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英雄は誰がために立つ

作者:昼猫
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Life7 特訓、開始!

 
前書き
 特訓日の説明会が此処まで長くなるなど、思いもよりませんでした。 

 
 『―――、―――――か』

 え?

 『――を、――――――』

 何なの?

 『―――、―っ――――』

 !?―――――


 -Interlude-


 「――――何なのよっ!」

 そこはグレモリー城の豪華絢爛な一室、第一次期当主候補のリアス・グレモリーの私室だった。
 彼女は起き上がると同時に大声で叫んだ。

 「・・・・・・・・・・・・夢・・・・・・また、この夢なのね」

 リアスは自分の頭を押さえながら項垂れる。
 毎日では無く時折ではあるモノの、聖書に記されし三大陣営の会談襲撃の日を境に見るようになった、内容のよく解らない夢だった。
 夢の中でも自分の存在を感じながら、自分とは対を成すように光の向こう側から頭に直接響かせる“声”が聞こえてくるのだ。

 そんな風にボーっとしていると、出入り口であるドアの向こう側からノック音が聞こえた。

 『お嬢様、どうかなさいましたか?』

 よく解らない夢に憤りを感じて叫んだ声にひかれたようで、給仕がリアスの身を案じて訪ねて来た様だ。

 「い、いえ、大丈夫よ。ちょっとおかしな夢を見ただけだから」
 『そうでしたか。ですが気分がすぐれない様でしたら如何か、お声かけ下さい』
 「ええ、ありがとう」

 リアスの確認を取り、ドアの向こう側に居るであろう給仕は、自らの仕事に戻るためドアの前から離れた。
 給仕の気配を感じ取れなくなった後にリアスはため息をつく。
 理由不明な夢に悩まされるようになっても、起きた時にはいつも近くに一誠の存在が自分を安心させてくれていた。
 しかし、今はいない。
 居ないモノはいないという事を自分に言い聞かせている処で、ふと時計を見ると、そろそろ朝食にはいい時間帯だった。

 「そろそろ着替えて行きましょう」

 その言葉と共にベットを離れたリアスだった。


 -Interlude-


 朝食を食べ終わったリアス達は、昨夜のアザゼルの指示通りにジャージ姿で庭に集まっていた。士郎だけは平常通りの赤と黒を基調とした服装だが。
 因みに、士郎は何とかゼノヴィアの説得に成功した上でこの場に来ていた。
 ゼノヴィアとしては未だに疑っている様だが、何一つとして証拠も無いので信じる他なかった。

 「遅いわね?」

 今此処に居ないのは、集合を掛けた本人であるアザゼルだけだった。
 かれこれ10分以上待っているが、未だに姿を現さない。

 「ワリィ、待たせたな」

 そこで、普段とは打って変わって本当に申し訳なさそうにしているアザゼルが来た。

 「本当っすよ!何してたんですか?」
 「シェムハザの小言を聞いてたんだよ。誰かさんの苦情のおかげで、な!」

 語尾を強調して士郎に眼を向けるアザゼル。

 「当然でしょう。貴方の昨日のあらぬ言葉のせいで、俺は一晩中ゼノヴィアに追いかけられっぱなしだったんですから」

 アザゼルの言葉に動じるどころか、睨み返す士郎。
 昨夜のハプニングの件で、珍しく根に持った士郎が神の子を見張る者(グリゴリ)に、アザゼルの御調子ぶりに抗議の連絡をしたのだ。
 連絡を受けたシェムハザも、アザゼルの悪乗りぶりなどの短所には頭を痛めていたので、何も言い返せずに受け止めたのだ。
 しかし、当のアザゼルは不満そうだった。

 「確かに、昨日の件については反省してるがよぉ。アレは全面的に俺のせいかぁ?」
 「当然でしょう!あの後俺が、どれほど苦労してゼノヴィアを説得したと思っているんですか!?」

 あくまでも自分の非を認めない気かと言わんばかりに、士郎はアザゼルの態度を非難する。

 「いえ、士郎君。決して庇うワケではありませんが、その件は士郎君自身にもかなりの原因があると思いますわよ?」

 そこに、正直嫌々ながらも口を挿んでくる朱乃。
 彼女の言葉にゼノヴィアは、一瞬体をピクリと震わす。

 「如何いう事だ?」
 「如何いう事も何も、士郎君が見境なく女性としょっちゅうジゴロってるから、ゼノヴィアさんは不安に感じられたのですわ」

 朱乃の言葉に同意する様に、ゼノヴィアは深く頷く。

 「ジゴロってるとか、天然の女誑しとか時折言われてるが、その前に言いたい事がある」
 『?』
 「何故そんな“勘違い”をよくされるのかは判らないが、俺は女性を誑かしたことなんて一度たりとも無い!そもそも、俺なんかに惚れるモノ好きがいるわけないだろ!」

 謙遜でも嫌味でもなく、素で言い切る士郎。
 この事にゼノヴィアが、キッと士郎を睨んで憤激に駆られながら立ち上がり、右手を宙に広げた。

 「ペトロ、バシレイオス、ディオニュシウス、そして聖母マリアよ!我が声に耳を傾け――――」
 「待った、ゼノヴィア!」

 ゼノヴィアが、瞬時に何をしようとしたのか理解した祐斗は、後ろから羽交い絞めするように彼女を止めた。

 「離せ、木場!」
 「放したら如何するつもりなんだい!?」
 「決まっている!聖剣デュランダルで士郎さんを切り殺してから私も死ぬんだッ!」
 「気持ちは判らないでもないけど、落ち着いて!そんな事しても、誰も喜ばないよ!」

