っている。などと言う話は様々な物語でもある事実であるからか、こう言う系のモンスターが嫌いと言う理由を抜きにしても、アスナもレイナもまるで心臓を鷲掴みにされるような悪寒が全身を貫いていた。

 だが、話によればここは60層前後の難易度。それに、これまでのモンスターも同じ程度であり、レベル的には何ら問題ない筈だ。どうにか恐怖心を押し殺した2人は細剣を構え直す。その時だった。
 普段とはかけ離れた様な掠れた声が聞こえてきたのは。

「……皆をつれて、早く此処から逃げろ」

 そう答えているのはリュウキだった。いつも、強気であり、あの75層の悪魔を眼前にしても臆するどころか、単身で迎え撃つ強靭な精神力を持つこの男が即座に撤退を指示したのだ。

「え……?」
「リュウキ君っ??」

 その事実に信じられないような顔をするのがアスナとレイナだ。
 
 キリトとリュウキ。

 この2人が組めば、どんな相手でも、例え戦闘力が未知数な相手でも太刀打ち出来る。その印象は、あの笑う棺桶(ラフコフ)達だけではなく、攻略組にも浸透されている程の力量なのだから。
 だから、2人は 何故? と聞こうとしたその時、キリトが代わりに口を開いた。

「こいつ……やばい、俺たちの識別スキルでも、データが見えない。強さ的には多分90層クラスだ……!」

 キリトの眼前、敵の定冠詞の横には、はっきりと表示されている。そう、《unknown》と。

「「っ!!?」」

 その言葉に息を呑むのは、レイナとアスナ。だが、そんな間にも、悠々と死神は空中を四方八方に動き続ける。緩急をつけて動くその速度は、正確な最高速度を読ませる事が出来なかった。
 だが、距離が離れたからこそ……重大な事実を話す事が出来る時間が生まれたのだ。

「ユイ達をつれて、クリスタルで脱出しろっ! ここは俺たちが「お前もだ!キリト!!」っっ!?」

 低く、掠れた声はまだ継続されていたが、それは有無を言わせない迫力を孕んでいた。

「違う、……こいつは90層クラスなんかじゃない……」

 リュウキは額から流れ出る汗が止められなかった。

「な、なに?」

 キリトは、そのリュウキの言葉を理解出来なかった。自身のレベルは90以上を突破している。それなのに、識別データが見えないと言う事は間違いなく90以上の層に現れるモンスターだと計算出来る。

 計算以前の問題だ。

 それに、ここアインクラッドは100層が頂上なのだ。故に90層クラス、それ以上、上は存在しない。その玉座で待ち構えているであろう、アインクラッドの本当の主しかそこにはいないのだから。
 だから、リュウキが言っている意味がよく理解出来なかった。

「……オレの《眼》は、相手の全てを《視る》、BOSSのレベルの高さなど関係ない。今も視ている。……なのに、こいつは、こいつは……有り得ない異常(アノマリー)だ」
「な……に?」

 横目でキリトは、リュウキの表情を見た。その顔はかつてない程に、強ばっており……、そして震えてさえいる。

「コイツのデータが、今もたえず変化し続けている……、こんなの有り得ない。自由に能力値を変えてきているんだ。弱点から武器の耐久値、破壊力……全て……、今は虚数を示している」
「きょ、虚数って……!?」

 有り得ない。と言った意味がわかる。
 データとは通常数値の集まりであり、その大きさ、小ささによって全てを決めている。そのデジタル世界の建造物であったり、NPC。世界そのものもそうだ。全てが実数であり、虚数は有り得ない事なのだから。 ここに、存在している筈なのに……。

「時間を稼ぐのは、オレだ。キリト、お前は全力で最高速度でアスナとレイナをつれて安全エリアまで走れ!」
「馬鹿言うな!そんな相手を……!!」
「……《眼》を持つオレなら、何とか時間を稼げる!! 頼むから……頼むから行ってくれ!! っ!!」

 リュウキは叫びながら、唯一の遠距離剣技である《クリティカル・ブレード》を牽制として放った。だが、その光をあの鎌の一薙で消し去る。まるで、風でも払うかのように、消し去ったのだ。
 それは、リュウキが懇願する程の相手の力をまざまざと見せつけられた気分だった。

「行けぇぇ!!」
「リュウキ君っっ!!」

 そう言うと同時に駆け出した。


 死神の懐へと。


 リュウキの光は闇を打ち払う事が出来るのか、あるいは死への旅時となるのか……。死神はただ、まるで微笑んでいるかの様な、無慈悲で不気味な笑みを放っていた。

 
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