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ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜

作者:カエサル
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追憶の惨劇と契り篇
  50.金色の異端者

 

 口から白い吐息が荒々しく吐き出され、大気と混ざり合って一瞬のうちに消滅していく。
 空気が凍りついている。それは文字通りの意味であり、それ以外の言葉を逢崎友妃は知らなかった。
 先ほどまでの寒いという感覚では決してない。これは空気中に漂っている水分が何者かによって凍結させられている。まるでこの空間だけ時が止められたかのようにだ。
 友妃は辺りを見渡して自分以外の人がいないかを確認する。
 崩壊する建物、隆起した地面、吹き出した水柱、その全ての時は完全に凍りついている。
 この現象を引き起こした者など考えることなくわかる。伝説の力を持つ吸血鬼たちの仕業だ。
 友妃は改めて“神意の暁(オリスブラッド)”がどれほどの存在かというのを思い知らされる。大地を、水を、そして氷さえも支配する強大な力。それは術者や魔女が操る魔術とは、威力も規模も桁外れに違う。これこそが真祖に並び立つ吸血鬼の力なのだ。
 恐怖の感情を振り払って友妃は生存者がいないか辺りを見渡す。
 すると崩落した建物の横で座り込んでいる人影が見えた。そちらの方向まで急いで駆け寄っていく。

「大丈夫ですか!?」

 なるべく瓦礫の上を通らないようにしながら向かっていく。そこには友妃と同じ制服を着たショートボブの少女だ。

「唯里!」

 友妃と同じ獅子王機関の“剣巫”の少女、羽波唯里だ。

「あ……友妃ちゃん」

 その声からはとてつもない疲労が伺えた。
 彼女になにがあったのかはわからないがこの現場に立ち会わせて生きていただけで奇跡なのかもしれない。

「大丈夫、立てる?」

「あ、ありがとう。ちょっと疲れちゃったかな」

 無理やり作ったような笑いを浮かべる。立ち上がろうとする唯里に手を貸した時に気づいた。

「あれ? 唯里、“六式降魔剣・試(ローゼンカヴァリエ・プロト)”は?」

 その言葉で何かを思い出したように唯里が慌てだした。

「そうだ。彼を止めないと!?」

 強く踏み出した唯里の膝は急に力を入れたせいか崩れ落ちそうになるのを友妃が支えた。

「どうしたの? そんなに慌てて」

「私の剣を持ってた人が眷獣に向かってちゃったの」

 唯里の言葉を聞いて一瞬であの少年のことが脳裏に浮かんだ。無謀にも“神意の暁(オリスブラッド)”に突っ込んでった少年のことをだ。

「その人ってどんなだった!?」

 今度は友妃が慌てたように問いただした。

「え? どんな人だったって言われても……」

 困ったような表情を浮かべながら唯里は思い出そうとしている。

「黒髪で制服姿だったけど……あとはそんな特徴はなかったような……」

 黒髪、制服、それだけでも唯里を助けてくれた少年が昨日の少年と同じだということを裏ずけている。どこにでもいそうではあるが唯里から“六式降魔剣・試(ローゼンカヴァリエ・プロト)”を奪って行ったり、眷獣の元へと向かったこと、そして似たような容姿だとするならまず彼に間違いないだろう。

「その人がどっちに行ったかわかる、唯里」

「あの駅のあたりだと思うよ」

 力なく彼女はそちらを指差す。
 友妃は迷うことなくそちらへと走り出した。

「ありがとう、唯里。ここにいたら危険だからあなたは他の誰かと合流するんだよ」

「えっ!? 友妃ちゃんはどこ行くの!?」

 慌てた声を上げた唯里。

「ボクのことなら気にしないで!」

 わずかにだけ振り向いてそう告げる。
 友妃は知りたかった。彼の正体を、なぜ自分の命をかけてまであの娘を守りたいのかを。
 そんな思いを胸にしまいこんで友妃は魔力の残滓を追っていく。




