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届かなかった忠告

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1部分:第一章


第一章

                      届かなかった忠告
 中国東周時代も終わりになりその周も滅んでしまう時代のことだ。日本ではこの時代を戦国時代という。中国の南方に楚という国があった。
 その楚に一人の男がいた。その名を黄歇という。各地に遊学した為に見聞が広く賢者として知られ秦の強大なることを見抜き楚の為に動いた。
 それが為に楚は窮地を脱した。この功績により彼は太子の側近となった。この時も彼は秦の人質になっていた太子を助け彼を楚王にもした。これが楚の考烈王である。黄歇は彼を王にしたことにより遂に楚の宰相となり十二県を与えられた。これが春申君である。
 彼は優れた人物であり楚を救っただけでなく太子を王とした。それからも楚ノ勢力を伸張させ国を富ました。宰相にいること長くその権勢は及ぶところはなく食客も三千人を数えた。まさに楚の第一の者であった。
 彼が宰相になり二十年余り。楚は豊かであり強勢であった。しかし悩みがなかったわけではない。どのような国にも憂いや悩みは必ずあるものだからだ。
 楚の悩みは王に拠るものだった。王は即位して二十年になるが子が生まれなかった。子が生まれないということはそれだけの悩みとなる時代のことだ。しかもそれが王となると余計にだ。宰相である春申君もまたこのことを憂い王の為に美女を探しそのうえで王に献上した。しかし王には相変わらず子は生まれず楚の憂いとなり続けていた。
 そんな時のことだ。趙の国に李園という男がいた。邪な男でありかつ野心も抱いていた。彼は楚の話を聞いてふと思いついたのだった。
 彼には美しい妹がいた。この妹を王に献上しようというのだ。若し妹が子を産めばそれは楚の次の王となる。そうなれば自身は外戚として栄華を極める。こう読み動こうとした。
 しかし彼は邪であってもものが見えていない男ではなかった。王に長い間子供ができないことも知っていた。それが為に彼は一計を案じたのだった。
 当然ながら楚のことも知っていた。当然誰が力があるのかも。それで彼はまずは春申君に近付きその食客になることを申し出たのである。
 これはすんなりと認められた。当時は力のある者ならば誰でも食客を迎え入れるものだったからだ。春申君もまたその一人だった。むしろ彼はその食客の数を己の誇りとさえしていた。その彼は食客として頼み出て来た李園を迎え入れない筈がなかった。
 しかし彼はすぐに暇を貰って故郷に戻った。そうしてそのうえで戻って来るのを遅らせた。そうしてそのうえで春申君の下に戻った。すると春申君はすぐに彼に問うたのだった。
「随分遅かったが何かあったのか」
「実は斉王から使者がありまして」
 邪な思いをその柔和な笑みの下に隠して述べた。
「それで遅れました」
「斉と?」
 春申君は斉と聞いてすぐにその顔を顰めさせた。斉といえば秦と並ぶ楚の宿敵である。その名を聞いて顔を顰めさせない筈もなかった。
「何故斉王が貴殿に使者を送ったのか」
「妹のことでして」
 ここで彼は話を切り出してきた。
「それで使者と会っていました」
「そうか、妹君のことか」
 春申君はそう聞いてまずは安心した。また斉が企んでいるかと思えばそうではなかったからだ。両国は国境を接しており古くから数多くの戦いを経てきた間柄であるからだ。用心に用心を重ねていたのだ。
「それならよいが」
「何しろです」
 李園はここでまたあえて言うのだった。
「妹のことが斉まで評判になっておりまして」
「何っ、趙から斉までか」
 春申君は何故そこまで評判になるのかすぐに察した。女が評判になるのは何によってか、これもまた昔から答えがはっきりとしているものだった。
「そこまでなのか」
「兄の私が言うのも何ですが」
 やはり柔和な笑顔のままである。
「確かに」
「そして妹殿だが」
 春申君は知らず知らずのうちに話に乗ってしまっていた。聡明で知られた彼であったが宰相になって長い。歳も経ていた。それが出てしまったのだった。
「結納は終わったのか」
「いえ、まだです」
 李園はここでまた仕掛けた。内心ほくそ笑みながら。
「まだです」
「そうか、それならだ」
 春申君はまた知らず知らずのうちに乗っていた。
 
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