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【銀桜】7.陰陽師篇

作者:Karen-agsoul
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第7話「イカナル時ニモ笑顔ヲ絶ヤサナイ」



 晴明とクリステルが放った一撃は蒼い炎と化し、容赦なく道満の身体を包みこむ。
 二人の陰陽師の力の前に成す術もない道満は、ただただその身を焼かれ痛々しい悲鳴を会場に轟かせるだけだった。
 これで勝敗は決まったと銀時達を始めバトルを観戦していた巳厘野衆たちもそう思っていた。

 道満の頬に刻まれた邪印が彼の身体を蝕むまでは。

* * *

――どうして……。

 燃え盛る炎の中で道満は叫ぶ。

――どうして俺は奴に勝てない。
――どうして皆俺を嫌う。
――俺はただ…。

 炎に飲まれる黒き陰陽師の心に、幼き日々の記憶が蘇る。
 まだ物心ついた頃、道満と晴明は決して仲悪くなかった。
 むしろ互いに呪法を見せっこしながら笑い合う友達同士だった。
 教えてもらうのはいつも道満で、確かに陰陽師としては晴明の方が上だった。
 けれど、そんなの気にならなかった。
 道満にとってたくさん術を操れる晴明は憧れの友達だったから。
 一族が宿敵同士だろうと、晴明と道満にはそんなの関係なかったのだ。
――『大人達は喧嘩ばかりしてるけど、僕らならきっと仲良くやれるよね』
――『ああ。わしらが手を組めば最強じゃ、道満』
――『うん。大きくなったら一緒に江戸を護ろうね、晴明くん』
 幼い少年たちはそう約束していた。
 だが両家の因縁はそんな小さな友情さえ引き裂いた。
 一世代前の巳厘野衆頭目――つまりは道満の父が許さなかったのだ。
 一人の姫君をめぐって起きた争いで巳厘野衆は結野衆に叩き落とされ、地位も名誉も奪われた。その一千年以上も前の怨念にとり憑かれた道満の父は、結野衆に深い憎悪を抱いていたのだ。
 父は息子に結野衆の次期頭目――晴明を抹殺するよう命じた。もちろん道満は拒んだ。
 だが神童と謳われる晴明との格差、同じ尻野衆から囁かれる期待外れの評価、さらに日々絶え間なく続く父からの罵倒に耐えきれず、道満は親友に刃を向けてしまった。

 そして、少年達の約束はもろくも崩れ去った。

* * *

「なんだ、アレは」
 常に警戒を怠らない双葉がその異変にいち早く気づいた。
 炎の中で悲鳴を上げる道満。頬に刻まれた邪印が身体中に広がり、忌まわしい雰囲気を醸し出していく。
 それは次第に会場を、いや人々の心に得体のしれない恐怖を漂わせる。
「まさかあの男……」
 その中でただ一人外道丸が冷静に事の成り行きを見抜いた。
 この上ない邪悪な鬼神の復活を。

* * *

 幾度も晴明に倒され、父にさえ認めてもらえず、冷たい雨に濡れる日々。
 陰に埋もれる道満の心を照らしたのは、太陽と共に輝く眩しい笑顔――クリステルの優しさだった。
 雲ひとつない晴天の笑顔に道満の心は少しずつ惹かれていった。
 そしてそれを我が物にしたいと強く願った。
 だが手にした途端、その光は輝きを失った。
 クリステルは笑顔一つさえ見せなくなったのだ。

 望みの女を手に入れようと、最強の力を得ようと、心は晴れない。
 重く暗い雲が広がっていく。

――ナゼダ!?オレハタダァァァァァァァ!!

【道満 我に身をゆだねよ】

 『陰』が道満の心にささやく。

結野衆(やつら)巳厘野衆(ぬしら)を陽の下から陰へと追いやった滅すべき仇】

――オレハァァァァァァァァ!

