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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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18. 試練の戦い

 
前書き
気のせいかここ最近お気に入りがもりっと増えた気がして励みになります。
ふふふ、計画が第一段階に突入できそうです……。 

 
 

「これでもう逃げられないにゃ――ガネーシャ・ファミリア所属のキャットシッターにして、『ねこ使い』のアスタリスク正当所持者、ミネット・ゴロネーゼッ!!お前達の命と引き換えに、ミネットは本物の居場所を守るのにゃ……ッ!!!」


 堂々たる名乗りと共に、巨大な獅子ビスマルクが跳躍し、一本一本がナイフより鋭く光る爪を振り下ろす。上方から迫る巨大な殺意の塊に、リングアベルは辛うじて回避へ移った。
 瞬間、目標から外れた爪が足場の石煉瓦を抉り、5Mにも及んで巨大な爪痕を刻む。
 魔物とは、これほど強くなるものなのか――!?初めてぶつかる明確な「格上」が立ちはだかる。

「ヘタに受け止めたら腕ごと持って行かれかねないな……!!おーい、そこの二人!!」

 抉られた地面に目を丸くする二人の学生にリングアベルは近づく。

「俺はリングアベル!この町で冒険者をしている!君たちは?」
「あ……俺、ユウって言います。横にいるのはジャンです」

 栗色の髪の学生、ユウが律儀に返事をした。うむ、素直でいい奴だ。
 対照的に長髪のジャンという少年はリングアベルに食らいつくように詰問する。

「おい、そんなことよりこいつはどういう事だ!?何で俺らがあんな化けモンとの戦いに巻き込まれてんだよ!?」
「俺も分からんが、とにかく二人とも立って逃げろ!!殺されるぞ!!」
「なら、殺されればいいにゃッ!!」
『ガオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』

 その言葉を肯定するように、ミネットを乗せたビスマルクの巨体が3人に迫る。その様子は獣というより戦車が突進を仕掛けてきたような迫力であり、触れた瞬間に殺されると確信した3人は横っ飛びで躱した。
 ゴウッ!!と音を立ててビスマルクが通り過ぎ、奥にあった樹木にその獰猛な顎が食らいつく。

 ぼりり、と音を立てて木が真っ二つに折れた。
 いや、折れたというのは正確ではない。木の中腹が『丸ごと噛み千切られた』のだ。
 上と下が両断されてズシンッ、と倒れた木を背に、ビスマルクは噛み千切った丸太ほどの木を不味そうに吐き出した。あれが人間なら、間違いなく胴体をごっそり抉り取られていただろう。
 お腹から大変なものがはみ出る姿を想像した3人の顔からさっと血の気が引く。

「し、シャレにならん!!どうにかこの謎空間を突破しないと皆殺しにされるぞ!?」
「クッ……おい猫ガキ!何故俺達まで狙いやがる!?俺達は唯の観光客だぞッ!?」

 リングアベルより年下とは思えない迫力で声を荒げるジャンに、しかしミネットは涼しい顔でビスマルクの上から彼を見下ろした。

「ホントはここでリングアベルを確実に殺す筈だったにゃ?でも………でも、お前らが横からやってきてそれを邪魔したにゃ!!おかげで猫たちはまたたびでベロンベロンのふにゃふにゃ!結局最後の切り札ビスマルクに頼らざるを得なくなったにゃ。その邪魔をしたムクイにゃ!大体、目撃者を野放しには出来にゃいにゃ!」
「そんなぁ!?元はといえばあの猫たちがやったことじゃないか!大体、何で君みたいな小さい子が人殺しなんて……」
「うるさいうるさいうるさいにゃぁぁーーッ!!」

 ミネットが何かの指示を飛ばし、ビスマルクが口を開く。
 その中に魔力の奔流が渦巻き――鉄砲水のような高水圧の水が噴射された。
 3人のすぐ近くに強烈な勢いの水が着弾し、3人は紙屑のように吹き飛ばされた。
 幸いにも狙いは逸れたが、直撃を喰らった場合は巨大な岩に衝突したのと同じだけの威力が出る代物である。あのような技は水棲魔物の殆どいないオラリオではまず見ることはない。 

「うわっぷ!?み、水だと!?あの獅子野郎は水棲の魔物じゃねえだろう!?」
「良くわからんが、相手はテイムモンスターでしかも『元階層主』だと言っていた。俺達の想像を絶する能力を持っているのかもしれない………」

