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藤崎京之介怪異譚

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case.3 「歩道橋の女」
  Ⅴ 9.12.am8:28



 ドンドンドンッ!ドンドンドンドンドンッ!

 その朝、俺達は部屋のドアを激しく叩く音によって起こされた。
「全く…何なんだ…?」
 あまりにも煩いため、俺は仕方なく起き上がった。だが、寝たのは朝方五時過ぎで、頭は未だ朦朧としている。
 しかし次の瞬間、俺も田邊も完全に目を覚ますことになった。
「藤崎君、起きてくれ!大変なことになったんだ!」
 ドアを叩き続けていたのは松山さんだった。その声は紛れもなく、とんでもない非常事態を告げていた。
「先生、松山氏があんなに焦って来るなんて…。」
「なにか…あったんだろうな…。」
 俺は叩き続ける松山さんを入れるべく、鍵を外してドアを開けた。目の前には髪を乱した松山さんが立っていて、現場から直接来たのだと感じさせた。
「藤崎君、やっと起きてくれたんだな!」
「松山さん、朝っぱらから何があったって言うんですか?」
 取り急ぎ松山さんを部屋へと招き入れ、俺はそのドアを閉めた。周囲にいた数人の客が、何があったのかと怪訝な顔をして見ていたからだ。
「で、一体どう…」
「大変なんだ!まるで悪魔の所業だとしか思えないんだよ!」
 慌てふためく松山さんに、俺と田邊は顔を見合せた。この松山さんをこれだけ狼狽させるとは、余程の事件だということだ…。
 田邊は直ぐ様パソコンを立ち上げ、何かを調べ始めた。恐らくは、事件に関係するものだろう。
 一方の松山さんは、何とか落ち着きを取り戻すべく深呼吸を繰り返し、その後に事件の内容を話始めた。
「今朝方なんだが、どういうわけか五つの事件が一気に重なったんだ。それも同時に同じ内容の事件だ…。」
「五ヶ所で…ってことですか…?」
「そうだ。そいつがまた妙で、五ヶ所とも被害者は男性で、心臓を取り出されたために死亡した。」
「まるで映画にあった殺人の模倣的な無差別…」
「違うんだ!俺だって最初はそう思ったが、被害者には傷一つ無く、その上で心臓だけが抜かれてるんだぞ?その心臓はこともあろうに、少し離れた場所で切り刻まれていたんだよ!」
「え…!?」
 それを聞き、俺も田邊もとてつもない嫌悪感に襲われた。それは恐怖とは少し違う。
 敢えて言うなら…それは人類が忌み嫌う事柄を聞いた時に感じる嫌悪感…。
 俺は直感していた。あの影が新たな記憶を獲得し、その力を暴走させているのだと。
「ある場所ってのは、何か印があったりしましたか?例えば五芒星とか…。」
「あった…。その模様のうえに…うっ…」
 どうやら、松山さんはそれを見てきたようだ。可哀想だが、こいつは聞いておかないと…。
 俺は洗面台に向かった松山さんへと問い掛けた。
「思い出させるのも悪いと思いますが、その模様はハッキリと確認できましたか?」
「いいや…。何とかそうだと認識出来る程度だったよ…。あまりにも血で…うぅっ…」
 松山さんは、暫く洗面台から動けそうにないな…。
 そうしているうちに、田邊がインターネットで何かを見つけたようで俺を呼んだ。
「先生、恐らくこれじゃないかと…。」
 俺は田邊に寄り、一緒にその画面を見た。そこには以前見たサイトとは違い、どうやら海外サイトのようだった。
 そこに書かれていた文字はほぼドイツ語であり、一部にはラテン語が使われていたのだ。そして、その画面右に、一つの絵が掲載されていた。
 それは佐藤神父が五つの方角へ施した印と同じものであり、下にはどういうものかの記載があった。
「魔封じの紋章…。」
 これを、魔を中心に五つの方角へと書き記し、中心の魔の行動を封じ込めるのだと書いてある。
 結界と言えば結界だが、これは少し違うようだ。
 ここには正確なやり方が書いてあるが、まず、正五角形になる位置を定め、この印を聖句と共に書く。そうして後、中心の魔を宝玉へと封印するというものだ。
 佐藤神父の行ったことは、この半分だけしかやってなかったことになる…。
「しかし、先生。この図形は、中心へと五芒星の頭を向けるよう指示がありますが、佐藤神父の書いたものは…」
「分かってる。佐藤神父が描いたものは…逆だ…。おっと、説明の続きが下に…。」
 俺がそう言って続きを出すと、それを読んで田邊共々顔色を変えざるを得なかった。
 そこには、こう書かれていたのだ。

