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ザルツブルグの続き

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第一章

                  ザルツブルグの続き
 ザルツブルグ、モーツァルトを生んだこの音楽の街において今いささか場違いな演奏が行われていた。しかもだ。
 その演奏をする者達がだ、さらに場違いであった。
 ザルツブルグの市民達も音楽を聴きに来た者達も音楽家達もだ、その演奏者達を見て唖然としていた。
「なっ、マエストロ同士じゃないか」
「ドクトル=フルトヴェングラーだぞ」
「もう一方はマエストロ=トスカニーニじゃないか」
「何があったんだ、一体」
「あの二人の間に」
 見ればだ、ヴィルヘルム=フルトヴェングラーとアルトゥーロ=トスカニーニ。共に音楽界の巨人とされる二人がだ。激しく言い争っていた。
「芸術と政治は別です!」
「違う!」
 トスカニーニはフロトヴェングラーの言葉を顔を真っ赤にして否定した。
「君の言うことは間違っている!」
「ベートーベンの音楽がある場所に自由があるのです!」
「今のドイツに自由があるか!」
「貴方はそう言われますが!」
「違うというのか!」 
 ここでだ、トスカニーニはフルトヴェングラーに言った。
「ナチスの番犬が!」
「番犬だと言われますか!」
「そうだ!ナチスの下にいるのならだ!」
 それこそというのだ。
「誰でも全てナチスの番犬だ!」
「それは違います!」
「どう違うのだ!」
 二人は感情を剥き出しにして言い合っていた、その話を聞いてだ。
 二人の共通の友人である指揮者ブルーノ=ワルターは困惑した顔になり彼の友人達にこい漏らしたのだった。
「アルトゥーロの気持ちもわかるが」
「はい、ドクトル=フルトヴェングラーはです」
「実は」
「ヴィルヘルムは確かな人物だよ」
 二人を知っているからこその言葉である。
「ナチスについてはね」
「はい、ドクトルはナチスがお嫌いです」
「ドイツ人ですが」
「ナチズムには否定的です」
「だからですね」
「私とも親しいのだよ」
 ワルターはこうも言った、ユダヤ人である自分ともというのだ。
「ユダヤ人の本質をな」
「知っておられますね」
「人それぞれだと」
「そうですよね」
「ドクトルはおわかりですね」
「彼は聡明だよ」
 伊達にだ、ドイツを代表する指揮者かつ音楽の理論家ではないというのだ。
「非常にね。だからね」
「ナチズムの本質もわかっておられて」
「ユダヤ人についてもですね」
「理解しておられる」
「ですから」
「彼はナチスではない」
 このことはだ、ワルターは確かな声で断言した。
「このことは言う、私からも」
「政治的にはですね」
「あの方は透明です」
「ナチスに染まっておられません」
「ましてや反ユダヤ主義者でもありません」
「そんな筈がないのだよ」
 ワルターは難しい顔でまた言った。
「そのことはね」
「しかしです」
「マエストロ=トスカニーニはです」
「あの方はです」
「そのことがわかっておられない」
「随分感情的ですね」
「確かにね、政治と音楽はね」
 今度はだ、ワルターはトスカニーニについて語った。
「無関係ではいられない」
「今はですね」
「ナチスは音楽も大々的に利用しています」
「それでドクトルもです」
「ナチスに持ち上げられています」
 ドイツを代表する音楽家としてだ、特にゲッペルスが宣伝している。ナチスの宣伝相である他ならぬ彼がだ。 
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