 先ほどまでの戦いがまるで嘘だったかのように街は静寂に包まれていた。獣の叫びも、大地の脈動も、水流の呻きの全てがまるで夢幻だった静かすぎる。
 どれだけそれが真実だと思いたかったことか。しかし、獣も、大地も、水流さえも全ては真実なのだ。崩壊した街がそれを物語っている。
 これこそが“神意の暁(オリスブラッド)”同士の戦いなのだ。昨日の戦いはあれでも被害が少なかった方なのだと思い知らされる。
 海原は先ほどの女性を抱きかかえながら彩斗の少し前を早足でどこかへと向かっている。

「この辺りでええやろ」

 被害が比較的にまだ少ない辺りで海原は立ち止まった。とはいっても所々建物は崩れ落ちて原型をとどめないほどになっている。
 そして先ほど起きた街の一部を一瞬にして凍結させた現象の影響もかなり受けている。
 あれがなんだったのかを考えずにはいられない。これだけの範囲を一瞬にして凍結させられるほどの魔力を持っている存在を彩斗は知りはしない。それでもそれだけの魔力を持つ者たちは知っている。“神意の暁(オリスブラッド)”と呼ばれる真祖に並び立つ吸血鬼たちだ。
 今この街では、そいつらが戦っている。ならば、先ほどの戦いに乱入してきたということも考えられない話ではない。しかし、それは違う気がした。
 先ほどの凍結現象が始まったのは間違いなく彩斗が獅子王機関の少女から奪った銀色の長剣からだった。
 あの剣はただの媒体であり、彩斗の中に秘められている魔力をこの世界へと放出しているにすぎない。ならば津波をかき消した稲妻や街を凍結させた魔力は彩斗の中に存在していることになる。
 だとするならば、彩斗は何者なのだろう?
 これだけの魔力を操れるのは真祖クラスの吸血鬼だという話だ。だったら彩斗はなんなんだ。
 ───まさか、俺は……

「大丈夫か、自分?」

 海原の声にハッとし、我に返った。
 抱きかかえていた女性を建物の壁にもたれ掛けさせている。

「にしても近くに同族がおるとは、予想外やったわ」

 先ほど歩いてきた道を見ながら海原は呟いた。どこかこんな状況で気の抜けたようにも見える。しかしその目には憎々しげに何かを睨みつけているようにも見える。

「同族……ですか?」

 かなり遅れて反応する彩斗に海原は小さく頷く。

「ずっと気にはなっとったんや。自分のあれについてをな」

 まるで彩斗の心でも読んだかのようなタイミングで話し出す彼にわずかな疑念が浮かんだ。しかしそれは思い込みだと瞬時に判断し、次の言葉を待った。

「大方やけどあれは眷獣の仕業と思うのが妥当やろ」

 その可能性は少しは考えた。しかし、彩斗が獅子王機関の武器を持ったタイミングに合わせてその眷獣を召喚させる必要性がどこにあるのだろうか。仮にそうだったとしても“神意の暁(オリスブラッド)”が他の吸血鬼に魔力を察知されることなく召喚することなど可能なのだろうか。
 いろいろな考えが頭を廻る中、海原は大きく伸びをしながら彩斗が欲しい答えを口にした。

「普通の吸血鬼やったら無理やけどあいつと同等の力を持つやつやったら……ありえん話でもない」

「……あいつ?」

 それが口に出来た唯一の言葉だった。
 そうや、と海原が呟いた。

「大丈夫ですか!?」

 慌てたような少女の声が聞こえたのはその直後だった。声のした方へ首だけを向けると倒壊した建物の隙間から少女が二人こちらへと向かってくる。
 見覚えのある制服姿に彩斗は目を見開く。それは間違いなく獅子王機関の少女たちが着ている制服だ。
 またかよ、と内心思いながらため息を洩らした。
 肩にかかるくらいの黒髪に端正な顔立ちをした少女と長い栗色の髪を後ろでまとめた長身の少女だ。

「ちょっと待ってよ、雪菜!」

 長身の少女が前を走っている黒髪の少女に制止を促す。

「紗矢華、急いでください!」

 逆に黒髪の少女は長身の少女を急かす。
 普通なら助かった、と思うところなのだが、獅子王機関の目的は一般市民の保護。だが、彩斗を除いて今ここにいるのは、“神意の暁(オリスブラッド)”の血脈を継ぎし者たち。それに彼女たちの手には見覚えのある銀色の剣が握られている。長身の少女が持っている武器は少し形状が違うようだが、大体は同じ者だろう。
 二人の少女はこちらに到着すると走ってきて切れた息を整えている。

