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帝都自警団録

作者:星屑
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Page2:吹雪舞う北の地にて

 この『国』に不信感を覚えるようになったのは、いつからだったろうか。
 
 いや、そんなのは考えるまでもない。幼少の折、故郷から暗殺者養成計画とやらで『国』に連れ去られた時から、俺はこの『国』を信じてなどいなかった。

 『国』を統治すべき皇帝が口にする言葉は、その全てが裏で手を引く大臣のもの。皇帝は、『オネスト大臣』という操り手の傀儡なのだ。

 さて、オネストという男を一言で表すならば、それは″外道″に他ならないだろう。いや、″強欲″というのも間違ってはいないか。
 何にせよ、オネストという存在があったために不幸を被った国民は少なくない。

 醜く肥え太った腹。くちゃくちゃと響く下品な咀嚼音。例え軍議の時であっても、いつ何時もその手から食料が離れたことはない。真に守るべき国民は貧困に喘いでいるというのにだ。

 全くもって許せない。
 別にこれは正義感故の衝動的感情ではない。ただ、こんな世界は嫌いだというだけだ。

 ならば、変えるしかないだろう。この国を。人々に植えつけられた敗北者としての負の感情を。

 立ち上がる力がないというのなら、手を差し伸べよう。この国が皇帝でも守れないというならば、守ってみせようではないか。俺達の手で。

 ただし、勘違いをしてはならない。
 俺達はこれから先、計り切れぬ程多くの血を流すことになるだろう。国を変えるが為仕方がないにしても、それを決して、正義故の犠牲としてはならない。

 人殺等悪。人を殺さば皆等しく悪である。
 革命とは即ち大量虐殺。国を変えるが為に立ち上がった俺達は、大罪人だということを深く心に刻め。いつか来る報いを覚悟しろ。

 それでも尚、俺に着いてくると言うのなら、俺は最大の賛辞を以ってお前達を迎えよう。お前達こそが真の勇者だと、お前達こそが、人類史に名を刻まれるべき人間なのだと。

 さあ、修羅の道へ踏みだそうか。
 覚悟はいいか?

 新しい国を創るが為、我ら全員、大罪人と為ろうではないか。

 ––––お前達の勇気を以って、ここに、『帝都自警団』を結成する



† ☆ †



「さて、準備はできているか?」

「バッチリ! いつでもいけます!」

 吹雪舞う極寒の大地。大陸の中でも北端に位置する秘境の崖で、二人の男女は遥か下を見下ろしていた。
 降り積もった雪に彩られるは濃い赤色。そして頻繁に鳴り響く銃声に飛び交う怒号。
 疑うまでもない。彼らの眼下では今まさに戦争が行われていた。

「…北方異民族の方が押されているか。やはりエスデスの影響は大きいようだな」

「そうですね…流石は帝国最強の一人です」

 この戦争の発端は北方異民族による武装蜂起であった。
 北方異民族軍を指揮するのは年若き王子、槍を持たせれば全戦全勝と言われる猛者、ヌマ・セイカだ。
 彼とこの厳しい自然環境に鍛えられた北方異民族の進軍速度が予想より早い為早急な対応を余儀なくされた皇帝らは、やむなく帝国最強の切り札であるエスデス将軍をこの地に派遣したのだった。

「そうだな。だが、あの大臣に切り札を切らせる程の逸材であるヌマ・セイカをみすみす取り零す訳にはいかん。奴だけは必ず我らが保護するぞ」

「了解! …と、あれは…!?」

 銃弾入り乱れる最前線よりも離れた氷の大地。吹き荒ぶ吹雪に目を凝らすと、帝国の意匠を施した国旗が、そしてそれを持つ大軍が北方異民族の本陣である城塞都市へ迫ってきていた。

「恐らくエスデス率いる本隊だな。合流されると厄介だ、行くぞセリュー、仕事の時間だ」

「はい!」

 そう言って、金の髪を持つ青年と茶髪の少女は、遥か高くにある崖の上から戦場の最前線目掛けて飛び降りた。

「起きろ、ドラグレイド」

 青年からの起句を聞き、彼の手に握られていた龍の顎を模した剣がその活動を開始する。
 それは禍々しくも美しい赤色の剣。主の意志力を糧として絶大な力を振るう至高の一振り。

 帝具『竜王顕現・ドラグレイド』
 それが青年の持つ剣の名である。

 超級危険種である竜王イグニィルを討伐し作られた48の帝具の内の一つ。
 それは所有者に竜王の力を授けるもの。故に、青年の背中に炎の翼が生えていても不思議ではないのである。

