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藤崎京之介怪異譚

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case.2 山中にて
  Ⅱ 同日 pm11:08



 食事も終えて、俺達は楽器をいじりながら話しをしていた。
 まぁ、色々だ。音楽の話しから女の話しまで…。男が三人集まれば、こんなもんだと思う。
 だが少しすると、鈴木が妙なことを話し始めた。
「この前さ、なんか変なもん見ちゃったんだよなぁ。」
 この意味深な前置きは…?
 もうかなり時間が経っている。時計は11時を示していたが、こんな山の中だ。辺りは川のせせらぎや虫の鳴き声があるだけで、人工的な音は何もない…。
「やめてくれよ。そういう話は他所でしてくれ…。」
 俺は苦笑いしながら言った。遊びに来てまで、そんな話は聞きたくない。
 普通は逆なんだろうが、俺の場合、それが現実として現れるんだからなぁ…。
「いいじゃんか、俺は気になるゾ?で、何を見たんだ?」
 小林のヤツが鈴木を急き立てた。こうなってしまうと、もう止めようがない。
 この二人…怪談話好きだからなぁ…。
 そうして、鈴木はうっすらと笑いを浮かべながら、静かに喋り始めた。
「あのな、先日のことなんだけどさ。暇だったからDVDでも見ようかと借りてきたんだ。それも怪談系のやつな。」
「あるなぁ…。ただ話してるだけってやつだろ?」
「そうそう。下手にドラマ化されてるやつより面白いからな…。けどさ、そいつを見ていた途中、妙なことが起こったんだ…。」
 小林は鈴木の話しを面白がって聞いているが、こっちはたまったもんじゃない。
 彼らは話を続けていたが、俺は何も起こらぬよう、祈ることしか出来なかった。
「で、何があったんだ?」
「あのな、中程までそいつを聞いていたんだが、途中から小さな音が入ってきたんだ。効果音がないのが良かったんだが、やっぱり使うのかって思ってたんだけどさ…。」
 そこで鈴木は一旦話を切り、ビールで口を潤した。
 小林は速く先が知りたいらしく、少し前のめりになって鈴木に言った。
「それで、どんな音だったんだよ。」
「それがさ…赤ん坊の鳴き声なんだ。それが段々と大きくなって、仕舞いには語りの声が聞こえなくなっちまったんだ…。」
 鈴木がそこまで語り終えた時、開いていた窓からチラッと光が射した。
 もう外は真っ暗闇だ。時間も11時を回っているというのに、この山の中に誰かやって来たということだ。
 鈴木は話を中断し、窓から外を覗いた。
「誰だ?こんな時刻に山に入ってくるなんて…。」
「若いヤツなんじゃないか?涼みにでも来たんだろうさ。」
 俺は軽く言ってみたが、鈴木はそれを否定した。
「ここら辺の人間は、こんな時間にここへは来ないぜ?京、お前も分かってると思うが、ここの道は結構悪いからな。」
 小林も怪訝な顔をして言ってきた。
「おかしいぜ?あれ、バイクのライトじゃないのか?」
 そう言われてみると、確かに光は一つだ。それも、音はするが近付いてきてる様子がない…。
 一定の場所でライトは光っていて、音は走っているように聞こえているのだ。
 俺達はゾッとした。
「あのさ…、あんなに遠くに見えてんのに…なんでこんなに音が近いんだ…?」
 小林がボソッと呟いた。それは、そこにいた誰もが感じていたことだった。
 段々と音だけが近付いて来ているようで、なんだか気持ちが悪かったが、暫くして光と共に唐突に消え去ってしまったのだった。
 どれくらい経ったのだろうかと、俺は時計の時刻を確認すると、11時43分を示していた。
「そう言えば…。」
 小林が何かを思い出したかのように、不意に呟いた。
「かなり前の話しなんだが、親父から聞いたことがある。今から数えると、まぁ四十年以上も前になるが、バイク事故があったんだ…。」
 彼の話しによると、ここへくる途中にある小さな橋の欄干に、一人の青年が激突死したのだそうだ。
 この青年は小林の父親の友人で、この時は弟(小林の叔父にあたる人だが)と共に走っていて、運悪くスリップしてしまい、そのまま頭から欄干に激突したのだと…。
 俺と鈴木はこの話を聞き、互いに顔を青くした。
 もし、今のがこの話しに出てくる友人だったら…。
「勘弁してくれ…!」
 俺は心底そう思った。
 だが反面、こうやって映像として焼き付けられているというのが気になった。そうとう強い想いがあったに違いないからだ…。
 俺はそんな彼の想いを知りたいとも思っていたのだ。
 だが…それは無理と言うものだ。四十年以上も前に亡くなった彼の想いを、一体誰が知り得るというのだろう?
 それ以上に、ここは廃村になって久しい村だ。情報を集めるにしろ、大半の住人は県外へと去っている。無論、事故死した彼の肉親もどこへ行ったのか定かではないのだ…。
「しかし…、あの光の主は何が言いたいんだ?和巳、お前の話にしたって、もう四十年も前の事故の話だしなぁ…。」
 鈴木が小林に問い掛けた。
 小林はどうしたものかと頭を掻きながら、鈴木にこう言ったのだった。
「さてね。この辺りじゃ、うちの親父しか見てねぇからなぁ。だがな、他の人はまた、別に不思議な体験をしてるしな。この廃村はさ…」
「もういいから!この話しは、ここら辺でやめよう。それより、演奏でもして楽しむ方がずっといい!そのために俺は来たんだぞ?」
 俺はリュートを調弦しながら言った。彼らも「そうだな…。」と呟き、各々の楽器を手にしたのだった。
 その日は他に何があるわけでもなく、暫く演奏を楽しんだ後に床についた。
 だが、終わりにモーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を演奏したのは、きっと心のどこかで、見たものに対しての畏怖の念があったのかも知れない…。



 
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