 祐斗の言葉に納得はし切れていないが、少し冷静さを取り戻したゼノヴィアは、目尻に涙をため痕見ながら士郎を睨む。そして――――。

 「うわぁあああああああんん!ア―――シアァアアァアアアアアア!!?」
 「あっ、えっと、その、よしよしです」

 何かあればすぐに、アーシアの胸に顔を埋めて甘えるゼノヴィア。
 アーシアとしては何時も通りの対応で慰めるだけだった。
 そして、事の張本人は、と言うと――――。

 「な、何なんだ・・・?」

 あまりに廻りが残念なくらいに、理解できずに戸惑っている様子だ。
 そんな幼馴染兼恩人に、溜息を吐くリアス。

 「士郎、本当に理解できないの?この状況が・・・」
 「え・・・・・・あ、ああ」
 「士郎、これは私の勝手な私見だけど、きっとあなたは心にとても重い病を負ってるのよ。自覚がないなら尚更よ。ちゃんとした、高名な精神科医の先生に診てもらった方が良いわ」

 本当に、本当に覗き込むように心配する幼馴染の態度に、相変わらず訳が分からないまま何時もの様に呟く。

 「なんでさ」

 こんなカオスな状況に、誰も口を・・・・・・蛮勇を起こそうと思う者は現れなかった。
 そんな空気を見かねて、一誠の左手が勝手に赤龍帝の籠手が展開されて、宝玉から声が聞こえた。

 『訓練はいいのか?お前たち』

 忘れたワケでは無かっただろうが、ドライグの言葉に引き戻されていくリアス達。

 「ナ、ナイス、ドライグ!そうだぜ皆。先生も早くトレーニングメニューを俺達に下さいよ!」

 ドライグのアシストを無駄にしない様に、一誠はアザゼルに催促をした。

 「・・・・・・・・・まぁ、そうだな。何か色々釈然としねぇが、本題に入るとするか」
 『・・・・・・』

 アザゼルの言葉に、釈然としていないのはリアス達も同じだったが、一向に話が進まないので諦めた。勿論状況を未だによく解っていない士郎も同じだった。

 「そんじゃあ、まずはお前だリアス」

 アザゼルの指名に待っていましたと言わんばかりに、良い顔をするリアス。

 「――――って事で、お前は大人になる頃には、最上級悪魔の仲間入りする事は確実だが、今すぐ強く成りたいと――――そうだな?」
 「ええ、二度とあんな悔しい思いをしたくないモノ。士郎の勝利のお零れを貰い続けても、胸を張れないわ」 

 握り拳を作りながら、強い瞳でアザゼルを見るリアス。

 「よし!ならこのメニュー通りに訓練を熟せ」

 アザゼルから訓練メニューを受け取るリアスだが、ざっと目を通した後の困惑する。

 「これって、特別メニューに思えないんだけど?」

 リアスの疑問に肯定するアザゼル。
 リアス自身は、基礎スペック自体が総合的にも高く、纏まっている。
 だから、実力面を上げるメニューは何時も通りとほぼ同じで、眷族たちの親であるキングとしての資質の向上を促すメニューに組んだようだ。

 「――――期限ギリギリまで使って、レーティングゲームの何たるかを知れ。記録映像やデータなんかも頭に叩き込みながら、状況を打破するための機転や判断力を鍛えろ。どんな戦場においても、部下を生かすも殺すも指揮官の有能性しだいだからな。なんなら、藤村の奴に頼んで、何度かチェスの相手を頼むんだな」
 「ええ、わかったけど・・・・・・士郎を練習相手にするの?」

 先程までの強い瞳はどこへやらと言う感じに、腰が少し引けるように訝しむリアス。

 「何だ、嫌なのか?聞いた話じゃ、ソーナの奴とも何回かやって、全勝してるんだろ?藤村」
 「ええ、まぁ。とは言ってもリアスもそうですが、ソーナもまだまだ戦場の何たるかを理解しきれていないド素人です。逆に言えば、2人ともそれらを理解し経験して行けば、俺なんぞの戦術性に直追いつけるとも思いますがね」

 瞼を閉じながら説明する士郎。
 そんな士郎に不敵に笑うアザゼル。

 「じゃ、頼んだぜ?藤村先生(・・)?」
 「まぁ、リアスが真に強くなりたいって望むなら・・・な」
 「お、お手柔らかに・・・」

 矢張り腰が完全に引けていた。

 「次に朱乃」
 「・・・・・・はい」

 朱乃は、堕天使嫌い故、アザゼルから名前を呼ばれるのも嫌そうだった。

 「お前は、自分の中に流れている、忌み嫌う血を受け入れろ」
 「――――ッッ!!?」

 アザゼルの言葉に、一瞬瞳孔が開きかけてから顔を顰める朱乃。
 だがそんな朱乃にお構いなしに、話を進めるアザゼル。

 ライザー・フェニックスのクイーンとの戦闘で無様を曝したことを突く。
 本来朱乃に備わっている堕天使としての力も使えば、圧倒出来た筈だと。
 それに悔しそうに反論する朱乃だったが、アザゼルはそれを封殺する。

 「自分の血を否定するな。最後の最後――――土壇場で勝つも負けるも自分次第なんだぞ?」

 過去もちもすべて受け入れて、雷の巫女から雷光の巫女に至って見せろと続けるアザゼル。

 「それが出来なきゃ、お前は今後戦闘で邪魔になる。そう思わねぇか?藤村」
 「如何して一々俺に振るんですか?」
 「そりゃお前、基本的に強者ってのは自分を受け入れた上で。乗り越えて到達した者達ばっかりだからだろ?お前さんは基本人間のままでありながら、ヴァ―リの奴も圧倒してるからな。そんな奴なら当然自分の全てを認めてるんだろ?」
 「まぁ、そうですが・・・。朱乃」
 「な、何かしら?」

