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超越回帰のフォルトゥーナ

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ep-1─それは突然に舞い降りて
  #02

「あら、お帰りなさい」

 無人だと思っていたかつての我が家。そこには、一人の少女が既にいた。

 薄金色、と言えばいいのか。明るく、長いブロンドの髪を、難しい形に編み込んでいる。肌の色は典型的なコーカソイドのそれか。ただ、顔立ちは人種を掴ませない、西洋風とも東洋風とも取れないモノだった。

 瞳の色は、夜空の様な紫色(ヴァイオレット)。大きなその、宝石の様な瞳で、さもこの光景が当然である、と言わんばかりにレンを見つめる。

 纏っているのは、白いドレスだ。スカートの部分が翅の様に分かれていて、先端に金色の刺繍が施されている。

 そして何より目を引くのが──その、首。最中から鎖が千切られた、大きな首枷が嵌っていた。不思議と痛々しさは感じない。むしろ、それはそこに在るのが当然だ、とばかりに。

 
 不意に、既知感。『(オレ)』はこの女を知っている、という、奇妙な直感が、レンの脳裏を駆け巡る。

「お前は……誰だ……?」

 レンの口から、掠れた声がこぼれ出た。それを受けて、薄金色の少女は、くすり、と柔らかく笑った。その笑顔も、見覚えのあるモノで。

 知らない少女だ。なのにもかかわらず、知っている。17年間の……牢獄にいた二年を合わせるなら、19年間の一生の中で、彼女のことを、見た覚えすらない筈なのに。

 けれど、知っているのだ。その姿を。その顔を。その髪を。その瞳を。その声を。

「《円卓のマリア》」

 少女は告げる。己の名前を。それは何を意味するのか。レンの記憶の深いところが、その名に呼応しずきり、ずきりと鈍い痛みを発し出す。

 知らない。
 知っている。

 知らない。
 知っている。

「誰なんだ……ッ!」

 二度目となる同じ言葉を、レンは半ば悲鳴の様に発した。微笑んだままの聖女は、ゆったりとレンに近づいて──

 その頭を、するり、と撫でた。

「可哀そうな勇者様(ヒト)

 呟くように、歌う様に、マリアと名乗った少女は告げる。

「運命に囚われて、何も思い出せないのね。哀しいでしょう。悲しいでしょう。辛いでしょう。痛いでしょう。
 でも、もう何も気にしなくていいのよ。私は此処にいる──」
「黙れッ!!」

 半ば無意識のうちにそう叫び、レンはマリアの手を振り払った。駄目だ。この女の声を聴いてははいけない。聴けば、きっと自分は崩壊する。『レン・ネイビィフィールド』という19歳の青年は死滅し、どこかから新たな自分がやってきてしまう。

 そうすれば──きっと、何もかもを忘れてしまうだろう。

「……ふざけるな」

 そんなことは許されない。忘れることは、レンには許されて等いないのだ。

 そうだ──覚えていなくてはならないのだ。あの日の悲劇を。あの日の罪を。あの日の涙を。

 この手で仲間を殺した、あの血の夜の事を、レンは永遠に覚え続けている義務がある。贖罪し続ける定めがある。
 
 これは呪いだ。聖女の祝福を妨げる呪い。

 だがしかし、それがレンの存在証明で在る事もまた、確かなのだ。

「……もう一度聞く。お前は誰だ。どうしてここにいる? どうしてここに入ってこれた? 鍵は俺しか持っていないはずだ」
「あら、簡単だわ。私は《円卓のマリア》。貴方に逢う為に此処に来た。入り方は至って単純、入口の鍵を、私の力で『開けた』だけ。それなら鍵もいらないわ」
「……馬鹿らしい」

 さも当然の様に、とんでもないことを口にしたマリアに対し、思わず悪態が付いて出る。

 魔法科学文明崩壊後、この世界に、魔法や魔術と言ったシロモノは、基本的には存在し無い。唯一の例外が《担い手(カルマドライバー)》達の操る《超越回帰(プロバブリー)》であり、それらを介するならば、どんな大魔術でも一人で行使できてしまう。

 そんなパワーバランスが可笑しい世界が、今のこの世界。

 1000年以上前に一度崩壊し、そして五十年前に再び崩壊しかけた、この世界の常識だ。

 その常識に照らすならば、マリアと名乗ったこの少女が、《担い手》であると仮定すれば何の問題もあるまい。

 ただし……そう決定付けるには、多少の違和感があるのだが。

 
 ()()()()のだ。

 レンは己の持つ《超越回帰(プロバブリー)》の一端として、目で見た相手が《担い手》なのか否かを判別する力を持っている。もし対象が《担い手》だったのであれば、なんとなくではあるが、彼らの頭上に緑色かオレンジ色のひし形の様なもの…レンは《カラーカーソル》と呼んでいる…が見えるのだ。

 この力は『切る』ことができるが、今のレンはそれを『付けて』いた。それ故に、マリアの頭上にカラーカーソルが浮かんでいないこの事態が受入れがたい。

 しかし、少女はくすり、と笑って言うのだ。

「判別できない子だってたくさんいるのよ。貴方の知っている人に、貴方が判別できていない子は……そうね、五人くらいいるかしら。『未覚醒』を含めたらもっとたくさんいるわ」
「何……?」

