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蒼き夢の果てに

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第6章 流されて異界
  第121話 人生は夢……あるいは

 
前書き
 第121話を更新します。

 次回更新は、
 7月29日。『蒼き夢の果てに』第122話
 タイトルは、『十二月十八日』です。 

 
 その時、冷たい風が身体を打った。
 これは……朔風(さくふう)……。

 上空から見下ろした見覚えのある地形。峡谷に挟まれた街道には急ごしらえの土塁……おそらく土の系統魔法使いが突貫工事で造り上げた物……が築かれ、街道の左右にそそり立つ崖の上にはかなりの規模の兵たちが動き回っている。
 刹那、峡谷を吹き抜ける際に発する風音が、時に高く、時に低く、まるで異界から響いて来る笛の音の如き不吉な音階を奏でた。

 ここは……。

 太陽は見えず。ただ重く、暗い雲が上空を覆い、今にも冷たい雨、もしくは雪を降らせ始めるかのような天候であった。
 生者も。そして、死者さえも凍える。そんな冷たく、薄暗い世界……。
 少し、この氷空(そら)に相応しい陰鬱な気分で再び足元に視線を戻す俺。但し、今度は先ほどよりも少し先の地点。狭い山道の向かう先に存在する岩から切り出された……見覚えのある建物群。俺の知識からすると、この街に似た景観を持つのはカッパドキアの遺跡。
 もっとも、規模が違い過ぎて、この街と地球世界のカッパドキアを同一の物と捉える訳には行かないのですが。

 ただ、何にしても……。

 この街を攻める。街道には拠点防衛用の土塁が築かれ、両側の崖の上に兵が配置されている、と言う事は、今は戦時。そして、この街道の先に存在する街は、戦略上の重要な拠点のはず。その拠点を、もし俺が一軍を率いて攻める……街の施設に大きな被害を与えずに占領する心算ならば、それは兵糧攻めを選ぶ。時間的な余裕が有って、更に味方の損害を最小限に抑える心算ならば、なのだが。
 確か史実では、この街道の先にある街と同じ名前の都市が陥落したのも兵糧攻めだったと記憶して居ますし。

 夢見る者の思考でそう薄く考える俺。季節は真冬。両方の崖の上で弓を構える兵士たちの服装に統一性は見られず、コイツらは間違いなく傭兵の類。
 おそらくその場に正規の兵はいない。
 もっとも、トリステインに常備軍の制度は……あったけど、それは騎士団。今、弓を構えている連中は身形から考えると、騎士見習いどころか、臨時徴用の農奴程度――弓を持って居るだけでも大したものだ、と言っても過言ではないレベルの連中。

 ……ん? 弓を構えている?

 先ほどまでの様子との違い。その時間の移り変わりをしっかりと確認しようとした俺。その瞬間、暴風の唸りにも似た大量の矢が風を切る音を響かせ、俺の視界を前から後ろへと抜ける街道を豪雨となって降りそそぐ。
 その街道には――

 何時の間に現われたのであろうか。数にして両方の崖の上に配置された傭兵部隊の半分以下。かなり少数の騎兵だけの部隊が存在していた。
 少し意識を跳ばしている間に一気に時間が経過したのか? そう考えながら、意識をその少数の騎兵隊へと向ける俺。
 数にして数百……には届かないかも知れない。多く見積もっても高校の三クラス程度の見覚えのある青い軍服……例えば小説や映画に登場する近世フランスの銃士隊が着るかのような服装に銃で武装した騎兵。
 そう、彼らは一様に銃で武装していた。それもおそらくマスケット銃などではなく、ボルトアクション方式を使用した銃のはず。

 ガリアには伊達に俺が居た訳ではない。あまりにもオーバーキルとなる武装。例えばアサルトライフルや機関銃などが今のハルケギニアの戦争に必要とは感じないが、ボルトアクション方式を採用した銃程度なら、無意味な人死には防げる……はず。
 少なくとも身内となるガリアの兵たちには。
 まして、このハルケギニア世界には未だ黒色火薬しか存在しない。こんな物で発射するマスケット銃など五発も撃てばカスが溜まって使用不能となる。それに前装填式の滑空銃では命中精度も低く、更に言うと現在のような天候。雨などの天候にも左右され易い。