【何を迷う?何を戸惑う?ただ憎悪(われ)に身を委ねればよいのだ】
【お前から全てを奪った連中を許すな】
【どうせ手に入らぬのなら……】
【全て壊してしまえ】
【全て滅してしまえ】
【そして】

【闇に染まれ】

* * *

「うぐああああああああああああああああああ!!」

 邪印が全身を蝕んだ途端――絶叫を上げる道満は醜い巨大な鬼へ変貌した。
「式神を自分の身に宿したの?」
「違う。あれは式神なんて生易しいモンじゃないでござんす」
 おぞましい殺気に気圧され額にいくつもの冷汗を垂らす結野アナに、外道丸が鬼の正体を淡々と語る。
「クリステル様。どうやらあの男、憎しみのあまりとんでもないモンをこの世に呼び起こしてしまったようでござんす」
「まさか…!」
「そう。あれは一千年前結野衆と巳厘野衆が決死の思いで封じた最凶の邪神・闇天丸でござんす」
 誰にも振り向いてもらえず、想い人も奪われ愛憎の炎に焼かれた道満。彼は封印されていた『闇天丸』を呼び起こし、己の身に宿らせて最強の陰陽師になろうとした。
 だが闇天丸の真の目的は再びこの世に目覚め、両家の復讐と共に江戸を壊滅すること。
 道満は力の欲求に溺れた心を利用されたにすぎなかった。
 闇天丸へと化した道満は、巳厘野衆の陰陽師すら巻き添えにして破壊の限りをつくし始める。
「いかん!敵と味方の区別もついておらん。皆逃げろォォ!」
 晴明が跳躍して闇天丸の眼前で五芒星を描き、光弾を放つ。
 しかし直撃しても邪神はびくともしない。逆に晴明は地面へ叩き落とされてしまった。
「兄様!」
「クリステル様、下がってるでござんす」
 倒れた兄のもとへ駆けよろうとしたが、外道丸によって阻まれてしまう。
「そこをどきなさい、外道丸」
「残念ですが、クリステル様の呪法では闇天丸(ヤツ)にかすり傷一つつけられないでござんす」
 目の前で暴れるのは、かつて手を取り合っていた頃の結野衆と巳厘野衆の先祖たちが幾度の戦いを繰り返してようやく封じた邪神。しかも今の闇天丸は道満の負の情念を食らって更に力を増し強くなっている。
 最強の陰陽師の名を持つ晴明ですらあっさりやられてしまい、彼の足元にも及ばない陰陽師の自分が刃向かったところで敵うはずもない。
 暴れる闇天丸は口から不気味な妖気を放ち、瓦礫の残骸と化した会場を黒く染め上げる。

 闇が広がる。
 青く澄んだ空に。
 笑顔が溢れる江戸の街に。
 圧倒的な闇の力に飲みこまれてしまう。
 この世の全てを闇で覆うまで、闇天丸は止まらない。
 もう誰にも止められない。

 その場に崩れ落ちる結野アナに暗い陰が差しこんでいき――
 次に、もう一つ大きな影が彼女を照らした。
 木刀を手にする銀髪の侍が結野アナに背を向け立ちはだかったのだ。
「坂田さん何してるんですか!?逃げて下さい!」
「逃げる?とんでもねー台風警報出てる江戸に、雨宿りできる場所(トコ)なんざもうないでしょう。俺ァここで十分ですよ。依頼を受けたからには最後まで付き合います」
「何ふざけたこと言ってるんですか。依頼なんてもういいから逃げて下さい!」
 闇天丸が復活したと同時に、江戸には叩きつけるような雨と風の巨大な嵐が吹き荒れていた。あの邪神が生み出した空に広がる巨大な暗雲のせいだろう。
 暗雲はやがてこの世の全てを覆う。今ここで闇天丸と戦ってもどうにもならない。
 無関係な万事屋をこれ以上傷つけないために、結野アナは何度も逃げるよう訴える。
 だが銀時は全く退く素振りを見せない。
「侍は一度護ると決めたモンは自分(テメー)の命張ってでも護る馬鹿な生き物なんですよ」
 力強く、されど口元に微笑を浮かべて銀時は振り返る。
「俺ァあなたの笑顔にいつも元気づけられてきた。だから今度は俺たちが元気づける番だって、前に言ったでしょ。もうそんな表情(かお)しなさんな。いつもの笑顔(ツラ)浮かべて見てて下さい、俺たち万事屋銀ちゃんの活躍を!」
 木刀を振りかざして銀時は闇天丸へ突っこんで行った。
 無謀過ぎる姿に、結野アナだけでなく巳厘野衆も呆然としてしまう。
「お前ら何やってるアルかァァ!!もう敵だ味方だいってる場合じゃないネ!このままじゃ結野家も巳 厘野家も全部ひっこぬかれて江戸は何にもなくなっちゃうネ。力を貸すアル!」
 巨大な鬼の腕にしがみつく神楽の声が響く。小さな身体で闇天丸に立ち向かう少女の姿に心動かされ、ずっと見ているだけだった巳厘野衆の陰陽師たちは法術を唱え始めた。
 そこにわずかな希望がかすめる。
 だが闇天丸は立ち向かう神楽や巳厘野衆を軽々と払いのけ、何度攻撃を受けてもものともしない。
 圧倒的な鬼の強さに成す術もない。やはりダメだと結野アナは希望を見失ってしまう。

