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K's-戦姫に添う3人の戦士-

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2期/ヨハン編
  K16 戦えないわたし

 奇しくも響は未来と一緒に、ノイズに襲撃を受けている東京スカイタワーの展望台にいた。


「この手は離さない。響を戦わせたくない。遠くに行って欲しくない!」
「胸のガングニールを使わなければ大丈夫だから!」


 展望室に取り残された男児を係員に預け、響たちも非常階段を下りようとした時だった。
 展望室のガラス張りの壁が割れ、ノイズが非常階段のちょうど上に突っ込んだ。

 崩れてくる瓦礫から響を守ったのは、未来。

「ありがとう、未来……」

 言って、非常階段を見やった。瓦礫で塞がれていて階段は使えそうにない。
 その瓦礫の上から、一人の青年が飛び降りた。

「ヨハン、さん?」

 手に大きな炯剣を持ち、四肢を夜色で装甲している青年に見覚えがあった。
 旧浜崎病院で、カ・ディンギル跡地で、響たち全員を翻弄したF.I.S.側の4人目の装者。
 調と切歌を連れて「お祭りを楽しみに来た」と答えた、人の良さそうな男。

「素顔を見せるのは初めてなのに、よく僕だと分かりましたね」

 ヨハンが浮かべたのは敵意のない微笑。

「響……」
「――ごめん、未来」

 いくら人が好さそうでも、敵ならば戦わねばならない。胸のガングニールを使わなければならない。
 未来を後ろに庇い、聖詠を口にしようとして――

 足場が大きく傾いだ。

「うわ、わわわっ」
「響ぃ!」

 バランスを崩して宙に投げ出された響の腕を、未来が掴んだ。

「未来! ここは長く持たない、手を離し…ッ」

 はっとした。未来の後ろにヨハンが立ち、響を見下ろしている。もうその顔に笑みはない。
 ヨハンはバスタードソードを振り上げた。
 火を噴き、眩い光で目を潰すアームドギア。まさかあれで未来を両断する気なのか。

