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K's-戦姫に添う3人の戦士-

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2期/ヨハン編
  K13 切り刻んであげましょう

 融合症例一号と調・切歌との戦闘から数日。彼女たちは、ナスターシャとヨハン立ち合いの下、ウェルのメディカルチェックを毎日受けた。

「オーバードーズによる不正数値もようやく安定してきましたね」

 切歌が診察台から起き上がる。ヨハンはすぐさま用意していたバスタオルを、半裸の切歌の肩からかけた。

「よかった。これでもう足を引っ張ったりしない」

 生きるか死ぬかの瀬戸際だったというのに、調は心からそう言っている。

「調が足を引っ張ったなんて一度も思っていないよ。マムもマリアも、僕もね」
「うん。ヨハンがそう言ってくれるから、ちゃんとギアを纏える体に戻れてよかったと思うの」

 調の気遣いがヨハンを嬉しくさせる。
 ヨハンはそっと調の頭を撫でた。のどを撫でた猫のように調は目を細めた。

「LiNKERによって装者を生み出すことと同時に、装者の維持と管理もあなたの務めです。よろしくお願いしますよ」
「分かってますって。もちろんあなたの体のことも」

 相変わらずナスターシャとウェルのやりとりは険呑である。

 不意に、暗く沈んだ面持ちだった切歌が、息を呑んだ。恐ろしいものを見つけたかのような。

「切歌っ」
「…っ、ヨハン…」

 切歌はバスタオルの袂を握り、何かを訴えるように口を開くが、また俯いた。先より心持怯えを呈して。

 ヨハンは目線で調に問うが、調もとまどいを浮かべるばかりだった。






 “フィーネ”の魂の器は自分かもしれない。

 その可能性を知ってから、切歌は文字通り夜も眠れない日々を送っていた。眠ると二度と目覚められない気がして、怖くて怖くて。寝るまいとアレコレ努力する間にいつのまにか眠っていた。そんなパターンのくり返し。
 おかげで体調は最悪。その気怠さから解放されたい欲求と、自我が消える漠然とした恐怖が自分の中でせめぎ合い、いつか壊れてしまう気がした。

 自室にてベッドの上で膝を抱えていた切歌。

(外に出てみよう。ちょっとは気分転換になるかも)

 切歌は靴を履き、自室を出てエアキャリアのハッチへ向かった。

 ハッチを開けるなり、土と草のにおいがする風が切歌を撫でた。その風に乗って聞こえるこれは、笑い声だろうか。

 切歌は風が吹いてきた方向へと歩き、湖畔に出た。

「切歌」
「おはよう、きりちゃん。もうお昼だよ」
「何……してるデスか、二人とも」
「「散髪」」

 調は安っぽい折り畳み椅子に座り、パステルピンクの半透明レインコートを前後逆に着て、髪を下ろしている。その調の後ろに立つヨハンの手には、鋏。

「切歌もやる? ちょうど調が今終わったところだから」

 そういえば日本に来てからずっと髪の手入れなどしていなかった。元よりしてもいないが。

「それじゃあお願いしようかな、デス」
「了解。ちょっと待ってね。調のほうを仕上げるから」

 調の滑らかな黒髪をヨハンはブラシで掬い、いつものツインテールに結び直した。

「ありがと」
「どういたしまして。――おいで、切歌」

 切歌は(いざな)われるままに折り畳みイスに座った。

 ヨハンは足元のビニール袋から、さらに包装された袋を出した。中身は薄い緑の、半透明レインコート。調が着ていたパステルピンクとは別物だ。使い回せばいいのにわざわざ二人分調達するのがヨハンらしい。

 薄緑のレインコートを前後逆に着せられてから、ブラッシングの感触。

「今日はどのように致しましょうか、お客様」
「――実は、人に髪切ってもらうの初めてデスよ。だから美容師さんにお任せするデス」
「畏まりました」

 シャキン…シャキン…

 ハサミの音が一定のリズムで鳴る。切るばかりの道具のくせにこんな優しい音が出せるなんて。

 お日様はぽかぽか。湖畔の風が優しく切歌の全身に吹き抜ける。梢がさやさやと鳴っている。
 調がいて、ヨハンがいる。
 まどろんでしまいそうに優しい時間。

 次第に切歌はおかしい気分になって、ふふっと笑った。するともう一つ、笑い声が上がる。調だ。調もクスクスと笑っている。よけいにおかしかった。


「終わったよ、切歌」

 ヨハンが大きめの手鏡を切歌に渡した。切歌は鏡の中の自分を右から左から見た。

「あんまり変わってないみたいに見えるデス」
「襟足揃えただけだからね。伸び放題で放置しておくよりはよっぽどマシだと自負してるんだけど。それともばっさり短くする?」
「これ以上短いのはいやなのデス」
「それじゃあこれで。お疲れ様でした、お客様」

 ヨハンは切歌の後ろに回り、前後逆に着ていたレインコートのボタンを外していき、切歌からそれを脱がせた。レインコートに溜まった髪の毛は、そのまま払って捨てている。

 切歌は地べたに座っていた調の横へ行き、自分も座った。
 片付けをしていたヨハンを、調はやわらかい目で見つめながら、口を開いた。

「わたしもきりちゃんも普段は伐る側。切られる側になるのは新鮮」

 調は切歌が散髪中にまさに考えていたことを言い当てていた。

「そうかい?」
「分かってるくせに。ヨハンはいつもわたしたちに素敵なサプライズをくれる」
「……ひょっとして、ひょっとすると二人とも、あたしを励ましてくれたの?」
「そこんとこは」
「ないしょ」

 つまり切歌を元気づけたかったのだと、そのしぐさで充分に分かったから。

 切歌は感極まって調とヨハンに飛びついた。驚かれるかと思ったが、調は腕を回して応えてくれた。ヨハンは背中を一定のリズムで優しく叩いてくれた。

(やっぱりあたしは大好き。調が好き。ヨハンが好き。マリアもマムも。だから消えたくなんかない。“フィーネ”に塗り潰されたくなんかないよ)

 世界からではなく、彼らの中から消えたくない。調とヨハンの心の中に、暁切歌はずっと居たい。
 切歌の生きた証を彼らに分かるカタチで遺したい。
 そのためには何をすればいいか。

 切歌はようやく、そしてついに、考え始めた。 
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