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パンデミック

作者:マチェテ
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第六十八話「見破った能力」

二重人格の適合者。
そんなふざけた存在が実在するとは。


冷静ではあるが、敵意も殺意もない人格。
とてつもない殺意と接触感染の力を持つ人格。

しかも厄介なことに、2つの人格はそれぞれ違うタイプの適合能力を持っている。
接触感染と、敵意がない方の人格が持つ瞬間移動のような能力。

まだ謎は残っているが、分かったことがもう一つ。


人格の切り替えができるのは、殺意を持った人格の方だけ。

敵意がない方の「自分が立ち回ると大抵戦闘が終わっていたりする」という言葉。
それはつまり、「殺意を持った方の人格を知らない」ということだ。

戦闘は他人任せの、戦う意思すらない人格は逃げ回り、戦いを好む人格が知らないうちに勝手に
出張って勝手に戦う。危うくなれば、何も知らない人格に切り替えて能力を使って逃げてもらう。

一人で二人分の適合能力を使える、非常に特異な存在。
それが”アクエリアスだ。









「(しかし…二重人格であることが分かった時点で、一体何ができる? まだ奴の能力を見切れた
わけじゃない。あの瞬間移動に見えた能力はなんだ?)」

そうだ。
二重人格であることが分かった"だけ"。
適合能力が何なのかまでは分かっていない。


目を凝らしてもまったく捉えられない。
かと言って、ただ高速で動いているという感覚とも違う。
まるで本当に瞬間移動しているようだった。


「(とにかく、背後を取られたら負けだ。集中しろ。奴から絶対に視線を逸らすな……)」

タガートはアクエリアスから目を逸らさないまま、着実に距離を詰めていく。
その間、アクエリアスは一歩も動かない。

「…………目を逸らさなくとも、自分を捉えるのは…難しいと思うが」




!?



また消えた。

忽然と目の前から消えた。


「(くそ! また見失ってたまるか! どこだ? 一体どこに……)」

今度こそ見失わないように、タガートは周囲に目を凝らす。
眼球が乾いても気にも留めず、周囲を見回し続ける。


そうして周囲を見ていくうちに、タガートはあることに気が付いた。
自分の視界が微妙に歪んでいることに。
まるで眩暈を起こしたときのような、気持ちの悪い目の感覚。

それに気づいた瞬間、アクエリアスを見つけた。


自身の真横を、当然のごとく悠々と歩いていた。


「「ッ!?」」


タガートとアクエリアスがほぼ同時に驚きの表情を浮かべ、お互いが行動を起こす。
タガートはアクエリアスを遠ざけるためにナイフで切り払う。
アクエリアスはそれを紙一重でかわす。


「………何故だ? 能力は効いていたはずだが…」

焦りと疑問を混ぜ合わせたような表情を見せるアクエリアス。
タガートも内心、疑問だった。

何故、突然目の前の適合者を認知できたのか。
そして、なぜ今の攻撃をその能力とやらで回避しなかったのか。

移動用の能力ではなかったのか?
ただ高速で動く能力ではないということか?
そもそも、奴は真横を何食わぬ顔で横切ろうとしていた。
どうなっている?
あの視界の歪みは何だった?
奴の能力は一体……

疑問の上に疑問。
考えても分からない。


なら、もう一度だ。
もう一度攻撃を仕掛けて能力を使わせる。
もう一度見れば、何か掴めるかもしれない。

「全員で斬りかかれ!」

タガートの指示で、兵士たちが動き出す。
それぞれがナイフを構え、アクエリアスに斬りかかる。

「………」

斬りかかられようとしているが、無言のまま、ただその場に突っ立っているだけ。
避ける兆候は微塵もない。

はずだったが…………






!?







