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エターナルトラベラー

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第五十八話

さて、あれから二週間が経ち、五月も中旬。

この二週間、俺たちは久々の平穏を満喫していた。

未来へと行っていた事はちゃんと母さんに説明し、心配され、受け入れてもらえた。

黙っていてもよかったのだけれど、フェイトの技量は今朝の物とは段違いだったし、母さんに隠しとおせるとは思えなかったからだ。

エルグランドの件に関して、俺達については意外と簡単に形がついた。

エルグランドが掴まったわけではない。

グリード・アイランドから持ち出した物の一つを使ったら結構簡単だった。

何を使ったかって?

指定カードNo014『縁切り鋏』だ。

この鋏の効果は、会いたくない人の写真をこの鋏で切ると二度と会うことは無いというものだ。

必要なアイテムを引いた残りの5個を何を持ち出すか悩んだ結果、上位に上げられたものの一つがこれ。

力を持っている俺達を利用しようと近づいてくるかもしれない輩と縁を切るための物だ。

映像データはソル達が撮ってあるからそれを変換してプリントアウト。

写真として印刷されたそれを一人一枚、母さんや久遠、アルフも含めて全員で切り刻んだ。

効果を信じればこれで二度と会うことは無いだろう。


しかし、やはり俺たちに平穏は似つかわしくないようで…

未来へ行っていたために忘れかけていた学校生活もようやく慣れ、中学校から家に帰りリビングに入ると俺を出迎える声が上がる。

「あーちゃん、お帰りなさい」
「お兄ちゃんお帰り」
「お帰りなさい、アオ」
「お帰り」
「お帰りだよ」
「くぅん」
「お帰りや~」

母さん、なのは、フェイト、ソラ、アルフ、久遠、それと…えっと?

あれ?

「ただい…ま?」

そう言ってリビングを見渡すと、そこにはショートカットの小柄らな見慣れない女の子がソファに座っていた。

「ええっと?」

誰か説明、と視線を向けると母さんが答えた。

「この子は八神はやてちゃんって言うの」

ああ…うん。それはなんとなく分かってた。

って!ちょっと待った!このパターンは以前どこかで!?

「今日私が図書館に行った時に知り合ったのよ。それで、どうやら今日は親御さんが出かけてて家に一人らしいから今日の夕ご飯に招待したの」

あああああっ!

ごめん…母さん…本当に、ほんとーに…尊敬しているし、愛しているんだけど言わせて欲しい。

またお前か!

この世界におけるフラグメーカーは絶対母さんだ!

久遠もそうだし、フェイトの時も!!

なんでそう言ったフラグを建てられるの!?

やーーめーーーてーーーー;;

そんな俺の心の葛藤はさておいて、なのは達を見るとどうやらずいぶん打ち解けている。

まあ、俺が帰宅するより彼女達のほうが早い訳だし、その分時間もあったし、同姓で同い年という事で話しかけやすかったのだろう。

それに、彼女らは未来ではやてさんに会っている分、親近感がある、か?

と言うか、先ほどの母さんの言葉に「今日は親御さんが出かけてて家に一人」って言ってたか?

