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悪来

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1部分:第一章


第一章

                     悪来
「強いだ」
 曹操は両手に戟を持ち戦場で縦横無尽に暴れ回る彼を見て言った。
「まさに豪傑だ。いや」
「いや?」
「悪来だ」
 彼はここで周りの者に対して言った。
「あの者は悪来だ」
「悪来ですか」
「そうだ。悪来だ」
 こう言うのだった。悪来とはかつて殷王に仕えた家臣で豪力で知られていた。奸臣だったとされているがそれと共に豪力でも知られていたのだ。
 曹操は彼がそうだと言うのだった。
「あの悪来の再来だ。まさに」
「では殿、あの者は」
「取り立てるのですね」
「当然だ」
 満面に笑みを浮かべて周りの者に答えた。
「あの者をわしの側に置く」
「お側に」
「そしてわしの護衛としよう。名は何という?」
「典偉です」
 側近の一人が彼に答えた。
「典偉といいます」
「そうか、典偉というのか」
 曹操はその名を聞いて心に刻み込む。それと共にその四角く大きい威容な顔と巨体を見る。それと共に覚え込むのだった。
「悪来典偉、これからはそう呼ぶとしよう」 
 こうして典偉は曹操の護衛役となった。それからすぐに曹操は当時その圧倒的な武勇で知られていた呂布との戦いに入った。予想されていた通り呂布は強く曹操も苦戦した。
 戦場で呂布は無敵の強さを発揮した。最初の戦いで曹操はその圧倒的な強さの前にその軍を大きく減らした。呂布一人に敗れているような有様だった。
「おのれ、何という強さだ」
 方天戟を手にし赤兎馬に乗る呂布を見て曹操は思わず唸った。砂塵の中でその強さだけが見えていた。
「全く衰えてはおらんな」
「全くです」
「相変わらずですな」
 側近達も彼と同じく唸るしかなかった。曹操達はかつて董卓討伐軍を組織し都洛陽に攻め入ったことがある。しかしその前の虎牢関において呂布と戦いその武勇の前に大きな犠牲を払ったことがある。その時のことを思い出していたのである。
「ここは勝てぬか」
「それではここは」
「うむ、撤退だ」
 曹操の決断は迅速だった。
「今はそれしかない。すぐにな」
「わかりました。それではすぐに」
「ですが殿」
 しかしここで一つ問題があった。家臣の一人が言うのだった。
「それはいいのですが」
「殿軍だな」
「はい、呂布の軍は騎兵が主体です」
 従って足が速い。追いつかれる危険がかなり高かった。
「ですから。ここは然るべき者を置き」
「そうだな」
 この言葉に曹操も頷いた。これは戦術において常識であった。
「ここはな。だが誰を置くかだが」
「夏候淵殿は如何でしょうか」
 家臣の一人が言ってきた。
「ここはあの方に」
「いや、曹仁殿はどうだ?」
 どちらも曹操の無二の腹心達であり軍の柱達であった。彼等ならばこそというのは確かにあった。しかしここで名乗り出て来た者がいた。
「いえ、殿」
「典偉か」
「はい」
 名乗り出て来たのは彼だった。その髭だらけで巨大な姿と顔を見せるのだった。
「ここは私にお任せを」
「呂布の軍を止めるというのか」
「如何にも」
 頭を垂れていたがその声は確かであった。
「ですからここは早くお逃げを」
「ふむ」
 曹操はここであらためて典偉を見た。その顔と巨体を見て彼の豪力も思い出した。そのうえで彼はここはこの典偉に任せようと決断したのであった。
「わかった」
「それでは」
「うむ、そなたに任せる」
 彼は断を下した。
「我が軍の後ろ、しかと守ってみせよ」
「はっ、それでは今より」
「全軍撤退だ」
 曹操はまたこの指示を下した。
「すぐに退くぞ、よいな」
「はっ、それでは今より」
「さがりましょう」
 曹操も部下達も一斉に馬に飛び乗る。曹操軍の将兵達は潮が引くように下がっていく。それとは逆に典偉は己の僅かな手勢と共に追撃にかかる呂布軍に向かうのだった。
「さあ、来い!」
 その両手の戟を手に叫ぶ。まるで嵐の如き声である。
「この悪来典偉ある限りこれ以上は進まさせぬ!」
 呂布の軍が強いのは将である呂布だけではない。その軍勢も北方の遊牧民族の出の者が多く馬に乗るのが上手くまた精悍であった。どの者も強い。しかし典偉はその彼等に向かって突き進みその両手の戟を縦横無尽に振るう。一振りごとに腕や首や胴が乱れ飛び馬ごと断ち切られていく。血煙が辺りを覆った。
 これを見た呂布の軍勢は動きを止め典偉は見事曹操軍の撤退を助けた。これが彼が曹操を助けた最初のことであった。
 呂布との戦いは進み曹操がある城を攻めた時だった。その城には誘い込まれてしまい彼は瞬く間に敵に囲まれてしまった。自軍は散り散りになり何処に誰がいるのかわからない有様であった。
 
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