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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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12.人には人の得手不得手

 
前書き
今回からアンチ・クリスタリズムの略称として「反結晶派」を使用します。 

 
 
 生存者が発見された数日後、捜査隊はとうとうノルエンデへと続く道までたどり着いた。

 道そのものは岩に塞がれ、崩落の危険がある為下手に動かせない状態だった。だが、幸いなことに辛うじて人が一人ずつ通れる程度の隙間があったため、そこを通ることで中に入ることが出来そうだった。数名がその隙間からノルエンデの方を伺い、周囲に目立った危険や魔物の居ない事を確認したその場所に、ロキは自分から進んで入っていった。

「ロキ様直々にいかなくともよいのでは……?」
「いや、ウチはこの先にある物を確認するためにここに来たんや。他のファミリアに任せて自分は見ぃへんっちゅうのは無理や」

 隙間は小さく、大柄な男性ならばおそらくは通ることが出来ない幅。だがロキは細身の女神なので通るのは簡単だった。どこぞのロリ巨乳神なら胸が引っかかって手こずったかもしれないが、ロキにそんなものはないから楽である。……と自分で貧乳宣言して「ぬあぁぁー!!自分で肯定してもうたー!!」と勝手に悶絶しながら穴を抜ける。

 そこにあったのは――穴。

「……………………」

 言葉が出てこなかった。

 巨大な巨大な、小さな町くらいならば丸ごと呑み込めるほどに広い風穴。
 地面をくり抜いたように丸く、そして底が見えないほどに深い。
 その底からは瘴気が立ち上り、どうしようもないほどに『手遅れ』だった。

 この大穴は、神でさえ塞ぐことのできない強烈な敵意のようなものを感じる。
 そう、これ自体が世界に対する呪いのような――ロキは、この穴に見覚えがあるような気がした。

 世界を変え、神が動いた史上最悪の天変地異。あれは、天界の一部をも巻き込んだ。

「せや、これは………1800年前、天上の者たちが地上へ降り立つきっかけとなった………」

 地下迷宮(ダンジョン)。世界を貫く魔窟。
 この大穴は、あれに入った時に初めて感じたものとよく似ている。

 握りしめた掌が、手汗でびしゃびしゃに濡れる。気が付けば体も総毛立ち、微かに震えていた。
 これは間違いなく、ロキの扱える問題の範囲を超えている。
 それどころか、もしかすれば神々にさえ――

 ロキに遅れて入ってきた兵士団やファミリアの面々は、その想像を絶するスケールに唖然としていた。

「こ、これは!!バカな……村そのものが、無いだと!?全てあの穴に落ちたとでも言うのか!?」
「………なんて、ことだ。これではノルエンデの者たちは……!!」
「ッ!!くっそおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「冷たいようだけど、生存者はもう――」

 ロキには分かる。
 人々の落胆や悲鳴が耳に入るが、これは「そのような次元の低い話ではない」。

 この穴は、絶望の権化だ。世界を支える均衡に罅を入れる、崩落の穴だ。
 物理的なそれではなく、世界の理そのものを穿つ闇そのもの。
 不変不滅の超越存在(デウスデア)の絶対性さえも揺るがす終末の時代の風が、あの奈落の大穴から吹き込んでいる。巨大な『化物』が、腹を空かせて覗きこむような(かつ)えた風が。

 この奈落の底に、あの光と共に感じた悪意の塊が潜んでいる――そんな錯覚を感じる。

 これは予兆だ――嵐の時代が来る、予兆だ。
 ロキは、誰に言うでもなくそう確信した。



 = =



「――魔物が活性化しとる理由は、間違いなくあの大穴や」

 ファミリアの食事中に、ロキはポツリとそう漏らした。
 カルディスラ王国から支給された食料に舌鼓を打っていたファミリアの意識がロキへと移っていく。
 その多くは未だノルエンデ村の悲惨な末路に対して実感が湧いていない様子で、食事を楽しみつつもどこか心の隅で「これでいいのか?」と自問してる風に見えた。
 構わずロキは話を続ける。

