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藤崎京之介怪異譚

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case.3 「歩道橋の女」
  Ⅳ 同日 pm4:57



 夕暮れの紅い陽射しに染まった歩道橋は、何か異様な空気が漂っているような感じがした。
 俺達が松山さんとケータイで話してから十分ほど過ぎたころ、到着していた俺達の元へ松山さんが合流した。
 そうしてのち、俺達は意を結してその歩道橋へと足を踏み出したのだった…。

 外見はどこにでもある普通の歩道橋だ。しかし、雰囲気が違うのだ。
 例えるなら…そう、墓場のような印象を受ける。それも古く…誰もお参りに来なくなった様な寂れた墓だ…。
 俺達は恐る恐る上まで登ったが、別になんの変わりもなかった。雰囲気は兎も角、見た目は普通の歩道橋…。
「別に…どうと言うこともないなぁ…。」
 松山さんがキョロキョロと辺りを見回しながら呟いた。
 そうしているうちに、日が徐々に陰り始めた。
 秋の日は釣瓶落としだ…。辺りが段々と薄暗くなってきたその時、下に落ちた手摺の影に、不意に別の影が写りだした。
 それは明らかに人陰であり、ハッキリとそれだと解る代物だった。
「ふ…藤崎君?これは…誰の悪戯なんだ…?」
 その影を見るや、松山さんが顔を蒼くして問った。
「誰も…何もしてませんよ…。」
 その影は、まるで意思を持っているかのようにユラユラと揺めいている。
「先生、あの影から見るに…女性でしょうか…?」
「ああ、恐らくな…。」
 こういう現象を見馴れた田邊さえ、かなり気味悪がっていた。
「これって…、かなりヤバくないですか…?以前にも似たようなことが…。」
「おいおい…。こんなもんをお前達、前にも見たってのかよ!?」
 田邊が言ってるのは、数年前にあったある事件のことだが…今回はそれを上回る予想外の展開だ。
 俺はここにいてはまずいと思い、後に立つ二人に言った。
「俺が合図したら、全速力で走れ…!」
 俺はそう言うなり、ポケットに忍ばせてあった袋を取り出した。中身はハーブの粉だ。
 このハーブの粉は、魔除けに使用するタッジー・マッジーからヒントを得て俺が作ったもの。結構効くのは実証済み。
「今だ!」
 俺はその粉を撒いた瞬間、声を上げた。
 それを合図に、俺達は直ぐ様駆け出した。背後から俺達を追おうとする影がハーブの粉に触れたのか、異様な物音…いや、あれは呻き声か?が聞こえていた。そして何かの焼けるような臭いも…。
「ふ、藤崎君!ありゃ一体何なんだ!?」
 後ろの松山さんが走りながら、多少上擦った声で僕へと質問してきた。
「霊が暴走し始めたんですよ!」
「何ィ!?」
 俺達はかなり走り続け、近くにあったコンビニの前でその足を止めた。
「先生…。影だけってことは、もう…」
 息の上がった声で田邊が言った。
「そうだな…。もう彼女の願いを叶えるためだけに記録が残ってるんじゃないだろう。それも…そうとう前から…。」
 俺達があの影について話していると、ゼイゼイいいながら松山さんが言ってきた。
「き、君達…何言ってんのか…全く解らん…!」
 そう言うと、松山さんは限界とばかりに座り込んでしまったのだった。ま、仕方ないか。
「悪いですね。ここまで酷い状態だとは、正直考えてなかったんですよ。」
 松山さんは、もう何がなんだか解らないといった顔をしている。
「君達ねぇ…。分かった、一から順に説明してくれ。あんなもん見た後だ、もう君達を疑ったりしないから。」
 俺は溜め息を吐き、仕方なく一から説明を始めたのだった。
「まず、最初は田子倉さんの願いがあの場所に強く残ったんだと思います。恐らく、愛した男性と共に旅立つということが…。」
 そうして説明し始めると以前とは打って代わり、松山さんは真剣な顔をして聞いていた。
 しかし、いくら霊を見たとはいえ、空間記録を理解するには些か経験不足と言えるだろう…。普段見えない人に霊のことを説明するのは、かなり厄介なことに代わりないからな…。
 あらかた説明し終えると、僕は松山さんに言った。
「理解出来ましたか?」
 俺の目の前には、何がなんだか理解不能といった感じで、松山さんがげんなりとしていた。仕方がない話ではあるんだけどさ…。

 空には星が瞬き、蒼白い月が悠然と輝いている。かなり時間も経ったようで、周囲の空気も冷え始めていた。
「先生、温かい飲み物買ってきました。」
 突然、背後から田邊の声がした。振り向くと、そこにはコンビニ袋を持った田邊が立っていた。
 そう言えばこいつ、途中から姿が見えなかったような…。
「すみません。僕、トイレに行きたくなって、コンビニへ行ってたんです。でも話が長くなるようだったので、中で買い物してました。」
 こいつは…。全く、後で何かしてやろうか…。
 まぁ、それはさておき…その後は田邊の買ってきた飲み物で体を温め、次にどう動くかを話し合った。
 まず、明日には楽団員達の半数は到着するため、すぐ練習に入って一週間は演奏に掛かりきりになる。
 そうなると、こちらに割ける力はそう多く出来ないんだが・・・。

「それじゃ十六日の朝、もう一度旅館の方へ行くから、その夜にでも決着つけるってのでどうだ?」
 珍しく松山さんから提案してきた。
「しかし…、それでは少し遅いのでは?」
 松山さんには悪いが、こういうのは急ぐに限る。しかし、松山さんは溜め息を吐いてこう言ったのだった。
「こっちだって別件抱えてんだ。それに、勝手に行動されて捕まりでもされると厄介だからな。お前なぁ、ちったぁ休みくらい取れっての!」
 言い方は乱暴だったが、どうやら気遣ってくれているみたいだ。
 俺は多少苦笑いしながらその言葉に甘えることにし、この件を十六日まで先伸ばしすることにした。 田邊もこれには賛成のようで、別に意見してくることもなく、その日はそれで解散となった。
 しかし、俺達の考えはまるで甘かった。
 その後、更なる恐怖をあの影は、この静かな街へと降り注いだのだ。
 まさか…あんなことになるなんて…。この時点では誰も予期出来なかった。
 そう…言葉通り、あの影は暴走してしまったのだから…。



 
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