うーん、はやてはすでに天涯孤独なはずだが…気を使って嘘をついたか、バタフライエフェクトで両親が顕在か。

さて、どっちかねぇ。

夕ご飯はどうやらすき焼きのようだ。

まあ、うちの場合すき焼きと言うよりすき鍋だけど。

みんなで鍋を囲むにぎやかな夕食。

…いつものごとくなのはがご相伴に預かっている光景ももはや慣れたもの。

きっと隣で桃子さんが泣いている。

「ほら、久遠。厚揚げ」

普通は焼き豆腐なんだろうけれど家では久遠が居るため厚揚げにすることが多い。

「ありがとう、アオ」

ひょいっと鍋から厚揚げを取って更に持ってあげる。

「アルフもどうぞ」

「ありがとうだよ」

フェイトが差し出した器を受け取るアルフ。

「そう言えば今までつっこまへんかったんけど、何で犬と狐が普通にしゃべっとんねん!」

「「「「「「「あ!?」」」」」」」

はやてのつっこみに一同唖然。

その光景がいつものことなのと、自分の家と言うことで誰もが失念していた。

動物は普通しゃべらない。

あー…どうしようかね。

まあ、正直に言うか。それが一番ごまかせる。

「ほんなら、久遠ちゃん達は妖怪やって事?」

大体の所には嘘をつかないで説明する。

嘘は言っていない。ただ、魔法関係を省いただけ。

「そう言う事だ。ついでに人化もできる」

「え?ほんま?」

「本当だ。久遠」

「くぅん」

ポワン

俺の言葉に頷くと一瞬で改造巫女服の金髪幼女の姿へと変わる。

「わっ!ほんまや…かわいい」

下半身の動かないはやてが精一杯手を伸ばし、届かずに表情を曇らせると久遠は自分からはやてに近づいた。

「さらさらや」

久遠の髪を手櫛で梳くはやて。

なでられた久遠はどこかくすぐったそうだが逃げる様子はなかった。

「あ、くーちゃん。後でわたしも梳いてあげる」

「あ、私もやりたい」

なのはとフェイトも立候補。もてもてだ。

しばらくされるがままになっていると、食事を中断していたことに気がついて再開した。

夕食後しばらくすると母さんがはやてをつれてお風呂へと向かった。

入浴の介添えをするためだろう。

着替えの心配も無用だと言う。

母さんがはやての家に一緒に取りに向かったそうだ。

家の風呂はこの間改装して室内風呂とは別に露天風呂風味の(ちゃんと雨風は凌げる)お風呂を近所から見えない所に新しく作ったために今は大人数での入浴が可能なため、なのはとフェイトも一緒にお風呂へと向かった。

露天風呂とは何を隠そう、この間グリード・アイランドで手に入れたカードの一つ、美肌温泉である。

これに関しては女性陣たっての願いで有無を言わさず決定されてしまった…

幼くても女性である…

まぁ、切り傷や擦り傷なども跡形も無く消えるのはすごく便利だけどね。

そんな訳で、なのははほぼ毎日家で入っていくし、最近では、桃子さんや美由紀さんも頻繁に入っていく始末。

いいんだけどね…

一番やばかったのは士郎さんと恭也さんだ。

俺達では効果が少なかったから失念していた。士郎さん達は全身に傷があると…

刀傷が消えちゃったからね…

これには慌てて『思兼』で思考誘導。

この温泉の効果はそういう物であって、何の不思議も無い!と刷り込んだ。(ついでに掘っても温泉は出ないとも)

いや、焦った焦った…いろいろ思い入れは有っただろうが、今では気兼ねなく半そでを着れると逆に感謝されてしまった。

さて、俺は彼女達の入浴中に食器洗いでも済ませて置くかね。


side 紫

「何で普通の一般家庭の庭先に温泉露天風呂があんねん!?」

何やら久遠達の一件で突っ込みに対して遠慮が無くなったはやてちゃん。

「造ったから?」

「ええい!?ブルジョアがぁ!て言うか、この辺掘ったら温泉出るんかい!」

一応、湯の町としても知られている海鳴だけど山間部以外は多分掘っても出ないんじゃないかしら?