 士郎に突然話を振られて警戒する。

 「お前は一体何のために強くなりたいんだ?」
 「それは・・・・・・」
 「――――なら、大丈夫だな」
 「な、何が・・・?」

 1人勝手に納得する士郎に対して、朱乃はよく解らずに困惑する。

 「表面的にはまだ迷いのある目だ。自分の辛い過去を受け入れるってのは、そうそう出来るもんじゃない。だけど、瞳の奥には確かに既に、何の為に強くなりたいかと言う望みが感じられた。後は難しいだろうが、その一歩を踏み出すだけだ。何、お前にとってリアスも、リアスの眷属も家族みたいなもんなんだろ?だったら、背中を押して欲しければ押してくれるさ。まぁ、役不足だろうが俺なんかでもいいぞ?リアスもそうだが、本当に強くなりたいって言う奴なら俺は全力で応援するからな!」
 「し、士郎君・・・」

 まるで優しい父親の様に朱乃を諭す士郎。最後に笑顔のおまけつきで。
 本人である朱乃は、別に異性として好意を寄せている訳では無いが、嫌でも頬を朱に染めて、先程の複雑な心境から士郎の言葉に心が温まった。

 『・・・・・・・・・』

 そんな朱乃の反応を見て、士郎の事を完全に理解しきれているリアスとゼノヴィアは、またかとジト目を送った。この誑しがっ!とでも言いたげに。
 その視線に気づいた士郎は、意味まではよく解っていない様だが、居心地が悪そうに顔を背ける。
 そんな士郎達に気付いていながらもアザゼルは祐斗に眼を向ける。

 「次は木場だ」
 「はい!」

 祐斗については基本的に、現状では精神面や頭脳面には問題が無いので、神器(セイクリッド・ギア)の強化訓練法を教える。

 「剣術の方はお前さんの師匠に習うんだな?」
 「はい、そのつもりです。藤村邸で住み込むようになってからは、士郎さんに稽古を付けてもらっていたので、後は剣術面を改めて見てもらった方が良いと、以前から士郎さんに言われていましたので」
 「ほぉ~~~?お優しいこって」
 「随分と何か言いたげですね?祐斗の事なら朱乃と同じく、本気で強くなりたいと言う想いに応えたまでですが?」
 「いや何、お前さんが教えてやればいいじゃねぇかよ?」
 「それは無理なんです」
 「無理?」

 士郎の代わりに応えた祐斗に、訝しむアザゼル。

 「士郎さんは剣術の才能が無いんです」
 「なn――――」
 『何ぃいいいい~~~!!?』

 アザゼルが反応する前に、信じられなかった様で、藤村邸の居候組以外の全員がリアクションの大小あれど、大いに驚いていた。

 「嘘だろ、木場!」
 「本当さ」
 「だって、会談襲撃の日も、すごかったじゃない!」
 「それでも士郎さんには、剣術の才能が無いんですよ部長ぉぉぉぉお~~!」
 「ですが、ゼノヴィアさんも含めた3対1で、いつも稽古なされているんですよね?」
 「ああ!今でも掠り傷一つ付けられないで、弄ばれている毎日さ。年齢だってほとんど同じ或いは近い上で、才能が無いにも拘らず私たちを圧倒してくる所が、士郎さんの凄まじさを表しているんだよ。アーシア!」
 『・・・・・・・・・・・・』
 「ほぉ~~~~~!」

 それぞれが士郎を奇異の眼で見ながら、自分の疑問を同居人であるゼノヴィア達にぶつけるリアス達。そしてアザゼルは、士郎に更に興味心に駆られた眼を向ける。

 (最初から人外であったならわかるが、実年齢に対して実力と共に経験豊富過ぎる。こいつは、まだまだ裏があるな~)
 (――――とでも、考えていそうだな)

 自分に向けるアザゼルの眼から、大雑把に考えていることを予想する士郎。

 「――――取りあえず、今はそれで納得しとくぜ?」
 「取りあえず、ですか・・・」
 「そりゃあ、そうだろ?お前はまだまだ隠し事が多すぎる様に思うぜ?永年生きて来た経験としてだがな。それとも、そろそろ教えてくれるのかい?」
 「面白い事を言いますね。アザゼル総督殿(・・・)
 「あん?」

 先程まで以上に真剣な声音で、アザゼル(自分)のことを総督殿と付けた上で、士郎の雰囲気に眉を顰める。

 「それはつまり、自分も曝け出すからお前も曝け出せよと言う要請ですか?」
 「ん~?別に良いぜ?お前さんの秘密には興味心を掻き立てられてたから――――」
 「私が指摘しているのは、アザゼル総督閣下が何を目指してどれだけの犠牲を出すか(・・・・・・・・・・・・・・・・・)についてもですが?」
 「ッ!?・・・・・・・・・・・・」
 (成程。この小僧、俺の現在()の本質や思想を理解した上で、初めて直面した時(あれから)今も直、現在進行中で俺の事を警戒(・・)してるのか・・・)

 片目を瞑りながら、士郎の言わんとしていることを理解したアザゼル。
 そして、昨夜からの自分に対する態度も含めて。
 本人たち以外――――つまりリアス達は、2人の話について行けずに困惑している様子だったが。

 「――――とは言っても、曝け出すも何も、お互いなにも無い腹を探りあいするのも無益ですし、ここまでにしましょう。アザゼル先生(・・)
 「・・・ああ、そうだなぁ」
 (暗に無理矢理干渉してくるなと言う脅し――――いや牽制か・・・)

