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奇跡はきっと

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2部分:第二章


第二章

「それに染まって露助に国売る気か?ふざけるなよ」
「そう思うだろ。けれど最近お偉い学者様達は違うようだぜ」
 復員兵服もまたその口を忌々しげに歪めさせていた。
「何でもよ。これからは共産主義らしいぜ」
「はあ!?それで満州みたいになるのかよ」
 満州で何があったのかもう彼等の耳にも入っていた。しかし当時はこういったことはマスコミや知識人の間では無視されたのである。
 これは日本の歴史において最悪のブラックジョークであるがこの時代からソ連の崩壊前までソ連は『民主主義国家』だと吹聴する勢力が存在していた。それどころか『平和勢力』だとも呼んでいた。勿論両方共真実ではない。大嘘であると断言できるものだ。このようなことは満州で何があったのかを知っていればこのようなことは断じて言えない。我が国には民主主義も平和も冒涜する愚か者達が存在していたことは忘れてはならない。
「ふざけんなよ」
「全くだぜ」
 彼等はそんな話をしていた。戦後は混乱し何もかもが変わろうとしていた。多くの者が帰って来なかったがそれでもであった。
 その老婆橋田マチは家に一人でいた。畳の上に古い座布団を置いてそのうえで一人静かに座っている。その彼のところに今来客が来た。
「マチさん」
「はい」 
 その声に応える。すると髪の白い老婆が入って来たのだった。少し太り気味で落ち着いた体格のマチに比べて彼女は痩せていた。その彼女がやって来たのだ。
「今日もここにいたんだね」
「そうだよ、サクさん」
 マチはにこりと笑ってその痩せた老婆に応えた。彼女は庭の縁側の側にいてそこから庭を見ているのだった。庭には左右に松等の木々や石があるだけである。何の変哲もない庭であるがそれでもマチはその庭をずっと見ているのだった。まるで誰かを待つように。
「作ってはいたけれどね」
「そうかい、今日も作ってたのかい」
「あの子が何時帰ってきてもいいようにね」
 にこりと笑って自分の隣に座ってきたサクに述べた。
「用意しているよ」
「あれだね」
 ここでサクは部屋の真ん中を見た。ちゃぶ台の上には粥と梅干が置かれている。それは丁度二人分あった。それが静かに置かれていたのだ。
「今日もあれなんだね」
「あの子が帰ってきてもね」
 マチはここで寂しいような微笑みを浮かべるのだった。
「お粥みたいなものしか出せないけれどね」
「お粥みたいなのじゃないよ」
 しかしサクはマチにこう言うのだった。
「今時お粥だってね。そうそう食べられたものじゃないよ」
「そうなんだよねえ。今は何もないからねえ」
「仕方ないよ。それはね」
 サクは寂しく笑ってマチに告げた。
「私のところは女の子だけで誰も結婚していなかったから悲しい思いはしなかったけれど」
「そうだったね」
「あんたのところは。裕二郎ちゃんね」
 マチの息子の名前であった。
「あの子のお粥だよね」
「そうだよ。だから何時帰ってきても食べられるように」
 マチはにこりと笑って話すのだった。
「用意してるんだよ」
「そうだよね。何時帰ってきてもだったよね」
「帰ってくるよ」
 マチの笑みはそのままであった。
「絶対にね」
「信じてるんだね。裕二郎ちゃんのこと」
「当たり前だよ。私の子だよ」
 今度はこう話すのだった。
「わかってるんだよ。私には」
「帰ってくることがだね」
「生きて絶対に帰ってくるよ」
 彼女はこう信じているのだった。完全に。
「だからそれが何時でもいいように待ってるんだよ」
「そうだよね。絶対に帰ってくるよね」
 サクもマチのその言葉に頷くのだった。
「あの子はね」
「何時になるかわからないけれど」
 ただマチはここでこうも言った。
「絶対に帰って来るよ」
「そう信じてるんだね」
「そうだよ。私にはわかってるから」
 微笑んでの言葉であった。
「何時か帰ってきてそれで私が作った御飯を食べるんだよ」
「そういえばずっとここに住んでいたからね」
 サクはふとこうした言葉を出したのだった。そのマチの横で。
 
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