「あの大穴の底から……なんちゅうかな。邪なる力を増幅する波動みたいなもんが漏れ出しとる。ダンジョンが強い神気を感じた時にモンスターを強化しようとするのを知っとるか?あれを薄めたような奴が絶え間なく漏れとる……」
「絶え間なく、ですか……それじゃこの周辺の魔物はこれからも段々と強くなると?」
「せやな。今はまだパワーアップはしてもオツムの方が間に合っとらんけど、多分ちょっとずつ強くなっていくと思う。………問題は、や」

 木の芽と春キノコのグリルを咀嚼していたフォークがピッと空に向いた。

「大穴から漏れたその瘴気が、大気を通して星中にバラ撒かれとんねん。今はこの周辺だけの狂暴化で済んどるけど……多分、1年もしたら狂暴化は気流に乗って世界的に拡散されてくやろうな」
「……………!!」

 ざわり、と全員に動揺が走った。まだ彼らの中では人命救助がてらの遠征という感覚しかなかったのだ。話が急に大きくなって、彼らなりに不安を覚えたのだろう。それでいい、とロキは思った。
 彼らはオラリオの外にも世界が広がっていることを忘れがちだ。特にこれからは正教圏との諍いが増えていくだろう。そんな時に外に無頓着では、相互理解や停戦どころか積極的に戦って被害を広げかねない。

 今後、彼等には広い視野が必要だ。現にフィンやアイズなど色々と考えさせられることがあったらしく、ファミリアの数名が自主的にいつもと違う行動をとっていた。

 ベートは「夜目が利くし鼻があるから」と兵士団の一部と周辺の生存者を探しに行った。自分の能力をこんな風に使ったことがなかったためか、正義感の強い兵士団たちの煽てに乗せられて微妙な正義感に目覚めつつあるらしい。
レフィーヤはカルディスラの城下町に学術魔法の魔術書を探しに出かけている。そして普段レフィーヤがべったりとくっついているアイズは、自分の分の食事だけ持って生存者の少年がいるテントへ行ってしまった。どうやら包帯の巻き方や病人の看病の仕方を勉強しに行っているらしい。フィンは今は皆と一緒に食事をしているが、暇さえあれば兵士団の小人族と意見を交換している。

(我が子の成長を見守る……ガラやないなぁ、こういうの)

 デザートの杏子羊羹を爪楊枝で食べながら、ロキは内心で苦笑した。

「あ、これウマい………杏の甘酸っぱさと羊羹の甘さが合うわぁ」
「いやー、フルーツも山菜も野菜も全部美味しいですねーカルディスラは!」
「海の魚と川の魚が両方食卓に並ぶのはこの国ならではだね!」

 アカン、この土地意外と穴場観光地やわ。来年からも来たいなぁ、などと考えるロキであった。
 ……出来ればあの大地を穿った物理的な穴とは関係なしに。



 ロキが思わぬグルメに唸っていたその頃。

「えっと……こ、こう?」
「違います。包帯はもっと均一に巻かないと中だるみして患部がむき出しになってしまいます。あと、少しきつく巻きすぎです。止血ならともかくガーゼを固定するだけならある程度緩めないと患者の血流が悪くなります」
「こ………こう?」
「そうです。その調子で巻いて………はい、その辺りで包帯を固定して端を切って。せっかく巻いた分を取り落さないように気を付けて」
「んっ……」

 指先が疲れから微かに震えるが、なんとか練習用包帯を結び終えたアイズは、額の汗をぬぐった。
 魔物よりも包帯の方が手ごわい!と、大真面目に戦慄する。練習の開始からさほど経ってはいないが、既に普段やらない作業の所為で集中力が大幅に摩耗している。

 包帯のチェックをしていた先生――という名のアニエスは、練習台に差し出していた自分の腕に巻かれた包帯をチェックすると頷く。

「……ちゃんと巻けているようですね。合格です」
「戦いならもっと集中力が続くのに………アニエス、すごい」
「そんなこと……風のクリスタルの神殿は街と距離があったので、けがの治療や最低限の医療知識は修道女たちが教えてくれました。ほんの初歩的なものですから、アイズもすぐに覚えられます」
「それでも、アニエスはすごい。私、そんな初歩も全然分からなかった」

