| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

八十七 彼女の決意

 
前書き
捏造多数です。また、今回場面がころころ変わります。ご注意ください!! 

 
彼女はみていた。
桜吹雪の中、里を出る者の姿を。

声をかけようと手を伸ばす。そうして、何か決意を秘めたその背中に、一瞬ためらう。

自分の行動は無意味だろうか。無力だろうか。足手纏いにしかならないだろうか。

不意に、背後をみた。今出て行った者の事など素知らぬとばかりに、里人は平和を謳歌している。
さわさわと揺れる桜並木からひとつ、またひとつと雨粒の如く落ちてゆく花弁が、肩まである彼女の髪に触れた。

――――けれど一時の迷いが後に後悔へと繋がるくらいなら。

彼女は一歩足を踏み出した。
遠ざかる背中を追って。
里を出た。
誰も彼女を、みてはいなかった。








「―――次郎坊の奴、上手くやってんのか?」

薄暗い森の中、肩越しに振り返る。眉を顰める左近の傍らで、鬼童丸は揶揄を返した。
「意地汚え大食らいだからな。追っ手全員、喰い潰してるかもしれんぜよ」
軽く肩を竦めた鬼童丸に、左近が舌打ちする。先頭を切っていた君麻呂が横目で後ろの二人を見遣った。
「……目的を見失ってはいないだろうな」

じろり、と鋭い視線に射抜かれ、左近と鬼童丸は慌てて次郎坊を庇った。大げさに手を振る。
「や、アイツもわかってるって!」
「そうぜよ!一応常識あるし」
「……お前達の事も指しているんだが?」
弁解する二人を呆れたように一瞥する。それきり前方へ顔を向けた君麻呂に、左近と鬼童丸はほっと胸を撫で下ろした。ひそひそと小声で囁く。

「やっぱ、まだ苦手ぜよ」
「でも以前より随分マシだろーが。大分態度も軟化したし…ボスさまさまだな」
(……聞こえてるよ)
背後の二人の会話が耳に届いて、君麻呂は内心溜息をついた。
そうして、遙か後方にて近づいてくる気配に、ふ、と口角を上げる。

(さて次は……誰かな?)











鬱蒼と生い茂る森に射し込む一抹の光。生き生きと枝葉を伸ばす木々が空を覆い尽くしている。
仄暗い静けさの中をシカマル達は慎重に駆けていた。

不意に赤丸がくぅん、と鼻を鳴らす。何度も後方を見遣る相棒の様子に、キバもまた顔を顰めた。
赤丸は匂いで敵の強さを判断出来る。故に、懐いている波風ナルが次郎坊を倒せるかどうか心配しているのだ。
聊か責めるような視線をキバはシカマルに向けた。
先に行こうと促したのはネジだが、最終的に決断を下したのはリーダーであるシカマルだからだ。
ナルの身を案じて、他の面々の表情もどこかしら硬い。

不安げに顔を曇らす皆の顔触れを見渡して、シカマルはふと天を仰いだ。
ナルの瞳に似通った青が、隙間無く空を埋め尽くす枝葉のせいで全く見えない。それをとても残念に思う。

けれどシカマルは間違っているとは思わなかった。
ナルを置いて先に行くと決めた己の判断を。

今回はナル自身が次郎坊と闘う事を決めたが、シカマルは最初から敵と闘う一番手に彼女を選ぶつもりであった。
その理由は木ノ葉の里に最も近い故、一番早く救助を受けられるからだ。仮に何かしら怪我を負ったとしても、助かる可能性が最も高い。
それを考慮したからこそ、シカマルはナルを置いて先に行くと決断を下した。

(頼むから、追い駆けて来てくれるなよ…)
そう願うシカマルだが、その一方で彼は知っていた。
サスケを連れ戻す為に彼女が追って来るだろうと。

いくらシカマルがナルを心配しても、己の身よりも他人を気遣う彼女の事だ。
きっと、どれだけ傷を負っていても追い駆けてくる。
それが波風ナルなのだと、シカマルは解っていた。

ずっと隣でみてきたのだから。












土が荒々しく露出している。
大地は掘り返され、木々や草花は皆尽く潰されていた。

戦闘の激しさを物語るその場で、双方はお互い息を切らしている。
とうに決壊した【土遁結界・土牢堂無】の名残が両者の間で瓦礫の山と化していた。

「お前、相当なチャクラ量だな。喰い応えがありそうだ」
「やれるものなら、やってみろってばよ!!」
荒い息遣いの中、応酬する。今のところ互角の闘いを繰り広げていた波風ナルと次郎坊は、共に全力でぶつかっていた。

しかしながら【羅漢拳】に加え土遁を用いる次郎坊に対し、ナルは【蛙組み手】一択しか繰り出していない。それが次郎坊には気掛かりだった。まだ奥の手を隠しているのではないか、と。
一方のナルも、そろそろ【蛙組み手】を使うのを控えなければならなくなっていた。何故ならば、彼女は実際に仙術を会得したわけではないからだ。

自然エネルギーを取り込むと忍術・体術・幻術が大幅に強化する。この自然エネルギーに身体エネルギー・精神エネルギーが三位一体化したチャクラを『仙術チャクラ』と呼ぶ。
この仙術チャクラを完璧に用いるには長い修行が必要だが、ナルは一度、ネジとの中忍試合にて自然エネルギーの一部『風』を利用している。
もっとも、仙術を会得していないのに自然エネルギーを多く取り込む事は危険なので、ほんの一縷だが。

