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覇王別姫

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2部分:第二章


第二章

「あの劉邦の首をここで獲る。そうして今度こそ天下を完全に握るぞ」
「では我々はその大王と共に」
「そうだ、勝とうぞ」
 そう話をするのであった。彼は敗れたとはいえまだ自信に満ちていた。次は必ず勝てる、そう確信して城の中にあった。夜には明日に備えて宴を開くことなくただ二人でいた。愛する虞美人とだ。
 彼女は項羽が楚にいた頃に知った女だ。女色にはあまり熱心ではない彼だが彼女は深く愛していた。妻は彼女だけだがそれでよかった。そのかわり常に側に置きいつも愛していた。項羽によっては愛する女は彼女だけだった。今その彼女と共に部屋に篭り酒を飲んでいた。虞が彼に酒を注いでいた。鎧のまま胡坐をかいている彼はその酒を受けていた。その静かな部屋の中で。
「明日勝つ」
 項羽はこう虞に告げた。酒を受けながら。
「そうすれば全てが終わる」
「明日でございますね」
「そう、明日だ」
 細い顔だった。身体も細い。その細い身体を淡い赤の服で覆っている。黒い髪は上で束ねてその流麗な顔を見せている。流麗であるが何処か儚い。その儚さが項羽の気に入ったのである。
「明日になれば全てが終わるのだ。この戦いもな」
「この戦いが終わったらどうされますか」
 虞は何気なく項羽に尋ねた。
「この戦いの後は。どうされますか」
「楚に戻る」
 項羽は虞の注いだその酒を飲みながら答えた。楚の酒ではないのを残念に思いながら。
「そなたと一緒にな。それでよいな」
「有り難うございます。明日ですね」
「明日に全てが終わるのだ」
 彼はこう確信していた。しかし彼はそれは己の勝利で終わると思っていた。そう信じていたのだ。
 だからこそ今虞に対して語っていた。それを語ったところで眠るつもりだった。それを虞に告げようとしたその時だった。不意に周りから何かが聞こえてきた。
「これは」
「歌だな」
 項羽にはそれが歌だとすぐにわかった。
「楚の歌だ」
 彼は言った。
「そうか。兵士達が歌っているのだな」
 彼は最初こう思って満足した。
「まだ健在だな。その心は」
 しかし。それを打ち消すものがやって来た。不意に伝令の兵士が部屋に飛び込んで来たのだ。
「!?どうしたのだ」
「大王、大変でございます」
 兵士は血相を変えて項羽に告げる。
「今。聞こえているこの歌は」
「楚の歌だな」
 これは項羽にもわかる。彼が楚の者だからだ。
「兵達が歌っているのだ。何を驚くことがある」
「いえ、それが違うのです」
 だが兵士はこう項羽に告げた。
「違う?」
「そうです、歌が聞こえてくるのは」
 兵士は言う。
「城の外からなのです。漢の軍からです」
「な・・・・・・」
 項羽はそれを聞いて呆然となった。今まで虞が注ぐ酒を受けていた盃が落ちた。盃は乾いた音を立てて床に転がった。しかし項羽の目にはそれはもう入ってはいなかった。
「真か」
「・・・・・・はい」
「わしは楚の王だ」
 これが項羽の己への第一の認識であった。確かに彼は天下に覇を唱えた。しかしそれはあくまで楚の者としてなのであった。他の何者でもなかったのだ。
「だが。最早楚は漢のものになった」
 今の歌でそう考えた。確信だった。
「それにしても」
「それにしても。何でしょうか」
「大きな歌声だな」
 声を聴きながら呻く様にして呟いた。
「楚の者が多いな」
「・・・・・・ですね」
「皆を集めよ」
 項羽はまた呻く様にして呟いた。
 
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