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ロード・オブ・白御前

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踏み外した歴史編
  第3話 ただ一人の求め方


 舞が消え、サガラが消え、しんとしたガレージの空気を一番に破ったのは、凌馬だった。

「こうしちゃいられない。一刻も早く舞君をこちら側に連れ戻さなければ」

 凌馬は花のアーチを潜って階段を駆け上がり、ガレージを出て行った。

(あいつのことだ。呼ぶ、など。そういう曖昧な手段に訴えることはないだろうな。科学的アプローチで高司君をこちらに引きずり出そうとするだろう。――俺は? 俺はどうしたい。知恵の実は欲しい。今まさにヘルヘイムの脅威に曝されている人類を救いたい。だが、接点のほぼない俺の呼びかけに、果たして彼女は応えてくれるのか?)


「舞!!」

 叫んだのはチャッキーだった。

「いるんでしょ!? ねえ、答えて! あたし、舞にいなくなってほしくないよ! 紘汰さんだってミッチだって戒斗だって、あたしだって! 舞を必要としてる! 舞に逢えないなんてイヤ! だからお願い! 戻ってきて! 舞ぃ!!」

 叫び終わったチャッキーは、膝に両手を突いて肩を上下させるほど荒く呼吸をしている。
 その姿を見て、貴虎は拳を固めた。

「高司君。君にとっては不愉快なことだろう。だが、どうかもう一度姿を見せて、知恵の実のわずかでもいい、私に与えてほしい。私――俺は、人類を、ヘルヘイムに侵されている世界を救いたいんだ! そのためには君の協力が必要なんだ。頼む!」

 ガレージには、いかなる音も反響しなかった。

 チャッキーがぺたんと簡易ベッドに崩れるように座り込んだ。
 貴虎もチャッキーと同じくしたい気分だったが、大人の意地で堪えた。

(俺のように知恵の実を求めて舞君本人を必要としていない訴えなど、舞君の心に届くはずもない。しかしどうしても知恵の実は必要だ。人類を、世界を救うために。どうすればいいんだ)

 そこで乱暴にガレージのドアが開けられた。まさか、と思いつつもドアから入ってきた人物を見れば――それは、自分の弟の光実と、ベルト被験者の一人である葛葉紘汰だった。

「ペコ! お前、起きてて大丈……誰だ、あんた?」

 紘汰が問いながら階段を降りてきた。

「兄さん!? 何でここに」
「兄さんって、二人、兄弟!? あ、戦極が言ってた『“森”で行方不明になった長兄』ってこの人!?」
「言ってませんでしたっけ」
「言ってたかもだけど俺には言ってねえ~!」
「じゃあ、改めて紹介しますね」

 光実はしれっとしている。輝かんばかりの笑顔だ。兄としては多少心配な気もするが、笑っているならいいか、と思うことにした。

「僕と碧沙の兄、呉島貴虎です。――兄さん。この人は葛葉紘汰さん。鎧武の変身者」
「戦場以外で顔を合わせるのはこれで2度目か。光実と角居が世話になってる」
「や、裕也は元々ウチのリーダーだし、ミッチだって仲間だし。と、とりあえずよろしく。貴虎」

 紘汰が手を差し出した。
 下の名前で呼び捨てにされるなどいつ以来か。貴虎は少しの間だけ面食らったが、すぐ破顔して紘汰の手を握り返した。

「ああ。よろしく。葛葉」

 握手をほどくと、貴虎は穏やかな(おもて)を引き締め、光実と紘汰を見据えた。

「早速で申し訳ないが、お前たちには辛いことを話さねばならない。高司舞君のことで」







 光実は紘汰と共に、貴虎が話す舞の顛末を聞いて棒立ちになった。


 ――舞の“始まりの女”化と、消失。
 ――知恵の実。世界を塗り潰す力。


「あたしも、貴虎さんも、舞に声が届かなかった。あたしたちじゃ、っく、だめだった……だめだったの……っ」
「舞!」

 紘汰がガレージの中心に進み出た。

「いるなら返事してくれ! 俺たち、誰も世界を滅ぼしたいとか思ってないから! 何とかするから!」

 返るのは鋼のように重い沈黙だけ。

(舞さんの一番特別な紘汰さんにも応えないんだ。僕なんかが呼んだって、応えてくれるわけない。分かってる。分かってるけど、でも!)

 求めるただ一人のためにその他大勢を犠牲にしてはいけない。
 タワーでの戦いで、裕也は言葉にせずその理念を光実に教えてくれた。

(ごめんなさい、裕也さん。裕也さんがせっかく教えてくれたこと、今から破ります)

「舞さん」

 サガラは言ったという。「お前が必要だと訴えてやれ」と。
 ならば呉島光実は誰よりもそこを的確に突く言葉を持っている。

「たくさんの、酷いことをしました。あなたにもたくさん、怖い思いをさせました。最初は確かにあなたや紘汰さんやみんなのためを思ってたはずなのに。何もかもにしがみつこうとして、僕は悪い子に変わっていきました。でも、一つだけ、ずっと変わらなかった気持ちが、たった一つだけあるんです」

 光実は強く強くシャツの胸元を握り締めた。

「あなたが好きです! 知恵の実なんか要らない。僕は舞さんが笑っていてくれればそれだけでいい!」

 ――空気が、微かに揺らいだ。


「  ミッチ……  」


 舞が、現れた。
 ラチナブロンドに赤と黒のオッドアイ、白い祭服という、普段とはかけ離れた姿。体は透けていたが、確かに、光実の前に存在していた。

「舞さ……っ!」

 光実が呼ぶより早く、舞はふわりと浮かんで光実に迫り、光実の頬に唇を寄せた。

「  うれしいよ  あたしにそんなこと言ったの  ミッチが初めて  本当にうれしいの  できるなら  このままミッチに応えて戻りたいくらい  でも  それはだめなの  ミッチに世界を滅ぼすなんて  あたし  絶対してほしくないから  」

 頬とはいえ想い人からのキスにぽけーっとしてしまった光実だったが、舞の最後の台詞で我に返った。

「僕はもう世界を滅ぼしたりなんてしません。舞さんが大事に想うものを壊したりなんて……っ」

 すると舞は光実の額に自身の額を重ねた。
 次の瞬間、目に“今”“ここ”ではない光景が投影された。



 ――都市を余す所なく覆い尽くす、ヘルヘイムの植物。

 ――ヒトはおらず、インベスだけになった街。

 ――その頂点に、一人だけ生き残った“人間”として立つ、光実自身。



「  これが  あたしがミッチを選んだ未来  あたしに選ばれた人は  古い世界を滅ぼすことでしか  生き延びられないの  」
「こんなのって……」

 人間は光実しかいない世界。貴虎(あに)碧沙(いもうと)も、慕っている紘汰も裕也も、チームメイトも、誰も光実の周りにいない、ひとりぼっちの世界。
 こんな世界で呉島光実は生きていけない。

「 ごめんね  でも応えたいと想ったのは本当だから  それだけは信じて  」

 舞の姿が金の微粒子になって崩れていく。

「舞さん? 舞さん待って、舞さん!」

 伸ばした光実の手をすり抜け、舞は完全に消えた。 
 

 
後書き
 光実が男を見せた回でした。
 光実の未来に人がいないのは、ある意味、彼も「舞さえいればいい」という奥底の心を捨てきれないからです。 
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