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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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序章 Twin Bell
  1.鐘を鳴らす男、来たる

 
前書き
6/17 加筆しました。 

 
 
 町の一角にある格安の宿。そのバルコニーに、一人の青年が立っていた。

「『神の住まう町』、オラリオか……にわかには信じがたいな」

 心地よい風と人のにぎわいからは、そのような神聖なものを感じない。だが、既に青年は数人の神と出会い、言葉を交わしている。抱いた感想としては、案外俗っぽい部分もあるんだな、というものだった。

「ふむ、記憶を失う前の俺はそれほど神と関わることが無かったのかもしれないな。ギルドの令嬢方にも調べてもらったが、結局俺がこの町に出入りした形跡はなかったしな……」

 青年は、自分でも驚くほどに冷静に、そんな言葉を発す。
 記憶――それは、人を人たらしめる重要なパーツの一つ。それを失うことを、この世界では「記憶喪失」、もしくは「死」と呼称する。青年は少なくとも後者になったつもりはなかった。
 バルコニーに肘をかけ、青年は本を取り出してぱらぱらめくり始めた。もしその場に本の内容を別の人間が見ていたら、それは本というより日記か手帳であることに気付けただろう。
 青年は難しい顔でそれを流し読みし、うんざりしたようにふん、と鼻を鳴らして閉じた。

「カルディスラ大崩落………魔物の狂暴化………オリジン・クリスタル………この日記帳に出てくる単語はまるで意味が分からん!まったく、昔の俺め……専門用語解説くらいはマメに書きこんでおけばいいものを。おかげで俺が書きこむことになったじゃないか」

 余り生真面目な性格ではないのか、もう見たくもないと言わんばかりにその日記帳を放り出そうとした青年は、ふと思い出したようにもう一度日記のページを捲る。
 目当てのページは直ぐに見つかった。そのページだけは何度も開けられていたのかよれて開きやすくなっていた。そして、そこには素人のそれとは思えないほど精巧な少女のスケッチが描かれていた。

「イデア………イデア・リー。恐らくは、俺の運命の(ひと)!」

 舌の上でその甘美な名前を転がし、その絵に映る少女を食い入るように見つめる。
 このページを初めて見た時、青年は電撃魔法に撃たれたかのような強い衝撃を受けた。

 ――この少女は、俺の命に代えても護らなければならない!

 記憶もないのに青年は確信した。それこそが唯一絶対にして記憶を無くしても不変の強い想い――すなわち、これは恋だ。
 青年は、この少女に絶対に会わなければいけないと強く願った。

「………『ヘスティア・ファミリア』か。この日記によれば、彼女はそこに入り、ダンジョンへと挑むらしいが…………むぅ。結構先の日付だな。待っていればいつかは会えるだろうが、ここは一足先に俺がここへ入ってみるか?」

 入念に『ヘスティア・ファミリア』についての情報を読み取るが、時々入っているスケッチには、未来に出会うであろう彼らが、イデアという少女と共に笑顔で描かれている。家族の事を覚えていない彼でさえ、そこから家庭のような暖かさを感じる事が出来た。

「………よし!どうせ生活資金を得るには働かなければならないのだから、一足先にこのファミリアとやらに入ってみるか!!」

 そうと決まれば話は早い。青年は自分の借屋に置かれた護身用の槍といくつかの私物、そして黒い鞘に納められた黒い剣を腰に差し、部屋を飛び出していった。

「へい、兄ちゃん!今日も女の子を口説きにお出かけかい?」
「ああ、少しね!ひょっとしたらもう帰ってこないかもな!」
「そりゃいいぜ!タダ飯喰らいが一人減る!記憶は思い出したか?」
「いいや、全然!!」
「ヤレヤレ……Ring a bell(思い出せよ)!!」

 青年は軽く手を上げてそれに応えると、町の人ごみに消えて行った。



 = =



 その日もヘスティアは憂鬱だった。

「はぁ~~……一体いつまで待てばボクのファミリアになってくれる子が現れるのかなぁ」

 下界に降りてヘスティア・ファミリアの運営を始めて幾星霜(というほど時間が経ってはいないが)、友神には見捨てられ、肝心の眷属(ファミリア)も集まらず、余りの貧乏にバイトをしながら日々の生活資金を稼ぐ。そしてねぐらは勿論お金をかけられずにみすぼらしい教会……自らのファミリアを持ちたいという願望ばかり先走りし、彼女の生活は極貧だった。
 この町、地下迷宮を中心に発達した「オラリオ」ではたとえ神であってもこんな風になってしまう。この町に降り立った神の中でも比較的新参者のヘスティアにとっては、なかなかに精神に堪えた。