 アイズは現在、救助された銀髪の少年の看病をしているアニエスから簡単な応急処置の方法を習っていた。客人である筈のアニエスがこんなことをしている理由は、彼女が「何もしないのは申し訳ないから」と治癒魔法を使ったことで彼女が適任だとされたからだ。
 同年代の女の子と接した機会の少なかったアイズだったが、あっちもあっちでその辺の事情が同じらしく、結果的に今は互いに呼び捨てで接している。

 包帯の巻き方を知らなかったアイズは、最初に銀髪の少年の治療の手伝いを申し出た時に全身ぐるぐる巻きのミイラ男にしかけたという爆笑物の経歴を持っている。しかも、怪我はほんの軽いものだったので患部だけ巻けばよかっただけなのにである。
 流石に見かねたアニエスは、以降アイズに色々と教え込んでいる。
 余り周囲に表情の変化を見せない二人は、どこか雰囲気が似ていた。

「………それで、アイズ。先ほど兵士団の方から聞いたのですが、ノルエンデに辿り着いたのですか?」
「うん………でも、ノルエンデはもうなかった。直接は見てないけど、村は丸ごと崩落してたって。すごく大きい穴が開いて、そこから瘴気みたいなものが漏れてたって言ってた」
「大穴に、瘴気………」

 アニエスの顔色が真剣身を帯びたものに変わる。
 一人の少女としてではなく、巫女としての瞳。例えるなら、自分が冒険へと居持ちを切り替えたときと同じようなもの。しかしそこに秘められた意志の大きさは、アイズのそれとは比較にならないほどに強く、深い。
 巫女というのは、本来は清貧を基本にに毎日規則正しい生活を送り、男子禁制の神殿でクリスタルに祈りを奉げ続けるものだという。添い遂げるのはクリスタルであり、選ばれた以上は男性との恋愛や結婚は許されないまま一生クリスタルを管理し、後継者の巫女を育て、指名し、そして役割を全うして死を迎え、その魂はクリスタルへと還る。
 クリスタル正教の巫女や修道女、騎士団は、死者の霊魂の行先までもが神々の定めたそれとは違う。それがまたアンチ・クリスタリズムに拍車をかけているそうだ。その魂までもを殉教の名の下に捧げなければいけないなど、想像もつかない世界だ。

 恋や主義主張に殉じたことのないアイズだったが、彼女の背負う運命がどれほど大きな重圧なのかはなんとなく理解できた。やらないのではなく、許されないのだ。そして本人がそれを受け入れ、神殿を失った今もその使命を背負い続けている。
 神殿襲撃と大穴。彼女はどうやら、その二つに関係があると考えているらしい。

 思いつめた彼女を見ると、そんなに抱え込まなくてもいいのに、と考えてしまう。
 それは奇しくもアイズ自身が仲間から何度も言われたことでもあったが、彼女は今になって皆がそんなことを言った理由を理解した。
 ――今のアニエスは、いつかその使命に押し潰されてしまいそうなほどに儚い。

「大穴に行きたいの?」
「………分かるのですか?」
「なんとなく。ロキに許可は……?」
「断られました。崩落の可能性があるから安全は確保できないと……でも、見に行かなければなりません」

 頑ななまでに意志を曲げないアニエスの姿は、力強く、そしてどこか人間的な脆さがある。
 家族を失い、居場所を失い、見知らぬ土地で独りぼっち。それでも他人に不安や恐れを見せることは彼女自身が許さない。しばし黙考したアイズは、アニエスにこう返した。

「行くときは、声をかけて。道、教えるから」
「………よいのですか?貴方の主神の意向に反していますよ?」
「アニエスは止めても行くと思うから……客人の道案内と護衛も、意向のうち。ダメなら怒られるだけ」