 燃え盛る炎は極寒の吹雪を物ともせず、翼としての役割を果たす。
 落ちて行くセリューと呼ばれた少女を抱きかかえて、そして北の大地に竜王は降り立った。

「ア、アレン様!」

「ああ、よく持ち堪えた。あとは俺とセリューに任せておけ」

 北方異民族軍へ潜入させていた一人の男へ青年は労いの言葉をかける。
 彼には一年以上ずっと任務についていてもらっていた。これが終われば報酬や休息を取らせてやらねばなるまい。

「貴様、一体何者だ!?」

 誰何の声がかかる。それはそうだろう。この銃弾飛び交う戦場に突然空から青年が降ってきたのだ。その正体を探ろうとしないほうがおかしい。そして答える義務が、青年にはあった。

「問われたならば答えてやろう。冥土の土産に聞いて逝け」

 金属製のブーツが雪を踏み締める。雪道を歩くことを前提に作られたこのブーツは滑ることなく、そして振り抜かれた赤き刃は男の首を飛ばした。

「俺の名はアレン・グランソニック。帝都自警団団長だ」

 血飛沫が舞う。真っ白い雪の地面に赤い華を咲かせて、その体は崩れ落ちる。

「同じく! 帝都自警団副団長セリュー・ユビキタスであります!!」

 茶髪の少女の腕が振り抜かれる。トンファーが握られたその拳は、敬愛する団長を後ろから刺そうとしていた愚か者の顎を捉え、そして追撃である脳天への一撃を以って絶命させた。

 一瞬を以って仲間が二人殺された。それを見ていた帝国軍に動揺が走るが、流石は最前線で戦う猛者たちと言った所か。その動揺は伝播することなく、自然に消えていった。代わりに、銃口が二人へ向けられる。幾ら対人戦に優れていようと、銃の集中砲火には耐えられまいと考えてのことだった。

「重火器は邪魔だな。早々に壊れてもらおうか」

 しかし侮ることなかれ。ここに立つは竜王の権化なり。銃弾如きに遅れをとることはない。
 右手を空へ向ける。すると、信じられない光景が曇天を覆っていた。
 帝国軍へ向けられたのは、炎で形作られた剣軍の切っ先。その剣の数、実に数百本。

「コロナ」

 それはさながら死刑宣告のよう。
 頭上から自分達へ振り下ろされた手に従って、死の断頭台も降ろされる。


「ああ……」

 これ程の量の剣軍を一体どうしろというのだろうか。数え切れぬ程の火の剣が明らかな殺意を以って放たれるのだ。防げるはずもない。

「死ね」

 それは一方的な蹂躙であった。凄まじい速度で放たれた灼熱の剣軍は正に必殺の一撃。
 どう足掻こうが、どこに逃げようが火の剣は主人の敵となるモノ全てを刺し貫いていく。

 やがて生成されていた火の剣が尽きる頃、青年の前には物言わぬ死体しかなかった。降り積もった雪すら火剣の熱によって溶かされ、長年雪の下にあった地面が顔を覗かせている。

 その様を見て、青年の体が崩れ落ちる。それを抱きとめるセリュー。

「…大丈夫ですか?」

「…ああ。だが俺が生み出したとはいえこの光景は、少々堪える」

 心配そうに覗き込むセリューが見た彼の顔は、目に分かる程に青褪めていた。
 だが、それは仕方のない事だろう。彼が一方的に作り出したとはいえ、この光景を見てなんの反応も示さなかったらソレは狂人の類だ。
 
 だが彼は正常にその光景を異常だと捉えている。だからこそ、皆がこの人についていくのだ。
 正しきを正しきと、悪を悪だと私情を挟まずに審判できる。その様を保つ事が、この国ではどんなに難しい事か。