 その日もヘスティアはバイト疲れに肩を落としながらとぼとぼ帰宅していた。

 ――だが、その日は今までと違う、特別な日になる。

「あれ?教会に明かりが……おかしいなぁ、今は誰もいない筈だけど。勝手に入ってるってことは泥棒……なわけないか。盗るものないもんねー」

 と、自分で極貧宣言してしまい「ぬあぁぁー!自分で言っちゃったー!!」と自己嫌悪に悶えつつも、不信に思ったヘスティアは教会の中の様子を伺う。もし万が一本当に犯罪者だとまずい。何故ならオラリオに降りてきた神はその神格としての力を制限され、人間とほぼ変わらない身体能力しか持ち合わせない。
 ないとは思いたいが、襲われたりしたらロリ巨乳と揶揄される小柄な体では対抗できない。
 そおっと入口から中を覗きこむと、そこには一人の青年がいた。

「うーむ……本当にいないようだな。手帳では確かにここが『ヘスティア・ファミリア』の拠点の筈なんだが。……うん、日付的にも既にファミリアを始めている時期の筈だ。……留守か?」

 一人で何事かを呟いている青年は、寒冷地域の人が身に着けるようなふかふかの襟元をした褪せた青色の服を身に着け、これまた色あせて白に近いアッシュブロンドの髪を揺らしながら、手元にある黒塗りの手帳を確認している。突き出た先端がうねった独特の髪形がよく目に付く。
 腰には黒い柄の剣と簡素な槍を抱えており、冒険者のようにも見えた。
 青年は困ったように後ろ頭を掻いて呟く。

「この時間に居ないとなると、知り合いの家に泊めてもらっているか、はたまたバイトが長引いているのか?止むを得ん……明日の朝に出直すか。それに、『ファミリアへ入れてもらうよう頼むのは』急ぎでもない。改めて考えると一人暮らしの麗しき女性の家へ夜に訊ねるなど不躾だしな……」

(え?)

 今、青年は何と言った?
 『ファミリアへ入れてもらうよう頼む』?この、一人たりとも冒険者のファミリアがいないボクの所に、わざわざ?……その意味を理解したヘスティアは、反射的に青年に声をかけた。この町に来て以来初めてのファミリア希望者、ここでみすみす逃すわけにはいかない!

「ちょっと待った!君、ヘスティア・ファミリアに入りたいのかい!?」
「むっ!?その艶やかな黒髪に清涼感のある白い衣、それに体躯に似合わない豊満なバスト……!確かに日記の通り……いや、それよりも麗しい!質問に質問で返す形になって申し訳ないが、君がこの教会に住まう女神ヘスティアか!?」
「え……そ、そう!ボクがそのヘスティアだよ!」

 出会うなりこちらの容姿を褒め称えながらもすぐさま名前を確認してきた青年に、ヘスティアは驚きつつも頷いた。今までそれなりにこの町にいたが、初対面でこんな風に口説くような言葉を贈ってきたヒューマンは初めてで、少したじたじになった。

 しかもこの青年、正面から見据えてみれば思った以上に美男子である。きめの細かい白い肌にくっきり浮かぶ目や鼻は整っており、その瞳はきらきらと輝いているから余計に照れくさくなる。
 返答を聞いた青年は、満足そうに頷いた。

「そうか、それは良かった!やはり日記の記述は正しかったらしい!つまり、このファミリアに俺の運命の人が……!して、蓮の花のように可憐な女神ヘスティアよ!是非、この迷える放浪者をファミリアへ加えてほしい!この通りだ!!」
「お、おお!?」

 一人興奮している青年は、うやうやしく礼をしつつまるで姫君を扱うようにそっとヘスティアの手を取った。決してこちらを褒め称えることを止めないその態度に、名指しでの情熱的なアプローチ。思わず顔がかぁっと暖かな熱を帯びるのを感じる。

 ヘスティアは突然すぎる事態に戸惑うやら驚くやら照れるやら、色んな感情がごちゃまぜになって混乱していたが、それ以上に嬉しさの感情を隠しきれなかった。これほどストレートに好意をぶつけられるのは、神として長き時を過ごしてきた記憶の中でもなかなかない。