 つまりこの女は。

 レンの力で、見ることの敵わない《担い手》が存在することを示唆しているのだ。何故能力の事を知っているのか。その驚愕がレンの身体を駆け巡る。

 マリアは微笑を浮かべながら続ける。

「その多くが、貴方とは違う《運命》の核を持っている子たち。貴方が夢に見る『剣の世界』とは別の場所で暮らしていた子たちよ」
「……!? 《運命の記憶(カルマ)》の内容まで知っているのか……!」

 《運命の記憶(カルマ)》。

 《担い手》達が、《超越回帰》の習得と同時に手に入れる、過去の、あるいは未来の……もしかしたら、全く別の世界の、自分の記憶。モノによっては、いずれそれと同じ結末に《担い手》を導くこともあったから、人々はこれを《運命の記憶》と名付けた。

 その内容は千差万別。《担い手》によって全く違う。共通の光景を見ることはあるが…有名な例では五十年前、黎明期に存在した二人の剣士だ。黒と白の対となる容貌が特徴であった彼らは、全く同じ場面の記憶を有していたらしい…その視点は必ず異なるし、何よりも発現する能力が異なる。

 発現する能力が同じ、ないしは似通ったものでも、保有する記憶は全く違うモノとなるのだ。

 だから、その内容を正確に言い当てるなどと言うことは不可能に近しい。

 ならば、何故この女はそれを知っている?

「どういうことだ……?」
「ふふっ、内緒よ」

 いたずらっぽく笑う少女に対して、レンは怒りと共に異常なまでの倦怠感を覚えた。

 ――何と面倒なのだ、コイツの相手は。

 ――忌々しい。

「……出て行け」
「あら、いやよ。私、貴方しか知り合いがいないわ」
「俺の方は知らないがな」
「まぁ、人と人との関係なんて相互互換じゃないのよ? 貴方が友達だと思っていても、相手は貴方を塵芥にも見たない存在としか認識していないかもしれないし……狂おしいほどの愛情を抱いているかもしれない」

 謎かけの様なマリアの言葉に、レンは顔をしかめて問い返す。

「……何が言いたい」
「やぁね、そんな怖い顔しないの……単純よ。貴方が私についてどう思っていようとも、私が何か吹聴すれば、それがあなたの評価に直結するかもしれない、って脅してるのよ」
「脅してるって……随分と直球で言うモノだな……」

 つまりマリアは、例えば自分がレンに襲われた、とでも周りの人間に吹き込めば、レンの社会的地位が下落する、という事を言いたいわけだ。

 だが、レンは元戦犯……《仲間殺し》だ。既に一部の人間を除いて、レンに対する社会からの目線は『最悪』の部類に入るだろう。そして『一部の人間』は、レンがマリアが吹聴しようとしているようなことをやる人間ではない、と確信している。

 だから返す言葉は決まっている。

「そんな物は俺に効果はないぞ。もう一度言う……出て行け」
「あら、いやよ。私、貴方と一緒に住みたいわ」
「断る。出て行け」
「やーよ」

 問答は、その日の夕暮まで続いた。

 最後は、レンが折れて、「一日だけだぞ。明日になったら家に帰れ」と言って、マリアを泊めることにした。

 すると彼女は、

「あら、家なんてないわ」

 と、さも当然の様に笑って答えた。忌まわしいその解答に、レンは頭痛に近いものを覚えたのであった。


 因みに、レンの家は複数の部屋がある為、マリアにはその内の一つを使ってもらう運びとなった。

 ただ──予想に反して、マリアは大人しかった。何か家のものを荒らした形跡もなければ、むしろレンの作業を率先して手伝った程である。

 やはり《担い手》なのだろうか。その細腕からは想像もつかない怪力とでも言うべきもので、様々な家具を運んでくれた。

 ……もっとも、レンはその倍は持てるのだが。

「……なぁ」

 夕食作りの手伝いすらした…悔しいがうまかった…マリアに、レンは不思議に思ったことを問うた。

 ─何故、俺に会いに来たのか。

 ─何故、こんな風にして過ごすのか。

 ─何を、考えているのか。

 けれども少女は……半ば予想していたことではあるが……答えることなく、

「内緒よ」

 と、無邪気に隠しただけだった。

 それに無性に腹が立つ。

 ──だがしかし。

 全く同時に、一種の安息感を、レンは感じてすらいた。この感覚を何処かで味わったことがある。覚えている。(オレ)は、この光景を求めていて──


 結局、その感覚の正体が何なのか、その日の内には明らかにならなかった。

「明日はお前の家を探しにいくぞ。何時までもここに居候されていても困る」
「あら、良いじゃない。一度も使ってない部屋もあるみたいなのに」

 それは結局、レンの後には《仲間達》が増えることが 無かったことの証明なのだが──

 不思議と、この女になら使わせても良いかもしれないな、と、いつの間にか思うようになっていた。

 それはレンの中の認識が、どうしたことか移り変わって行きはじめていたことの象徴なのだが――――

 この時はまだ、誰も『それ』について言及することは無かった。 
 

 
後書き
 というワケで二話目。本作オリジナルヒロイン、《円卓のマリア》ことマリア・ザ・ラウンドテーブルの登場です。もちろん原作ヒロインユメさんも登場予定。

 次回はレンさん、アルマ君に続く第三のコラボキャラが登場予定!

刹「それでは次回もお楽しみに!」 
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