まあ、勘違いを解くといろいろ説明しなきゃだから黙っておくわ。

「それより、この温泉美肌効果があるのよ。早く入りましょう」

そう言って私ははやてちゃんに掛け湯をするとお姫様抱っこで持ち上げた。

「あっ」

顔を真っ赤にするはやてちゃんもかわいいわ。

温泉につかると逃げるように私から離れていった。少し残念。

水中は浮力があるので二本の腕でスイスイ移動している。

「ふっ…きもちええ」

ぼこっ

ぼこぼこっ

岩場にもたれかかり、気を抜いたはやての両脇の温泉が音を立てて弾けた。

ザバァーー

「うわっひいっぃい」

「あはははっ!うわっひいだって」
「ふふっ笑っちゃだめだよなのは」

先に入ったはずなのに姿が見えないと思っていたら…水中に隠れてはやてちゃんを驚かせようと待機していたのね。

それにまんまとはまったはやてちゃんは驚いてお風呂の中でずっこけた。

ぶくぶくぶくぶく…

「あわわ!?フェイトちゃん!?」

「うっうん!」

あわてて引き上げようと水中に突っ込んだ手をはやてちゃんが取ったようで、

ばちゃーーーん

そう音を立ててなのちゃんとフェイトちゃんが水中に引きずりこまれた。

「「「ぷはぁっ!」」」

三人仲良く水面に出て空気を求めた。そして…

「くっ…」
「くすっ…」
「ぷっ…」

「「「あははははっ」」」

三人の笑い声が響いた。

もうすっかり友達ね。


真昼間から市営の図書館なんかに居るから訳ありだと思ってたけれど、本人に聞くと休学中らしい。

しかし、何で休学をしているのかまでは分からない。不登校だろうか?

車椅子に乗っているから事故かとも思ったけれど、障害を持っている子供も今は普通に通えるように学校側も整備されているし、このあたりの小学校はすべてバリアフリーが実装されていると聞いた。

だから休学はおかしいと問うたら、原因不明の病気らしいと答えたはやてちゃん。

原因が不明ならば病気では無いような気がするのだけれど、一応感染性のウィルスとかでは無いらしい。

とは言え、分かってないから原因不明なのだろうけれど…

どうやらだんだん足が動かなくなっていっているらしい。

医者も匙を投げるほど(親身になってくれる先生は居る)だって笑って教えてくれたはやてちゃんに、私は少しショックだった。

仲良くなった私は、家の子達を紹介しようと夕飯に少し強引に誘うと最初は遠慮していたのだけれど、親御さんが許さないかな?との問いかけにしどろもどろになりながら、今日は両親とも不在だといい、だったらなおの事と強引に誘ったのだけれど、両親の連絡は自分がすると、どこか強引にごまかされた感じだ。

