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黒魔術師松本沙耶香 毒婦篇

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2部分:第二章


第二章

「特にこうしたことにはね」
「本当に日本人らしくないわね、貴女は」
「そうでしょうね。ただ」
 ここであえて言う。
「日本人はこうしたことには随一でもあるということを言っておくわ」
「こういうこと?」
「ええ、こういうことに関してはね」
「ああ、そういうことね」
 紫麗にもやっとわかった。納得した顔で頷くのであった。
「同性愛に関しては、ね」
「日本のそうした歴史は知っているかしら」
「聞いてはいるわ」
 知ってはいた。
「日本では昔から、だったわよね」
「主に男同士だけれど。そうよ」
 それもまた肯定してみせてきた。
「だから。別にいいのよ」
「それを理由にしているのかしら」
「いえ、それは違うわ」
 だがそれに関しては否定するのであった。
「私は。そうしたことにはモラルは求めないのよ」
「じゃあ何を求めるのかしら」
「それはもう決まっているわ」
 妖しげに笑って紫麗に述べるのであった。
「楽しみよ」
「それを求めるのね」
「互いの欲情に。他に何を求めるのかしら」
 じっと紫麗の目を覗き込んできた。そうしてその瞳の中にある黒い輝きをさらに見る。そうして徐々に彼女の心を覗いていくかのようであった。
「そうよね。他に覗くものは」
「ないわ」
「そういうことよ。じゃあいいわね」
「ええ、けれど」
 紫麗も妖しく笑い。それに応えるのだった。
「楽しみを求めるのなら」
「楽しませて欲しいのね」
「当然よ。いいわね」
 そう沙耶香に声をかけた。
「それで」
「いいわ。果たしてどちらがより楽しめるか」
「それも楽しみなのかしら」
「というよりは」
 紫麗のその言葉に応える。
「溶けたいのよ」
「溶けたいのね」
「ええ、何処までもね」
 妖しい笑いに実に似合う妖しい言葉であった。
「二人で溶けていきましょう」
「ベッドの中でね」
 最後にこう言い合って二人で奥の部屋へと消えていった。その後には快楽だけがあり二人でそれを堪能し合ったのであった。何処までも。
 情事の後二人はベッドの中にいた。中華風の天幕のある豪勢な白い絹のベッドの中だ。沙耶香はそこで白い裸身を休ませていた。そこで寝ながら仰向けに煙草を吸っていたのである。髪は解けその黒く長い姿を露わにさせていた。
「溶けたかしら」
 沙耶香はその煙草を吸いながら紫麗に尋ねてきた。タバコからの青い煙と口からの白い煙が薄暗い部屋の中で混ざり合う。沙耶香はそれを見ながら彼女に尋ねてきたのである。
「貴女は」
「その言い方は貴女は溶けたということかしら」
 紫麗は沙耶香の横に寝ていた。団子にしたその髪は崩れ半ば恍惚とした感じが濃厚に残っている。その状況で彼女の横に白い身体を休めていたのである。
「どうかしら」
「そうね。少なくとも満足はしたわ」
 沙耶香は煙草を右手に持ってそう答えた。
「存分にね」
「言うだけはあったわ」
 紫麗は恍惚としたものが残る顔で沙耶香に述べてきた。
「それだけのものがね」
「溶けたのね」
「ええ、溶けたわ」
 本人もそれを認めてきた。
「今のでね」
「そうなの。それはいいことね」
「女は。久し振りだったわ」
 紫麗はうっとりとさえしていた。それを思い出してか闇の中で肌が少し赤らんだ。
「それで。ここまで感じるなんて」
「思いも寄らなかったのね」
「ええ、全然」
 そうまた答える。
「けれど。満足したわ」
「私はまだ満足していないわよ」
 だが沙耶香はここであえてこう言うのだった。妖しい光を彼女に向けながら。そのほどけた髪に己の裸身を半ばまで包みながら。言うのであった。
「まだね」
「あら、あれだけ燃えていたのに」
「あれはあれよ」
 楽しげに妖しい笑みを浮かべての言葉であった。
「そして今からはじまるのもまた」
「楽しむのね」
「え。また溶け合いましょう」
 半ばまで煙草を吸ったところで消した。そうして側にあるテーブルからワインを取った。ボトルは二本ある。そのうちの一本を手に取りそこにある中のものをガラスのグラスに注ぐ。注ぎ終わったところでそれを紫麗に手渡すのであった。
「貴女もどうかしら」
「ええ、頂くわ」
 紫麗もそれを受け取るのであった。そうして寝たままそれを口に含む。その豊穣な退廃の香りと味が彼女の口の中を瞬く間に支配していった。彼女はそれを一口飲み干してから言うのだった。
「貴女と同じ味がするわ」
「私と同じなのね」
「ええ、奇麗だけれど危険な味」
 ワインの味をそう評するのだった。
「そういう意味でね」
「そうなの。私はむしろ」
「むしろ?」
「ありきたりだけれどこの詩を思い出すわ」
「詩を!?」
「ええ」
 また紫麗に答えてみせてきた。
「唐代の詩だけれど」
「ワインなら。あれね」
「わかるのね」
「わかるわ」
 沙耶香の言葉にまた笑って言葉を返してみせてきた。
「葡萄の美酒夜光の杯ね」
「そうよ、その詩よ」
 沙耶香も笑ってそれを認めてみせた。
「胡蝶舞か遺壊か」
 前者は李賀の、後者は杜牧の詩だ。どちらも唐代のものである。
「私に似合うのはそういったものね」
「随分身を持ち崩しているのね」
「けれど。溺れてはいないわ」
 それでもこうは言う。
「色にも酒にもね」
「そうなの」
「溶けはしても溺れはしない」
 両者はそれぞれ違うと。あえて述べてみせてきた。
「それが私のやり方よ」
「それがなのね」
「ええ。溺れはしないのよ」
 ワインを飲んでまた述べた。
「絶対にね」
「それはいいかもね。ただ」
「ただ?」
「溺れてみるのもそれはそれでいいものよ」
「そうなの」
 紫麗を見て笑う。その言葉のやり取りもまた楽しんでいた。
「それじゃあ一度。溺れてみるのも悪くはないかしら」
「よかったら手伝うわよ」
「ふふふ、今はいいわ」
 だがそれは断るのだった。ワインをボトル一本空けたところでまた紫麗に声をかけてきた。
「それよりも。そろそろまた」
「溶け合うのね」
「ええ。どうかしら」
 グラスを置く。そうして寝ている紫麗のうえに覆い被さってきた。そのまま彼女の唇を奪い唾液でつながったまま恍惚とした目でまた声をかけてきた。
「このまま」
「もう唇を奪ったのにそれはないのじゃなくて」
「あら、そう言う貴女こそ」
 紫麗の目を見ていた。その目はやはり今を楽しんで笑っている。
「もうそんな手をして」
「気のせいよ」
 だがそれは決して気のせいではなかった。紫麗の手は沙耶香の背中に回されていた。そうして彼女のその背をしきりに十本の指で愛撫しているのである。沙耶香もそれを感じながら彼女に問うているのである。
 
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