 士郎の言葉無き提案に、表面上乗る事にしたアザゼルは、気持ちを切り替えて次に移る。

 「じゃあ仕切り直すが、木場の次はゼノヴィア。お前だ」
 「ああ」
 「お前にはデュランダルを今まで以上に使いこなしてもらう事。それとは別に、もう1本の聖剣に使い慣れてもらう事だ」
 「もう1本?つまり、二刀流の戦闘にも慣れろと?」
 「そこは状況次第で自己判断に任せるが、いざとなれば剣術の才能は兎も角、(かた)を教えてくれる熱心な『先生』がいるだろう?」

 皮肉気味に口を尖らせて言うアザゼルに、言われた本人はジト眼を向けながら口を開く。

 「まぁ、ゼノヴィアが望むなら教えるだけですので」
 「じゃあ頼んだぜ?『先生』。次はギャスパーだ」
 「は、はぃぃぃいいい!」

 アザゼルの言葉に緊張を見せるギャスパー。

 「お前は、木場同様に神器(セイクリッド・ギア)の訓練だ。イッセーの血を飲むことでセイクリッド・ギアの力を中々コントロール出来るようになったが、何時もイッセーが近くに居る訳でもないし、そこらへんのコントロール法を後で教えてやる。それに力の上限を上げるやり方もな」
 「わ、分かりましたぁぁあああ!宜しくお願いしますぅウウウ!!」

 相変わらず、語尾を伸ばす口調は変わっていないが、以前よりも短くなっている上に、瞳にややではあるが強い意志を感じられる。
 しかし、未だに表面的にしか解らないリアスは、アザゼルに質問をする。

 「ちょっと待って、アザゼル!ギャスパーはまだ人見知りが激しいのだけれど、そこら辺の対策はいいの?」
 「そこは必要ねぇよ」
 「如何して?」
 「例によって、既にそれ相応にアドバイスや対策を考えたやつがいるからだ」

 侮蔑では無いが、未だに含みのある言い方で士郎に視線を向けるアザゼル。

 「――――祐斗やゼノヴィア、それにソーナのクイーンたる椿姫達と同様に、強くなりたい或いは変わりたいと本気の姿勢を見せて来たから、対策を考えたまでだよ。その証拠に、冥界に来てからギャスパーは一度たりとも段ボールなどを使って身を隠していないぞ。リアス」

 士郎の言葉に、リアスは本当なの?とでも言うかのようにギャスパーに目を向ける。

 「な、何とか、頑張ってますぅぅううう!」

 ギャスパーのオドオドしてはいるが、自分や何かに対して戦っている男の子の顔を見て、漸く納得したようだ。

 「もう質問はねぇな?次行くぞ。って事で、次はアーシアだ」
 「はい!」

 自分の出番だと力強く返事をするアーシア。
 彼女が意気込む理由は、自分は普段からあまり役に立っていないのではないかと言う、自己評価によるものだ。
 客観的に見れば、回復要員が居ないので大いに役立っているのだが、気にしているのは彼女自身であり、そう言っても本人は完全に納得しえないだろう。

 「お前も、基本的なトレーニングを熟して、魔力と身体の向上を図れ。そして、神器(セイクリッド・ギア)の強化による特訓だ」

 アーシアの神器(セイクリッド・ギア)の強化と言っても、これ以上必要があるのかと一誠は、アザゼルに疑問を投げかける。

 「お前の言いたいことは判るが、問題は負傷者を回復させるのに、わざわざ近寄り直接接触しなければならない点にある」

 そしてその問題点の改善として、アーシアの回復領域の拡大を指摘した。
 しかし、彼女の性格上の問題――――慈悲深き優しさが仇となり、領域内に居る敵まで無意識に回復させるだろうと言うのがアザゼルの見解だ。
 その意見には、アーシアの優しさを十分に把握し終えていた、ほぼ全員が同意するほどだった。

 「けどそれじゃあ、アーシアは訓練しても意味ないって事ですか?先生!」
 「いんや、この裏技にはもう一つの可能性が残っている。即ち、飛ばす力。回復のオーラの投擲とでも言えばいいか」
 『な!?』
 「ふむ」

 アザゼルの言葉に、今だ感情の起伏が激しく情緒が不安定の小猫以外のリアスの眷属らが驚く。

 「それは、少し離れた一誠さん達に、私の回復の力を飛ばせると言う事ですか?」

 アーシアの何かを飛ばす、或いは投げる動作に一誠は癒された。
 因みに士郎も癒された。まるで、小動物の可愛らしい行動を観察しているかのような感情が湧き上がる事を自覚しながら。

 「ああ、イメージとしてはそんな感じだな。イッセーが少しばかり、距離がある場所での戦闘により負傷しているところに、直接触れて触るよりも効果はある程度落ちるが、それなりの回復を見込めるはずだ」
 「やったな、アーシア!そうなったらもう、回復において、お前以上なんて居なくなるんじゃないか!?」

 アーシアの手を掴み我が事のように喜ぶ一誠。
 それにつられて手を掴まれたアーシア自身も喜ぶ。

 「オイオイ。喜ぶのは修得後にやれ」
 『す、すいません』

 アザゼルに窘められて、浮かれた心を落ち着かせながら、謝る2人。

 「それで藤村『先生』、お前さんからは何かアドバイスは無いのかい?」
 「・・・・・・俺を完全万能超人と思っているんですか?」
 「いやいや、お前さんなら、俺とは違う観点からの“何か”が閃くんじゃねぇかと思っただけだ」

 先程から自分に対して露骨なまでの含みを見せるアザゼルに、必要以上に仲を深める気が無いので構わないが、少々イラついてきた士郎だったが、一応考えていた事を答える。

 「それじゃあアーシア君――――」
 「君付けなんていりませんよ?お――――藤村先輩」
 「なら、俺の呼び方も士郎で構わないぞ?」
 「では、ゼノヴィアさんと同じように士郎さんで良いですか?」

 勿論と言葉無く、許可する士郎。

 「なら俺の方は、アーシアと。うん、以前から思っていたが、この呼び方は実に君らしい良い名前だな!」
 「そ、そう、です・・・か?」

 士郎からの賛辞にアーシアは、頬を朱に染めて嬉しそうに、だが少し恥ずかしそうな顔をして照れる。
 そんなアーシアに、あくまでも異性としての好意による感情では無いが、先程の自分に向けてくれた優しさが薄まるように気がして、朱乃は少しだけ妬いた。

 それを見てリアスは呆れ果てるが、士郎を完全に男として見ているゼノヴィアは、先ほどの怒りがふつふつと再燃中だった。

 (いい加減に自粛しないと、本当に何時か刺し違えてでも後ろから刺し殺すぞォオオオ!しかもよりによって、アーシアに毒牙を掛けようとするなんて、この天然ジゴロがッッ!!)

