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黒魔術師松本沙耶香  紅雪篇

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21部分:第二十一章


第二十一章

 その小路もまた雪で覆われていた。黒ずんだ壁も雪である部分が覆われまたある部分が見えている。そうした斑に似た世界を進んでいく。やがてその終わりにある小さな店に辿り着いた。
「おやおや」
 店に入るとそこには老婆がいた。何も見えない暗闇の部屋に彼女だけが奥に座っている。そんな部屋であった。
「久し振りだね、また」
「そうね」
 沙耶香は暗闇の中で老婆に微笑を返した。顔だけがその暗闇の中に浮かんでいる。他は溶け込んでしまっているが白い顔だけは溶け込むことがなかったのだ。
「随分とね。元気そうで何よりだわ」
「ひょっひょっひょっ」
 老婆はその言葉を受けて楽しそうに笑ってきた。
「それはのう。秘密があるのじゃよ」
「秘密」
「主は女じゃな」
「ええ」
 この問いは普通に沙耶香を女だと言っているのではない。深い意味があるものだ。別の意味も。
「女の肌を味わって生きている」
「それだけじゃないけれどね」
「まあそうじゃな。そして私は」
「どうなの?」
「この街の空気じゃ」
「この街の」
「うむ」
 そう述べてまた沙耶香に対して言う。
「この街は普通ではないな」
「ええ」
 魔都である。一見華やかであるがその陰には退廃と魔性が潜んでいる。美しい姿でありながら同時に美しさを保ったまま腐敗していっている。そうした街だ。快楽と背徳がはびこりその中に異形の者達が遊んでいる。そんな街だからこそ沙耶香も楽しんでいるのだ。自分に相応しい街であると。
「それはね」
「そうじゃな。わしはその空気を吸って気を得ているのじゃ」
「この街の空気はいいのね」
「最高じゃな」
 ここで目を細めてきた。点のような瞳孔が少しだけ大きくなり細まった目の中に浮かび上がってくる。その目は普通の昼の世界にある目ではなかった。その笑った顔だけが闇の中に浮かんでいる。沙耶香のそれと同じように。
「美しい」
「綺麗なの」
「しかも腐っておる」
 言葉も笑ってきた。
「それがいいのじゃ」
「そして妖しい感じもして」
「最高のスパイスじゃな」
 さらに目を細めてきた。
「こんなにいい街は他にはない。ロンドンやパリでもこうはいかんかった」
「そうね」
 その言葉には沙耶香も微笑みで頷いてきた。ロンドンにも足を運んだことがあるからこそわかる。パリにもだ。
「この街の雰囲気はこの世のものではないわ」
「この世に魔界が混ざったもの」
「それも美しい魔界」
 口元も笑ってきた。その紅の整った口が三日月のように曲がっていた。
「それがいいのね」
「流石じゃな。ようわかっておる」
「褒めてもらって嬉しいわ。それで」
 沙耶香は話を本題に進めてきた。闇の中で語る。
「今の雪だけれど」
「うむ」
 老婆もそれに応える。
「雪女に会ったわ」
 沙耶香はまずはこう述べた。
「この雪を降らせている張本人にね」
「左様か」
「綺麗だったわ」
 まずは容姿について述べた。そこが沙耶香らしい。
「食べたい位にね」
「じゃがそうはしなかったな」
「ええ」
 その問いにこくりと頷く。顔だけが動いていた。
「闘ったわ」
「そうか。やはりな」
「けれど。闘っても何も得られないみたいね」
「刃を交えてもこの雪は消えぬか」
「消えはするでしょうけれど。すぐに彼女がまた蘇るかも」
 沙耶香は言う。
「冬である限り。雪女は雪の化身だから」
「おそらくはそうなるじゃろうな。倒しても」
「ええ。それで困っているのよ」
 表情を変えずに述べる。仮面に似た顔になっていた。
「どうするべきかね」
「しかしじゃ」
 老婆はここでその細い目で沙耶香を見てきた。異様なまでに長く黄色い鼻がそれで上に動く。
「実はもうおおよその手懸かりを掴んでおるのではないかな」
「ふふふ、それはどうかしら」
 その言葉には楽しむような笑みを返してきた。
「そうであったらいいけれどね」
「娘の匂いがするぞ」
 老婆はこうも言った。
「それも幼い娘じゃな」
「それでも中学生よ」
 沙耶香は笑って返した。それと同時に認める。

 
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