 二人は知らないようだが、階層主と言えばこのダンジョンの限られた階層に存在する、所謂ボスキャラである。その能力は周辺の魔物と比べても桁違いに強い。その情報は、あの迫力とパワーを見れば強ち嘘でもないだろう。
 リングアベルは必死で生き延びる術と2人を生かす術を模索していた。ミネットの狙いは、理由は分からないが恐らく自分で間違いない。残りの二人は本当に巻き込まれただけだろう。

(それにしても怪しいのがあの額のウロボロス印だ……どう見ても自然に出来た物じゃないが、刺青にしては禍々しいオーラが漏れ出している……)

 彼女は表向きガネーシャ・ファミリアの所属であることは間違いないが、あの印は人殺しファミリアと呼ばれるウロボロス・ファミリアのそれと特徴が一致する。しかし襲撃された今でも、リングアベルにはどうしてもミネットがそんな危険人物だとは思えなかった。

 あれはもっと一途で一生懸命な意志だ。そして、その意志の奥に――怪しい光が揺れている。
 もしかしたら『洗脳』かもしれない。このオラリオに住まう神の中には、人間を魅了・脅迫・洗脳する者も存在すると言う。もしかしたらガネーシャ・ファミリア主神のガネーシャか、若しくは例のウロボロスとやらが彼女を操っているのかもしれない。
 だが、この青いコロシアムのような空間はどうやら脱出することが出来ないらしい。先ほどビスマルクの攻撃を避けるついでに青い空間に石を投げつけたが、跳ね返ったように帰ってきた。半径数十Mは公園のままのようだが、それより外に出ることが出来ない状態だ。

 生き残るにはどうする?
 ミネットを助けるにはどうすれば?
 どうにか後ろのジャンとユウだけでも逃がすことは出来ないか?

 二人は冒険者ではないし、都合よくアスタリスクの所持者でもないだろう。恩恵も加護もない唯の学生でこの件とも無関係なのだから戦力としても期待できない。まずは戦いから遠ざけてミネットの狙いをこちらに絞らせるべきだ、と思ったリングアベルは後ろに声をかけた。

「ユウ、ジャン!出来るだけミネットとビスマルクから離れてこの空間を出る方法を……ユウ?」
「水……猫……それにさっき、アスタリスク正当所持者って………」

 ユウはまるでこちらの言葉が聞こえていないようにぶつぶつと何かを呟いている。
 その様子のおかしさに気付いたジャンがユウの肩を揺さぶる。

「ユウ?おい、ユウ、どうした!?」
「………そうか、分かったぞ!!」
「何が分かったか知らんが、次が来るぞ!急いで避けろーーッ!」
「ビスマルク!!ソニックブームを使うにゃ!!」
『グルルル……ガァアアアアアッ!!!』

 ビスマルクの口元に魔力の奔流が渦巻き、今度は猛烈な突風が3人の眼前に迫る。
 巨大な図体と桁外れのパワーに加え、様々な属性の攻撃を使い分ける魔物の猛威に、3人は必死で逃げ惑った。回避されたシニックブームは公園のベンチこと塀を粉々に吹き飛ばして噴煙を上げる。

 だが、その光景にもユウだけは動揺せず、違う目をしていた。
 この死中に活を見出したように、揺るぎない意志に満ちている。
 この土壇場でも途切れない思考力――案外大物かもしれない。

「リングアベルさん、聞いてください!彼女は『ねこ使い』の正当なアスタリスク所持者だって言いましたよね!?」
「ああ、確かにそう言っていたが!アスタリスク使いも正当所持者も一緒じゃないのか!?」
「違います!!正当所持者というのは、『オリジナルのアスタリスクを所持している』という意味です!正当所持者は限りなくオリジナルの職権に近い能力を得られるため所持者は総じて強く、更にはアスタリスク使いには出来ない二つの特権が与えられます!!そのうちの一つが、『バトル・アリーナ』です!!」
「バトル・アリーナ!?確かミネットがそんなことを……」
「おい二人とも頭下げろ!何か打って来るぞ!!」
「『蜂の巣』になるにゃ~~!!」
『グオオオオオオオオッ!!!』

 咄嗟に伏せた瞬間、超高速の何かが3人の頭上を無数に掠めていく。
 その何かは、石煉瓦に次々に着弾して無数の穴を開けていく。よく分からないが、やはり一発でも命中したら体が『蜂の巣』になる威力だ。