 アニエスは驚いたような――ほんの少しだけ安心したような表情を見せた。
 その安心がまた、アイズを少しだけ安心させる。

「アイズ………ありがとう、ございます」
「色々と教えてくれたお礼。戦いはまかせて」
「いえ、そうではなくて……」

 なにやらもじもじしながら、アニエスは上目づかいでちらっとアイズを見た。
 普段のクールな雰囲気は鳴りを潜め、恥じらいに頬を染めながらおずおずと告白する。

「その、実は私……方向感覚が人より鈍いみたいで……遭難したらどうしようって、心細かったんです……」
「―――………」

 かわいい。
 彼女の姿を見て、そう言葉に出しかけたアイズだった。


 結局その約束は、その日より数日後――ティズ・オーリアが目覚める日に果たされることとなる。
 そして、その日アニエスは初めて本当の『使命』を自覚する。



 = =



 物語は一旦、ヘスティア・ファミリアの冒険へと戻る。
 ダンジョン第6階層。二人のステータスの高さゆえに一応ながら潜る許可を受付嬢に貰ったその場所に、若者二人の声が鳴り響く。

 一人はベル・クラネル。先輩に追いつくという目標を掲げ、主神が留守であるその日も魔物を狩って経験値を溜めている。彼の短刀は既に数多くの魔物を屠っていた。そして、その後ろにもう一人。

「リングアベル先輩!そっちに魔物が行きました!!」
「魔物もきっちりエスコート!但し、女性と違ってあの世行きだ!!」

 槍ではなく剣を抜いたリングアベルが、不敵な笑みと共に魔物たちへと果敢に踏み込んだ。
 オラリオに来て以来ずっと槍を握っていたが、剣を握る感触がひどく懐かしく思えた。倒れた時に持っていたあの黒い柄の剣は、やはり自分で使っていたのだろう。アドレナリンの興奮とは対極に、その集中力はどこまでも澄み渡っていく。
 強い既視感に全身が疼き、弾かれるように剣が煌めいた。

「せやあああッ!!」
『ギャァァアアアアッ!?』

 瞬刃一閃。目の前のシャドウ・ウォーリアが、瞬時に繰り出された斬撃ですれ違いざま、鮮やかに引き裂かれた。その太刀筋にブレや迷いはなく、剣が体の延長線上にあるように付いてくる。リングアベルはその事には浮かれず、すぐさま次の魔物へ剣を振るった。

「スキだらけだな!」
『グオォォォォッ!?』

 魔石を傷付けない器用な太刀筋のまま更に踏み込み、刃で2体目のどてっぱらを掻っ捌いた。確実に一撃で仕留め、周辺を警戒しながらも前へ進む。魔物との戦い方の基本形ではあるが、記憶の上では初めて使用した武器でこれほど動けるのもまた、アスタリスクの恩恵なのかもしれない。
 その足は止まることを知らず、最後の得物へと向く。

「お前でフィニッシュだッ!!」

 大地を踏みしめ、爆発的な加速を乗せた刺突が3体目のシャドウ・ウォーリアの頭部を刺し貫いた。
 悲鳴を上げる事も出来ずに頭を吹き飛ばされて崩れ落ちるシャドウ・ウォーリアには見向きもせず、血振りをした剣を納刀したリングアベルは、いつも通りの不敵な笑みで振り向く。

「やはり、記憶を失う前の俺は剣を使っていたらしいな……どうだベル!様になってたろ?」
「さっすが先輩!!3体の魔物を初めての武器で瞬殺なんて!!………って、え?先輩、記憶がないんですかぁッ!?」
「…………あれ、話してなかったか?まぁ細かい事は気にするな!はっはっはっはっはっ!!」
「豪快!?記憶がないのに動揺もないなんて……やっぱり先輩は大物ですね!!」

 ――今日も二つの(ベル)は快活に鳴り響いていた。
  
 

 
後書き
神が降り立ったのが1800年前になった理由を判ってくれる人がいたら、それはとっても嬉しいなって。 
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