 もしかしたらセリュー自身も、彼と出会わなければ間違った正義を抱いたまま悪を犯し続けていたかもしれない。

「……足音が近づいてきたな。予想より早い御到着だ」

 アレンの言う通り、幾つもの馬の馬蹄が雪の地面を蹴る音が聞こえてくる。

「セリューは作戦通り、異民族の本陣へ向かいヌマ・セイカの保護を頼む」

「了解!」

 敬礼をし、馬に跨った部下を見やり青年は息を吐き出す。
 死ぬかもしれない。今から自分が見える人間は、それ程危険な人物だ。

「だからと言って、俺がここで逃げる訳にもいかない……来い、帝国軍。貴様らの軟弱さ、この剣でその身に叩き込んでやる」

 再び、今度は先ほどよりも倍近くの火剣を空中に停滞させる。切っ先は全て、これから来るであろう敵の一団に向けてある。



† ☆ †



「ほう、中々壮観な出迎えだな」

 こちらにその切っ先を向ける炎の剣軍を見て、年若き女将軍は感嘆の声を上げた。これ程の荒技、帝具の補助だけではなく使用者の技量、精神力も並ではないだろう。

「エスデス様、如何致しましょう」

「お前達はなにも気にせず進めばいい」

 さて、帝国軍に切っ先を向ける莫迦者は一体どんな奴なのか。
 馬を走らせ進めば、そこには一人の青年が立っていた。

「ほう…」

 倒れ伏す死体はどれもが帝国軍のもの。恐らくは最前線にいた部隊の一部だろう。
 それを、この青年は一人で殺し尽くしたというのだ。

 血が騒ぐのを感じた。これ程の使い手、そうそういないだろう。いや、下手をすればこの世に二人といまい。

 炎の剣軍が震えだす。もうすぐにアレは降り注ぐだろう。死は免れない。間も無く、あそこに転がっている多くの死体の仲間入りを果たすのだろう。

 ただ一つ、例外がなければ。

「如何に灼熱の剣軍といえど…」

 前を走る女将軍が言葉を紡ぐ。肌を突き刺す冷気が、更に鋭さを増した。

「死ね」

 死神の一振りの如く、青年の振り下ろされた手に従い、炎の剣軍が純白の空から飛来した。

「私の前では全てが凍る!」

 絶対零度の波動が空間を伝播した。存在するもの全てを凍てつかせる氷の波動は、例外なく、炎の剣軍の全てを凍らし尽くした。
 大軍から歓声が上がる。それは正に勝利を確信した咆哮。

 しかし、その声はすぐに止むことになる。

「ドラグレイド、俺に力を…!」

 前方からの熱風で、降り積もっていた雪全てが瞬時に溶け去った。
その余りの熱量に、馬が足を止める。

「なるほど、素晴らしい。まだ若いにも関わらず、そこまで帝具を使い熟すか」

 かつてない程に血が滾る。ここまで最上の獲物にこれまで巡り会えたことがあっただろうか。ブドー大将軍を初めて見たときも興奮したが、今回のはソレを上回る。

「面白い。ここは私が受け持とう。お前達は先へ進め」

「ハッ!」

 これ程の獲物を奪われてたまるものか。この男は私のモノだ。
 そう言わんばかりの眼光に気圧され、そして帝国軍は馬を青年の背後にある城塞へ向けた。

「行かせるとでも?」

 しかし、灼熱の業火が地面を割って噴き出てその道を塞ぐ。

「ああ、通させてもらおう」

 対するは全てを凍らせる零度の波動。その全てが鋭利な刃となって青年を襲った。

「チッ…!」

 忌々しげに舌打ちを漏らし、青年は意識を足止めから迎撃へ向けた。
地面から噴き出る炎がなりを潜め、代わりに先程よりも高温の熱風が帝国軍を襲う。
 
 しかしそれは将軍から発せられる冷気により相殺されてしまう。放たれた氷刃は全て溶かしきることができたが、帝国軍の約半数は既に青年の後ろだ。

「さて、楽しもうじゃないか!」

 馬を降りた将軍が、氷刃と共に突進してくる。
 舌打ちを漏らしつつも、頭はフル回転を始めこの状況を打破する最良を見つけ出す。

「コロナ!」

 今回の作戦の目的は北方異民族の英雄ヌマ・セイカの保護と、エスデス軍を可能な限り消耗させることである。
 今、彼の後ろを行くエスデス軍を見逃せば、良くて作戦失敗。最悪の場合は、大事な副官を失いかねない。

 それはダメだと断言する。
 故に青年は、先程よりも数を増した剣軍を自分に背を向け馬を駆るエスデス軍へ振り下ろした。

 響くのは苦悶の悲鳴。肉を焼く音、匂い。舞い散る血液。その地獄のような光景に青年は苦渋の表情を浮かべ、女将軍は喜びの笑みを浮かべる。

「素晴らしい。素晴らしいぞ! 貴様、名はなんという!?」

「……アレン・グランソニック」

 凄惨な光景に胸を痛めつつ、青年は剣を薙ぎ払う。放射された火炎が氷の刃を余さず溶かし尽くしたのを確認せず、前へと駆け出す。
 煙を割いて突き込まれるレイピアを、剣の腹で受け止める。