――どうしてこうなってしまったの?
――これも一千年続く結野と巳厘野の因縁の宿命(さだめ)のせい?
――いいえ、違うわ。
――こうなってしまったのは……全て私のせい。
――兄様は結野家と巳厘野家の因果をなくそうとしていたのに、私が無駄にしてしまった。
――あの人が憎しみの中に落ちたのも、私が彼と手を繋ごうとしなかったから。
――思えば一度も見たことがない。道満(かれ)の……。

「そうやって地べたを見てる暇があるなら、画面に向かって立ったらどうだ」
 悲嘆にくれる結野アナを鋭い声が突き刺す。
 ハッと見上げると、先ほどの銀時と同じように双葉が立ちはだかっていた。
 ただ一つ違うのは、その瞳に恐ろしいほど冷徹な光が宿っている事だ。
 双葉は蔑むわけでも励ますわけでもなく、ただ結野アナを見下ろすだけ。
「笑顔で天気予報を伝える……それが、お主が市井の人々ために選んだ(すべ)なのだろう」
 呆然とする結野アナに双葉は容赦なく言い放つ。
「なのになんだ、その表情(ツラ)は?その目元に溜った粒は?そんなものを見せつける為に、わざわざここへ来たのか」
「………」
「泣きたければ大いに泣けばいい。しかし泣き顔を晒す奴よりヘラヘラと笑っている奴の方がまだマシだと思うぞ、私は」
 その時、闇天丸がこちらに気づき容赦なく光弾を放った。
 邪悪な弾は猛スピードで双葉に迫り――
「だがな――」
 刹那――双葉は身を翻して袖から取り出した術札を投げ、闇天丸の攻撃を爆散させて叫ぶ。
 結野アナを覆っていた闇を吹き飛ばす一言を。

「ヘラヘラ笑うのは雨雲を払いのけてからにしろ!」

* * *

 巳厘野衆と銀時たちが力を合わせて闇天丸と激闘を繰り広げる戦場の中――結野アナは静かに立ち上がる。
「クリステル様、何を……」
「あなたはここでみんなをサポートして」
 戦陣へ進む結野アナを、外道丸は引き留められなかった。
 その表情は何物にも屈しない強さに満ち溢れていたから。

 ほとんどの陰陽師は攻撃を食らい太刀打ちできず、戦場に立つのは闇天丸だけになっていく。
 そんな中で結野アナは倒れる晴明の前へ立った。
「クリステル…何を…している…逃…げろ」
 息絶え絶えに晴明は訴えるが、結野アナはそのまま堂々と目の前の闇天丸を見上げる。
 無抵抗な結野アナを闇天丸は容赦なく掴み上げ、晴明の悲鳴を耳にしながら不敵な笑みを浮かべた。
【自ら我に潰されにくるとは馬鹿な女だ。だがお前の命一つでこの男の憎しみは晴れやしない】
「ごめんなさい」
【!】
 呟くように謝る結野アナ。
 だがそこに悲しみも涙も浮かんでいなかった。
「ごめんなさい。あなただけ責めてしまって……私はあなたにも笑顔でいて欲しかった。でも結局私一人笑ってるだけでしたね」
【無駄だ。お前の声など道満(きゃつ)には届きやしない】
「あなたが好きで陰の下にいたんじゃないって私は知っています。あなたが江戸を護るためにいつも頑張って戦っていたことも。本当は優しい人だってことも」
【無駄だと言っているだろう。道満(きゃつ)の憎しみの火種である貴様がどれだけほざこうと、この雨は永久に降り続けるのだ!】
 高らかに嘲笑う闇天丸。
 だが結野アナは語りかける。
 闇に囚われた男に優しい眼差しを向けて。
「止まない雨なんてありません。晴れない雲もありません。だから元気を出してあなたの『笑顔』見せてください。いいえ笑ってください――



 輝かしいその笑顔を目にした途端――闇天丸に動揺が走る。

――な、なんだこの女は!?
――なぜこんな絶望の中で笑っていられるのだ?
――眩しい!苦しい!一体何なんだ!?
――お、おそろしい!おそろしい?
――我がこんな女を(おそ)れているだと?
――馬鹿な!そんなことあるワけガ……
――アルワケガァァァァァァァァァ!!