「くそ、やりたい放題やりやがって……おいユウ!気休めだがこいつを持っておけ!!」
「サンキュー、ジャン!!」

 ジャンが逃げながら背中に抱えていた剣の一本をユウに投げ渡す。
 ヘファイストス・ファミリア製の細剣コリシュマルド。悔しい事にリングアベルのブロードソードより三回りほど上等な逸品である。
 包まれていたもう一本の剣はジャン自身の腰に携えられている。細剣スティンガー――あまり見ない型だがコリシュマルドに劣らぬ輝きを放っていた。

「それで、バトル・アリーナって何だ!?」
「元々は職権付与儀式を邪魔されないために自分の周囲と外界を遮断する特殊な結界でしたが……現在ではアスタリスク所持者が決闘のために用意する決闘場のように扱われています!」
「それなら俺も知ってるぜ!結界に干渉できるのは同じアスタリスク所持者か、結界を張った本人のみ!他の干渉は内外両方で一切受け付けねぇ!ようするにアレだ、正に決闘にはおあつらえ向きな空間って訳だ!」
「ほぉ、学生なだけあって博識だな少年たち!それでこの結界を俺達が突破するにはどうすればいい!?」
「方法は一つ!アスタリスク所持者を倒すことです!気絶でも戦意喪失でも構いません!彼女が結界を維持できない状態に持ち込めば――」
「戦いの最中にべらべら喋っている暇がお前らにあるのかにゃ!?ビスマルク、『焚書』!!」
『グルアアアアアアアアッ!!』

 今度は足元に魔力が集まる。全員がその場を飛び退くと同時に纏わりつくような炎が地面から吹き出し、凄まじい熱を放った。直射だけでなく場所を指定した攻撃まで放って来るとなると、今後ますます回避が困難になってくる。

「あ、危なかった………『焚書』って言えば炎で焼かれた相手を喋れなくする先天性魔法だった筈!!」
「そんな恐ろしい魔法まで覚えてるのかアイツ!?魔物の癖に一体いくつの魔法を使えるんだ!?」
「それが『ねこ使い』のアスタリスクの特徴なんです!俺、実家の書斎でそのアスタリスクの話を読んだことがあります!!ねこ使いのジョブはネコ科の生物に対して優位性を持ち、更には猫に魔物の技や魔法を覚えさせることまで出来る!モンスターテイムの原型となったジョブなんです!!」
「だからこそオリジナルのアスタリスクを持つミネットは階層主などという狂暴な魔物をテイム出来たのか……!!」
「多分、猫であり魔物でもあるビスマルクはねこ使いの相方として理想の条件です!あれだけ多彩な攻撃が可能で、尚且つ気ままな猫と違って完全なテイムが可能だから!!」
「おいユウ!!お前のウンチクは為になるが、今は緊急事態なんだからもっと手早く喋れ!!お前の悪い癖だぞ!!」
「ご、ごめん!!えっと……ねこ使いのジョブはネコ科の存在を従えますが、ジョブ使い自身がやられたら指示を失った猫は大人しくなる筈です!!」

 つまり、要約するとこうだ。ミネットさえどうにか無力化できればビスマルクと大人しくなるし、このバトル・アリーナも解除される。――狙うならミネットだ。

「そうか……ならば作戦が――ってうおぉぉ!?また来たぁッ!!」

 喋る間もなく再びビスマルクの猛烈な突進が繰り出された。並の冒険者なら吹き飛ばされてもおかしくない威力と速度だが、2人は思った以上に有能なのか今度もなんとか躱してみせた。リングアベルも2人とは反対方向へ回避する。
 だが、幾度となく放たれる必殺の一撃に、3人の疲労は確実に蓄積し始めている。
 そのままでは何か一つの小さな切っ掛けで誰かが命を落としかねない。

「むぅぅぅ………ちょこまかちょこまかと!!こうなったら一人ずつ確実にシマツするにゃ!まずは……リングアベル!お前からにゃ!!」
「まずい、俺に狙いを絞って来たか!?おのれ、熱烈アプローチは女性だけに………ハッ!?そうかこれは間接的にとはいえミネットからのアプローチ!うおおおおおおおお!!俄然燃えてきたぁぁぁぁぁッ!!」
「…………リングアベルはやっぱり馬鹿なのにゃ?」
『グルル……!?』
「これは言い訳できないぜ………あんた」
「お、俺にはよく分からない感覚だなぁ……」