「お怪我はありませんか?」

「は、はい。俺たちは大丈夫ですけど……」

 そう言いながら壁にもたれ掛かって気を失っている女性へと目を向ける。黒髪の少女は女性の姿を見るとすぐにそちらへと駆け寄っていく。

「外傷はあまりないみたいですね」

 するともう一人の少女が倒れている女性の体に触れる。

「でも、魔力の減少がすごいわね。まるで何かを抜き取られたみたい」

 その言葉を聞いて一瞬、海原が驚愕の表情を浮かべたように見えた。

「とりあえずこの人を安全な場所に運びます。手伝ってもらえますか」

「あ、ああ」

 そんな曖昧な言葉で返事をした。

「って、なんであなたがそれを持ってんのよ!」

 突然、長身の少女が怒鳴るように声をあげた。
 やらかした、と思ったが見えてしまった物はどうしようもできない。
 彼女が言っているのは、彩斗が持っている銀色の長剣のことだ。言い訳をしようにもそんなとっさに思いつかない。そもそもよく考えてみれば彩斗はあの少女からこの武器を奪ってきたということになる。

「い、いや……そ、その……」

 どうしようかと考えているその時だった。

「「───ッ!?」」

 身体中の毛が逆立つ嫌な感覚。これは眷獣が召喚された時のそれだ。しかし、今までのものに比べると異質な気配が空気を伝って肌を刺す。

「……現れおったな」

 海原は異様な魔力が出現した方を忌々しげに睨みつけている。瞳が真紅に染まり、口元からは長く伸びた犬歯がのぞいている。

「吸血鬼!?」

 黒髪の少女が驚愕の声を漏らし、銀の長剣を強く握り直した。しかし海原はまるでそれすら見えていないように出現した魔力の方へと走り出した。

「ちょ、う、海原さん!?」

「悪いけど、六宮のことは任せたぞ!」

 こちらを一瞥することなく海原は砕けた地面を踏み込んで跳躍する。吸血鬼の筋力を解放して軽く三メートルは跳んでいる。
 ここで海原を追うべきか、それとも頼まれた通りに六宮を安全なところにまで連れて行くべきだろうか。

「すみません、この人のこと任せますね」

 彩斗は選んだのは前者だった。地面を蹴り上げ海原が向かった方向へと駆け出した。

「ちょ、待ちなさい!」

 長身の少女の制止の声を無視して地面を踏みしめる。
 獅子王機関が二人もいるならば、六宮を安全なところまで運んでくれるはずだ。ならば彩斗のやるべきことは決まっている。
 ───柚木を助けること。ただそれだけだ。
 地面に散らばる瓦礫を踏みしめながら強大な魔力が出現した方へと足を運んでいくのだった。




 海原と彩斗が六番目と交戦する少し前。
 柚木たちは先ほど出現した魔力を追って街の中を駆けていた。先ほど出現した膨大な魔力の塊。間違いなくあれは眷獣召喚時に生じる魔力のそれだ。しかも、あれほど膨大な魔力を放つことができる眷獣などかなり限られている。真祖、あるいはそれ同等の力を持つものたちであろう。しかもその反応が二つ。
 明らかにそれは戦闘を意味している。しかもその魔力の反応うち一方は一瞬のうちに消失(ロスト)した。
 そんな馬鹿げたことができる吸血鬼などこの街に一人しかいない。海原を一瞬にして暴走させるまでに陥らせたこの祭典の最大の障壁となる吸血鬼。

「海原さん、大丈夫でしょうか?」

 柚木は魔力の残滓を追いながらわずかに後方を見やる。ちょうど病院から出たと同時くらいに出現したもう一つの強大な魔力。それを追って一人で駆け出して行ってしまった。
 彼が追っていった魔力は多分、六宮恵によるものだろう。彼女に何かあったとするならば海原が動かないわけがない。
 すると隣を走っていた美鈴が口を開いた。