一応、最近出来た家のお風呂はすごいのよ、と自慢して、入っていきなさいと進めると、足を理由に断ったけれど、入浴の介添えなんて苦じゃないわ。

そう言って強引に彼女の家まで代えの下着を取りに行ったんだけど…

強引に家に上がったのには理由がある。

はやてちゃんのあの必死さ、アレは…

はやてちゃんの側を離れないように心がけつつ隙を突いて影分身を一体作り出す。

その影分身は気配を消して家の中を見て回る。

はやてちゃんが用意が出来たという言葉を合図に影分身を回収する。

…そう、やっぱり。

真新しい仏壇に遺影が二つ。

おそらく彼女の両親のものだろう。

どうして一人で生活しているのかは分からない、けれど…大人として、こんな子供を一人にして置ける訳は無い。

私がしてやれることはあんまりなかも知れないけれど…だけどこの出会いが良き物となりますように。

side out


さて、入浴後、母さんが来るまではやてを家に送り届けると皆をリビングに集めた。

いつもの家族会議である。

いつもの事でなのはも居る訳だが…

「ねえ、あーちゃん。はやてちゃんの足の事なんだけど…」

母さんがそう切り出す。

「原因不明らしいのだけど、あーちゃんなら治せるかしら?」

それは…

「あ、そうだね。未来じゃはやてちゃんはしっかり自分の足で歩いてたから治るんだよね?」

「そうなの?なのちゃん。」

「うん」

「なら安心…なのかしら?」

しかしその言葉に俺は肯定の言葉を上げることができない。

「アオ?」

俺の沈黙に気がついたフェイトが何かあったのか?と問うた。

ここは正直に話すしかないかな。

「まだ確証がないから、これから話すことはまったく別の世界の話だと思って聞いて」

この世界のはやての現状を確認したわけじゃないからね。まったく別の可能性もある。

みんなが頷いたのを確認してから話を進める。

「まず母さんに知っていて貰わないといけないのは、はやてが魔導師としての資質を持っているってこと」

「うん?それは分かったけれど、それが関係が有るの?」

「大いにある。未来のはやてが歩けていたのは原因を排除したからだ」

「原因って?」

ソラが俺に問いかけた。

俺も未来のはやてさんから聞いたんだけどねと前置きしてから(もちろん原作知識もある)答える。

「ロストロギア闇の書によるリンカーコアの侵食」

「ロストロギア?」
「闇の書?」

そして少し長くなったが闇の書について説明する。

元は健全な資料本だったこと。

守護騎士であるヴォルケンリッターの面々。

歴代の持ち主の誰かが大幅にプログラムを改編したこと。

それにより、幾度も暴走し、破壊の力を撒き散らしてきた過去があること。

一定期間魔力の蒐集がないと持ち主のリンカーコアを侵食する。

これがはやての足が麻痺している原因であろうこと。

闇の書の破壊もまた意味が無い。

無限再生機能があるため直ぐに復元する。

無理に外部からプログラムにアクセスしようとすると主を取り込んで転生してしまう。

その時ははやての命は助からないだろう。

正直これでは普通は詰んでいる。

「それで?助ける手段は?未来のはやてちゃんはどうやって助かったの?」

「蒐集完了後、主であるはやてが闇の書に干渉。問題である防衛プログラムを実態とともに切り離した。これ自体は無限再生能力があるからそれを管理局の大型艦船に搭載される魔導砲でぶっ飛ばした」

けれど、結局管制人格であるリインフォースは闇の書ごと消滅を願ったために光となって消えたはずだ、と付け加える。

「そう、それじゃあ放って置いても大丈夫なのね?」

「それがそうも行かない」

だって俺は誰がとは言っていなかったでしょう?

「なぜ?はやてちゃんは助かるのでしょう?」

「それはあくまでパラレルワールドの話しだし、それを解決したのはなのはとフェイト、あとはアースラの人たちだ」

「え?」「私達が?」

突然話題に出されたなのはとフェイトが驚きの表情だ。

「それにその未来は母さん…言いにくいけれど、俺や母さん、ソラが存在しない未来。母さんや大地さんがあのテロで亡くなった未来なんだよ」

「どういう事?」

「俺達が生きて、なのはやフェイトと関わった所為でここに居るなのは達と、俺たちが見てきた彼女達は別物。なのはに至っては考え方の根本が違うかもしれない」

それくらい別人だって事だ。

「だから未来の彼女達がたどった出来事と同じように行動が出来るとは思えない。その結果、大きく未来は変化するはずだ…すでに彼女達が経験した過去とは変わっているのだから」

だいたい、ジュエルシード事件にしたって大きく変わっているのだ。闇の書事件が万事うまく行く保証なんてない。

それに大前提が大きくずれている。

フェイトがアースラに同行していないし、なのはがヴィータに負けるとも思えない。

さらに言えば、ヴィータが最初になのはを襲うかも分からないのだから…

「じゃあどうすればいいの!?」

それは俺もいろいろ考えたさ。

一つにグリード・アイランドで手に入れられたリサイクルルームも考えたけれど、結局あれも直すために干渉するのだから暴走は免れないだろう。

「未来の彼女達が勝ち取った結果に類似する行動をすると言うのも一つの手だね。しかし、これには大きな賭けの部分が大きい。完成後、闇の書に取り込まれたはやての意識が覚醒しなければ管理者権限を使用することができない」

