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悪徳

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2部分:第二章


第二章

「金になびかない方もおられるぞ」
「そういえばバレンチ枢機卿は」
 この枢機卿の名前が出て来た。
「清廉潔白な方だな」
「しかも法皇への野心もない」
 そのことが話される。
「しかも意志の堅い方だ」
「あの方はどうされるのだ?」
「バレンチ枢機卿御自身はそうだな」
 答えるその声は笑っていた。
「確かにな。あの方はそうだ」
「だから買収は無理だぞ」
「どうするのだ?」
「何も騎士をそのまま倒す必要はあるまい」
 くぐもった笑いと共に出された言葉であった。
「騎士をな。違うか?」
「というと?」
「一体?どうするのだ?」
「枢機卿には妹君がおられるな」
「ベアトリーチェ伯爵夫人だな」
「そうだ、ベアトリーチェ伯爵夫人だ」
 その枢機卿の縁者の名前が出された。
「その方は今御主人が病に臥せっておられる」
「ふむ、そうだったのか」
「それは気の毒なことだな」
「普通の薬では助からぬ」
 このことも述べられた。
「しかしだ。バチカンの薬なら助かる」
「ふむ。ではその薬を御主人にお渡しするか」
「それで助かるな」
 ただ助けるだけではない。彼等は話をしていてもうそこまでわかって話をしているのだった。この辺りは最早以心伝心であった。
「それで伯爵夫人の心を掴み」
「バレンチ枢機卿もか」
「枢機卿は妹君を誰よりも可愛がっておられる」
 つまり肉親の情というわけである。
「それを使うのだ。どうだ」
「成程、そういうことか」
「これはいいな」
「他にも金ではなびかない枢機卿もおられるな」
「カターニャ枢機卿もだな」
「あの方には美女だ」
 女好きの聖職者なぞこの時代は幾らでもいた。中には半ば公認で子供を何人も持っている法皇さえいた。そういう時代だったのである。
「ナポリからとびきりの美女を用意させてある」
「ではそれを送り込んでだな」
「その通り」
 今度は女であった。
「サレド枢機卿にはダイアだ」
「よしっ」
「バザーニャ枢機卿には馬だ。弟君に贈ってな」
「馬ならアラビアのものがいいな」
「既にトルコに商人を行かせてある」
 一人が述べた。抜かりはここでもなかった。
「これで大体票は集められるが」
「しかしどうしてもなびきそうにないのもいるぞ」
「ロレンツ枢機卿だな」
「そう、ロレンツ枢機卿だ」
 また新たな枢機卿の名が出された。
「あの方は修道院にずっとおられ潔癖極まる。女にも宝にも馬にも興味がない」
「しかも天涯孤独だ」
 どうにもややこしい立場の人間であるらしい。
「あの方はどうされるのだ?」
「ましてや我々にも反対しているぞ。完全にな」
「ベッドだ」
 また言葉が出された。
「ベッド!?」
「そうだ。枢機卿のベッドにこれを滲み込ませるのだ」
 ここであるものが出されテーブルの上に置かれた。置かれた時に小さなコトリ、という音がした。その音はまるで死神の鈴を思わせるものがあった。
「これをな」
「それをか」
「刺客を送ったり食べ物に滲み込ませるよりもいい」
 声に剣呑な響きが込められていた。
「ずっとな」
「ふむ。ではそれを使うか」
「枢機卿は天国に行かれる」
 言葉に邪悪なものが含まれてきていた。
 
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