 こんな物にガリアの貴重な兵士の運命を担わせる訳には行かない。
 ……ガリアの軍の編制は変わりつつある。ハルケギニア世界は地球世界の中世ヨーロッパと比べると軍隊へ動員出来る兵力は多い。それは多分、国王……と言うか、領主としての貴族の支配力が強いから。……雑兵として農奴を惜しげもなく前線に投入出来るから、動員出来る兵が多いだけ。
 そもそも、未だジャガイモなどの大量に収穫出来る食物がないハルケギニア世界の人口は、中世ヨーロッパのソレと比べてもそう多いと言う訳ではない。
 俺の知識の中に有る中世ヨーロッパと、近世と中世の狭間にあるハルケギニア世界とでは。……銃士の時代。近世に入った頃のヨーロッパと比べると、ハルケギニア世界の人口は明らかに少ない。

 しかし、何故かガリアは既に常備軍としての騎士団が存在して居り――
 但し、騎士一人に従者が二、三人程度。これでは数千人規模の軍を維持するのがやっと。まして、非生産者の数が増えすぎると国が維持出来なく成る。
 つまり、無暗に国民を徴兵して前線に送り込める他国と、現在ではそう言う訳にも行かないガリア、と言う状況に成って居る、と言う事。

 本来なら空軍、もしくは最低でも砲兵の援護の元に行われるハズの拠点攻略が、百ちょろりと言う少数の騎兵にのみ行われている状況に首を傾げる俺。その俺の瞳に、一群の騎兵の更に前。大体、三十メートルほど前方を走り続ける奇妙な騎兵の姿が映る。

 短い蒼の髪の毛。後方に付き従う銃士隊が着用する祭服……カズラやミトラに似た服装などではなく、黒のマントを着用。おそらく、その容姿を語る上でもっとも重要な赤いアンダーリムの伊達メガネを付けているのも間違いない。
 ここまでは普段の彼女の姿。

 そして、ここから先が違う。本来、彼女に馬は必要ない。このハルケギニアに存在するユニコーンなどの類でも、彼女――タバサを乗せて疾駆するには、その能力が不足し過ぎて居て、返って彼女の能力を低下させかねないから。
 彼女に必要なのは仙人の乗騎。例えば、今、彼女を背に乗せ、飛ぶように――いや、おそらく本当に飛んでいる可能性の高い白虎のような、幻想世界の獣の中でもトップクラスのレア度を誇る霊獣の類。そいつが必要だと思う。
 おそらくアレは、ルルドの事件の際に顕われた白虎でしょう。

 虎は千里往って千里還る、と言う。もっとも、ただの虎にそんな事が出来る訳はないが、タバサを背に乗せているのは西方を守護する霊獣。
 こいつなら千里はおろか、地球の裏側でも行ってから還って来られますから。

 そして彼女が手にするのは普段の自らの身長よりも大きいような魔術師の杖ではなく、一流の旗。ごくシンプルな白地に三名の人物の姿。真ん中に青年。その両側に二人の少女の姿が描かれた軍旗。
 そもそも軍旗と言うのは部隊長の出自や家紋などを示す物。これから先、通信機器が発達して行けば、このハルケギニア世界でも必要なくなる代物でしょう。何故ならば、あの旗の近くには必ず敵の指揮官が存在している物ですから。これでは相手に指揮系統の中心が其処にあると、わざわざ教えてやって居るような物。これから先は、空軍や長距離の支援砲撃が可能と成って来るので、最初に其処――軍旗の元に存在している指揮系統の中心を潰されて、後は混乱の内に各個撃破される、などと言う無様な結果を作りだしかねませんから。

 そんな一般的な軍旗の意味を思い浮かべながら、足元で展開する戦争の場面を見つめ続ける俺。
 尚、タバサが掲げる軍旗には、ガリアの王室を意味するアイリスの花を様式化した意匠を使用していない事から、初見でこの部隊がガリアの騎士たちだと見抜ける人間はいないでしょう。
 豪雨となって降りそそぐ矢の間を走り抜けるガリアの騎兵。高所に陣取った弓箭隊が放つ弓矢と言う物は必殺の武器と成る。このハルケギニア世界と同じ時代区分の日本では弓は、刀や槍よりも一段上の武芸として認識されているぐらいでしたから。
 海道一の弓取りと言う言葉もあるぐらいですし。