はやてが覚醒できるかは神のみぞ知ると言った所。

いろいろな要因があって、あの時はやては覚醒できたのだ。そのすべてをトレースは出来ない以上どうなるか分からない。

さらにアルカンシェルを使用するにあたり、事前にクロノやリンディさんに話をつけなければならず、彼ら以上の権限を持ったやつが出張ってくることもありえる。

最悪はやてごと無理やり保護と言う名目で連行とかも有るかもしれない。

その場合俺達が干渉できなくなってしまうし、暴走の危険性が増す。

「他は?」

……他、か。

「俺の念能力『クロックマスター(星の懐中時計)』で改変前まで巻き戻す」

俺の念能力は時間を操る。

闇の書が干渉により暴走すると言っても時間にまで干渉できるわけではない。

巻き戻している最中は時間が逆にしか流れず、干渉による暴走すら逆再生させる。

巻き戻すと入っても掴んだものの時間を戻すと言うのは掴んだものの記憶や経験した時間を読み取り、それ自身が経験した行動をすっ飛ばして巻き戻して再構築するような感じだ。

と言うのも俺自身よく分かってない。

確かに逆再生されているはずなのに、それが消費したエネルギーが元に戻るわけじゃなく、それ自身が欠けたところなどはどこからとも無く現れる。

そう、いまだよく分かっていない能力だ。

闇の書の巻き戻し→数々の暴走時の形態→巻き戻し完了

とはならないと思う。

「あら、いいわね。」

母さんが賛同する。

だけど…

「だけどね…これで一人だけどうしても助けられない人が居るんだ」

「リインフォースね」

ソラがそう俺の言葉から推察した。

リインフォース?それってどういう事?となのはとフェイトは困惑している。

「え?そのリインフォースさんって闇の書の管制人格なんでしょう?なら」

「母さん…確かにリインフォースは救える。だけど、俺が言っているのはリインフォース・ツヴァイの事なんだ」

「ツヴァイ?」

「あ、それって」
「未来の…」

母さんは分からなかったが、なのはとフェイトには分かったようだ。

「ツヴァイはね、はやてさんがリインフォースを救えなかったために生み出した存在。もしも彼女が救われたなら、彼女が生まれてくる事も無い」

それと、ヴォルケンリッター達の記憶も…おそらく初期化すれば残らない。

いくら転生を繰り返すうちに記憶が磨耗していっているとは言え、記憶は生きた証だ。

俺はそれすらリセットしようとしている…

「………」

皆の沈黙。

「どちらかしか救えないのね?」

「さて、俺はもし管制人格を救わなかったとしても俺達が知っているリインが生まれるとは思わない。未来は不確定なものだからね。それに平行世界の証明が成されてしまった今、さらに顕著だと思う」

未来は可能性の数だけ枝分かれすると身をもって体験してきたからね。

さらに俺達がいる事でなのはやフェイトは管理局に従事する確率は低い。

今度の事ではやてすら関わらなくなるかもしれない…

そうするとあの未来の事件。あれを解決できるだろうか?

はたから見ていてもあの事件を解決したのは機動六課が有った事が大きい。個人で戦闘機人を打ち倒し、スカリエッティを逮捕し、ゆりかごの暴走を止めた。

つまり、なのは達がミッドチルダ…管理局に従事しなければあの結果も違ったものになってしまうのかもしれない。

俺がなのは達に関わってしまったがためにあの未来へと続く道はおそらく途絶えた。

それは俺の罪だろうか?

しかし、これだけは言わせてもらいたい。

自国の事は自国民で何とかしろ、と。

ミッドチルダが聖王のゆりかごで占拠されようと、地球にいる俺達にしてみれば対岸の火事。

いくら第一世界ミッドチルダの住人が人質に取られていようと、曲がりなりにも世界を管理している管理局なら、たった一隻の戦艦くらい被害を考えなければ落とせるだろう。

最悪なのは人質を取った事で管理局が唯々諾々と従い他の世界に殲滅戦を仕掛ける事か。

そんな事になったら管理局の意味すらない。

ミッドチルダを見捨てて他の世界を守ってこそだろう?