 内心で吐き捨てると言う、器用さを見せながら、徐々に殺気に染まっていく。
 祐斗はそんなゼノヴィアのすぐ近くで、辟易しながら溜息をつく。

 (いざとなれば止めるしかないけれど、今後のためにも士郎さんには少し、痛い目に遭ってもらった方が良いのかなぁ・・・?)

 そして祐斗とは別に、アザゼルも溜息をつく。

 (昨夜の件は、俺が切っ掛けになった事は潔く認めるが、大部分はやっぱり士郎(コイツ)の無意識による誑しが原因じゃねぇ?)

 しかし当の本人は、アーシアの笑顔に癒されている様で気付かない様子だ。
 その事に更に殺気を濃密化させていくゼノヴィア。
 そんな事はお構いなしに本題に入る。

 「まず気付いた点が二つある。一つは回復の力を飛ばす点だ」
 「それは士郎さんみたいに、精密なコントロールが必要と言う事でしょうか?」
 「精密すぎる必要はないが、ある程度はな。だがそれ以上に必要なのは空間把握力だ。アザゼル総督閣下(・・・・)は投擲みたいと言ったが、それは所詮イメージだ。質量があるワケでもないのだから、無理に力を強める必要も無いしな。自分と対象者の位置をしっかり仮把握してからやらないと、今後アーシア自身のその技術が広まれば、戦闘中に敵が利用してくる可能性は極めて大きいからな」
 「な、なるほど!」
 「とは言っても今回は初戦闘、その空間把握力については追々の課題で良いと思うぞ?」
 「わ、わかりました!」

 士郎の優しげな説明に、何故か背筋をピシッと立てるアーシア。

 「それともう一つは、アーシアと言うよりリアスだな」
 「わ、私?」

 いきなり白羽の矢が立ったので、リアスは軽く驚く。

 「ああ。質問なんだが、転生悪魔の駒、イービルピースのシステムについては何所まで把握しているんだ?」
 「え?ま、まあ、キングとしての常識位は把握しているけど?」

 士郎から何やら、鋭い叱責でも喰らうのではないかと言う考えがあるようで、顔が少しばかり引き攣っている。何もしていないのに親に怒られるのではないかと言う、子供じみた発想だ。
 そんな幼馴染の胸中を知る由も無い士郎は、遠慮なく説明を続ける。

 「そうか。これは俺がサーゼクス様から、今まで聞いてきた情報を踏まえた上での勝手な考察なんだが、もしかしたらキングは離れていても眷族の体調や状態を、ある程度簡略化された情報として把握できるんじゃないかと思ってな」
 「え?そ、そうなの!?」
 「あくまでも俺の勝手な考察だ。だが、出来る事なら後でアジュカ(・・・・)に確認を取ってもらえますか?総督閣下殿」
 「まぁ、別にかまわねぇが・・・?」

 アザゼルはこの時、何やら腑に落ちないような微妙な表情をした。自分が士郎に対して『先生』と呼ぶことの意趣返しとしてやってきている、士郎の『総督閣下殿』呼ばわりにでは無い。

 「だけど士郎、それが何だって言うの?」
 「解らないのか?あくまで様々な条件も付くだろうが、アーシアの視力内までで体調が変化している眷属に対して、もしアーシアの近くにリアスがいれば情報を直接伝えるなりして、離れた距離からアーシアの回復能力の戦略幅が大きく広がるじゃないか?」
 「あっ、そうか!」

 リアスの気づく声を皮切りに、他の眷属たちも気づき始めた。
 そしてアザゼルは、先ほどの腑に落ちない感を一度置いといて、クククと笑いながら士郎を不敵な笑みで見る。

 「なるほどなるほど。やっぱりなかなか面白い観察眼をしてるんじゃねぇか?」
 「そうは言いましても仮定の話ですし、もしかすれば公になっていないだけで、レーティングゲームのプロは少なからず知っているかもしれませんよ?俺の様な若輩が思いついた考察ですからね」

 皮肉気に、しかし確実に賛辞を贈るアザゼルに対して、謙遜に受け答える士郎。
 そんな士郎に対して、リアスは改めて幼馴染の凄さを理解した。

 (多くの経験を踏まえた上での観察眼と言うのは、此処まで凄いの?)

