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聖愚者

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2部分:第二章


第二章

「この国は夏が終わればもうすぐに雪が降るらしいな」
「そのようですね。特に都であるペテルブルグはかなりの寒さだとか」
「コートを持って来てよかったか」
 彼はこう思うのであった。
「ただの使者にしてもだ」
「そうかも知れませんね。それで旦那様」
「うむ」
「エカテリーナ二世陛下ですが」
 また彼女の話になるのだった。他ならぬこの国の今の主である。ロシアに生まれていないがまさにロシアそのものとして君臨している彼女のことだ。
「非常に教養のある方でありますし」
「啓蒙思想に通じておられるそうだな」
「そしてそれと共に先程も述べましたがフランス語もまた」
「そうだな。それではこちらも遅れを取らないようにしなければな」
「そのうえで我が国との貿易について有利な条件を勝ち取りましょう」
「今度の女帝は手強いしな」
 今度は彼女の政治力について話すのであった。
「慎重に話を進めていくとしよう」
「それが宜しいかと」
 そんな話をしながらペテルブルグに向かう彼等だった。それからも長い時間をかけてようやくその街に辿り着いた。雪こそ降ってはいないが街はかなりの寒さだった。ルブランは自分だけでなく従者にも厚いコートを与えそのうえで街の中を馬車で進んでいた。
 そうしてその馬車の中で。白とオレンジの二色で彩られた西欧を思わせる華やかな街の中を見回しながら彼はここでも従者に対して述べるのだった。
「馬車の中でここまで寒いとはだ」
「私も思いませんでした」
「全くだ。この街の寒さはどうかしている」
 不平の言葉を出しながら街を見る。黒い水の上に白い橋がかかり四角い窓の建物が石畳の道の左右に並んでいる。そして黄金色のアーチを持つ白い聖堂も見える。それがこの街であった。
 その街を見ながら彼はここで。こうも言うのだった。
「しかしだ」
「しかし?」
「この街の美しさは本物だな」 
 こう言うのだった。
「本当にな」
「確かに。これだけ美しい街はそうはありません」
「我が国のベルサイユだけだな」
 これは主観のみの言葉であった。
「ここまで美しいのは」
「流石にベルサイユには及ばないでしょうか」
「考えてみれば及ぶ筈もないか」
 今度は自信に満ちた笑みを口元に浮かべての言葉だった。
「それはな」
「我が国に勝るものはこの世にありませんから」
「そういうことだ。それではだ」
「はい」
 主の言葉に対して頷いてみせた。
「行きましょう」
「女帝陛下の宮殿にな」
 そんな話をしていた。しかしここでふと街に一人の僧侶が歩いているのが見えた。彼は黒い法衣を着ている。カトリックでいうところの修道僧だろうか、ルブランはその僧侶を見てまずはそう思った。
 しかしだった。その僧侶は見ればその顔は呆けたものであり視線も虚ろに上を見上げている。口をぽかんと開け何も考えていないようだった。
 そんな僧侶を見て彼は。首を傾げさせてこう言ったのだ。
「あれは何だ?」
「あれっ、そういえば」
 従者もその僧侶を見た。主の言葉を受けてだ。
「あんな場所に僧侶が」
「この国の宗派の僧侶のようだな」
「そうですね。ロシアはロシア正教ですが」
 所謂ギリシア正教の一派である。ギリシア正教では世俗の頂点にある皇帝が宗教界の頂点である教皇も兼ねているがこのロシア正教でも同じである。
「その僧侶ですね」
「しかし変わった僧だな」
 ルブランは馬車の窓からその僧侶を見ながらいぶかしげな声をあげた。
「あれはまるで」
「白痴ですか」
「それに見えるがどうなのだ?」
 いぶかしむものを顔にも出しながら述べるルブランだった。
「まさかとは思うが。僧侶が白痴というのは」
「いえ、そうでしょう」
 従者は主のその憶測をその通りだと述べた。
 
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