話がそれた。

「それで、どうする?」

母さんに選択を迫っている俺はとても卑怯だ。

本来は俺が選択しなければならない事か…しかし…

母さんはしばらくの沈黙の後答えた。

「明日、はやてちゃんの家に闇の書を探しに行きましょう…」

「ママ!?」「母さん」「………」

「そう…分かった」

母さんは選択した。ならば後は俺の仕事だ。

「なのは、フェイト。この場合どちらもという選択は無かったんだよ。なのは達も生きていればいずれ今回のような二択の選択を迫られる事がある。どちらも助ける事が出来るのが一番なのは分かってるね?だけど、現実はどこまでも残酷だ」

今回のように。

「何が最善か、そんな事は後になって見なければ分からない。けれど、選択しないと言う事だけはしないようにね」

選択を母さんに任せた俺が言うべき言葉で無いけれど…

もはや歴史は俺が知っているものと同じではない。

しかし、もし俺が選択しなければならなかったとしても、おそらく母さんと同じ選択をしただろうか…

二人は分かったと、すべてに納得した訳ではないだろうが頷いた。


次の日、学校が終わると俺は再びはやてを家に招いている内に家探しをする事になる。

なのは、フェイトははやての相手に家に帰り、ソラは俺に付いてきている。

そう言えばグレアムの使い魔が定期的に見張っていたはずだが、まあそんな四六時中居れる訳もなく、辺りに気配は無い。

闇の書自体は簡単に見つける事が出来た。

本棚に普通に陳列されていたからね。

「それ?」

「ああ、これが闇の書だ」

手に取るだけでは特にアクションは無い。

さて、やりますか。

『クロックマスター(星の懐中時計)』

俺の念能力が発動し、闇の書の時間が巻き戻る。

おっとと、表紙の剣十字がはがれそうになった所で時間を進める。

「終わった?」

「たぶんね」

ほとんど初期状態だろう。

起動する魔力すらない。

「どうするの?」

「一応持って帰って父さんが残したラボで調べてみるかな」

「それが良いかもね」

持ち帰ってラボで検査した結果、問題なし。

こちらのアクセスを受け入れてたし、完璧に初期化しちゃったかな。

え?危ないんじゃないかって?