 驚きを隠せないリアスだが、士郎も深い観察力を発揮したわけでもないし、この程度の観察眼を持った者なら人間と人外の差別なく、ごまんといる事だろう。

 「あー、後もう一つあったんだ」
 「オイオイ、まだあんのかい?気まぐれで聞いたんだがな~」
 「とは言ってもこれは考察どころか、思い付きの様なモノですがね」

 アザゼルに応えてから、士郎は改めてアーシア側に翻る。

 「アーシアは、過剰回復と言う言葉を聞いた事があるかい?」
 「い、いえ、初耳です。もしかして何時か学校のテストで出ますか?」
 「恐らくは出ないだろうから安心してくれていい。過剰回復とはね、文字通り対象者の体の一部分に過剰な回復エネルギーを送り込むことによって、軽ければ神経の誤作動重ければ肉体組織を破壊することが出来る。いわば遠回りの攻撃方法だよ」

 説明相手がアーシアだからなのか、先程から声音が何時もよりも3割増しに優しい。

 「薬も多量であれば毒となり、毒も少量であれば薬となると言う事でしょうか?」
 「少し違うけど間違ってもいないな。と言うか、随分と難しい言葉を知ってるじゃないか。偉いぞ、アーシア」

 言い終えると同時に士郎は、アーシアの頭を優しく撫でる。

 「ふぁぁぁあ!きょ、恐縮ですぅぅぅう!」

 士郎の撫で方が余程気持ちいいのか、気の抜けた声を漏らしながら頬を朱に染め上げる。
 そんな甘々空間を、それぞれが別々の気持ちで見ており、中心人物の2人をゼノヴィア以上に一誠が嫉妬していた。

 (いつもなら、アーシアを撫でながら褒めるのは俺の役なのにぃぃ・・・!)

 まるで、大切な妹に男が出来たような心境の一誠は、今自分が実感している感情――――嫉妬は邪推であると理解出来てしまっていたために、ただ黙りながら歯噛みするしかなかった。

 「けれど、士郎。その過剰回復については、技術以前に優しいアーシアには難しいわよ?」
 「難しくてもいいんだよ。会談襲撃の日の様な敵に遭遇して、力があるのに守れなかったとなった時に後悔するような結末よりはな。――――だがリアスが言った様に決めるのはアーシアだ。これから如何したいか、しっかり考えるんだぞ?」
 「はい!」

 士郎の諭すような言葉に、アーシアははっきりと返事をした。

 「話は済んだようだな。それじゃあ進めるが、小猫。次はお前だ」
 「はいっ!」

 小猫は今、此処に居る誰よりも、やる気十分な程に力強く返事をした。

 「お前は『戦車(ルーク)』としての素質面は十分なほどのモノがあるが、リアスの眷属の中にはお前以上のオフェンスが強い奴らがいる」
 「・・・・・・はい、わかっています」

 アザゼルのはっきりとした言葉に悔しそうにする小猫。
 そこから先も、今まで以上に現実を小猫に突き付けて行く。
 その度に握り拳を強くしていくが、アザゼルも小猫が強くなりたいと言う本気を真剣に汲んでいるからこその、前置きの説明だ。

 「――――お前も他の奴らと同様に、基礎の向上を図れ。その上で朱乃同様に自分の本質を曝け出せ」
 「・・・・・・・・・」

 アザゼルの言葉に今まで以上に元気をなくす小猫。

 「なーに、背中を押して欲しければ『先生』に頼めばいいさ」

 再び士郎に無茶ぶりをしてくるアザゼル。

 「最早、完全に露骨ですね?まぁ、彼女が望むのであれば微力でしょうが力添えをするだけです」
 「さっすが、『先生』♪それで、他の奴ら同様にアドバイスは無いのかい?」
 「――――ですから、俺は万能超人では無いんですがね・・・」

 大きくため息をつくように返事をする士郎は、取りあえず観察する様に小猫を見やる。

 「・・・・・・・・・ふむ。小猫く――――」
 「呼び捨てで良いです」
 「そうか、なら小猫。君は仙術を扱うんだよな?その上で、何かしらの決まった武術を習っているか?」
 「い、いえ、何も・・・完全に我流です」
 「なら、仙術の発祥は大陸圏だし、中国武術のどれかを教わる気は無いか?」
 「・・・・・・それは、藤村先輩が会談襲撃の日に、白龍皇相手に使っていた無手の武術とかですか?」

 あの日、小猫は戦闘中に何度かのチラ見ではあるが、士郎の戦闘を見ていたのだ。

 「ああ、アレは八極拳だな。だが、仙術――――仙人が修得していた武術と言えば太極拳だ。他には八卦掌なんかもあるな。俺が中国武術で一番よく使用しているのは八極拳だが、戦略幅を広げるためにも一応他の2つも齧っているから、形や基本的な技であれば教えられるが如何する?」
 「お、お願いします!これ以上、皆さんの足手まといになるのは嫌なんです!」

 士郎の提案に二の句も告げず、縋るように頼み込んでくる小猫。

 「わかったよ。家にそれらの武術書があるから、この後解散後に即とってくるから読んでみると良い。と言っても基礎は教えなきゃならんし、初日は確実に小猫の練習に付き合うぞ」
 「あ、ありがとうございます!」

 力強く返事をするが、焦りも強く見せていた小猫に、士郎は考え込む。
 その様子を見計らいながらも、時計を確認しているアザゼル。

 「・・・・・・・・・最後はイッセーだが、ちょっと待て。お前には専属のコーチを呼んでる」
 「コーチですか・・・」
 「ああ、そろそろなんだが・・・」

 そのまま上を見上げるアザゼルに釣られて、一誠も見る。
 他もやや遅れ空を見上げると、空から一つの影が降りて来る。
 近くなるにつれて影が大きくなり、全体も見えてくる。

 「アレは・・・・・・!?全員耐震に備えろ!」
 『え?』

 士郎が、影の正体にいち早く気づいたようで、皆にそう呼びかけるが遅かった。

 ズッォォォォォォオオオオオオオオオンンン!!!