また消えた。

目の前から忽然と。






「(能力を使ったか! どこだ? 今度はどこに……)」

攻撃を中断し、その場の誰よりも早く辺りを見回し始めたタガート。

再び感じた。
自身の視界のわずかな歪み。
眩暈を起こしているかのような気持ち悪い感覚。

これが見えたのなら。




見つけることができた。

自分の真正面に。




「そこか!」

すかさずタガートはナイフをアクエリアスの喉に突き立てた。

「クソッ!!」

咄嗟に避けようと身体を捻るが、それでも避けきれず、頬を掠める。





「(参ったな……自分の能力のタネにそろそろ気づいたか……?)」

頬から流れる血を拭い、苦々しい表情を見せる。


「休む暇は与えない」

そう言うや否や、タガートは一人でアクエリアスの懐に突っ込む。

「………」

やはりこれまでと同じようにその場から動こうとしない。
避ける素振りは全く見せない。
だが、油断するつもりは、今のタガートには一切ない。








タガートの予想通り、また消えた。
そして焦らず、周囲を見回す。

すると、視界の左隅にちらりと見えた。
視界の歪みが。

「そこだ!!」

すかさずナイフを振り抜く。

「ぐっ……!」

再び姿を見せたアクエリアスは、タガートの攻撃を避けきれず、右肩に大きな切り傷を負った。
これまでの戦闘で、初めて適合者にダメージを負わせることができた。

「(……完全に能力を見切っている。逃げは難しいか……)」














"コープス性細胞ステルス"

それがアクエリアスのもう一つの能力だった。




原理はサジタリウスの能力とほぼ同じだが、その機能が違う。
アクエリアスの細胞が含まれたウイルス胞子を周囲にばら撒く。
それを吸い込んだ生物は、ほんの僅かだが、脳を侵食される。
侵食された脳は、強制的に誤作動を引き起こされ、視覚が正しく機能しなくなる。
その結果、本来目の前にいるアクエリアスを視認することが出来なくなってしまう。
厄介なのは、感染した生物以外にも効果があるという点だ。
しかし、侵食度合いが僅かなため、集中して凝視すれば見破ることができる。
また、時間をかけると脳内のウイルス胞子に対する抗体ができるため、連続で能力に引っ掛ける
ことが出来ないのも弱点だ。







「お前の能力はもう見破れる。逃げ回ることも隠れて奇襲することも難しいんじゃないか?」

ナイフの切っ先を向け、タガートは相手を挑発する。

「……それで自分を追いつめたつもりか」

アクエリアスの纏う空気が一気に変わった。
人格を切り替えたか。

「お前の能力の一つが使い物にならなくなった。それでも面倒なことに変わりはないが、戦いづらさ
はある程度緩和された。それで十分だ」

「………殺す」

タガートの挑発に静かな怒りを見せるアクエリアス。

両者が駆け出す。

一人はナイフを構えて。
一人は手刀を構えて。

互いの攻撃がぶつかろうとした瞬間……





ドガンッ!!!








「な、なんだ!?」

「……爆発?」


突然聞こえた、とてつもなく大きな爆音。
まるで、巨大な瓦礫が落ちてきたような。何かが凄まじい勢いで爆発したような。
そんな強烈な音が鼓膜を震わせた。

突然の爆音に、タガート隊の兵士たちは混乱している。

「何だったんだ、今のは………」

「おい、あれを見ろ…」

一人の兵士がある方向を指さす。
その先に見えたのは、巨大な土煙。
その方角には旧市街があったはず。

「(本当に瓦礫でも崩れたか?)」

一瞬そう考えたが、すぐにアクエリアスの方に向き直った。
しかし、アクエリアスはタガートの方は全く見ていない。
土煙の方をじっと見ている。

「どうした? 目の前の敵より向こうが気になるか?」

軽く挑発するが、見向きもしない。






「………ヴァルゴが苦戦するとは……仕方ないな」

小さな声でそう呟くと、身体を完全に旧市街の方へ向け、タガートを放置して跳躍した。


「待て!」

止めようとしたが、遅かった。
建物を軽々と飛び越え、あっという間に旧市街の方角に消えていった。

「奴が他の兵士に出くわすと面倒だな…追うぞ!」

「「了解」」

タガート隊のアクエリアス追撃が始まった。



この時、彼らは知らなかった。
旧市街の土煙が、誰の仕業なのかを。 
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