- 封印を解くには、人の心臓より滴る鮮血にて印を汚さなくてはならない。 -

「田邊君、出掛ける支度を。それと、正午までに歩道橋から正確に五角形になる位置を特定しておいてくれ。」
 それを読んだ俺は、直ちに行動を開始すべく田邊に指示をだした。
「まさか…。先生、それはかなりリスクを伴う…」
「論じている暇はない!このままだと、今夜にも新たな犠牲者が出る。」
「分かりました。しかし…先生、音はどうするつもりですか?」
 俺も今、それを考えているところだった。
 俺はエクソシストでも霊能力者でもない。だから、佐藤神父と同じような手は使えないのだ。音楽無しでは、到底太刀打ち出来ない。
 ではどうする?この街の地理に疎い俺では、そうそう名案は浮かんでこないと言うのに…。
「福音教会、桜町カトリック教会、善照寺、篠原音楽堂、草織神社。あの歩道橋から見て、これが完全に五つの方角になる。」
 俺が思案していた時、突然松山さんが話し始めた。
「元々、あの歩道橋の下には小さな祠があったんだが、それを草織神社へと移した。そして、五つの場所を結ぶ通路として、あの歩道橋と新たな道路を作ったそうだ。だがな、当初はそれが国道として使われる予定だったが、変更されて一つ前の道を拡大して国道としたそうだぜ…。」
 松山さんは未だ青い顔をしながら、それらを話してくれた。しかし、妙に引っ掛かる…。
「先生、これを見て下さい!」
 田邊はいろいろと調べていたようで、新たな画面を俺に見せた。それはこの辺りの地図で、今松山さんが言った場所に印がしてある。正しく正五角形の位置にそれらはあったのだった。
「ま…まさか…!」
 俺があることに気付き松山さんへと振り返ると、松山さんはニッと笑って言った。
「あぁ、そのまさかだよ。実はな…。」
 そう言うことだったのか…。だったら、あの影は…。
「田邊君。大至急この街の楽団員を召集してくれ。恐らく、隣街にまだ宮下教授が居られるはずだ。教授にもご足労願ってくれ。場所は篠原音楽堂だ。」
「はい?今からですか!?」
「そうだ!ぐずぐずしている暇はない。何せ数百年の時を経て、古い記憶が解かれちまったんだからな…。」
「記憶って…?」
 田邊は不思議そうに首を傾げた。ま、無理もない。
 この街の配置は、多少なりとも伝承をしらなければピンッとこないのだからな…。
「行脚姫…。その昔、飢饉や伝染病の流行った時代の話だ。一人の姫君が供を連れ、各地の寺社へと願掛けに赴いた。一刻も早く、この災厄を去らせてほしいと。だがその途中、供に裏切られて殺されてしまう。供は姫君の衣まで剥ぎ取り、骸を晒したまま消えたという…。」
「それは…昔話ですか?」
 田邊は、何とも言い難いと言った風に顔をしかめた。
「そうだな。だが、もう一つ伝えられていることがある。供は若い男で、姫君はそいつのことを好いていたと言われてるんだよ…。」
「まさか…!?」
 どうやら、田邊も関連性に気付いてくれたようだ。
 この行脚姫の話は、この街で実際に起きたことなのだ。そして、退かしたという小さな祠があった場所が…姫君の殺さた場所なのだ。
 どうやらこの街の建造物は、封印結界の役割を果たしていたようだが、時代の流れに呑まれて変えざるを得ない状況になったのだろ。
 そんなとき、田子倉さんの事件が起きてしまった…。
「そんなことはどうでもいいだろうが!藤崎君、君だけが頼りなんだからな!」
 松山さんは切迫した顔で俺に言った。最早、警察の手には終えないと言うことなのだろう。
「田邊君、メモしてくれ。上から時計回りに第21番、第199番、復活祭、第35番、そして第82番だ。」
「先生、僕はどこへ?」
「君は四番目でオルガンを担当してくれ。以前に頼んだことのある曲目だし、指揮も兼任してほしい。」
 俺は田邊にそういうと、立て続けに指示を出した。
 俺が全ての指示を出した終えた後、俺達は素早く支度を整えてその旅館を後にしたのだった。
 吉と出るか凶と出るか…。これが万が一失敗すれば、恐らく俺の命はないだろう…。

 そう、あの佐藤神父のように…。



 
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