「アレンか。覚えておこう」

「別に結構だ。アンタとは余り関わりたくない」

「連れないやつだ」

 互いに剣を引いて距離をとる。両者に既に会話を続けるつもりはない。これから行われるのは混じり気のない純粋な殺し合いだ。言葉など無粋である。

「ドラグレイド」

 剣から炎が溢れ出す。全てを焼き尽くす灼熱すらも力に変えて、青年は疾走を開始した。

 炎の逆噴射による推進力を伴って突貫してくる強敵に、しかしエスデスは余裕を持って迎え撃った。

 炎を吹き出す剣と冷気を纏うレイピアが衝突する。熱気と冷気が互いを打ち消し合いながら、白い蒸気を上げて視界を悪くする。

 しかし二人はそんなことを歯牙にもかけず、相手の命を奪うために剣を振るい続けた。

 片や苦痛にその表情を歪め、片や歓喜にその表情を輝かせ。
 胸に秘める思いが違うからこそ、その二人は対称的な位置に立っていた。

「ハァッ!」

 落下の勢いに乗せた斬撃が、氷の剣によって阻まれる。溶かし斬った剣の向こうから突き上げてくるレイピアを体を捻って躱し、着地と同時に体を反転させ脚を刈り取ろうと剣を振る。

 だが、それよりも早くエスデスの長い脚が青年の腹を蹴り飛ばした。ヒールで蹴られた腹部を押さえて後退しつつも、青年は反撃を行う。

「セァッ!」

 心臓目掛けて突き込まれる切っ先を下段から切り上げ、左回転の遠心力を加えた上段薙ぎ払い。
 屈んで躱したエスデスを、先程のお返しとばかりに力任せに蹴り飛ばした。

「フッ、やるではないか」

「くっ、はぁ、はぁ……」

 久々に骨のある相手を見つけることができて嬉しそうな表情のエスデスに対して、青年の顔には疲労の色が滲んでいた。

(これまでコロナ三回に、擬似火山噴火一回…クソ、消耗しすぎたな)

 例えその帝具が強力無比な力を持っていようと、必ず限界は訪れる。当然、大技を連発した青年の体力や気力は言わずもがな、今では剣を構えるのがやっとの状態だ。

「ふむ、どうやら疲労が溜まっているようだな。今の状態の貴様と戦っても、これ以上は楽しくなさそうだ」

「…なん、だと…?」

「私は好物は後にとっておく質なのでな。ほら、見逃してやるから何処へでも行ってなにをでも為すがいいさ」

 疲労した中でも爛々と輝く蒼い瞳がエスデスを睨みつける。
 俺はまだやれるぞと、強烈な意思が全身から立ち昇り、それが炎となって噴き出す。

「ならば言葉を変えよう。今のお前とやってもつまらん。見逃してやるから、どこへなりとも行くがいい」

「なめ…っ、クソッ」

 ナメるな、と言おうとしたのだろうが、しかしそれは持ち前の冷静さで自制が間に合った。
 そうだ、当初の目的はエスデスと戦うことではなくヌマ・セイカの保護。それを達成するための足止めとしてエスデスと戦っていただけなのだ。

 目的を見誤るな。生きて帰る事が第一条件なのだ。

「…そうさせてもらう。だが覚えていろ、お前を殺すのは俺だ」

 蒼い瞳は正に竜王の眼光。十字に変形した瞳孔は、睨まれた者全てを恐怖に陥れる零度の威力を孕んでいた。だが、それすらも氷の女王の前には無力。

「できるものならな。楽しみにしているぞ、アレン」

 これ程の殺意を向けられれば、戦闘狂の彼女の本能は自然と昂ぶる。身体の奥から熱く溢れ出す欲を凶悪な笑みに押し込めて、氷の女王は去りゆく竜王の背中を見つめた。



† ☆ †



「セヤァッ!」

 この北の大地に足を踏み入れてから、一体どれだけこの腕を振り抜いただろうか。
 既に本陣まで攻め込まれた北方異民族に加勢し、帝国兵を次々と撲殺しながらセリューは思う。

 いつも隊長のアレンらと共に鍛えているお陰か、体力や筋力に疲労は感じられない。むしろ、今になってやっとギアが上がってきたところだ。
 だが、精神力はそうはいかない。

 帝都自警団。
 それがセリューが所属する組織の名である。この組織の目的は祖国の救済。即ち『革命』だ。
 ただし、最近郊外で力を伸ばし続けている革命軍とは別口だが。

 自警団の目的は今の国家体制を覆すことではない。
 革命軍の目指す革命は、『帝国』という国家そのものを一度解体し、一から作り直すことである。
 それ即ち、愛した国を滅ぼすということ。それは、自警団に所属する者にとって許されざることであった。