問題ない。暴走しても掴めれば終わるから。

まあ、その心配は杞憂だったけど。

まあとりあえずはやての足を不自由にしていた原因は取り除いたし復調するだろう。

神酒を使えば直ぐにでも治るが、それは世間体が許さない。

いきなり歩けるようになったらそれはそれでおかしいからね。

中々面倒なものだ。

はやてを交えた夕食後、母さんがはやてを家まで送り届けてからまた家族会議が始まる。

題材はそう、リビングの机の上に鎮座する闇の書…いや、もはや闇の書ではなく夜天の魔道書か。

「それで?うまく行ったの?」

「まあ、ね。暴走さえ押さえ込めるんだから失敗するはずは無い」

…まあ、うっかり巻き戻しすぎて消失してしまうかもだったけど。

「え?それじゃ治ったの?」

なのはが問いかける。

「治ったと言うか戻したんだけど…まあ、治ったよ」

「それじゃはやての足も」

フェイトが心配そうに聞いてきた。

「ゆっくりとだけど回復するはずだ」

長年使っていなかった筋力を戻すのは至難の技だ。

そこは努力がいるだろう。…まあ、ほんの少し神酒で後押しするくらいはするけれど。

「それで、これをどうするかが問題だ」

「え?何か問題があるの?」

「いっぱいあるんだよ、なのは」

「どんな事があるの?」

「これをこのまま起動せずに居た場合、ヴォルケンリッターはこの世に存在し得ない」

「シグナムさん達が?」

問いかけたのはフェイトだ。

「ああ」

「じゃ、じゃあ起動すれば良いんじゃないかな?」

「それも難しい。彼女達ヴォルケンリッターは年をとらない。つまり?」

「周りの人が不審がるってことね」

答えたのは母さんだった。

「そう言う事。起動すれば安住は出来ず、引越しを余儀なくされるだろう。…もしくはそう言った者が認められる所に行くしかない」

「ミッドチルダ及び管理世界ね」

「そう言う事」

答えたソラに追随する。

「それに起動させるにしても資質の問題も有る。なぜはやてが主に選ばれたと思う?それは素質があったからに他ならない。俺達じゃ起動したとしても守護騎士は置いて置いて、リインフォースを十全に使ってやれない。それはデバイスとしてはどうだろうか?」

