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カストラート

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第一章

                       カストラート
 カルロ=ブロスキはファリネッリと呼ばれていた。
 カストラートでありその声は独特だ、カストラートとは子供の頃に去勢された男男性歌手でありその声は極めて高い。ブロスキはその中でもとりわけ高く。
 美声でだ、しかもそお技量は想像を絶するまでだだ。誰もがこう言った。
「まさに天才だ」
「天才歌手だ」
「あれ以上の歌手はいないぞ」
「最高のカストラートだ」
「神の申し子だ」
 こう評するのだった、そして。
 その彼の歌を聞いてだ、スペイン王フェリペ五世も言った。
「あの歌を常に聴きたい」
「だからですか」
「余が召し抱えたい」
 是非にとだ、宮廷の貴族達にも言うのだった。
「そうしたい」
「是非にですか」
「彼をですか」
「この国の宮廷にですか」
「あの歌が聴けるなら」
 それならともいうのだ。
「私は満足だ」
「陛下のお心もですか」
「休まりますか」
「そうだ、だからこそだ」
 ブロスキを召し抱えたい、こう言って実際にだった。
 王はブロスキに使者を送り彼に高価な報酬を与えてだった、そのうえで。
 彼の歌を聴いた、特に寝る前に。そうして日々を穏やかに過ごせる様になったことに満足してブロスキに言った。
「そなたは天使だ」
「私がですか」
「そうだ、余にとっての天使だ」
 こう言うのだった。
「最高のな」
「ですが私は」
 ブロスキは恐れ多いといった顔でだ、王に畏まって答えた。
「カストラートです」
「だからだというのか」
「はい、ですから」
 去勢された男、つまり男ではなくなっていてだ。しかも女でもない。そうしたどちらでもない存在だからだというのだ。
「その様なものでは」
「そう言うのか、そなたは」
「はい」
「しかしだ」
 そのブロスキにだ、王は玉座から答えた。
「そのそなたに余は救われているのだ、人を救うものは何だ」
「それが天使だと言われるのですね」
「そうだ、だからだ」
「私は天使ですか」
「余にとってのな」
 それに他ならないというのだ。
「まさにな」
「そう言って頂けるのですね」
「何度も言う、そなたは余の天使なのだ」
 王はブロスキをじっと見てだ、そのうえで彼に語る。
「だからだ。余にずっとな」
「私の歌をですか」
「聴かせて欲しい。いいか」
「陛下が望まれるのなら」
 天使だという王の言葉には答えなかった、だが。
 それでもだ、ブロスキはその言葉を受けてだった。
 王の傍で歌い続けた、彼は塞ぎ込みがちな王の心をそれで癒した。
 しかしだ、それだけでなくだった。王に戻目られて様々なことに助言した。それにより王の側近にまでなった。
 だがそれでもだ、彼は。
「いつもと変わりないな」
「これまでとな」
「謙虚で穏やかで」
「驕ることも我儘を言われることもない」
「ただ王を助けておられる」
「それに徹しておられる」
 それがブロスキだというのだ。 
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