 帝都自警団は言い換えてしまえば、愛国者集団である。
 この国を愛し、この国を護る。その為にアレン・グランソニックによって組織され、日々戦いに暮れている。

 故に、彼らが辿り着いたのは政治家の刷新である。国家という外側を変えずに、腐った大臣や内政官を根刮ぎ消し、新たな良識派の政治家を据える。つまり、内側の革命だ。

 今現在は帝都に巣食う膿の排除の最中。そして、最近大臣にマークされ始めた為、戦力増強の目的でこの凍土に足を踏み入れている。

 そんな帝都自警団には、ある一つの絶対原則が存在する。
 それ即ち『人殺等悪』の心得。

 人を殺さば皆等しく悪である。
 かつて偽りの正義を盲信し、悪と断じた者を殺して回っていたセリューにとって、この教えは自らの信条を叩き折られる程の衝撃だった。

 それ以来、その教えを説いたアレンの元へセリューは通い詰めることとなる。初めは反発。自らの信条を否定する彼を、親の仇のように憎く思っていた。だが、一月二月と彼と関わっていく内に、徐々にその教えを受け入れ始め、半年経つ頃には自らの信条を書き換えていた。


 故に。今セリューがこの北の大地で行っている行為は、誰が何と言おうと『悪』そのものなのだ。
 セリュー自身、悪を背負う覚悟はできていたはずだが。いかんせん、今回のそれは数が多すぎた。
 悪を犯し続けている罪悪感に、彼女の判断力が鈍る。

「しまっ……!」

 帝国兵の剣先が擦り、脇腹に細い線が入る。慌ててトンファーを構えるが、もう遅い。
 戦争に於いて一瞬の油断は命取りである。今回彼女は、それを身を以て味わうこととなった。

 帝国兵の剣が高々と振り上げられている。もう大した間も置かずに、この身はあの血に染まった剣に切り裂かれ、剣のシミの一つとなるのだろう。

 死ぬのならば、せめて気高く。絶対に目を逸らさないと顔を上げた刹那。



「邪魔だ」



 大空を舞う竜王の一撃が、帝国兵を弾き飛ばしていた。

「隊長!無事だったんですね…!」

「心配かけた。なんとかエスデスを退かせることはできたが、時間がない。こちらも本陣にいる敵を掃討した後、生き残りの北方異民族を連れて後退するぞ」

「了解です!」

 炎翼を消し去り、北の大地に再び足をつく。虚空に現れた竜剣を右手で掴み取り、背中をセリューに預ける。

「行くぞ。遅れるなよ」

「隊長こそ!」

 同時に駆け出す。帝国兵の数は凡そ三十程。帝具を持つ二人にとって、それは物の数ではなかった。



† ☆ †



「……貴方たちは、一体…」

 凍った玉座から見下ろす景色に、彼––––北の勇者ヌマ・セイカは言葉を失っていた。
 氷と炎と風と血。眼下に広がるのはそれのみだ。
 彼らの精強な軍隊があれ程苦戦した帝国兵は、見るも無惨な姿で雪に埋もれている。

 そんな光景を作り出した二人は、今、彼の前に跪き頭を垂れていた。

「名乗るのが遅れました。俺はアレン・グランソニック。帝都自警団の団長を務めています」

「同じく。帝都自警団副団長、セリュー・ユビキタスであります」

 金の髪を揺らし、こちらを見上げた青年の瞳は、海のように深い蒼。その深奥に揺らぐことのない光を見た。

「……自警団––––ならば、帝都を守護するのが君達の役目の筈だ。なぜ、帝国に反する私達に加担する?」

 その瞳に惹かれるものはあったが、簡単に信用するようなことはなかった。自分は仮にも一軍隊を束ねる身なのだから。

「俺達が守るのは、今の帝都ではありません––––っ、と。時間がないため手短に言います」

 そう言って、金の髪を持つ青年は立ち上がり、セイカに背を向けた。
 彼が睨む先。本陣の入り口に聳え立っていた炎の壁が、恐らくは帝具だろうが、何らかの力によって消し去られたのだ。

「俺達は今の帝国を変えるつもりです。その為には力が––––貴方の能力が必要なんです」

 その右手には、いつの間にか竜の顎を模した剣が握られていた。
 剣に炎が灯る。鮮やかな橙の炎は、やがて荒々しい真紅に色を変える。

「俺に力を貸して下さい。北の勇者よ」

 迫り来る一団に向けて一閃された剣は、主の意に沿って業火を吐き出した。先程の炎の壁とは比べ物にならない程巨大な炎の城壁が、帝国兵の進路を妨げる。


「俺と共に、この腐った世界を変えるんだ」



to be continued 
 

 
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