実は【蛙たたき】も中忍本試験前にフカサクから教わっていたものの、会得出来ず仕舞いだったのである。そんな折、チャクラコントロールが苦手なナルを見兼ねて、綱手が【桜花衝】を教えてくれたのだ。
【桜花衝】とは、体内チャクラを一気に練り上げ、瞬時に拳に集中して放つ剛拳。例を挙げれば、綱手の怪力を指す。
しかしながら、【桜花衝】は緻密なチャクラコントロールが必要な為、ナルはなかなか扱える事が出来なかった。そこで目につけたのが、自然エネルギーの一部である『風』を利用した【蛙組手】の劣化版。

つまり【蛙組手】と【桜花衝】の併用を考えついたのである。
次郎坊の【土牢堂無】も自分のチャクラと自然エネルギーを用いる事で、破ったのだ。

実際【蛙組手】と【桜花衝】を併用するほうが難しいのだが、そこは【分身】さえも出来なかったにも拘らず上級レベルの【多重影分身】を会得してしまったナルである。
勿論本来の仙術に比べれば、まだ三分の一程度の力しか発揮出来ていない。その上、自然エネルギーの危険性故に長時間の使用は不可能である。
けれどもその反面、無意識に、しかし着実にナルは仙術を会得出来る道を進んでいたのであった。




突然、次郎坊から妙な気配を察して、ナルは飛退いた。油断せずに警戒する彼女の前で、ずぶり、と禍々しいチャクラが迸る。
身体に纏わりつく模様。首筋から、まるで蛇のように次郎坊の半身を覆い尽くすソレにナルは眼を見開いた。
(あれはサスケの…!?)

同班のサクラから、サスケの【呪印】について伝え聞いていたナルは、そのまま変形してゆく次郎坊の姿に愕然とする。
一気に【状態2】に変化を遂げた次郎坊は異形の身と化していた。
髪は長く伸び、額や腕には疣のようなものがある。今にも鬼の角が生えてきそうなその容姿は、まるで夜叉だ。

いきなり姿を変えた次郎坊に唖然とするナル。その様子を他人事のように眺めていた次郎坊は自らの身体を改めて見下ろした。
(この姿ももう見納めだな…)
身体に刻まれた忌々しい印。ソレに身を任せるのもこれが最後だ。
自分にそう言い聞かせ、次郎坊はナルを見据えた。

先ほどまでは【蛙組み手】以外にも術を隠し持っているのでは、と慎重になっていた。だがそれは逆に言えば、相手が奥の手を出す前に動けば良いという事。
故に次郎坊は【状態2】になったのだ。

「悪いが…ここで一気に片をつけさせてもらうぞ」














「妙だな…」

不気味な静けさの中で、ネジが眉を顰める。先ほどから慎重に【白眼】で周囲を見渡していた彼は、シカマルに問うた。

「相手は俺達が追い駆けて来ている事など承知の上だ。それなのにトラップが一つも仕掛けられていない…シカマル、これをどう見る?」
「舐められてんだよ」
ネジのもっともな質問に、シカマルは淡々と答えた。
「アイツら、後から来るのはナルと闘ってるあのデカイ野郎だけだと思ってる。味方に罠は張らねぇだろ」

実際、シカマル達は次郎坊以外の三人と顔を合わせている。
故に、木ノ葉からの追っ手が来ていると知っていながら、現状のように罠が何も仕掛けられていない意味が示す答えは決まっている。

「そう見て間違い無さそうだな。確かに、完全に舐められている」
シカマルに同意したネジが軽く片眉を吊り上げた。
「……しかし、これはチャンスだ」




不意を衝く作戦で、君麻呂・左近・鬼童丸に追いついたシカマル達は、次郎坊の姿に化ける事で三人の眼を欺こうとする。結果として失敗に終わったが、敵を分断させる事は出来た。

君麻呂・左近を先に行かせ、一人残った鬼童丸に対し、対抗出来るのは【白眼】を持つネジのみ。
「アイツの術…どうやら俺にしか、やり様が無いようだ」
蜘蛛の糸を無尽に張り巡らす鬼童丸。象が二頭で引っ張り合っても切れないほどの強度を誇る糸を唯一断てるのは、このメンバー内では日向一族のネジだけだ。


鬼童丸の頬が大きく膨れる。吐き出される強靭な蜘蛛の糸がネジを始めシカマル達を容赦なく襲う。
刹那。


「いいえ」

蜘蛛の巣を一瞬にて断ち切った小さな影が、ネジ達の前に躍り出た。肩まである髪を靡かせて。
「同じ日向一族なら―――」


すっと手の甲を眼前に掲げる。一族特有の独特の構えをとる彼女の姿に、ネジは眼を見張った。
ネジと同じ【白眼】が鬼童丸を油断なく見据えている。
「私もいます」



おどおどとした仕草ではあるが、何時になく強気な眼差しで、彼女は―――日向ヒナタは凛と佇んでいた。
その姿はまるで、彼女が敬愛する波風ナルによく似ていた。


「私が、闘います」

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