「未来逃げてぇッ!」

 絶叫した響を、不意に浮遊感が包んだ。

「へ?」

 気づけば響は、未来と手を繋いだまま、巨人の剣のようなヨハンのアームドギアを足場にして立つ形になっていた。

 見上げる。ヨハンはバスタードソードを響の足場にする形で壁に突き刺していた。

 バスタードソードは響を載せたままゆっくり持ち上がっていき、ようやく展望台の比較的無事な床と平行になった。

「響ぃ!」

 刀身を渡って展望台に戻った響に、未来が勢いよく抱きついた。未来が泣いている。未来を怖がらせてしまった。

「ごめん、未来…心配かけて…」

 未来のハグを受け止めつつ、響はヨハンを見やった。

 ヨハンは右腕を押さえて滝汗を流している。だらりと垂れた右腕はもうアームドギアを消していて、ダメージがあったか外からは窺い知れない。

 響に分かるのは、敵である彼が、自身の痛みを厭わず響の命を救ったという現実だけだ。

「あの! 助けてくれてありがとう…ございます。でも…何でですか。F.I.S.の人なのに…どうしてわたしを助けてくれたんですか?」

 響はヨハンの答えを待った。F.I.S.側で初めて会話が成立した人だ。もっと話したい。話せば妥協点が見出せるかもしれない。

 傍らの未来が不安げに響に身を寄せてきた。響は未来をしっかりガードしつつ、待った。

「キミは前に僕の大切な人たちを救ってくれました。そのお礼です」
「大切な……調ちゃんと切歌ちゃん?」

 先日、絶唱を放とうとした二人を止めた。それくらいしか響に心当たりはない。

「調は特に、キミに酷いことを言ったでしょう? それなのにキミは我が身を省みず彼女たちを救ってくれました」

 ヨハンは塞がった階段の前に立った。見守っていると、ヨハンはまたバスタードソードを出し、階段を塞ぐ瓦礫を横薙ぎに払いのけた。

「さあ、行って。申し訳ないけれど、僕のギアは空を飛べません。ここから先は自分たちの足で走ってください」

 言うだけ言って、ヨハンはどこかへ行こうとしたので、響はついヨハンを呼び止めた。

「一緒に…力を合わせることはできないんですか!?」

 ヨハンが響をふり返った。

「だって、ヨハンさんたちもわたしたちも、月の落下を止めたいのは一緒じゃないですか。みんなで力を合わせれば、きっと、もっと、ずっと! 大きな脅威にだって立ち向かえると思うんです。だから……!」
「それは……難しい注文ですね」

 返されたのは、憫笑。

「僕らは……武装組織“フィーネ”は、目的のためには手段を選びません。例えばキミの後ろの彼女のような、無関係な一般人を殺してもきました。キミたちはそんなやり方を許せないでしょう? だからキミたちと僕らは対立するんです」
「そんな…目指す場所は同じなのに、争わなきゃいけないなんて、わたし、分かりません!」
「それですよ。キミにそう言わせる『正義感』が、僕らを敵対させる。月の落下という大きな災害を防ぐために遠回りでも、ヒトとして正しいこと。僕らもそうなれたらよかったけれど。僕らは目的のために『悪』を貫こうと決めました。そのほうが確実に、適切に人々を救えると結論を出したから」

 ヨハンの左腕装甲が消え、白金のバスタードソードとなってヨハンの手に握られる。

「僕にキミを助けさせた感謝の気持ちは誓って本物です。だけど、組織の目的を達成したいのも僕の強い本心。さっきも言いましたが、これは一度限りの『お礼』です。去って友達を守るか、僕と戦うか。選んでください、ヒビキ・タチバナ」

 逡巡はなかった。

 未来をふり返る。

「あたしが戦ってる間に、未来はここから逃げて」
「そんな……わたし、わたしだって!」
「いつか本当にわたしが困った時、未来に助けてもらうから。今日はもう少しだけわたしに頑張らせて」

 響は、詠った。



              「 ――Balwisyall nescell Gungnir tron――」



 体内のガングニールがエネルギー粒子となり、響の全身を装甲して固着した。

 それを見届けたヨハンが跳び上がり、展望室から出た。追いかければ、ヨハンは手近なビルの屋上に着地し、響を見上げていた。

 響もまた跳び、ヨハンの待つビルの屋上へと降り立った。

 開始の合図はなく、バスタードソードの剣先から炎弾が放たれる。
 一撃入魂。響は自分に向けられた炎弾だけを正確に打ち落とした。

「依存してるんですね。戦いに」
「――え?」

 ほんの数日前に対峙した時のように、響は動きを停めてしまった。
 だがヨハンは、今度は不意打ちを仕掛けたりはしなかった。

「――――」

 それ以上を追求せず、ヨハンはバスタードソードを構え直した。響も慌てて拳を正眼に構えた。


 直後、一際大きな爆音が背後で鳴った。


 反射的にふり返る。
 煙を上げているのは、たったさっきまで響が未来と一緒にいた場所。

「未来ゥウウウウウッ!!」

 もはや戦っていた相手も、自分が戦っている最中だということも、響の頭から消えた。

 未来が。未来がいた場所が爆発した。未来は無事なのか。今の爆発で未来が――死んでしまっていたら。

 向かおうとした響の、腹を抱えて、ヨハンが響を止めた。

「あの爆発の中に突っ込む気!? 死ぬよ!」
「あたしが死んでもいい! でも未来は…未来はぁッ!! うあああああッ!」

 ヨハンの腕を逃れようと響は両手で強く彼を叩いた。殴るように暴れた。それでもヨハンは離さなかった。

「何で…こんなことに…っ」

 響はその場に崩れ落ち、その拍子にギアは解けた。
 涙が溢れて落ちて止められない。

 ヨハンが無言で去ったことさえ、今の響には思案の外だった。 
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