 そう、これは夢。昼間に行われた球技大会決勝の疲れが見せている幻なのか、それともハルケギニアで現実に起こりつつある戦争……聖戦の一場面なのかは定かではありませんが。
 もっとも、これが現実に今、行われつつあるガリア王国によるラ・ロシェール攻略戦の一場面だろうと、今の夢見る者である俺に判断出来る材料はない。

 まして――

 今、彼女が持つ軍旗はそんな一般的な軍旗などではなく、一種の宝貝化した軍旗。初歩の木行の仙術のひとつ、精神を高揚させる術が施された軍旗。あの旗を一振りすれば味方に勇気を与え、敵の戦意はくじかれる。
 確かに火行を持ってすれば、精神に火を着ける事は可能ですが、それは暴走を生み出しかねない危険な物。暴走する軍隊など百害あって一利なし。

 矢の雨の中、まったく被害を負う事もなく走り抜けるガリアの騎兵。

 刹那、両手で高く軍旗を掲げたタバサ。その瞬間、俺の見鬼が、彼女の両手を通じて軍旗に霊気が蓄えられて行くのを捉えた。
 そう、軍旗を彩る金糸を通じて螺旋を描きながら、旗頭を飾る剣状の飾りへと蓄積されて行く霊気。
 彼女から。そして、周囲の精霊から集められた霊気が蓄積されて行くのだ。

 次の瞬間、掲げられた軍旗を遙か上空へ向け一閃。その時、彼女と俺の視線が一瞬、交わったように感じる。
 いや、今の俺の姿が彼女に見えて居るとは思えない。これは俺がそう感じた、と言うだけ。
 一瞬の内にそう理解する俺。その俺の思考の最中にも、左から右に抜けた軍旗の軌跡を追うかのように、淡い光輝の尾が半円を描き――
 轟――。空気が吼えた。

 振り払われた軍旗の威力とそこに籠められた霊力に大気が震え、発生した衝撃波が無限に降り続けるかに思われた豪雨を斬り裂いた!
 タバサの気配が濃度を増し、柔らかな蒼髪が旋風に舞い、一振りで氷空を埋め尽くすかのようであった矢を消し去る。

 ――成るほど、王太子の英雄化だけでは足りないから、未来の王太子妃の英雄化も図ろうと言う意図か。
 最悪、俺がハルケギニアに帰る事が出来なくとも、タバサだけでもガリアの人々が不安を抱かぬように……。

 かなりシニカルな笑みを浮かべてそう考える俺。短い……男性のような髪型。一振りで戦意を高揚させる軍旗。敵の砦を、寡兵を持っての攻略。
 オルレアンの乙女……もしくはラ・ピュセルと言うトコロか。

 タバサが率いていると言う事は、あの騎兵は王太子の護衛騎士隊。ならば、あの騎士たちはハルケギニア標準仕様の貴族などではなく、真の貴族たち。そんな連中に人間の放つ矢などが役に立つ訳はないが、それでも、この矢の雨を一撃で消し飛ばした、と言う事実に関しては効果がある。

 正直に言うと、同じ人間の兵を相手にするのにタバサを投入するのは反対なのですが……。俺と組んで居た時に彼女は、普通の人間に対してその能力を全力で振るった事は有りません。
 確かにハルケギニア世界。それも戦場で現代日本の道徳やその他が通用する事はないとも思いますが……。

 何にしても、ガリアの軍に半端な攻撃は通用しない。まして現在の天候。陽光が差し込まない分厚い雲の下。昼間である、と言う事で生体機能の一部低下は有るが、いくらなんでもその場雇いの傭兵が、真の貴族対策を戦場で施しているとは思えない。
 それが分かっているので、かなり余裕を持った気分で足元を見つめる俺。この短い間にタバサが率いる騎兵隊は俺の真下を通り過ぎようとしていた。
 その瞬間、湧き上がる鬨の声。

 そして――


☆★☆★☆


 夢の世界よりの帰還。意識がゆっくりと覚醒して行く。
 夢と現実の狭間。その微妙な間をただ漂うかのような感覚。まるで緩やかな流れを漂う木の葉の如きまどろみの時間。温かな布団に包まれた至福の時間帯。
 何時までもこの感覚を味わって居たい。そんな感情に支配される時……。