 彼はこのヘスティア・ファミリアの一員になることを強く望んでいるようだ。ここへ来たという事は、冒険者になるつもりで来たもののまだファミリアには属していないのだろう。つまり、ファミリアに加えるなら今だ。その上、こちらの事を「麗しい」「可憐な」神としてしっかりとした敬意を払いつつ、自分から売り込んできたのだ。

 その勢いと、自分を神としてではなくヘスティアとして褒めてくれる彼の態度に、ヘスティアはこの青年が急激に愛おしく思えてきた。もとより誰もファミリアになってくれずに困っていた身。断る理由がある筈もない。
 愛の告白のように熱烈なアプローチに、ヘスティアは盛大にテレながらも頷いた。

「も……モチロン歓迎するに決まってるじゃないか!………で、でも本当に私のファミリアでいいのかい?ネームバリューなら他のファミリアだってあったろうに……」

 喜びつつも、ヘスティアはその辺りが心配になった。確かに嬉しい物は嬉しいが、結果としてファミリアの現状を目の当たりにして彼が失望する可能性はある。暫く極貧生活を強いる事にもなるだろう。そのせいで辛い思いをさせてしまうとヘスティアとしても心苦しい。

「他のファミリアもしっかり調べて決めたかい?言ってはアレだけど、うちのファミリアは貧乏だよ?どうしてうちがいいのか、好ければ聞かせてくれないかな?」
「うむ………これから世話になる主神なのだから、隠しごとはよくないか。――よし、少し長くなるが、俺の身の上話を聞いてくれないか?」

 青年は手に持っていた「D」の文字の装飾がある手帳をテーブルに広げ、語り始めた。

「実は、俺には過去の記憶がないんだ。気が付いたらこの町の近くで倒れていたらしい。名前も家族も思い出せない。年齢は多分18歳くらいだと思うが……」
「え、えええええええ!?記憶がないって……大事じゃないか!?こんな所を出歩いてていいのかい!?」
「いや、記憶がないからこそ出歩いていたのさ。何か思い出せるものがないかと思ってな」

 結局駄目だったが、と気楽そうに笑う青年に、ヘスティアは彼の事が心配にもなってきた。
 自分の記憶がなくなって平気でいられるわけがない。なのに青年は笑って見せる。
 本心で笑っているようにも見えるが、ヘスティアは神としての勘で、彼の瞳の奥底に何か蓋のようなものがある気がした。

「手がかりは少ない。いま手に持っている剣は倒れた時に握っていたらしいが……このとおりさ」

青年が黒塗りの剣を鞘から抜くと、そこには途中からぽっきり折れた血のように赤い刀身が姿を現した。新品という風ではなく、むしろよく手入れされた歴戦の剣といった印象を受ける。

「かなり上質な金属を使っているらしい。これだけ上等なのにどうして折れたんだとまで聞かれたよ。手に握ると馴染む感じはあるんだが、これを修理するには、ン百万ヴァリスはかかるそうだ」
「何だって!?それではとんでもない業物じゃないか!本当にどうして折れたんだろうね……」

 確かにそれは大金だ。とてもではないが今のヘスティアでは逆立ちしたってそんな金は出てこない。……というか今夜の食費すら不安があるほどに財布の中が寂しい。友神の一人に修理が出来そうな神はいるが、多分無料で受け付けてはくれないだろう。今まで散々甘えたのだし。

「何故折れたのかは謎のままさ。当然ながらそんなお金は生憎持ち合わせがないから修理も出来ず、折れたまま。それに、これは手掛かりにはならなかった。この剣はオラリオで作られた物ではないそうだ」

 剣を仕舞った青年は、改めて手帳を持つ。

「そこで俺が注目したのがこの日記だ。恐らくは俺が書いたものだと思う。この日記は内容が主観的すぎて読み取れる情報が少ないのだが……まずはこれを見てくれ」
「なになに……『あのロキ・ファミリアの「剣姫」アイズのレベルが6に達したらしい。周囲からすると凄いらしいが、俺にはイマイチあのじゃが丸狂の凄さが伝わってこない……』これは、確か一昨日くらいの……?これが正しいなら君は街に居たってことかい?」
「最初はそう思いもしたんだがね。次はこっちを見てくれないか?」
「ええと……『第5層にミノタウロスが現れた。ロキ・ファミリアの狩り損ねらしいが、おかげで新人冒険者が一人死にかけた。あのベルという少年も運が悪い……』5層にミノタウロス?そんな話、聞いたことがないんだけど……」

 ミノタウロスと言えば確か10層後半に現れる強力なモンスターだ。もしこのようなことが起きれば今頃大騒ぎになっている筈なのだが……と疑問に思ったヘスティアは、そこで日記のおかしなことに気付く。

