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バフォメット

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5部分:第五章


第五章

「容赦はするな。いいな」
「わかりました」
 兵達は王の言葉に応えて騎士団の者達を連れて行く。王と教皇は叫び散らす彼等の後姿をこの上ない冷淡な目で見ていた。そのうえでお互いに言葉を交えさせるのだった。
「では陛下よ」
「何でしょうか」
「異端は何をしていたということにすればよいですかな」
 異端であることを作るということだった。これこそ謀略の何よりの証拠だった。
「そうですな。男色なぞはどうでしょうか」
「男色ですか」
 キリスト教においてはこの上ない罪である。
「左様、異端である何よりの証ですから」
「そうですな。ではまずはそれで」
「宴の場で酒や美食と共に淫らな悦楽に耽っている」
 バチカンで実際にあったことだ。教皇庁の中で。
「その際には娼婦達だけではなく騎士団の者達で互いに」
「それはいい。まさに異端ですな」
「あまつさえ異教徒と通じている」
 先程の話の続きだった。
「この二つをまず」
「事実ということにしましょう」
「事実は作るものです」
 王の言葉だった。
「時として。だからこそ」
「ここで作りましょう」
 二人はこう言い合う。これがはじまりだった。王も教皇も騎士団の者達を次々に捕らえた。それから惨たらしい拷問にかけるのだった。
 水を腹が膨れ上がるまで飲ませそこから無理矢理吐き出させる。全身に木槌で楔を打ち込む。針の椅子に座らせる。車で引き伸ばす、鎖で打ち据える。およそ考える限りの残虐な拷問が加えられていく。中にはその拷問のさ中に命を落とし躯を犬の餌にされる者もいた。だが誰も拷問には屈しなかった。
「知らん、我等はその様なことは知らん」
「異教徒と交わったこともない。宴も」
「嘘だ、何もかもが嘘だ」
 こう言うだけだった。誰も王と教皇が『作り上げた』事実を認めようとしなかった。だがそれでも。王も教皇も平気な顔で新たな『事実』を作り上げていった。
「バフォメットだ」
「バフォメット」
「そうだ」
 王は家臣に対して聞き慣れない名前を出した。
「騎士団の者達はこう呼んでいるのだ」
「それは一体何なのでしょうか」
「悪魔だ」
 一言だった。
「黒い雄山羊の頭と足を持ち頭には蝋燭がある」
「そして」
「身体は女だ。乳房がある」
 こうした悪魔を作ったのだった。全ては彼の想像による。
「蝙蝠の翼もあったかな。そんなこともあの者達が言っていた」
「あの者達がですか」
「そうだ。わかったのだ」
 ということにしたのだった。
「彼等はそこで悪魔を崇拝し神を冒涜した」
「何と、神を」
 この家臣もわかっていた。彼も芝居をしているだけだ。
「恐ろしい。まさに異端です」
「御子を冒涜しておられた」
 キリストのことだ。言うまでもなくキリスト教での象徴だ。
「神ではなく嘘吐き預言者だとな」
「恐ろしい話です。聖地と聖堂を守護する騎士団の正体がそれだったとは」
 聖地とはエルサレムのことで聖堂とはソロモン王の神殿のことだ。テンプル騎士団はここに本拠地を置いていた為に聖堂、即ちテンプル騎士団と呼ばれていたのである。
「許せぬ異端ですな」
「尋問をさらに強くせよ」
 つまりさらに拷問をしろとのことだ。
「よいな。情けは無用ぞ」
「はっ、それでは」
「また事実が神から告げられるだろう」
 事実をまた作るということだった。
「わかったな。では」
「このままさらに強くしていきます」
「吐かぬなら吐かぬでよい」
 最初からそれは期待もしていなかった。自白させられなければ作る。簡単にそう考えていたのだ。王にしろ教皇にしろこれは同じだった。
「それでな。よいな」
「わかりました」
 こうして拷問がさらに厳しいものとなった。蛇を満たした樽に入れられ気が狂った者もいれば鼠達を腹の上に置かれそこに蓋をされそこから火を炊かれる。熱から逃げようとする鼠達に腹を食い破られて苦痛の中に悶え死ぬ者もいた。だが彼等はそれでも決して『事実』を認めようとはしなかった。
「バフォメット。知るか!」
「その様な名前聞いたこともないわ」
 天井から重石をつけて振り下ろされた騎士団の一人がそれに応える。隣で鉄の鞭で打たれている者も彼に続いて叫んでいた。
「我等は悪魔なぞ崇拝してはいない」
「だが。悪魔は知っている」
 そのうえでこう主張するのだった。
「悪魔はフランスにいる!」
「教会にもだ!」
 偽らざる彼等の心の言葉だった。
「フランス王と教皇、あの者達こそ」
「悪魔に他ならぬ!」
「戯言だ」
 しかし王も教皇も彼等のその心の言葉を一笑に伏したのだった。信仰から来るものではなく嘲笑として。それを否定したのである。
「悪魔の戯言に過ぎぬ」
「異端の言い逃れよ」
 そう言うだけだった。また誰もそれを否定しようとしなかった。異端を擁護するならばそれだけで自分も異端とみなされるしまた騎士団自体も儲けていることで妬みを買っていたのも事実だからだ。騎士団は誰も味方がいないままに次第に追い詰められさらに激しい責め苦を受けていた。
 
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