「彼なら大丈夫よ。ああ見えてもあれでかなり強いから。実際に戦ったあなたならそれはわかるでしょ」

 初めて“神意の暁(オリスブラッド)”と戦った。だからこそ海原の強さを柚木は身を以て知っている。暴走していたせいで異常な魔力量であったこともあり彩斗とあの少女が来てくれなければ確実に負けていただろう。いや、多分そうではなく本来の眷獣の力というのがそれなのだ。吸血鬼の中でも眷獣の力を全て引き出せる者はごくわずかだ。

「そうですね。海原さんなら大丈夫ですよね」

 彼ならきっと恵を助けてくれる。そう信じているからこそ柚木も他の皆も海原に任せることができる。

「美しい友情ってかァ? ……くだらねェ」

 その声にその場の全員が足を止めた。倒壊した建物の上から聞こえてくる。月明かりでわずかに照らされ、輪郭が浮かび上がり、徐々に鮮明になっていく。
 派手な金色の髪が襟足まで伸びた制服姿の少年。不敵な笑みを浮かべ建物の上から飛び降る。
 その場の全員が彼から目が離せなくなる。確信ができたわけではない。しかしこの少年こそが海原を一瞬にして暴走するにまで追い込んだ人物だということをだ。

「おいおい、なんだよその反応はよォ。つれねェ奴らだな」

 一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。その度に肌をピリピリと刺すような感覚がより一層増していく。
 ───逃げなくては……。
 しかし恐怖で足が竦んでピクリとも動こうとしない。まるでゴーゴンの瞳に見つめられた時のように石化している。

「にしてもいいのかよ。こんなにも束になっててもよォ?」

 不敵な笑みを口元に浮かべたままこちらを睨んでいる。 正確には柚木たちの後方。そちらを振り替えようとしたその時だった。

「───ッ!?」

 激しい魔力がまるで滝のように空気へと放出されていく。それは先ほどまで柚木たちがいた病院の辺りからの反応だ。しかもこの感覚は、通常の魔力の流れではない。意志を持たず、ただ生命の危機から自らを守ろうと無造作に暴れまわる獣の感覚。
 ───暴走だ。

「いいのかァ? あいつを止めに行かなくて」

 こちらを挑発するように言う金髪の少年。間違いなく彼が何か絡んでいるということは明白だ。

「貴様……」

 アレイストの怒りに満ちた声。しかしそんなことなど気にもしないかのように金髪の少年は声色を変えることもなく続ける。

「いいねェ……その怒りに満ちた魔力」

 暴走している“神意の暁(オリスブラッド)”を止めに行かなければ被害は増えていく一方だ。しかし目の前の彼を止めなければ何か良くないことが起きてしまう気がする。

「……わたしが彼を止めます」

 いつもの声色とは違う唸るような声でアレイストは睨みつける。

「いくらあなたでもそれは無理だわ」

 白衣のポケットに手を突っ込みながら大高京子が一歩前に出る。

「私も残るわ。美鈴と柚木ちゃんは向こうをお願いできるかしら」

 確かにこれが妥当な考えではある。さすがに京子とアレイスト相手にこの少年が互角に戦えるとは思えない。しかし何故だろう。とても嫌な予感がする。
 もし仮に柚木の予想が当たっていたなら二人だけで止めることなど出来るのだろうか。

「わかったわ。彼のことは任せるわよ、アレイストさん、京子」

 美鈴は身体を魔力が絶え間なく噴きだされる病院方向へ向ける。振り向き際に少しだけ見えた右手が強く握られている。
 多分、美鈴も少年が異常だということを理解した上でアレイストたちに任せているんだ。二人が負けるわけがないと信じているからだ。

「彼のことお願いします、アレイストさん、京子さん!」

 柚木と美鈴は振り返らずに暴走する眷獣の方角へと向けて走り出しのだった。
 
 

 
後書き
いかがだったでしょうか?
前回の更新からかなりの期間が空いた気がします。
会社が始まって家に着くと寝るというような生活を送っていて更新が遅れてしまいました。

やっと本格的な戦闘となってきました。
ここからはボスラッシュのように戦闘していきますのでよろしくお願いします。

誤字・脱字、おかしなところ、意見などがありましたら気軽に感想してください。
また読んでいただければ幸いです。 
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