「んん?この日記、日付がおかしくないかい?これ、1週間以上先の日にちになってるよ」
「流石は女神!素晴らしい慧眼だ!俺もそこが気になって、実はデタラメが書かれているんじゃないかと疑ったんだ。だが――実は俺がこの日記にあったアイズ嬢のレベルアップを読んだのは1週間前。そして実際に彼女のレベルアップが話として伝わった日はそれより後。日にちが離れているにも拘らず、この日記の内容は現実とピタリと一致している。そこで俺はピンと来たんだ」

 青年は不敵な笑みを浮かべてヘスティアの方を向く。
 まるでもったいぶっているようなそれは、悪戯っぽくてチャーミングな微笑みだった。

「――この日記には、信じられない事に『未来』のことが書かれているんじゃないか、ってね」
「み、未来のことが書かれた日記ぃッ!?」

 そんなアイテム聞いたことがない。未来予知の出来る神ならいざ知らず、そんな個人的な日記にしか見えないものが未来を予言しているなど、ヘスティアには信じられなかった。

「無論今すぐ信じてほしいとは言わないさ。俺自身、まだ少し戸惑っている。でもね……この日記には、恐らく俺と関わりがあると思われる数人の人物の名前が散見される。……ベル・クラネル……アニエス・オブリーシュ……ティズ・オーリア……そして愛しの――っと、それはともかく。女神ヘスティア、貴方の御名前もこれに載っていた。人当たりがよく慈悲深い、尊敬に値する神だとね」
「そ、そうか。そこまで褒められるとなんだか照れくさくてしょうがないなぁ」

 気恥ずかしさにもじもじしつつ、ヘスティアは目の前の青年が嘘をついていないことを確かに感じた。彼は彼なりに、到って真面目に分析した結果、ヘスティアを頼ってここまで来たのだ。
 神の中には横暴だったりプライドの高い者も多くいる。そんな神に頼るくらいなら、とここへ来るのは自然なことに思えた。
 ぱらぱらとページをめくっていた青年は、ぱたんと日記帳を閉じる。

「つまり過去か未来か、俺は貴方やその周辺に現れるであろう人物に関わりがあるか、これから関わるものと予測した。そしてその中でも最もよく出てきた名前が……『ヘスティア・ファミリア』だった。納得していただけただろうか、女神ヘスティアよ?」

 つまり青年には今、行き場所がない。そして記憶も同時に無くしてしまった。
 そのため、現状で最も自分の記憶に関わりが深いと予測され、更には信頼も置けそうなここへ来た。
 話を反芻し、吟味したヘスティアは、大きく頷いた。

「………ああ、よく分かった。ボクは君の事は知らないが、そういう事情ならむしろよそのファミリアに所属させることの方が不安だね」
「お心遣い感謝する!やはり貴方は俺の見立て通り……いや、それ以上に素晴らしい女神だ!」

 はしゃぐ青年の姿を微笑ましく想いつつ、ヘスティアは思案する。
 今、彼には他に頼れる存在がいない。神としても個人的にも、そんな困った人を放っておく気にはなれなかった。信頼関係はこれから築けばいいし、彼自身も積極的だ。むしろ積極的すぎてちょっと戸惑うくらいだが……とにかく、ヘスティアは決めた。彼には今、味方が必要だ。ヘスティアという心強い味方が。
 彼を、初のヘスティア・ファミリアの一員として迎え入れよう。

「おっと、そういえばまだキミの名前を聞いていなかったね?教えてくれるかな、ボクの初めてのファミリアとなるキミの名前を!」
「ああ、もちろん!とはいっても記憶がないので仇名のようなものなんだが――

 ――リングアベル!と、呼ばれている」


 その青年、リングアベルはニヒルに微笑んだ。
 この日、万年日蔭組だったヘスティア・ファミリアに一人の色男が加わった。
  
 

 
後書き
というわけで、BBDFより主人公の一人、リングアベルを中心に進む物語です。
他にもアスタリスク所持者やティル、オリヴィアなどのキャラを出せたらいいなーとか妄想しています。
このゲームをクリアした人ならば知っていると思いますが、BBDFの世界には縦に連なる「平行世界」と、プレイヤー自身によって隔たれた別の主人公たちの世界である「異世界」の二つがあります。この世界はその「異世界」の中でも極めて特殊な世界、ということにしてあります。

そーいえばアイズのレベルアップが原作より早いんですが、理由はあってもあまり深い意味はありません。 
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