 しかし――

 呼吸により取り入れる空気が冷たい。しかし、その冷気を肌と咽喉、そして胸の奥でより強く感じる事により、意識が微睡の淵から現実の世界への帰還を促される。
 目蓋の裏に感じるのは黒。ただ、漆黒を示す黒などではなく、僅かな光を感じさせる黒であった。

 但し……。

 但し、其処にほんの少しの違和感。俺は常夜灯すら消して、完全な暗闇の中で就寝する。別に暗闇でなければ寝られない、と言う訳ではないが、小さな頃からの習慣でそう言う風に寝て居た。
 俺に取って闇とは、必要以上に恐れる必要はない物であったから。

 昨夜――。昼間に行われた球技大会決勝は、九回裏ツーアウト満塁から俺の起死回生の逆転満塁ホームランで見事な逆転勝利。その後、祝勝会と言う名目で行われた一年六組有志に因る宴会。一次会から二次会。徐々に人数も減って行き、最終的にSOS団メンバーだけと成りながらも続けられた三次会。
 その後、流石に時間的にも遅いので、……と言う理由から全員が何時も通りに有希の部屋へと泊まる事となり――

 普段の夜と違う周囲の気配。おそらくこれが夜中に目を覚ました最初の要因。
 覚醒したて。未だ現実と夢の狭間で曖昧に……なんと言うか、輪郭の溶けた意識の底、それほど回転が良いとは言えないオツムでそう判断する俺。但し、その中に特別に危険な気配は感じない。そう考えを纏めた後に、ゆっくりと目蓋を開ける。その俺の瞳に映る常夜灯の明かりに照らし出された天井の木目。
 シンプルなカーテンに映るのは室内の常夜灯の明かりのみ。その事から、外界は未だ深い蒼が支配する世界で有る事が理解出来た。

 そうして――

「――有希」

 
 

 
後書き
 一応、軍のシステムに関しても中世ヨーロッパや、同時代の日本などを参考にしています。
 この当時には常備軍など存在していなかったはずです。戦争の度に農奴を徴用して雑兵に使用。故に、農繁期に戦争は起こらない。
 この辺りは早い段階で描写を入れてあるのでお気付きの方も居られるとは思いますが。
 最大動員兵力云々を説明した辺りで。

 もっとも、別に内政物と言う訳でもないので、その辺りも曖昧にして40万とか、50万とか言うアホみたいにデカい数字を並べて威圧しても良かったのですが。
 ただ、何処からそんな非生産人口を養う食糧が出て来るんだよ、大航海時代がやって来ていないこの世界。ジャガイモもない中世ヨーロッパの国に……と言う疑問が出て来て仕舞うので。

 流石に白髪三千丈、と嘯く事は出来ませんわ。
 悩んだのはトリステインが対アルビオン戦に投入した6万の数字なんだよねぇ。これはトリステインの総人口が出せる最大兵力をおそらく上回っています。すべての戦闘可能な男性をかき集めて、ようやく出せる人数じゃないか、と……。
 原作に記述されているガリアやトリステインなどの総人口は、中世ヨーロッパの同じ地域の総人口と似た数字です。近世日本。例えば戦国時代の日本はもっと人口密度は高かったはずです。しかし、動員出来る兵力はどう考えても総人口から考えると大き過ぎるので……。
 尚、アルビオンも同じぐらいの兵力を投入していますが、アルビオンは防衛戦ですから、根こそぎ動員を掛けても問題ない……。無くはないのですが、本土決戦ですし、焦土作戦も実行しているので。
 ついでに別の理由も存在していますから。その辺りは原作を踏襲しています。
 ……焦土作戦をアルビオンが行って居る、などと言う情報をこんなトコロで明かすのもアレなのですが。

 尚、動員可能な最大兵力を越えた兵力を侵略に使用する愚を犯したトリステインが、現在どうなっているのかは想像にお任せします。ちなみにゲルマニアのアルブレヒトは梟雄設定です。
 ……カトレアさんが転移を行って逃げて来た理由も未だ明かしていませんしね。
 いや、オスマンの爺さんがトリステインから追い出された理由も、完全に明かした訳ではないのですが。

 それでは次回タイトルは『十二月十八日』です。
 
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