 何かが落ちてきた衝撃で、此処一帯の地面が揺れる。
 ゼノヴィアは士郎の呼びかけに瞬時に反応して、アーシアを抱留めながら振動に耐える。
 祐斗も瞬時に小猫とギャスパーを支える。
 リアスと朱乃はお互いに支え合う。
 残りの一誠は、椅子から転げ落ちそうになった所で、士郎に首根っこを掴まれて尻もちを付かずに済んだ。

 「こ、これって、ドラゴン!?」

 士郎に掴まれたまま驚く一誠。
 そう、大きな影の正体は、15メートル前後はある巨大で強大な幻想種、ドラゴンだった。

 「そうだイッセー。こいつはドラゴンだ。魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)、聖書に記されたタンニーンと言うドラゴンがコイツの事だ。おい、タンニーン!お前は静かに降りられねぇのか?」
 「アザゼルか。呼び出しといて随分な言い草だな。協定締結の話は俺の耳にも届いていたが、だからと言ってよくもまぁ、こんなにも堂々と悪魔の領内に居れるものだな?」
 「ハッ!こちとら正式に魔王様方に入国を許可されてるんだよ?文句でもあんのか?」
 「フン、まあいい。俺はサーゼクスの顔を立てる形で、今回の頼みを引き受けたんだ。その辺を弁えてもらうぞ?堕天使の総督殿?」

 お互いに不敵な笑みを崩さずに皮肉や含みを利かせる。

 「わーってるよ。――――イッセー、このタンニーンがお前のコーチだ」
 「え・・・・・・・・・・・・ぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええ!!!?」

 聞いてないですよっ!?とでも言いたげに、驚きながらアザゼルに詰め寄る一誠。

 「サプライズだ♡」
 「ひっどぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおいいいぃぃぃ!!」

 要らんサプライズに一誠は、この外道!とでも言いたげに、言外にアザゼルを糾弾する。

 「久しいな、ドライグ。起きているのだろう?」

 一誠の何時もの大げさなリアクションに眼中に無い様子で、タンニーンが一誠――――というより、タンニーンに呼びかける。

 『ああ、随分久しいな。タンニーン』

 出たり消えたりするのも何なので、トレーニングメニューの受け渡し時から出現していたブーステッド・ギアの宝玉が、光りながら応える。

 「し、知り合いか?」
 『ああ。こいつは元六大龍王の一角だ』
 「タンニーンが悪魔に転生してから、今では一角減って『五大龍王』なってるんだよ。今じゃ、転生悪魔の中でもトップクラスだ」

 一誠の疑問に、ドライグに引き継ぐ形でアザゼルも説明した。

 「タンニーンの息吹は、隕石の衝撃に匹敵すると言われているんだが・・・・・・タンニーン。悪いが、この赤龍帝を宿す子供の特訓に付き合ってくれ。ドラゴンの使い方を一から叩き込んで欲しい」
 「先生!?ちょっt――――」
 「ドライグの奴の指導では駄目なのか?」
 「神器(セイクリッド・ギア)に封じられていては限界があるんだよ。それに何より、ドラゴンの力を高めるやり方と言えば――――」
 「実戦方式が一番と、いいだろう。俺にそこの子供を苛め抜けと言うのだな?」
 「いや!だから、ちょt――――」
 「ドライグを宿す者を鍛えるなど初めての経験だが、やるだけやってみよう。取りあえず、生かさず殺さずでいいのだな?」
 「俺の意け――――」
 『ああ、頼む。今代の相棒は脆弱なんでな。それなりの手心と、加減をしてやってくれ』
 「クク、解っている!」

 特訓を受ける側である本人の意見を完全に黙殺されたまま、話が進む。いや、完了してしまった。
 タンニーンもタンニーンで、最初は嘆息していたにも拘らず、今は面白そうな玩具を見るような眼光で一誠を捉えていた。

 「――――ところで、如何して冥界に人間がいるのだ?」

 タンニーンは、一誠を見た時とは打って変わり、露骨に見下すように士郎に眼光を移す。
 士郎と言えば、別に何とも気にしない様子で明後日の方向を向いていた。
 しかしゼノヴィアは、大好きな異性を軽く見られたと言う風に受け止めたのか、士郎の前に出てタンニーンを睨み返す。

 「いくら最上級あくまでも、士郎さんを見下すなんて許さない!」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「ちょっと、ゼノヴィア!幾らなんでも――――」
 「お前もだリアス。下がっていろ」

 ゼノヴィアの場違いの蛮勇に、止めに入ろうとするリアスだが、士郎が割って前に出る。
 もめ事を起こす気など無かったのだが、自分を庇って女性が盾になる状況になる等、士郎にとってはそれこそ許容できない事だからだ。

 「申し訳ありません、タンニーン殿。私は藤村士郎と言う雑輩であります。挨拶が遅れてしまい、申し訳ありませんでした!」
 「藤村士郎・・・?ああ!サーゼクスの奴が言っていた人間か。確か――――」

 タンニーンは思い出しながら言葉を紡ぐ。

 「――――まるで、昔からの付き合いのある友人の様であり、裸の付き合いというイベントも過ごした、肩を抱き合うほどの親友だと、サーゼクスは言っていたな。大したものだ!人間風情が魔王と肩を並べるなどと・・・!」
 「違います!そんなものはでっち上げであり、事実無根です!」
 「ふむ?そうなのか・・・」

 チャッカリ妄想を捏造しようとしたサーゼクスの企みを、即断否定する士郎。
 しかし、肝心の会話は収束していない。

 「士郎さん!如何してそんなに腰を低くするんですか!?」

 タンニーンに対する態度に、業を煮やしたゼノヴィアは、今度は士郎に詰め寄る。

 「いや、仕方がないんだ。ドラゴンと言う種にとって、人間と言う存在は基本的に地を這う虫けらか餌同然でしかないんだよ。たとえタンニーン殿に悪気が無くても、龍としての本能がそうさせてしまうんだ。そうだろ?ドライグ」
 『だいたい正解(あって)いるな』
 「だったら如何して、ドライグは士郎さんを見下していないんだ!?」
 『俺はもう、士郎と何度か会話しているし、士郎の規格外の実力も目にしている。何よりこの身はセイクリッド・ギアの中にある。肉体の存在は薄らいでいるから、ほとんど魂の存在なのだ』
 「だからそれが一体何だって言うんだ!?」