『それはとても心苦しいく、もどかしいです』

『そうです。主に使われてこその私達デバイスです』

今まで沈黙を守ってきたソルとルナが発言した。

『私もそう思います』
『私もです』

それに同意するレイジングハートとバルディッシュ。

デバイスの気持ちはデバイスにしか分からない。

「そっか、そうだよねレイジングハート」

「バルディッシュも」

さて、少ししんみりした所で話題を戻そう。

「だからコレをフルに使ってやれるのははやてだけ。だけど、はやてにも世間体がある」

「……そうね。でもそれじゃ、起動するのは難しいわね」

「そう。でも、それによってはやてに普通の女の子としてこの世界で生活する道も示してやれる」

はやてに闇の書事件による負い目が無い分管理局に従事する事も無く、平凡だけど危険の無い日常を。

「…それは明日、はやてちゃんに全部説明して選んで貰いましょう。私達は彼女の選択を精一杯応援する事」

「「「「はい!」」」」


次の日の夜、夕飯後のリビング。

もはや恒例になりつつあるはやてを交えた夕食を済ませた後話を切り出した母さん。

「ごめんなさい、はやてちゃん。少し悪いと思ったけれどあなたの両親について調べさせて貰ったわ」

「あっ…」

はやての表情が固まる。

「さすがに連日家に呼んでおいて一度も両親の存在が見えないのはおかしいと思うわ」

「えっ…あっ…その」

「それでね…あなたに新しい家族を与えてあげる事が出来るのだけど」

「え?ええっ!?」

困惑するはやてに時間を掛けて丁寧に説明する。

この世界には一握りの人が魔法を使う力を持っていること。

勝手だけれどはやてちゃんの家で魔導書を見つけて修復した事。

その魔導書が原因で足が不自由になっていた事と、原因を取り除いたからおそらく回復するだろうと言う事。

それを起動すればきっとあなたを大事に思ってくれる人が現れる。

けれど、それを起動してしまったらこの世界とお別れしなければならない、と。

「別に夜天の書を起動しなくてもあなたに家族を与えてあげられるわ。私の子供になる?」

「えっと…」

母さんならその選択もあるだろうとは思ってたけれど…

「いくつか質問があります」

「何かな?」

「その夜天の書を起動しなかった場合、その本の中の子達はどうなるん?」

その質問に俺は嘘偽り無く答える。

「そうだね、本棚で眠って貰う事になるかな。他の人が起動してもいいのだけれど、適正が高くて彼女達を愛情を持って使ってあげれる人に心当たりはないからね」

それに物凄く有用なものだから変な所に知られると研究と称して色々実験材料にされてしまいそうだというのは黙っておこう。

魔導書との契約以前に管理局に知らせてしまうと確実に難癖つけて持っていかれてしまう代物だ。

さすがにそれは未来を知る身としてはしのびない。

起動してマスター認証さえしてしまえば死ぬまではやてしか夜天の書にはアクセス出来なくなる。

それからならば俺もクロノやリンディさんに相談できるし、彼らなら最大限に便宜を図ってくれるだろう。

それに直接的な実力行使はおそらくシグナム達が一蹴できるだろうしね。

だからと言って俺ははやてに起動しろと催促している訳ではない。

彼女の人生は彼女のものだから。

少し…いや、だいぶ幼い彼女に選択を強いるのは酷いとは思う。けれど、彼女自身が選択しなければならない事だから。

それに後回しにも出来ない。

幸か不幸か、今の彼女はこの世界にすがる物が少ない。今ならばまだ新しい世界でも関係を繋いで行ける。そう思う。

「私は…私の選択は…」


人々が寝静まった深夜。

場所ははやての家へと移動すしている。

「はじめましてやね。私は八神はやていいます。ひらがな三つではやて、や」

夜天の書から現れた守護騎士に対して自己紹介をするはやて。

対面で騎士の礼を取っているヴォルケンリッターの面々。

どうやた無事に起動できたようだ。


彼女が取った選択は、夜天の書の起動だった。

彼女がどう思ってその決断を下したのかは分からないけれど、そう願ったのならば後は俺達がフォローする。


「紫さん達は家に帰ってください。私は彼女達と色々お話しなければなりませんので」

「え?大丈夫なの?多分あなたに危害を加える事は無いと思うのだけど」

「はい、それは私も感じています。皆良い子達みたいです」

「そう?でも朝まで私達が一緒に居てもいいのよ?」

母さんの心配する声にはやてが答える。

「大丈夫だと思います」

「そう。彼女達との相互理解に私たちは邪魔かも知れないわね。明日また来るわ」

「はい」

「あーちゃん、皆帰るわよ」

「いいのかな?」

母さんの言葉に聞き返したなのは。

「大丈夫よ、きっとね」


次の日会いに行くとすっかり打ち解けていたようで何よりだった。

さて、都合の良い事に今日はクロノから連絡が有る日だ。

そう、あのエルグランドの件についての続報である。

エルグランドが俺達…と言うよりなのは達か?…に執着しているようなのでそれを踏まえた上での事だ。

まあ、縁切り鋏で縁を切っている以上俺達の前に現れる事は無い訳だが…

自宅のリビングでクロノからの通信を受ける。

『今良いだろうか』

「ああ、大丈夫だ。それにこっちも君に相談したい事が出来た所だ」

『相談?』

それから言えない部分はぼかしつつ、事の詳細をクロノに伝えて協力して貰えるように頼む。

『どうして君の周りはそんなに騒動が絶えないんだ…』

俺も望んで騒動の渦中に居るわけじゃありません。

だいたい母さんの所為です。

『まあいい。一度その夜天の書の主にはアースラに来てもらわなければならないな。…その守護騎士の面々も』

まあそうだろうね。

「いつならいい?」

『そうだな…こちらも色々準備があるから明日になるが良いか?』

「その方向で調整するよ」

『すまない』

「いや、頼んでいるのは俺だ」

『そうだったな』

その後お互いに笑いあう。

さて、話は済んだ。

俺がしてやれる事もそろそろ終わりかな。


さて、その後のはやて達について語ろう。

クロノに渡りをつけた後、どう言うつてで伝わったのかグレアム提督がはやて達を引き取る事になった。

グレアム提督と言うのははやての足長おじさんであり、闇の書の完全封印を目論んでいた人物であるが、この世界では未遂に終わっている上に行動に移した事実も無い。

その為にグレアム提督が持っているミッドチルダの屋敷に養女として招かれる事になった。

もちろんその前に夜天の書が完全制御下にあると言う事を散々調べられての事だが。

管制人格の起動は魔力が足りずに出来ていないが、管理局の調査と言う名目で蒐集を行使している内にちゃんと目覚めたそうだ。

今はグレアム提督の下で学校に通い、幸せに暮らしているそうだ。


ジュエルシード事件に闇の書事件。

地球で起こる災厄はどうにか最悪の結末は回避した。

これでしばらく平穏に暮らせるだろう。

久々に訪れた平穏に感謝しつつ、日々を送るのも悪くない。 
 

 
後書き
リリカル本編はいったん此れにて終了です。
次は番外編になります。 
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