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バーチスティラントの魔導師達

作者:書架
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来訪者

 
前書き
新規登場人物

なし 

 
 少年は森を駆けていた。窓の外から見覚えのある黒馬が見え、自分に乗れと誘導されたからである。大体ろくでもないお使いでも頼まれるのだろう、と高をくくっていた。
 何せ、人のことを「籠の中の鳥の執事」と呼ぶ魔導師からの呼び出しである。
 友人でも何でもないが、年功序列という言葉がある。従うのが自分のすべきことだった。
 そうこうしているうちに、黒馬は森を抜けた。そこは少しだけ標高が高く、人間が造った国が見える。
「よ、来たか。」
 すぐ下を向くと、寝そべっている黒髪の青年がいた。人懐っこそうな緑の猫目でこちらを見ている。
 ただ、その表情は硬かった。
「突然なんですか、こんなところで。来ればよかったじゃないですか。」
「………。」
 少年は馬から降りると、青年の隣に腰を下ろした。
「ウィル?何かあったんです……。」
「エレン。」
 少年が問う前に、青年は一つの名前を呟いた。するとバサバサという音と共に、一羽の黒いインコが舞い降りた。それは黒馬の胴に降り、騒がしく鳴き始めた。
「マスター、ゴヨウ、ゴヨウ?」
「ああ。………説明してやれ。」
「ショーチ!」
 普通インコというのは誰かのまねをするだけで、自分の意志で言葉を発することはない。しかし、このインコは違うようだ。
「イッシューカンゴ、ゴゴ、ヨジ、ハン!」
「えっと、1週間後の午後四時半が?」
「アイズ、ノロシ、アガル!」
「…合図の狼煙が上がる?何の?」
「キョーリョク、ヒツヨウ!アシデマトイ、フヨウ!」
「…?」
「アシデマトイ、ヤシキ、アツメル!シンパイ、フヨウ!」
「………ウィル、解説お願い。」
 途中までは何を言っているのか分かったが、何のことを言っているのか混乱してきたようだ。少年は、青年に助けを求めた。
「こいつが言っているのは、1週間前のことだ。」
「じゃあ、今日の四時半に何かあるんですか?」
「まあそれは見てろ。とりあえず『足手まといを屋敷に集める』が先だ。」
 ぱちん、と青年が指を鳴らすと黒馬は森へのそのそ歩いて行った。その数分後、またのそのそと戻ってきた。頭にインコを乗せ、胴に茶色のフードを被った子供を乗せ。
「よく来れたな。さすが"ダリスティン"といったところか。」
「え?………まさか。」
 少年が黒馬に駆け寄りフードの中を覗き込む。すると、赤い目がこちらを見ているのが確認できた。
「ユイ!どうして!?」
 馬から降りる手伝いをしてやり、事情を尋ねる。しかし、少女は安定して黙ったままだ。
「エルミア様は反対してたらしいがな。イライヤ様は白黒はっきりさせる方だし。」
「…そういうこと、か。」
 つまり、少女は『足手まとい』と判定されたのだ。故に『屋敷』に『集め』られたのだ。
「他に、集められた人は?」
 そう少年が尋ねると、青年はじっと少年を見つめた。その視線の意味は、すぐに分かった。
「………それは、分かってるから。その他に。」
 その質問に青年は答えなかった。もう一度訊ねようとすると、横からくいっとコートの脇を引っ張られた。
「ユイ?どうかした?」
「………。」
 少女は腕をまっすぐ伸ばし、国の方を指さした。その意味が分からず聞こうとすると。
「時間だ。……行くぞ!」
 そう青年の勇ましい声が聞こえ、少年と少女は手を引かれた。無理やり黒馬に乗せられたかと思うと、猛スピードでその場から遠ざかった。
「何!?なんで!?」
「………っ。」
 少女は無表情だが、怯えたように少年にしがみ付いた。これから起こることを知っているように。
「答えてよウィル、ユイ!何があるの!?」
「百聞は一見に如かず、だ!」
 ざっと森から抜け、屋敷に着く。その前には少年の母親と姉が立っていた。
「"ハイヴァン"…。何か?」
「本気かよ?別に現状維持でも良いだろ?」
「よくありません。」
「………ちっ。おいレリー、離れろ。」
「嫌よ。あなたの言うことなんか聞かない。」
「いいから………、」
 青年は両手を広げ、指を鳴らした。大声で叫びながら。
「離れやがれ!!!」

 青年の周りに蛇や豹や熊などの様々な動物が現れ、女性と少女に襲い掛かった。
 2人は本を片手に同時に手を上げ、短い詠唱を終えた。

「………ウィル?」
 眩い閃光や爆発音に目を閉じていた少年は、呆然と立ち尽くす青年に声をかけた。
「お前ら、それでも………、それでも魔導師かよ!」
 青年が声を荒げて叫ぶ。青年の周りには何もなかった。ただ焼き払われた跡があるだけだ。
「ええ、魔導師です。では。」
 女性は本に手を当てると、再び詠唱を始めた。少年にはそれが、空間転移の詠唱であることが分かった。
「…どこ行くの、母さん。」
「あなたは知らなくていいことです。」
「姉さん!」
「………。」
 金髪の少女はただ前を見ていた。少年など眼中にないように。
「姉さん…。」
 少年はその場に膝をついた。その反応を待っていたように、女性は言葉をつづける。
「あなたは大人しくしていること。それでは。」
 そう言うと、2人の姿は掻き消えた。後には呆然とする青年と少年、そして無表情の少女が残された。


「俺は、やることがある。もう行くぜ。」
 しばらく経った後、青年は突然そう言った。しかし異議を唱える必要などなかったため、少年はこくりと頷いた。
「…ユイ、行こう。歓迎するよ。」
 少年は少女に手を差し伸べた。少女は差し出された手をじっと見つめると、その手に指で文字を書いた。少年は少女からの言葉に、微笑んだ。


「よろしく(Nice to meet you)」

 
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