 急に元気になって猛ダッシュを開始したリングアベル。さっきまでの必死さとは打って変わって華麗なステップでビスマルクを翻弄さている。ダテにステイタス平均B-くらいな訳ではないのか、その動きは想像以上に機敏だ。
 というか、ステイタス平均がCを越えているというのは実は凄いことなのだが、この事に気付いているのはヘスティア・ファミリアの残り2名だけである。ビスマルクは確かに強いが、巨体故に細かい振り回しが効かずに戸惑っていた。

「このっ……ならミネットはビスマルクから下りて戦うにゃ!!アスタリスクによるステータスブーストに加え、ガネーシャ・ファミリアのレベル3!!たとえ子供の身体でも、リングアベルに勝ち目は無いにゃっ!!」
恩恵(ファルナ)とアスタリスクの2重ブースト!?しまった……!ミネットがあの細腕で斧を持っている時点で気付くべきだったか!!」

 業を煮やしたミネットがビスマルクの上から跳躍し、空中から斧を振り下ろす。
 振るわれた片手斧が、防御の為に翳した剣に直撃する。
 ガキィンッ!!と金属同士の衝突によるビリビリとした衝撃がリングアベルの足を止めた。

「ぐうううううう……ッ!み、ミネットの愛が重い!」
「にゃははっ!今更そんにゃからかいには引っかからにゃい!今にゃ、ビスマルク!!」
『ガアアアアアアアアアアアアッ!!』
「う……おああああああああッ!?」

 瞬間的に剣に込める力を弱めてミネットの斧をどうにか受け流し、リングアベルは地面をごろごろと転がった。背中に奔る衝撃――避け損なって裂傷を負ったらしい。深くはないが、浅い傷でもない。背中に燃えるような熱と痛みが湧き出る。

「これぞ、ねこねこコンビネーション!もうお前らに勝ち目などカイムにゃ!!」
「ぐぐぐ……ま、まだ分からないぞ……!人生はいつだって一発逆転のチャンスだからな……!!」
「ふんっ………なら、ここで終わらせてあげるにゃ!!」

 ビスマルクを引き連れたミネットが斧を振り上げ、リングアベルの前に立つ。
 痛みから大量に吹き出る汗と血液に顔を顰めながら、リングアベルはまだ動く体でその斧を防ごうと腕を上げた。……疲労と傷が重なったためか、「火事場力(サモンストレングス)」のスキルが少ないながら発動しているようだ。攻撃力と防御力がブーストされ、なんとか体が動く。

 だが、リングアベルは上げた腕に握られる剣をミネットに向けられなかった。

「何故だ、ミネット……こんな事をしているのに――何故そんな泣きそうな顔をする」
「……何故とか、どうしてとか………そんな言葉に意味は無いのにゃッ!!」

 ミネットの表情には、明らかに殺人に対する忌避感が露わになっていた。
 目からは今にも涙がこぼれそうなほどに潤み、自分の行動を拒絶するように体は強張っている。
 だが――そうなればなるほどに彼女の身体からは躊躇いが消え、呼応するように額のウロボロス印が輝きを増していく。

(――これはまさか、洗脳ではなく脅迫や呪いの類なのか!?)
「ミネットだって………猫たちのためにカツオブシを買ってくれたリングアベルを殺したいわけじゃないのにゃ。でも、ミネットは………ミネットは二度も捨てられたくにゃいッ!!あの孤独と空腹の時代に戻りたくないのにゃッ!そして捨てられにゃい為には………ミネットは『アイツ』から力を取り戻さなければならないのにゃあああッ!!」
「『あいつ』………それが君に俺を殺すようにそそのかした――?」

 ミネットの斧が振るわれ、リングアベルの剣が弾かれる。
 放物線を描いた剣はからん、と手の届かない場所にまで転がってしまった。
 しまった――そう思った時には、既にミネットの斧は頭上に移動していた。


「約束通りお墓は建ててあげるにゃ――じゃあね、リングアベル」


 冒険者リングアベルの物語の終わりを告げる斧が、振り下ろされる。
  
 

 
後書き
ベル君はヘスティアナイフ片手に死闘を繰り広げています。原作通りですね。
その辺も書こうかと思ったんですが、主役はリングアベルなので今回ベル君の件はお預けです。 
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