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白犬と黒猫

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5部分:第五章


第五章

 その彼にだ。宿の者はさらに話す。
「九十で。それで」
「大往生だったのですね」
「とても奇麗な死に顔でした」
 そうだったというのだ。
「それで。これからです」
「御葬式ですね」
「そうなります」
「そうでしたか。成程」
 沖田はここまで聞いて納得したのだった。その話をしてからだ。
 彼は隊員達と共に宿を後にした。その彼にだ。
 隊員達はだ。こう尋ねたのだった。
「隊長、それにしてもです」
「何かおわかりだったようですが」
「それは何故でしょうか」
「犬のことです」
 そのことがわかったとだ。穏やかな顔で話すのである。
「それがわかりましたので」
「犬?」
「あの白犬のことですか」
「そのことがですか」
「はい、わかりました」
 微笑んでだ。また話す彼だった。
「死ぬ時に白犬がいればです」
「あの犬がいればですか」
「それで一体」
「人は穏やかに死ぬことができるとのことです」
 このことを彼等にも話すのだった。
「それがわかりましたので」
「だからですか」
「それがわかったのですか」
「だからそのお顔なのですね」
「そうです。局長が斉藤さんに御聞きしたお話です」
 このこともだ。沖田は彼等に話した。
「死ぬ時に白犬が出れば安らかに死ねるのです」
「それでは我々も死ぬ時はせめて」
「安らかに死にたいですな」
「全くですな」
 彼等もこう話すのだった。
 こんなこともあった。沖田にとっては満足のいく話だった。
 だがその間にも彼の身体は病に蝕まれていき。遂にだった。
 とても闘うどころではなくなり養生させられることになった。その時にだ。
 近藤も土方もだ。このうえなく名残惜しい顔でだ。彼に言うのだった。
「ではな」
「達者でな」
 布団から上体を起こしている彼にこう言うのである。
「身体を大事にせよ」
「くれぐれもな」
「はい」 
 ついこの前まで人を斬ってきた強さは何処にもなく。沖田は力なく応えた。
 その顔には生気がない。青い顔である。頬がこけだ。今にも倒れそうである。
 その彼がだ。近藤達に応えて話すのである。
「では。お元気で」
「うむ、それではな」
「また。何処かで会おう」
 その何処かがこの世においてのことでないのは言うまでもなかった。これがだ。彼等の今生の別れとなったのであった。
 沖田の病は日に日に悪化してだ。いよいよだ。
 死を迎えようとしていた。その彼がだ。
 寝かせられている部屋から見える庭にだ。それを見たのだった。
 それは猫だった。あの黒猫だった。その猫を見てだ。
 沖田は白くなっている顔を強張らせてだ。傍にいる女に言った。
「刀を」
「えっ、そのお身体でなのですか」
「いいから刀を」
 多くを言わせない口調だった。
「僕の刀をここに」
「わかりました。それでは」
 世話をしている女もだ。それに応えてだった。
 一旦部屋から消えすぐにであった。それを持って来たのだ。
 
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