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バーチスティラントの魔導師達

作者:書架
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2つの人種

 
前書き
登場人物


アレン=フォン=フルビアリス
少年。外見年齢10歳。

エルミア=ファレル
古書店店長。ビブリオマニア。

イライヤ=フォン=フルビアリス
アレンの母親。エルミアの旧友。

白騎士
魔導師検問を行う人間。

ハイベルク=ハーヴィ
上流貴族。多くの土地を持つ。 

 
例えばここに、2人の人間がいたとする。
1人は特技も趣味もなく、ごくごく一般的な人間。
1人はあることに特化していて、その実力は世界レベルである人間。
もしあなたが前者であれば、相手に羨望と嫉妬の目を向けるだろう。
もしあなたが後者であれば、相手に憐情と侮蔑の目を向けるだろう。



この世界<バーチスティラント>には、”人間”と”魔導師”が存在する。
人間は特に何の能力も持たない、何の変哲もないヒトである。
自分たちで国や集落を造り、おだやかに自営している。それが"人間"。
一方魔導師とは、そんな人間たちの常識を外れた力を持つ人種である。
天候や自然を操り、動物と話し、人形に呪いを掛ける。それが"魔導師"。
彼らは互いに敵対し、いがみ合っていた。
人間が造った国への魔導師入国禁止は勿論、店にも「魔導師お断り」の張り紙が非常に多い。
魔導師は人間を避けるために、国や村から離れた森の中や孤島に住まいを置いていた。
されど、魔導師達はそれでは生命活動的に問題が出る。故に、時折身分を隠して人間の国に入国し、食料や生活必需品を買い求めていた。


「………おい、聞いたか?昨日の酒場の出来事。」
「ああ、酔っぱらって口論になった魔導師が店吹き飛ばしたって話だろ?」
「ほんっといい迷惑だよなぁ!あいつら、自分で何もしないくせにしれっと必要なものだけ持ってってるって話だぜ。酒場のマスターだって、あくせく働いてようやく貯まった金で店建てたってのによ。」
「全くひでぇ話だ。あいつらには常識も知恵も何一つないのかね。」
「はっは!入国するための知恵があるじゃねぇか。魔法に頼りきりの魔導師様にはよ!」
「人任せで、自分勝手。おまけにケチと来たもんだ。うは、会った時のこと考えると寒気がするぜ。」
「バーカ、今は夏だろ!?」

吹き飛ばされた酒場の跡地と思しき前で、体格のいい男2人が大声で笑いあう。
その声の大きさに身を震わせながら、金髪の少年は市街を走っていた。
やがて目的の書店の前にたどり着くと、息を切らして入店。次いで店主を呼んだ。
「エルミアさーん!こんにちはー!」
「………あら、アレン君。1週間ぶりかしら。」
「いえ、6日ぶりです。」
「よくできました。こんな暑い中ご苦労様ね。」
店内に空調設備は無いのだが、不思議と冷涼な空気が漂っている。他に客はおらず、外とは裏腹に店には穏やかな時間が流れていた。
「あの、母さんから話が行ってると思うのですが……。」
不安そうに、なぜか躊躇い気味に女性店主に尋ねる。すると店主は笑顔で、
「ええ。こっちにいらっしゃい。店に並べていないだけよ。」
と手招きして少年を店の奥に呼んだ。

「イライヤが言ってたのは、この書のことよ。」
そう言って女性が差し出した本からは、店内に流れていた空気よりもさらに冷たい気が流れ出ていた。表紙は濃紺に白の縁取りという、これまた寒々しい配色である。
「『結氷の城』、通称『氷結の書』。どんな書物か、試しにほんの少しだけ開いてごらんなさい。」
そう促され、少年は本当に少しだけその本を開いた。その瞬間。
「痛いっ!?」
左手に突き刺さるような痛みが走る。何が起こったのかと自身の左手を見ると。

少年の左手は、かちこちに氷漬けされていた。

「…………………!!」
恐怖で身を凍らせた少年に、女性は準備していた紙を少年の左手の上に置く。
そしてぶつぶつと何かを呟くと、氷は瞬時に昇華した。
「ふふ、これが『氷結の書』の名の由来よ。読んだものを凍らせてしまう、恐ろしい書。」
「…いろんな意味で、凍りました。ありがとうございます。」
笑顔の店主に、苦々しい表情で返す。
「『間隙の書』を持ってきているのでしょう?それにしまって持って行きなさい。」
「はい。………いつもありがとうございます。」
「いいのよ。イライヤとは何年も前からの付き合いだし、あなたたちオーリエラント家はいつも大量に書物を買っていってくれるから。それに………。」
一度女性は言葉を切ると、店内に目を向けた。どうやら、客が入店したらしい。
「…あのような人間には、売れないしね。さあ早く。」
少年は慌てて蒼いコートの内ポケットから1冊の本を取り出すと、適当なページを開いて先ほどの本に押し付けた。すると濃紺の本は吸い込まれ、姿を消した。
満足そうに少年が本を閉じると、すぐにしまって店の裏口へ向かった。
「じゃあね、エルミアさん。」
「ええ。次来た時に時間があれば、何かお菓子をあげましょう。」
そう挨拶を交わすと、少年は走り出した。



「……………おい、そこの坊主。止まれ。」
そう声を掛けられ、少年は立ち止まり振り返った。後ろにはいつの間にか、白い重装備の人間が立っていたのだ。
「お前、この辺じゃ見ない顔だな。服装といい髪色といい。」
「我らが白騎士なのは分かるな。なら、餓鬼でも目的くらい分かるだろう?」
このあたりに住む人間は大体が茶髪や黒髪で、服は手作り感溢れる簡素なものである。だがしかし、金髪の少年は新品に見える白いタートルネックのインナーに茶色のスラックス、さらに淵に金のラインが入った蒼いコートを着ていた。場所が場所なだけに、その容姿は異質を放っていた。
「…僕が、魔導師だと?」
疑われるのも無理はない。その裕福そうな見た目に、人間の誰かが報奨金目当てに通報したのだろう。少年にとって、これは初めてのことではない。無論、解決策ぐらい持っている。少年はポケットからメモのようなものを取り出して騎士たちに見せた。
「なんだこれ。これは………。」
騎士たちは集まって、メモに書かれた文字に目を走らせた。すると目を見開き、そのまま硬直した。
「ハーヴィ家は、ご存知ですね?」
「あ、ああ…。ま、まさか………。」
「…父様に僕が魔導師と間違えられたと知られれば、どうなりますかね?」
少年は笑顔で、しかし威圧を掛けるように厳かに言った。すると。
「……………こ、これはこれは。大変失礼いたしました!」
「我々、御子息はおろかハイベルク殿にお目にかかる機会が少ないもので…。」
「そうでしたか、あなたがハイベルク殿のご子息様の……。」
先程とは打って変わって、恭しく少年に一礼した。そして少年に名乗る隙も与えないままに、
「で、では我々はこれで。貴重なお時間を申し訳ありませんでした。」
と、素早くどこかへ行ってしまった。少年は同じく笑顔で見送ると、深々と溜息をつきながらメモを破った。
「…さすがに地主の息子はきついかなと思ったけど。人間って、権力に本当に弱いね。」
呆れたように破った紙を空へ飛ばすと、指を鳴らしてそれらに火をつけた。
「読んだ者を軽い催眠にかける書物、通称『催眠の書』……の一部を写したもの。これ、さすがに全部写すのは大変なんだよね。」
無表情で風に流される灰を見届けると、再び魔導師の少年は走り出した。
騎士に声を掛けられた今、人間の国に長居している暇など、ない。 
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