 ドライグの説明に未だ興奮を抑えきれない様で、詰め寄る。一誠の左腕のみに。少々、シュールな光景だ。

 『お前たち人間の信念や勇気と言うモノは心――――いや、魂に依存してくるものだ。しかし、本能と言うモノは、生きとし生ける全てが肉体に依存している。そして、タンニーンは悪魔に転生しても、龍としての本能は薄らぐことなかったのだろう。それ以前に、士郎は人間の中で英雄と言うカテゴリーだ。英雄等人間の中でホイホイ出現する者ではないぞ?特に今の人間界では顕著であろう?話を戻すが、龍に向かって行ける人間は、英雄と言うカテゴリーのみに限られるだろう。そもそも、冥界に人間が来ることなど滅多にないのだぞ?それを今すぐにタンニーンに馴れろと言うのは、難しいだろうな』

 長々と、しかし丁寧に説明するドライグに、今だ納得しきれてはいないゼノヴィアだが、渋々興奮を抑える。
 そして自分の心中を勝手に説明されたタンニーンは、元龍王の一角としてのプライド上、面白くなさそうだった。しかしそれ以前に、ドライグの声音に興味を向ける。

 「ドライグ、お前はまさか、そこの人間を気に入ったのか?」
 『見どころはあると思うが?アザゼル曰く――――現白龍皇は歴代最強の様だが、士郎は奴を圧倒していたからな』
 「ほぉ・・・?」

 ドライグの言葉に、士郎を見やる眼光をより鋭くする。
 それは先ほどの様な見下す視線では無く、一誠を鍛えてやろうと言う意気込み時以上の興味心と高揚感を孕んでいた。
 確かに見下される事は無くなったようだが、地位や名誉に拘らず、平穏な人生を送れる事こそ一番だろうと考える士郎にとっては、その結果が幸せに繋がるとは限らないだろう。

 だがタンニーンは、眼光の先を士郎から遥か先に離れた山の方角に移す。

 「リアス嬢、あの辺りの山を貸してくれ。あそこでこの小僧を鍛える」
 「ええ、構わないわ。死なない程度に鍛えてあげて頂戴」
 「任せろ」

 如何やらタンニーンは、士郎への興味を抑えて、頼まれごとを優先させるようだ。
 現に、一誠に確認も取らずに本人をその手で掴み、翼を広げて飛び立っていった。

 「部長ぉぉぉぉぉおおおおおおおおぉおおおお―――――」

 掴まれた本人は、心の準備も無しに事態に流されながら、愛する人の呼び名を慟哭として響かせていった。

 「それじゃあ、解散しましょう。みんな頑張るわよ!」
 『はい』

 そうしてリアス眷属らは散る様に解散していった。


 -Interlude-


 「如何したんだ?リアス。俺だけ呼び出して」

 解散直後に、リアスは士郎を私室に連れ込んでいた。

 「特別な用があるワケじゃないんだけど、気になる事があったのよ」
 「?」

 士郎としては身に覚えがないので、傾げるだけだった。

 「イービルピースのシステムの確認時に、如何して貴方は、現ベルゼブブ様をアジュカ(・・・・)と呼び捨てにしていたの?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 リアスの素直な疑問に士郎は、完全に虚を突かれたように固まる。
 そして、事態は再び動き出す。

 「あっ!?いや、それは、その・・・」
 「・・・・・・ベルゼブブ様と知り合いなの?」
 「うっ・・・・・・あ、ああ。ちょっとあってな、結構前から個人的に親交を持っている。勿論、この件もサーゼクスさんは知らない筈だ」
 「そう、それで如何して呼び捨てにしてたの?」
 「癖でな。何故か俺の敬語に不快感を感じると言われて、今後は呼び捨てにしろと言われたんだ」

 そこまで言われてリアスは漸く理解した。

 「――――つまり、士郎はそれを拒んだけれど、アジュカさまは口を利かなくなったところで、仕方なく呼び捨てにしなければならなくなった、と言った処かしら?」
 「ああ、よくわかるな・・・。ところで、リアス――――」
 「判っているわよ。お兄様には秘密にしてほしいと言うのでしょう?」
 「すまないな、リアス・・・」

 士郎の謝罪に、リアスは嘆息しながら注意する。

 「謝るんじゃなく、こういう時はお礼の一言でいいんじゃなかったのかしら?」
 「!――――ああ、そうだったな。ありがとう、リアス!」
 「いいのよ。困った時はお互い様だし、友達は助け合うモノ何でしょう?」
 「まったくその通りだ。自分で言ったことを指摘されるなんて、俺もまだまだだな」

 リアスの指摘に自嘲する士郎。

 「だけど気を付けた方が良いわよ?アザゼルってば、気付きかけてたから」
 「そうなのか?」
 「ええ。でも安心して、その時は口裏合わせてあげるから」
 「重ね重ね、ありがとうな。それじゃあ俺は、小猫の指導のために本を取りに行くから・・・」
 「ええ。小猫の事、お願いね」
 「了解した。何とか期待に沿えるように、努めよう」

 士郎はその言葉と共に、リアスの部屋から退室した。
 それを見送ったリアスは自分に気合を入れる。

 「ヨシ、私も頑張りましょう!」

 こうして目覚め起とは、比べ物にならない位元気になったリアス。
 少なくとも、時折悩まされている妙な夢を忘れる位には。
 こうしてリアス達は、レーティングゲームに向けての特訓をそれぞれが始めるのだった。 
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