 建物を震わすほど絶叫を上げる闇天丸。同時にその拳は、結野アナをさらに強く締めつげる。
 しかし激痛に襲われながらも、結野アナは諦めない。
 懸命に道満の心に呼び掛ける。
 その声がきっと届くと信じて。
「あなたはずっと雨に打たれていたいんですか?本当に全て壊したいんですか!?」
 もがき苦しむ闇天丸。
 その動きが鈍くなっていく。
「…ちがう…」
 絞り出されるような微かな声。
「クリステル…俺は……こんなことがしたいんじゃない。俺はただ…お前達と一緒に……」
 それは闇に飲まれたはずの男の声だった。
「わしもそうじゃ」
 ふらつく足取りで立ち上がって、晴明は変わり果てた親友を見上げながら、ずっと言葉にできなかった想いを打ち明ける。
「わしも同じじゃ。いいや、江戸を護りたい想いは結野と巳厘野ともに一千年前から同じじゃった。それなのにずっと食い違ってしまい二度も悲劇を生んでしまった……。だが今一度思うぞ道満。わしはぬしと一緒に江戸を護りたい、巳厘野衆(ぬしら)と共に同じ道を歩みたい。それが――」

「私たちの」

「「「願い」」」

* * *

【グアァァァァァァァァァァァァ!!】
 怒涛の叫びを上げ再び暴れ出す闇天丸は、その手に掴む結野アナを握り潰しにかかる。
 だが次の瞬間――その片腕は外道丸の金棒で砕かれ、落下する結野アナは双葉に受け止められ無事に救出された。
 地面に着地すると、結野アナは何か言いたげに双葉に向かって口を開いたが――
【逃がすかァァァァァ!!】
 闇天丸の巨大な拳が猛スピードで二人に迫る。
 しかしその攻撃は一筋の光によって腕もろとも両断された。
【貴様は!?】
「ただのファンだ」
 うろたえる闇天丸に一言告げて、銀時は跳躍し木刀を振り下ろす。
 それでも反撃せんと暴れまわる闇天丸。だがその動きは所々鈍く、明らかに様子がおかしい。
 両腕を欠落して動きにくいというより、内側から力を抑えつけられているようだった。
【やめろ!やめろ!道ォォォォォ満ンンンンンン】
 最凶の邪神が叫ぶ悲鳴に晴明は悟る。
「…道満……。まさかお前が闇天丸の動きを封じて……」
 その時、闇天丸の動きがピタリと止まった。
「晴明…これ以上…貴様にいいカッコさせてなるものか…最後くらい俺に…カッコつけさせろ。今のうちにとどめを刺せ」
「しかし……」
「やれェェェェェェェェェ!!」
 道満の叫びが、ためらう晴明だけでなく会場の巳厘野衆たち全員に伝わる。
「一千年の時を経て結野衆と巳厘野衆一つになる時が来たのだ!両家一丸となって呪われし因果の輪を打ち破れ!!」
 その言葉に応えるように一斉に呪文を唱える巳厘野衆たち。彼らから沸き上がった霊力は銀時の木刀へ集まっていく。
「まだまだ足りねェェ!もっとビンビン固くなるまで力よこせェェェ!」
 銀時が木刀をかざすと江戸の危機を悟って会場に駆けつけた結野衆たちも霊力を飛ばし、木刀はさらに輝きを増していく。
 それは決して交わることのなかった二つの力が一つになった瞬間だった。
 そして晴明とクリステルも共に想いをこめた霊力を銀時へ放つ。
 やがて結野と巳厘野と三人の想いを受け取った木刀は、どんな暗雲もブチ抜ける巨大な光柱へと変わった。


「天気アナ、一つ問う」
 轟音風雨の中に輝く光を見据えながら、双葉が静かに口を開く。
「今日の天気は激しい豪雨か?吹き荒れる嵐か?悲鳴かっさく(いかずち)か?」
 お天気アナウンサーは小さくお辞儀をして、暴風の中へ立つ。
「結野クリステル。今はお天気お姉さんとして参らせて頂きます」
 同じく、光が宿った木刀をその瞳に映しながら。
「お伝えします。今日の天気は――」
 銀時は振り上げる。
 光輝く木刀を。一つになったみんなの想いを。
 それは闇天丸ごと天井を貫いて、空を覆う暗雲に巨大な切れ目をいれた。
 そこから差しこむ一筋の光に照らされて――




お天気お姉さん・結野クリステルは晴天の笑顔で、本日のお天気を告げた。

=つづく= 
 
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